不審者と泥棒猫のラストダンス   作:賀楽多屋

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Concert

『一億ベリーで村を買う!?』

 

 ふと脳裏に過ぎったのは、永久歯が生えてきた姉の裏返った声であった。

 

 ナミは、戦争孤児である。

 両親の顔も知らなければ、そもそも自分が何処の島の出身なのかも覚えていない。

 

 まだ赤子であったナミは以後姉になったノジコと一緒に、戦争当時、海兵であったベルメールに保護され、そのまま彼女の養子となったのだ。

 

 母親と呼ぶには歳若いベルメールは、だが、今思えば立派にナミと姉の母親役を全うしたように思える。

 

 良いことをしたらその分、沢山褒めてくれた。

 悪いことをしたらその分、沢山叱ってくれた。

 

 お金が無いにもかかわらず、休みなく日中働き、家事も行い、ナミと姉の面倒を見ていたベルメールは本当に凄い人だと思う。

 

 

 

 

 

 だから、あんな魚人なんかに命を奪われて良い人ではなかった。

 

『シャハハハハハ!!! 金のねェ奴ァ死ぬんだよ!!!』

 

 お金が無いことが“悪”だと、思い知った瞬間だった。

 あの無敵なベルメールでも、死ぬんだと見せ付けられた瞬間だった。

 

 

 ナミ達の世界が、粉々に壊れてしまった瞬間だった。

 

 

 ベルメールが(ピストル)で撃ち殺される時を、たまに夢で見る。

 

 カジキ鼻のアーロンの高笑い。銃口から上がる硝煙。

 見ていることしか出来ない不甲斐ない自分。

 

 繰り返し繰り返し、何度も見るその夢は、時に白昼夢としても現れる。

 

 

「……あ、何を思い出してんのよ! こんな時に」

 

 昼下がりの陽気な日差しが窓から零れるお昼時。

 成金領主の私室にしては、趣味の良い調度品で占められたこの部屋で、昼寝をしたくなるのも無理はないのかもしれない。

 

 箪笥を開けて、ぼーっとしていた自分を戒めるように、ナミは二度己の頬を叩いた。

 

 今は、とある島の領主の家に潜入中だ。

 

 その領主はこの近辺を縄張りとしている海賊と通じているらしく、賄賂として渡されているお宝や海図、本等をこれでもかと蓄えているようで。

 

 耳ざとく、そのお宝情報をゲットしたナミは領主の家を調べあげ、彼等の行動パターンを頭に入れた上で、今回の空き巣に及んでいた。

 

 現在、この家の家主である領主は、日課である美術商巡りに配下達と繰り出している。

 

 家に残っているのは、ハウスキーパーぐらいなものだ。

 

 素人相手なら余裕で出し抜けるだろうと予測をつけて、ナミはしなやかに家宅侵入を果たし、台所で鼻歌を歌いながら調理中のハウスキーパーを尻目に、領主の私室に入り込むことに成功した。

 

 あとは、宝と海図を手に入れることが出来れば、今回のミッションはコンプリートである。

 

 故郷の島を一億ベリーで購入出来れば、また昔のような幸せが戻ってくるだろう。そうじゃない場合なんて、考えない。

 

 ベルメールと、姉と平和に暮らしたあの島さえ取り戻すことが出来れば、ナミのこの血反吐を吐くような苦労や、魚人達に踏み躙られた尊厳は報われるのだ。

 

 だから、だから。

 

 箪笥の底が見た目よりも浅いように感じて、引き抜けないかと弄っていたら、底が外れて新たな層が姿を表した。

 

 ───ナミさんの嗅覚を舐めんじゃないわよ。

 

 どうやら、二重底になっていたようだ。

 

 たかだか、こんなロクな名産品も無い島の領主が持っているには些か不相応な代物に思えるが、しかし、その中身は厳重に隠し立てされるに相応しい内容となっていた。

 

「リバースマウンテン近海の海図だわ……! 宝石は、ダイヤモンドにルビー、サファイア、エメラルド。ダイヤモンドは……ラウンドブリリアントカットね!! 一番理想的な研磨法とは聞いていたけども、本当に綺麗」

 

 売ったら、どれぐらいの値がつくだろう。

 

 貯蓄が五千万ベリーを越えてから、積年の悲願も先が漸く見えてきた。

 

 もしかしたら、このダイヤモンドによって、もっと先になるだろうその未来を傍まで手繰り寄せることが出来るかもしれない。

 

 興奮するような喜びに、胸の奥が熱くなるようであった。

 つい目元がじんわりと熱くなってきてしまったが、まだ泣いていい頃合いじゃない。

 

 何より今日は、敵陣であるのにも関わらず、気が緩みすぎだ。

 

 ナミはさっさとお目当てのお宝と海図を持参していた袋に放り込んで、この場を後にしようと立ち上がる。

 

 

 

 

「それまでだ。泥棒猫」

 

 急に耳元に届いた声の方へと顔を向けると、美術商巡りに行っていたはずの領主が、配下を一人連れて扉の所で立っているのが見える。

 

 ───まだ、美術商から戻るのに三十分はある筈なのにどうして……!? 

 

 ナミの動揺の声が聞こえたのか、領主はだるんとズボンの上に乗っている腹の脂肪を揺らして得意げに笑った。

 

「貴様が私の事を嗅ぎ回っていることはとうに知っていた。決行日が今日になることも、な。本当に可哀想な猫よの、貴様は」

 

 ムホホホホホッ! と哄笑する領主の傍で、配下が腰に差しているソードを抜く。

 

 目を走らせて、あのソードに対抗出来そうなものはないかと見繕うと、壁に暖炉の火かき棒があるのが見えた。

 

 あまり武術は得意ではないが、多少の心得が無ければ、生きられない世界に身を投じてきたのだ。このぐらいの修羅場、潜り抜けて見せなければ。

 

 ナミは、腰に宝石類が入った袋を頑丈に括り付けて、そのまま火かき棒目指して走り出した。

 

 すると、配下の男もソードを振り上げて駆け出してくる。

 

 しかし、ナミの方が少し足が速かった。

 火かき棒を手にしたら、男の鳩尾を狙って鋭く突く。

 

 思ったよりも正確に急所を狙ってくるナミに、配下も慌てて防ごうとソードで弾こうとしてくるのが見えた。

 

 なので、鳩尾を狙うことは取り止めて、ナミは一旦ソードのガードを受け流し、配下の頤を目掛けて振り上げる。

 

 カーンと火かき棒が頤を打ち上げる音がしたかと思えば、配下がぐるんと白目を向いた。

 

 どうやら、攻撃が急所のど真ん中にクリティカルヒットしたらしく、そのままどさりと配下は床へと立ち崩れる。

 

 火かき棒を持つ手に力を入れて、領主の方へとそのまま顔を向ければ、件の領主はナミを猛獣を見るような目付きで凝視し、口を戦慄かせていた。

 

「えへ」

 

「……はは」

 

 とびっきりの愛想笑いをお見舞してやれば、領主も合わせるように引き攣った笑顔を閃かせる。

 

 一瞬にして、立場が逆転した。

 攻めと守りが選手交代したのだ。

 

 だが、少し上手くいったからといって油断するようなナミではない。

 

 そもそも、あの二人が近づいてきている事をもっと早くに察知することが出来たはずなのに、珍しく心が浮き立っていたせいで、警戒を怠ってしまったのだ。

 

 だから、こんな雑魚とエンカウントする羽目になってしまった。

 

 ナミは火かき棒を領主に向かって投擲する。

 勿論、当たっているかどうかの確認なんてするつもりは無い。

 

「ぎゃ──────っ!!」

 

「じゃあね。お宝と海図、ご馳走様です♡」

 

 領主の汚い悲鳴をBGMに窓を勢いよく押し開けるや、ナミはそこから身を乗り出して、体全体を宙に委ねる。

 

 二階から降りることなど造作もないと、しなやかに地面に降り立ったナミは、頭の中に叩き込んでいる逃走ルートを呼び覚まし、そのルートに沿って駆け出す。

 

 とんだ番狂わせがあったものの、普段よりも上手く仕事を終えられそうだ。

 

 つい鼻歌を歌ってしまいそうになるが、アーロンパーク(魚屋敷)に戻るまでは油断しちゃいけないと気を引き締める。

 

 あと、もう少しでメインストーリートに辿り着く。

 

 そしたら人混みに紛れて、海に出てしまおうという算段であったのだが、やっぱり世の中、なかなかそう上手くはいかないらしく。

 

「来たな、泥棒猫」

 

「首を長くして待っていたぞ」

 

 ナミの行先のど真ん中に立つ、細長のっぽの男と小柄で太めの男。

 

 拠れた衣服に身を包み、艶のないフケまみれの髪を見るところ、あまり良い人物達とは言い難いだろう。

 

 恐らく、領主が街のゴロツキを端金で雇ったに違いない。

 

 ───間抜けそうな感じだったけども、海賊と取引してるだけはあるって事ね。退路を予測して伏兵を仕込むなんて……やってくれるじゃない。

 

 意外と頭脳派であった領主を見直していると、ゴロツキ達はナミがこの絶体絶命の状態に気落ちしていると勘違いしたようで、何処か得意げな顔で口を開いた。

 

「盗んだ物さえ戻ってくれば、あとはどうでもいいとのことだ。生憎、オレは、女に縁が無くてね」

 

 フケだらけの髪、不衛生を極めたような肌、ゴミのついた衣服。

 どこからどう見ても、ゴミだめで暮らしているとしか思えない男達が女性と縁があるはずも無い。

 

 ナミの年齢の割には成熟した体を、それこそ頭頂部から爪先まで舐めるように見る彼等が、何かよからぬことを考えていることは明白だ。

 

 ナミはつい吐きたくなる溜息を喉で潰して、身構えるように腕を組む。

 

「見たら分かるわよ。モテないからって女の子を襲うとか、悪趣味すぎね」

 

「威勢よく吠えられるのも、今のうちだ」

 

「私は高いわよ、お兄さん方。払えるベリーはお持ちで?」

 

「よくニャーニャーと鳴く雌猫だ」

 

 拳を構えて、勢いよく突進してきたのっぽに、ナミはいつでも回避出来るよう後ろ足に力を入れる。

 

 こんな男達に体を触れさせるなんて勿体ない。

 一触り、五千ベリーは貰わないと採算が取れないわ───なんて、冗談めいたことをを胸中で零しながら活路を必死に探す。

 

 こんな所でゲームオーバーを迎える気なんて、それこそ勿体なさすぎるから。

 

 

 ───刹那、頭上からバサバサと衣が翻るような音がして、ナミとのっぽの間に一人の男が落ちてきた。

 

「……は?」

 

「……え?」

 

 それは、正に予想外中の予想外。

 

 のっぽとナミの気勢の削がれた声を聞きながら、見事無事に地面へと着地を果たしたその男は、大変見慣れない身形をしていた。

 

 あんまりな急展開に、ナミだけでなく、のっぽやちびですら男の存在を受け入れられずにいるようで、闖入者の顔を上げる仕草を不思議そうに見詰めるばかりだ。

 

 だが、そんな夢心地も男の低い声を聞ければ現実味を帯びてくる。

 

「こんな路地裏で逢い引きとは、お天道様に隠さなきゃならないようなご関係で?」

 

 煤ばかりがついた外套は、元は何の色だったのかも分からない程に剥げており、その外套からチラリズム的に見える服は深緑色の襟詰めの襦袢だ。この島では一切見ることの出来ないその衣服は、劇か何かの衣装のようにも思えた。

 

 整髪されていない長髪は適当に項辺りで束ねられているのが少々不潔だが、両目の際の朱の彩りがなんとも神秘的で、あののっぽとちびよりかは幾分かはマシのようにも思える。その化粧がやはり、劇団か何かに所属している俳優かのように見えさすが、男の纏う雰囲気がその想像を否定する。

 

 そんな見慣れない装飾の数々の中で最も目を引くのは、背中に背負われた刃が剥き出しの槍であった。

 

 これが、彼を劇団の俳優だと最も思えない理由だ。

 

 柄に巻かれた滑り止めが脂汗を吸いまくったせいで変色していたが、刃先だけは新品の如く鈍い光を放っている。

 

 手入れの行き届いたその得物が雄弁に語るのだ。

 

 ───この男は、武に生きる武人なのだと。

 

 

 

「な、なんだ!? お前は!?」

 

 急なイレギュラーに、口角泡飛ばしてのっぽは詰問するが、不届きな闖入者は何処か落胆した様子。

 

「予想通りのチェリーマンだな、こりゃあ。おれの質問(ジョーダン)すら聞いてくれない。はァ、骨のねぇ仕事」

 

「手前ェ、さっきからガタガタうるせぇんだよ! 俺の邪魔をするんだったら死ねェ!!」

 

 そして、予定を大いに狂わされたのっぽは、目先の(ナミ)に我慢ならず、先手必勝とばかりに懐に仕込んでいた短剣を取り出すや、流れるように鞘から抜いて、男に飛びかかる。

 

 男なら容赦しないとばかりに、さっきよりも気迫があるご尊顔でのっぽは迫ってくるが、男はなんとも呑気な有様だ。

 

「チェリーマンで、早漏野郎ってか。最悪なコンボだっつーの」

 

 飛び掛ってくるのっぽを緩慢に見上げて眺め、男はフッと皮肉げに口角を上げる。

 

 のっぽから振り下ろされる短剣が、一瞬だけ刃を光らせる。

 微動だにしない男の背中を眺めることしか出来ないナミは、つい声を上げてしまった。

 

「危ない……!!」

 

 瞬間、のっぽの短剣が男の喉元を切り裂く前に、男の掌底がのっぽの顎を捉える。

 

「敵の懐に入ったからには、もっと迅速に動かねェとな」

 

「ぐふっ!」

 

 天高く突き上げられた男の掌と同時に、のっぽは宙を舞いながら海老反り宜しく反り返り、そのまま擦れるような音を立てて地面に伏す。

 

 彼の瞳孔は裏側へと回っているらしく、白目が剥き出しだ。

 

 しかも、歯同士が強烈に噛み合ったことで脳震盪でも起こしたのか、肌色が一瞬にして土気を帯び始めている。

 

 男によって一発でノックアウトされたのっぽを、ちびは引き攣ってしょうがない両目で見下ろして、それからつい伺うような顔で闖入者を見る。

 

 なんとも媚びるようなその彼の視線に、ナミは冷え冷えとした気持ちを抱く。

 

 プライドを捨ててまで、生き残りたいかと女のナミでも思うのだが、瞬間、()()()()()()()()()()()()()のだと思い出し、つい目を逸らす。

 

 養い親を殺した相手に媚びへつらい、なんとか取り入った自分とこの男。

 

 一体、何の差があるというのだろうか。

 

 

 一瞬でも自分の境遇から目を逸らしたことが耐えられず、胸元で拳を作るナミとは打って変わり、見逃して欲しいと顔面いっぱいにちびは男に訴えていたのだが。

 

 そうは甘くないこの男。

 ちびに向かって、ふんわりと笑い開口一番。

 

「さあて、そろそろテクニシャンのご登場といこうぜ。連チャンで童貞がってことはねェよな? それとも、類は友を呼ぶって奴か?」

 

 背中で飾りとなっていた槍を構えて、一振。

 

 明らかに挑発だと分かるそれに、チビは背筋を震わせてくるっと踵を返す。

 

 そして、一も二もなくのっぽを置いて逃げ出した彼の去り際は、なんとも見事なものであった。

 

 ただでさえ、小柄で小太りなチビであったのに、今はもう豆粒ほどにしか見えない彼の背を見送って、男は「あーらら」と独り言。

 

「据え膳食わぬは男の恥って習わなかったのか、アイツ」

 

 呟いている途中で、背後の空気が揺れたような気がした。

 

 男はその己の勘を気の所為で済ますことなく、その場で器用に踵を返して、目前まで振り下ろされている鉄パイプを難なく槍の柄で受け止める。

 

「アンタ、化け物かなんかなの!?」

 

「なかなか過激なお礼だな、お嬢ちゃん」

 

 鉄パイプの主は、ナミであった。

 

 顔を真っ赤にして、ありったけの力を込めて男とどうにか競り合いに持ち込んでいるが、相手が余裕をもって自分と対峙していることは見て取れた。

 

 油断でもして隙でも見せてくれないかとは思ったが、相手はやはりナミが太刀打ち出来るような人物ではない。

 

 この競り合いは勝てないと早々に見切りをつけたナミは、バックステップで下がり、下から男を睨めつける。

 

「何が狙いよ。生憎、泥棒やってる割には貧乏よ」

 

「襲われそうなお嬢ちゃんを助けたかった、と紳士ぶられるのは好きかい?」

 

「物語の王子様ならともかく、不審者からなら反吐が出そうよ」

 

「じゃあ現実らしく売った恩をかさにきて、君に取引を持ちかけよう」

 

 男は散々なナミの言いようには一つも意に返してないようで、飄々と話を続ける。

 

 男が何の対価を求めてくるのかを、ナミは固唾を飲んで聞くことにした。

 

 

 

 

「アーロン一味に潜り込む手伝いをしてくれないかな、お嬢ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 


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