古明地さとりは執行官である   作:鹿尾菜

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おまたせしました。長い合間離れていたので初投稿です


現実 下

肩を掴んでいたその腕を素早く両腕で抱え込み前に放り投げる。

 

突然の事で反応に遅れたその男は受け身を取ることもできずそのまま地面に叩きつけられた。

咄嗟に受け身が取れないと言うことは戦いなどズブの素人当然だろう。

私が動いたのと同時に前後を囲んでいた彼らが動き出した。

素早く目の前から迫る2人の方に接近。1人目は金的を蹴り上げ、隣にいた男のお腹にラリアットを叩き込む。狭い路地だから互いの感覚を開けることができない。あれでは避けようがない。

そういう時は前後とかに距離を取るのが最適解なのですけれどそれすら頭が回っていない時点で戦術的知識もなし。よくこれで今までやってこれましたね。

ああ、マフィアとかそういう存在だったらこれくらいの方が切り捨て要員として便利だからか。

前にいた彼らが完全にダウンし道が拓ける。

後ろから迫る彼らを無視して素早く前から包囲を抜ける。

 

無駄に事を荒だてたくないので後ろの2人をわざわざ仕留めるつもりは無い。にげれるなら逃げるに越したことはないからだ。ただ向こうの方が地の利があるのだろう。1人が先回りをするためなのか別の道に入りこんだ。

 

じゃあ私は……

壁に取り付けられていたパイプと、壊れかけた足場を蹴り飛ばすようにして体を宙にあげる。

どうやら私の体はここだと飛ぶことはできないらしい。だけれど今まで通りの人間離れした力は使えるからこうやって壁を伝えば宙を舞うこともできる。

 

背後から追いかけていた人間が呆然と私を見上げていた。

追いかけてくる気配は感じられない。屋根伝いに廃棄区画を駆け抜ける。

今日はこれくらいが妥当なところでしょうか……ああ…お腹空いたなあ。

屋根伝いに建物を移動し、距離を稼いだところで建物外に取り付けられているボロボロの非常階段に降り立つ。

 

あとは普通に人として歩いていればもう問題はなかった。

その場所は確かに…この管理社会から見れば魔境なところだった。こんなところで人探しをしたりするのは無理でしょうね。こういう場所に逃げ込まれるのは勘弁したいものです。

 

 

「はて……事件ですか?」

今日もなんだかんだ出動の知らせがやってくる。

私が当直の時に限って起こるようだ。

「いや、事件というわけではないようだな」

そう言ったのは征陸さんだった。

最近宜野座監視官が狡噛慎也さんや征陸さんを避けてシフトを組むせいで私はずっとこの面子で固定になっている。

なんだかもう慣れて来たのですけれど他の人ともある程度組んでおかないといざという時連携しづらいんですよ。わかっているのでしょうかあの人は……

 

まあ刑事課が担当する出動案件の多くは該当スキャナーに色相レベルが悪化している人がいるから確認をしろというものが多い。色相レベルの悪化ですぐ入院とはあれだなあ……感覚がまだあっちよりの私では未だに慣れない。

そもそも犯罪をしでかす確率のようなものなんて一体どうやって誰が確立させているのか。それはこのシステムに反抗的な意思を持つものも等しく他人を傷つけるという判断で処罰されるのでは?

そもそもこのシステムは何を根拠に犯罪係数を出しているのかそれが不明なのだ。それなのにそれに依存しきった社会とは……恐ろしいというかなんというか……強いて言えばそのシステムが人間にこれをやってあれをやっていれば幸せだと…そういう世界を提供しますよとしているから人間は皆管理された家畜と大して変わらない。結局システムが飼いならすただのペットになってしまっているのだろう。人類に幸福を与えるために人類が作ったシステムは人類を家畜と判断して扱っている……ああなんとも皮肉な話ではないか。

それとも家畜でいる事が人類にとっては大多数の幸福なのだろうか。

私はそれが悪いとは言わない。ただ思考停止をした人間の感情は美味しくないしそんな人間に価値があるとは思えない。やっぱり恐怖と怒り…こっちに来てから私はそれらの感情を一定以上受けないと妖怪として弱体化してしまうらしい。なんともまあひどい話だ。

 

「ちょっと確認して戻ってくるだけですから大したことではないでしょうね」

 

「それが一番良いな」

 

でしょうね……それにしても狡噛慎也さん貴方の頭の中で時々ちらつくその写真の人物は一体誰でしょうか?なんだか相当な憎悪があるようですけれど……

「どうした監視官。俺の顔になにかついているか?」

 

「いえ…なんでもありません」

じゃあ行ってきまーす。

 

 

 

現場に向かう途中続報が入ってきた。先にドローンが接触をしたようだけれどどうやらそれがきっかけで犯罪係数が悪化。

物の購入履歴を洗い出してもらえばどうやら違法かつ中毒性が高いメンタルケアの薬を服用していたらしい。まあ麻薬のようなものだろう。違法性のあるものは一時的に犯罪係数を下げる効果があるけれどその代わりに副作用と中毒症状が深刻なものが多く。対象が買っていたのもそう言ったものだったらしい。

完全にアウトである。挙句、逃走中に子供を人質として廃棄区域に逃げ込んだようだ。昼間から何をしでかしてくれるんだか。

しかも恐れていたことが起こってしまったのだ。

 

私1人だけでは手に余るので宜野座監視官達を呼び寄せる。彼も冷徹だしちょっと気が強いけれど根はいい奴なのだ。電話越しに少しだけ怒りがにじみ出ていた。それでも感情に任せてということではなく冷静に対処しようという気がうかがえた。

パトカーに乗っていた狡噛さんが降りてきた。

「で、お前はここでギノを待つのか?」

 

「ええ、個別で突入しても効果が薄いです。最悪先に行ってもいいのですが取り逃がした場合や最悪のケースを考えれば最初から協力したほうがよろしいかと」

 

「そうだな……じゃあ俺は……」

先に行くと言いかけた彼を制する。

「待機でお願いしますよ。私が言ったこと分かってないですね」

私の言葉に少しムッとした顔になる。

「だが子供はただでさえメンタルが不安定なんだ」

人質が子供でなければ彼は食い下がらなかったのだろう。

「だからと言って1人で突入するのは失敗して人質が死亡する可能性もあります。幸、人質の子供はここに連れ込まれる直前までは気絶していたようです」

ドローンや街頭カメラが捕捉していた映像を確認しても子供が暴れたりする様子はなくずっと下を向いたままだった。

最悪の事態も想定できますがだとしたらもう手遅れだし考慮する必要はない。

それに気絶しているのであればまだ数値悪化はしていない。悪く言えばほとんどのことを知らないかもしれない。

「後五分で来るって言っているんですから待ってくださいよ」

 

「模範的だな。いや、鉄則に従うタイプって言った方がいいかお嬢ちゃん」

征陸さんの茶化し。

「こういう時のセオリーはそれなりに有効ですから」

 

 

「わかった…5分だからな」

そう言って彼は廃棄区画の方に視線を移した。

夕方だからなのか周囲のLEDと立体ホログラムのきらびやかな……ハリボテの幻影と、時代に取り残され、朽ち果てながらもネオンや今は亡き蛍光灯でその姿をなんとか着飾っている廃棄区画。錆びた鉄板や風化したモルタルの壁などが荒廃感を余計に引き出している。それでもそこには確かに人の営みがあるのだ。

綺麗であろうとするが故に、罪を犯す前に人をその場で裁く社会が、捌き切れない者や必要ないとした者をかき集めておくいわばゴミ溜まりのようなところ。と言うイメージとはちょっと違う。

 

3分ほどして宜野座監視官が乗るパトカーが、それに続いて六合塚さんを乗せた護送車も到着した。

 

「状況は変わらずか?」

 

「ええ、変わらず。合流したら手分けして捜索と確保をするつもりでした」

軽い説明だけでも彼はしっかりと状況を理解したようだ。まあこう言ったところに逃げ込まれたとなったらそうなるか。

「分かった。では征陸と六合塚を使え。俺は……あいつと行く」

 

珍しいですね。あなたが自ら狡噛さんと一緒に行くと言うなんて。てっきり毛嫌いしているのかと思いましたよ。

「勘違いするな。そっちの方が子供の安全が少しでも高くなるからだ」

 

「……じゃあ準備しましょうか」

 

準備といってもドミネーターを携帯するだけなのですけれど。

 

脳膜スキャンと指向性音声を聴きながらドミネーターを手に持つ。

このようなものがなくても殺意のあるなしくらい私ならわかるのだけれど。人間はそうはいかない。だけれどシュビラの決めたことが絶対だなんて…それが正しいと一体誰が保証してくれるのだろうか?

 

 

基本こう言ったところでは私達は変な目で見られる。まあ仕方がないのだろう。どう考えても服装が合わない。黒いスーツなんて着ていくようなところではない。それに匂いも…纏う雰囲気も違う。浮いてしまうのだ。

だけれどそれを気にしている暇はなかった。

お腹も空いたのでそろそろ食事もしたいですし。

 

「征陸さんと六合塚さんは先に行って散策お願いします」

私はのんびり探すとしよう。相手は土地勘はない。だとしたらずっと道を走って逃げるようなことはしない。

「ああ、分かった」

 

「了解です」

 

2人が先に廃棄区画の奥に消えていく。

汚水が流れきっていないのか腐敗臭を発しながら道の端っこに溜まっている。

このような環境も正常な判断能力を脳から奪う。

それを考慮してみれば対象が逃げる場所は自ずと限られてくる。

 

例えば…この位置から見えるビル群。あれの二階以上のところとか。

そっちの方へ歩いて行く。

しばらく人の流れに従ったりして歩いていけば、電話に連絡が来た。

『こちら宜野座。対象を見つけた。人質はまだ気絶中。場所は東側のビル群。4号棟3階の空き部屋だ』

当たりです。でもちょっと早すぎましたね。

「了解です。すぐそっちに向かいます」

 

でも到着する頃にはもう執行してしまっているのでしょうね。

そう思っていたものの少ししてから来た通信は完全に状況が大変な方向へ向かっていることを表していた。

『対象が逃げた‼︎』

宜野座さんにしては少しばかり声を荒げていた。

「逃げた?どういうことだ?」

広域通信だったため私が反応するより先に別のところを探索している征陸さんが反応した。

『恐ろしく勘が良いやつだ。パラライザーをよけやがった』

すごいやつですね。あれ電子パルスか何かを打ち出すやつですよね。引き金を引いたら地球を7周する速度で飛んでくるとかなんとか。

 

しばらく対象者が脱げた方向へ向かって駆けていると再び腕の広域通信が鳴った。

『こちら征陸。人質の救出には成功。だが犯人に逃げられた。多分さとりの方に向かってるはずだ』

 

「了解です。こちらで対処します」

人質を救出してしまうなんて。それだけでもこちらに対する大きなアドバンテージですよ。

私の足音に混ざってかなり焦って走っている足音が聞こえてきた。発信源はこの先。まっすぐこっちに向かってきている。

確かにこれこっちに来ていますね。なら丁度いいかもしれない。

服の内側に隠していたサードアイを展開。表面からは僅かに膨らみが不自然になっているくらいだろうか。その瞳で走ってくる彼を見つめる。

怖い…なんで俺だけ…怒りと恐怖の感情に完全に支配されていますね。その心もっと見せてください。

心が持つその闇は人間の私には嫌悪と正気度を失わせるようなものだけれどことさとりにとってはむしろ食事のようなものに近いのだ。なんとまあ不憫なものだ。こんな気持ちが悪くなる食事なんて……それでも取らないわけにはいかない。

さて満腹というわけではないですけれどそろそろ良いでしょうね。

ドミネーターを構える。

《犯罪係数オーバー290執行対象ノンリーサル、パラライザー》

どうやら思ったほど犯罪係数は悪化していないみたいだった。それでももうあれでは助からないのだろう。社会的に……

 

「そこをどけえええ‼︎」

 

「いやですよ」

退けと言われて素直に退くなんてことはあり得ないでしょう。

一瞬の躊躇もなくトリガーを弾く。その銃口の先からマイクロ波のようなものが照射された。

だけれどその射線を読んでいたのか対象者は横に飛び退いて回避した。凄いやつですね。

銃口の向きを見極めてトリガーを引くよりちょっと前にはすでに飛び退いた。勘がいいなんてレベルじゃない。未来予知に近い。

「このやろおおおおお‼︎」

 

《犯罪係数オーバー300執行対象リーサル、エリミネーター。慎重に照準を定め対象を排除してください》

ドミネーターの形状が変化した。もうあなたは管理社会から要らないと判断されてしまったみたいです。

まあ形状が変わる合間のタイムラグで随分と接近されてしまったのですけれど。だけれど逆にこの距離であるなら絶対に外すことはないだろう。

武器は…持っていないようですね。

 

目の前に迫った対象。

だけれど私が引き金を引く前に、横からエリミネーターを撃たれたらしい。

急に目の前で体の下半分が肥大化。木っ端微塵に爆発した。

 

真っ赤なトマトが弾けるというよりかはむしろスープを入れた風船を割ったっと言ったところだろうか。かろうじて右腕と頭が原型をとどめていた。

それ以外は爆発で吹き飛んだらしく血の海になっていた。内臓も等しく粉々だ。これって清掃どうするんでしょうね。

「六合塚さん。ありがとうございました」

彼を撃ったのは六合塚さんだった。タイミングを見計らっていたのだろう。或いは監視官を囮にしたか。まあどちらでも良いのですけれど。

 

「気にしないで」

 

「……これは?」

血溜まりには結構原型を留めているものもあった。例えばスマホや財布など。血塗れではあるけれどまだなんとか残っていた。その中でも奇妙なものが浮いていた。

注射器……これで薬を打っていたのですか。またなんとも…凶暴なお薬だこと。

普通メンタルケアの薬と言うと飲み薬が一般的なのですけれどね。こう言った薬もあるのでしょうか。

「違法なメンタルケア薬はたくさん出回っていますしそう気になるようなものでもないでしょう」

後ろから覗いてみていた六合塚さんが話しかけてきた。あまり一緒にならないから話したことないんですよね彼女。悪い人ではなさそうですけれど……どうにも苦手だった。サードアイが彼女の心を捉えないように素早く眼をしまう。

「そうだといいですけれどね」

思考を切り替えよう。

この注射器は分析官に回しておこう。データくらいはとっておうた方が良いでしょうし。

 

死ぬ間際の感情はどうして…だった。そんな疑問を投げかけられたって知るはずないだろう。運がなかったくらいしか言えませんよ。

さて帰りましょうか。気分もすっかり最悪ですし。

 

「……貴女は何も思わないの?」

ずっと私を見ていた六合塚さんが私の背中にそう投げかけた。

「人が目の前で死んだことに関してですか?それとも人が人じゃないような死に方をしたことに関してですか?」

珍しい彼女からの問いかけに思わず振り向いた。

「どっちもね」

その真剣そうな表情が私の心を読もうと貫いてくる。

「どうでしょうね…もともと感情が薄いということもありましたけれど。なんだかんだこういうのは見慣れていますので」

自分が妖怪だと言えるはずもないし、そんな非科学的なものこの世の中には存在しない。

きっと私は……私の心は彼等にとってみれば異形なのだろう。

「良くも悪くも他人への関心がないんですよ」

 

「そう……」

 

「ほかに何か聞きたいことでも?」

 

「いえ、特にないわ監視官」

 


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