古明地さとりは執行官である   作:鹿尾菜

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File1現実 上

この世界というのは常に不変であり、その不変の上に私たちは存在するものだと私は認識していた。

だけれど想定外なこと…この場合は不変というものが覆された状態の事を言いますけれど。

それが起こった場合私の存在はどうなるのか?その答えというのは結局のところわからないままでいた。そもそもそんな想定外が発生した場合世界が崩壊するかどうかするときくらいだと思っていたしその結果がどうなるかなんて想像することは不可能だった。

 

だけれど今は確信を持って言える。想定外で不変が覆された時私たちは…やっぱりそこに存在した。何も変わらず…

 

 

目を覚ませば殺風景な部屋。何度この光景を見たのだろうか……

いつの間にか私は寝ていたらしい。ちょっとだけ体をほぐして起き上がる。

「……」

 

「おはようございます。3月19日午前6時。色相レベルはライトピンク。健康的な生活を」

 

意味をなさないAIの目覚まし音を聞きながらスーツに袖を通す。サードアイの管をシャツの下に隠し本体を胸の合間に入れる。念の為にその上からホログラムのスーツを投影する。

私の体に合わせて若干スーツの胸部が変化する。

何気にこの技術はすごい。服を買わなくても最低限のおしゃれはできてしまうのだ。

「昨日の食事摂取量は1000キロカロリー。本日の朝食はどうします?」

数年前から使っている自宅は大した大きさでではない。だけれどベッドと本棚以外の家具が一切無いからすっきり広々としている。

「要らないわ」

 

正直この体も食事を必要としない…妖怪としての体なのだ。

こんな体でよくこの世界で通用するなと思ったものの、どうやらこの世界の私も普通に生まれて普通に過ごしてきていたらしい。と言っても私の意識が覚醒するのと同時に両親は死んでいる。

だから詳細は不明だ。ただ、この体はもう妖怪としての体。そして……

 

地霊殿でいつも通り書類の整理をしてちょっとだけ休憩ということで外に出てみれば庭に訳の分からない装置が勝手に据え付けられていた。それが発端だった。側にいたにとりに装置のことを聞いたらそれは紫の能力を機械的に再現するために作った装置なのだとか。でもなぜここに…しかもこいしまでと疑問に思い聞いてみれば案の定こいしがここで実験すればと提案したらしい。

この時ちゃんと止めておけばよかった。そうすれば私はその機械の暴走に飲み込まれなかったわけだしこうして慣れないディストピアで苦労することもなかった。

 

 

挙句に私には問題もあった。

「こいし。どこにいるの」

同じくこの世界にいるはずの…妹のこいしは今も行方が分からない。

戸籍上私の妹として登録されている。であれば必ずこの世界にいるはずなのだ。私という存在がこうして確立しているように……

彼女をみつけて…それから元の世界に戻らないといけない。それにはそこそこの権利と自由に行動できる職種である必要がある。

この日本は…現状シュビラと呼ばれる超高性能スーパーコンピュータのようなものによって管理されている。元々は厚生省管轄の包括的生涯福祉厚生のシステムだったらしいけれど今になっては社会の根幹とも言えるものになっている。『成し得る者が成すべきをなす。それこそがシュビラが人類にもたらした恩寵である』

とまで言われているくらいだ。

どう行った原理なのかは分からないけれど人間の精神的形質を数値化し個人の適性や能力に見合った職業を提案し、趣味嗜好に沿った新しい娯楽を提示するなどして、人々がより充実した幸福な人生を送れるよう支援するものらしい。

 

心の状態を診断するなんて私にとってはまゆつば物だと思ったけれど…実際に慣れていくと一応理解はできるようになってきた。ただ、心を読めるものとしては数値や色相診断による状態と実際心が考えていることは結構剥離していることが多い。それでも問題ないと判断する根拠がいまいちよくわからないしその逆も然りだ。実際周囲の人へ呪詛の念を放っていた男なんか色相レベルはそうでもなかった。ただ思考するだけではアウトにならないらしい。

でも逆に思考としては普通のことを考えていても何故かアウトになっている人がいたりその逆もあったり。機械の判断基準がよく分からない。そんな分からないものを盲目的に信じる人間の底が知れないのだけれど昔から宗教に頼っている事を考えれば納得してしまう。

 

幸いシュビラの職業選別では丁度良い職種になれた。正直この超管理社会…ディストピアともユートピアとも言える。住み辛い事この上ない。システムで全てが決まりシステムによって生かされている。それはある意味意思決定権のない奴隷のようなものだ。それでもこのシステム下が人探しにはなんだかんだ一番利用しやすい。

ほとんどの場所で監視カメラが、ドローンが徘徊し監視しているのだ。それを使えばこいしは見つかるかもしれない。

まあ…気休め程度だけれどこれを使えば選択肢の幅は狭められる。

国外という可能性も視野に入れなければならないけれどその時はその時だ。

 

AIに家のロックを頼み玄関を閉める。ロックがかかった音を確認してエレベーターホールに向かう。

 

車なんてまだ持っているわけないので徒歩と交通機関を使って職場に向かう。

三十分もすればすぐに職場の建物が見えてきた。

都心部にほど近いところにある建物は周囲のビルとは雰囲気がまるで違う。

事前に送られてきた電子手帳を使いセキュリティをクリアしていく。

 

 

やがて見えてくるのはデスクが六つ置いてあるだけのあまり広くない部屋達。その中の1係と書かれたプレートのはまっている部屋に直行する。

扉などのないその部屋は、部屋というよりフロアの一部を仕切りで覆ったような所である。実際元々そうなっていたのだろう。

ここ一週間で見慣れてしまった。

 

 

 

「本日より配属になります古明地さとりです」

1係には執行官の男性2人と当直だったのだろうメガネをかけたいかにもエリートです感を漂わせる監視官がいた。ただ私と入れ替わりに2人の執行官はどこかへ行ってしまった。どうやら食事に行くらしい。そういえば今は朝食の時間帯でしたね。

そのうちの監視官が私の前に歩いてくる。鋭い目線が私の体を貫く。確かに体系としては少女であるけれどこれでも立派な20歳である。少なくともシュビラシステムはそう判断している。

「宜野座伸元だ。悪いが人手不足でな。新米扱いは出来ない。覚悟してくれ」

無愛想に切り捨てていく。でもまあそっちの方が私にとっては好都合なので良いのですけれど。

「分かっています…そもそも私は元2係ですよ」

1週間だけですけれど。それでもある程度の出動は踏んでいる。

流石にこれには彼も驚いたらしい。一週間ほどではあるけれど場を踏んでいるというのは全くの新米より全く違うというのは彼自身よく知ってることでしょう。

「送られてきたデータにはそのようなことはどこにも……」

多分ですけれどデータの更新が遅れているのでしょうよ。

「正確には私はどこ所属ということはないです。人手不足が深刻な刑事課において臨時に人員が足りなくなってしまったところに次の方が来るまでの繋ぎとして組み込まれるのが私ですから」

この刑事課に配属された時最初に局長から言われたのがそれだった。よくわからなかったけれど要はどこの係所属ではなく基本いろんな所をめぐる…ピンチヒッターのような感じなのだろう。そうした方が融通が効くとかそういう理由でしょうね。

「聞いたことないな」

首を傾げた宜野座監視官に一応の説明をする。サードアイで理解しているのかを確認してみたものの案外すんなり理解してくれた。やっぱり頭の回転が良い人は良いですね。

「先月から始まった試みです」

なるほどと彼は呟いた。どうやら現場部隊には何も知らされていないようだ。別に知らせる必要もないというのが実際のところだろう。であればその事実を知った彼が次に言う言葉などサードアイを使わなくても読める。

「いつまでいるんだ?」

そらきた。

「少なくともここには新人を配備するようですので新人配備後の1ヶ月から2ヶ月の合間含めて1係として過ごすつもりです」

 

「なるほど…理解した」

しかし肝心の新米がどこにもいないのだ。というよりしばらく補充は来ないらしい。困ったものだ。流石人手不足の刑事課である。

結局それ以上の事は言わず宜野座監視官は自分の席に座った。

根は良い人なのだけれど…ちょっと疲れているというか心の余裕がない。何か色々あったのでしょうね。後は無駄に素直になれないその性格のせいか……人間って面白いですね。

 

 

いつまでも立っているというのもあれなので直ぐに私も座席に座りパソコンを立ち上げる。数秒だけ製造会社のロゴが映し出され、ホーム画面が映し出される。

 

何だかんだここのパソコンは個人情報のオンパレード。だからこいしを探すのにはうってつけなのだ。

まあそんな人探しに使うのは本来なら事件の時だけなのだけれど……

 

さて…早速ですけれど…こいし探しの再開です。一応午後の当直なので朝早くからいる必要は無いのだけれど……

データログが残ってしまうからあまり危ないところを覗くことはできないけれど私がしているのは監視カメラの映像から戸籍上私の妹にあたる人物を探しているだけでありそこに違法性はない。

ただ見つからないのだ。いくら探しても……

こうなると本格的に海外を疑いたくもなる。だけれどこいしが海外にいる確率は低い。では一体何をしているのだろうか……

 

「ところでだが、古明地」

宜野座監視官が私の後ろに立つ。背筋が寒くなるような感じがしてしまいどうしても落ち着けない。

「さとりでいいです。それと調べ物もありましたし荷物整理とかもあるので早めに来ただけです」

と言っても引っ越してくる荷物はそこの手提げ一つだけだ。

それを見つけた彼は何をするまでもなくそうかと一言言って終わった。

心を読んで答えを先回りで言ったせいか、彼は再び元の席に戻った。無駄に喋るということも今の彼は好きではないのだろうから。必要事項だけさっさと言っておけば良いと行ったところか。

 

 

刑事課の人員は監視官と執行官に分けられる。

執行官は犯罪者を探し出し確保、状況によってはその場で始末をする。その為執行官は原則犯罪係数が規定値を超えた状態から戻らない潜在犯と呼ばれる人達がなるものである。

そして監視官はその行為、行動を監視し、執行官が社会的な不利益を生み出さないように監視するのが仕事である。

それは犯罪という…この世界においては精神病として定義されるものと関わる関係上やむおえない構造である。

そもそも自体犯罪係数という…将来的に犯罪を発生させる確率のようなよく分からないもので人を捉えるかどうか…厚生措置を受けさせるかどうかを決めるという社会システム上犯罪を操作する刑事課の人達は犯罪係数が高くなりやすい。というより犯罪によって犯罪を誘発させやすいと社会は定義するようだ。

それが事実かどうかは知らないけれど実際監視官から執行官へ行く人は多いと2係の青柳監視官は言っていた。

 

 

 

 

 

午後になり宜野座監視官が帰ると、同じくシフト開けで2人の執行官も部屋を後にした。それと入れ替わりに男女が入ってきた。

2人はそれぞれ征陸智己、六合塚弥生と名乗った。最初の印象は人の良さそうなおっさん…まあ言ってしまえば初老とどことなく此方を見てはなにか恋愛対象のような視線を送ってくる女性と言ったところだった。今のところは……

ただ征陸執行官は何処と無く勘が鋭そうで…聞いてみればやっぱりシュビラのシステムが施行される前から刑事だったようだ。それなら納得である。

「お前さんほんとうに成人なのか?なんか年頃の小娘にしか見えないんだが」

彼がそう言うのも無理はないだろう。実際見た目がそうなのだから。

「同感ですね」

 

「これでもれっきとした成人ですよ」

よく言われるけれど仕方がない。関節でも外して少し身長を盛った方が良いだろうか?

青柳監視官はそのままで良いと言っていたけれど……

 

 

 

いきなり警報が鳴る。それでもボリュームが大きいわけではなく呼び出しのような感じがするのはなるべく人にストレスを与えないようにする配慮なのだろう。

『新宿三丁目エリアにて規定数値を上回るサイコパスが検出されました。当該監視官は執行官を連れて直ちに現場に急行してください』

 

シュビラシステムは個人が今後犯罪を犯すであろう予測値すら解析することに成功した。犯罪係数と呼ばれるそれの数値が高まれば、こうして警察によって保護される。犯罪を犯す前にという大義名分のもと。そして犯罪は無きものとされる。

さらに高い犯罪係数を保持する者は潜在犯として社会から隔離される事となる。

さて今日はどうなることやら。緊急セラピーで数値が下がるのなら良いのだけれど…

 

「…出動ですか」

今日くらい静かに過ごせると思ったのに。

何気に一日一回は出動するハメになっているような気がする。大半は数値が異常値に行ってしまい街頭スキャナーに引っかかったとかで確認するくらいだ。

まあ大半は潜在犯としてそのまま隔離収納されるか緊急セラピーで数値が落ち着いてから厳重注意するかであり…執行を実際にやったのは一回くらいだ。

「そのようだな。お嬢ちゃんは現場初めてってわけじゃないだろ?」

 

「ええ…何度か青柳監視官と一緒に」

その時は大概緊急セラピーでどうにかったので良いのだけれど!

「じゃあ平気だな。よろしく監視官殿」

 

「私は留守番をしていますね」

はあ……まあ、やる事は監視官らしく見守るに徹しましょう。彼らの方が一番人を分かっているようですから。

私は心が読めるというだけで思想心理なんて分からない。そういうものなのだ。

 

 

 

 

さっさと確保して緊急セラピーを受けさせるだけだろうと想定していたけれどその想定は見事に裏切られることになった。

現場に到着する頃には事態は深刻な方に向かってしまっていた。

先に接触したドローンを振り切り近くの通行人を人質に取りそのまま自らの家に立てこもっているといった具合だ。エリアストレスが上がらない状況になっただけマシというべきだろうか。

 

 

 

ドローンが既に周囲を封鎖していて。一般人の排除は完了していた。

乗ってきたパトカーを降りて後から護送車で来た征陸執行官と合流する。彼は状況の悪化を知って呆れていた。

ここまでくるともうどうしようもない。おそらくシュビラも更生の見込みなしと判断するだろう。

「不思議なものですね……いくら社会が人間の最大幸福を実現しても人間は犯罪を犯し他人を傷つける……」

それはこの世界を支えるシステムが不完全なものであるからだろう。表立ってそう言うことは出来ないけれど……

「まあそういうもんなんだろうよ。この仕事は不条理の塊みたいなもんだ。何でそれが不条理なのか…それは俺たちには分からねえ。でも現実に不条理は起こっている」

それをどうにかしないといけないのがここシステムの盾であり槍でもある私達なのだ。

「しかし刃物を持って逃げるとは…何をするか分かりませんね。特に衝動的犯行の場合はもう歯止めが効かない」

もしすぐ近くに核ミサイルの発射ボタンがあったらそれすら迷いもなく押すであろう。そういう状態なのだ。

「全くだ。どうするお嬢ちゃん」

 

「……強襲すると人質の方も犠牲になりかねないですけれど」

でももう…人質の犯罪係数も上がってしまっているだろうなあ。何かと犯罪に巻き込まれた側も犯罪係数が高まり色相も悪化する。潜在犯認定されてしまえば悲しいことですけれど隔離施設送りである。

「だがなあ…立てこもられちまったらもう俺たちには強襲しかねえんだよなあ」

昔であれば立て篭もりにはそれ相応の理由があってある程度会話が成り立つことが多いのだけれど今の立てこもりはこのように突発的なその場凌ぎのものが多くどうしようもない。

玄関より強襲をするのであれば窓からの方が良い。とは言ってもガラスを破って素早く中に入り込む必要があり難易度は高い。

「窓から奇襲しますか?」

 

「おいおい年寄に何させようとしているんだよ」

ですよね。流石に貴方に建物二階の窓から強行突入してくれなんて言えない。

 

「いやなら私が行きますけれど……」

ドミネーターの出番になってしまうとはなあ……

「だったら俺は玄関からだ。両方から行けば少なくとも成功率は上がるな」

そうだと良いんですけれど…でもまあ窓から一人で行くより成功率は上がる。私はとっとと帰りたいです。正直迷惑です。人に迷惑かけるならそれ相応の代価を払っていただきますよ。

 

ドミネーターを運搬してきたドーリーが私達の前で止まる。

ケースのロックが解除され、充電済みのドミネーターが姿をあらわす。

……これを使うのかあ。あまり好きにはなれない。でも仕事だし仕方がないか。

 

『携帯型心理診断鎮圧執行システム、ドミネーター起動しました』

 

 


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