自由が望みと言うけれど 作:ほうれんそう
「なに、言ってんだよ、おまえ、」
俺の脚で、ふたり分の体重を支えて飛ぶのは、たぶん難しいだろうな。
でも、きっと追っ手は原作と同じく弓を使うし、もし連れて行けなければ、ガロウはこの里で一人疎まれ死ぬだろう。
矢を避けて、負担を抱えて、ふたりで、とか。
どう考えても難易度はルナティックだ。
でも、やるしかない。こんなところで、死なせはしない。
こんな場所で、地に繋がれたまま。
「バカじゃねぇの、なんで、ジェハは……俺なんか、」
そう、俺の今世の名前はジェハだ。わかってんじゃねーか。
知ってるか、少女漫画に出てくるメインキャラのイケメンてのはな、大抵ヒロインを守るヒーローなんだよ。
そのヒーローに成れる素質を俺は持ってるわけだ。
ヒロインは不在だけど、いなかろうがヒーローはヒーロー。異論は認めない。
だから、できないなんてことはない。
手を差し出す。
「行こう。」
─────「それは許さん。」
反射で伸ばされたガロウの手が、触れる直前で握りしめられた。
里の人間が、矢を番えてこちらを睥睨する。
「お前たちは、疫病神だ。
龍の力が外部の人間に漏れればどうなるか、言ったはずだ。
里の掟を破るなら、お前を射落す。」
鏃がこちらを向いている。
それを見て、ガロウが、足をそちらに向けようとしたから。
下ろされた腕を咄嗟に掴んだ。
「離せ。」
「嫌だ。」
「誰がてめぇみてーなクソガキと行くかよ。
これ以上ガキの子守りなんてごめんだ。俺は、お前が大嫌いだからな。」
「ジェハをこっちに連れてこい。」
「だから、」
強い力で掴んでいたつもりだった。でも、足の力がなくなろうと、大人と子供の力の差は明白で。
腕が、振り払われる。
「っだから、ひとりでどこへでも行っちまえ!!
─────ジェハ!!」
大きな背中が視界に広がる。
「その足で、どこへでも!!」
そして、その腕を、里人へ振り抜いた。
鈍い音が響く。
「行け!!」
生まれた一瞬の間。
足を踏み出す。
空へ?……まさか。
誰が、お前の言う通りになんかするか!!
「嫌だっつってんだろ!!」
本当いい加減にしろよお前!!
「なっ、」
ガロウを押しのけ、矢が放たれる直前で、届く範囲の全ての弓を、龍の足で薙ぎ払った。
意外と、いけるもんだな。
喧嘩もしたことなければ、能力もほぼ初めて使うけど。
ヒーローのポテンシャルに感謝、ってか。
さっきから、驚いてばかりのガロウの腕を掴み直して、能力をフルに使って逃走を開始する。
ガロウの、能力がなくなった足に配慮出来ないのは、今は許してほしい。
すぐに、壊せなかった弓が、立て直してこちらを狙う。
「ジェハ!やめろ!!」
ガロウを進路に押し出して一度Uターン。
綺麗に構え直された弓を、能力を使って瞬時に近接してから再度薙ぎ払う。
折れた弓矢の破片と、壊しきれなかった弓から飛ぶ矢が、俺の頬を、腕を、足を切り裂いて鮮血が舞う。
「っジェハ!」
また立ち止まるガロウの元に戻り、抱える様に腕を回し、龍の足を起点に跳ぶように走る。
大人を抱えられた上に、ぐんぐんと離れる追っ手との距離。
なるほどこれが火事場の馬鹿力ってやつか。
それでも、力を入れた足からは血が流れるし、矢だってまだ届く。
「おいっ!!やめろ……!俺は置いて行け!」
それで、俺を逃がして死ぬのかよ。
「ぜっってぇ嫌だ!!」
耳元で風を切る音。長くなり纏めていた髪がバッサリ散る。
抱えられたガロウが息を飲むのがわかった。
「こ、んな時に、ワガママ言ってんじゃねぇ!俺は!もう死ぬんだよ!
なんでお前が死にそうになってんだ!離せ!
っ頼むから、やめてくれ……!!
ここで生きのびたって、俺はどうせしぬんだよ!!
お前と一緒にはいられない!
……俺は!ここで!」
血を吐くような苦しい声。
表情は見えないけど、その声の震え方には俺自身に覚えがあった。
でも、それより後の言葉は聞きたくない。
「それが!!なんだっていうんだよ!!?」
矢はまだ届く。
首筋に掠めた。背筋が粟立つ。
腕が震えた。とんでもなく怖い。当たり前だ。こんな風に、死ぬかもしれない状況に怯えないやつは変態だ。
これを、ガロウは12年味わってきたんだ。俺に乗り越えられないわけがない。
ガロウを支える腕に力を込めた。
「そんなことっ!知ってんだよはじめから!」
一応、矢の勢いは落ちてきた、か?
息が切れる。あと少し。
「それでも!」
矢が腕を裂いていく。
致命傷じゃない。大丈夫。
飛んで逃げられれば楽だけど。
緑龍の力は、空を飛べるが翼とは明確な違いがある。正確には「飛ぶ」より「跳ぶ」、だ。
二人分の体重支えての跳躍の上、空中での機動は期待できない。そこで矢が来たらほぼほぼアウトだ。
なら、まだ避けられる地上で距離を稼いで離れるしかない。
あと、少しだ。
「、それでも。一緒に来てほしかった。」
……あと、少し。
「あんな薄暗い場所に、繋ぎとめられたまま、ひとりで、とかっ。
さいあくだろ……!
なら、俺と一緒に来るくらい、いいだろうが!
あんな場所より、美少年の相手の方が断然いいだろ!!なにが不満なんだよ!!
だから、ここに残んのは諦めろ!諦めんの得意だろ!お前こそ我儘いってんじゃねぇぞ!!」
「そういう問題じゃねぇよ話聞いてたかお前!?」
「うるせぇ!決定事項だ!お前は行くんだよ!!」
は、と乾いた笑いをガロウが漏らす。
振り返る。里が離れる。矢が、届かなくなる。
「俺と!!」
地を、蹴った。
「……お前、ばかだろ。」
「お前にだけは言われたくない。」
木の幹を蹴る。木の葉を抜ける。
衝撃に、留まっていた鳥たちが一斉に羽ばたく。
遮るものなど何も無い、高い高い、空を。
俺の目の前を、横切って。
「……抜け、た。」
視界に青い空が広がっている。
俺は今、そこを翔けている。
「…………抜けたぞ。」
「そうだな。」
「……生きてる。」
「……そうだな。」
実は急所に矢刺さってるとか、ないよな?
希望をもった瞬間に、秒で絶望に叩き落としていくスタイルの漫画は万とあるからな。
確認は大事。うん。
……な、いな。ないな。まじか。よく、あの状況で。
いや、傷は、いっぱいあるけど。
「俺も、ガロウも、……!」
飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。
風を切る。はたはたと服がはためく。
振り返れば、追っ手はもう点になっている。
出た。生きてる。ガロウもいる。空を、飛んでいる。夢じゃない。どうしよう。どうすればいい?
これから。これからのことを、考えても、許される。
「ど、こに行く?」
「お前は、どうしたいんだ。」
少しだけ、緊張した声。
「決めてない。」
「……おい。行き先の候補は。さすがに衝動的犯行じゃないのはわかるぞ。前から計画してたんじゃないのか?」
硬かった声が、呆れたようなものに変わっていく。
「そんなもんねーわ。
生まれてこの方里の外出たことないんだぞ舐めてんのか。」
「舐めてねぇよ。なに自信満々に答えてんだ。」
会話が、かつてあった、つかの間の日々に戻ったみたいで。
「行く宛てなんてないけど、これから決めればいいだろ。
行きたいところ。やりたいこと。全部、これから。
もう、どこにだって行ける。」
「…………お前は、本当、」
緩む口元。
それを見てか、俺の発言にか、はたまた両方か。ガロウは深いため息をついた。
「まぁ、……そうだな。まず、その血だらけの身体をなんとかしろ。」
「あ?っとと。自覚したら、ちょっと、」
「っおい!」
「お前、おもいわ……。」
ふらふらと、近くの高台に着地した。
そのまま、ガロウを放ってぱったりと仰向けに倒れる。
身体のあちこちが痛い。矢に裂かれた傷も、負荷を掛けすぎた足も。
「ジェハ!?」
「だいじょぶ、だいじょぶ。」
死にはしない。たぶん。
治療はしないといけないけど。とりあえず、深いやつは止血して、町に行って。
まぁ、金なんてないけど。世渡りは上手なんで、なんとかなるだろ。
12年人と交流してねーけどな!はっはっ!……。
うん。だいじょぶだいじょぶ。なんとかなるなる。
視界に、青い空が広がる限り。
「…………。」
あー……。
視界いっぱいに青空なんて、贅沢だなぁ。
「なぁ、ガロウ。自由だぜ。」
「あぁ。」
「お望みの、自由だ。」
「……。」
「感想は?」
「……あぁ。」
あぁ、ってなんだよ。答えになってねーよ。
眉間に皺を寄せると、切れて短くなった髪に、無骨な手が触れた。
と思うと、ぐしゃぐしゃと掻き回される。
俺とガロウは性格なんて欠片も似てないけど、見た目だけは似てたのに。緑の長い髪。
「は、はは。」
あ?……気でも触れたか。
「本当に、やりやがった。空に。俺まで。」
起き上がると、木にもたれて隣に座り、俯くガロウが視界に入る。
地面に、ぱたぱたとシミができていく。
「は、ははっ!はははははははっ!」
上げた顔は、晴れ晴れと、この空のように曇りなく。
「ジェハ。」
「なに?」
「……ジェハ。」
「?」
ガロウは、唇を噛んでくしゃりと顔を歪めた。
俺の方が満身創痍なのに、ガロウの方が顔色が悪そうだ。
どうやら、火事場の馬鹿力を発揮してたのは、俺だけじゃないらしい。
身体の横に垂れる腕に、力が入っていないのが見て取れる。
木の幹に頭を預けて、目を伏せた彼から、落ち着いた声が耳へと届いた。
「飛べよ。どこまでも、どこへでも。」
「おう。あんたも連れて行ってやる。」
「それは、光栄だな。今代の緑龍さんよ。
だが、これ以上、俺は一緒に行ってはやれない。わかってるだろ。」
「……やっぱり訂正。あんたのそういうところ、大嫌いだわ。」
ガロウは、しょうがねぇな、って。
我儘を言う、子供を見る目をしていた。
数年前まで、よく見ていた色。失われていた色。
「俺も、お前のことが大嫌いだ。ジェハ。
だから、あとはひとりで行け。もう、十分だ。……じゅうぶんだ。」
その声が、あまりにも穏やかで、怒る気が失せてしまった。
「じゃあ、あんたの願いはもっていく。
あんたが大切にしていたもんを、俺が、奪ってでも、連れていく。」
「そりゃ、いいな。もっていけ。返品は不可だ。最後まで、連れてけよ。
ただ、それは、心底大切なもの、ってわけでもないらしい。」
なんだそれ。謎かけか?
「そして、お前はそれをもっている。
この、くそ生意気な、俺の、」
そこで、口を噤んだ。俺の、なんだよ。
ちゃんと言えよ。
俺が眉を寄せるのを見ても、ガロウは続きを口にはしなかった。
「、なんだよ。」
「……いいや。自由に、生きろよ。」
「……そーだな。あんたの、クソみたいな人生に変わって?
悠々自適に。自由に。人生を謳歌して。
……死んでもう一度会った暁には、精々自慢してやるよ。」
ガロウの言う、生意気なガキの顔で笑えば。
ガロウもにやりと、それでいて、こっちがむず痒くなるくらい優しく笑って、俺に手を伸ばした。
「……ガロウ?」
触れた手は、温かく。
「……あんがい、わるいもんでもなかったぜ。」
満たされた、みたいな。
それでいて、すぐ起きて、俺に文句でもいいそうなくらいの、顔で。
「………………。」
もたれた木から、ずり落ちそうになった身体を、抱きとめた。
「じゃあな。」
おやすみ。
さようなら。
また会おうぜ。
「俺の、」
─────友のようで、兄のようで、親のような人。
◇
「ジェハ。」
俺を呼ぶ声が、いつかの誰かと重なった。
「……船長か。」
甲板の上、強い波風に緩く流される、緑の三つ編みを視界の隅におさめて。
じくじくと疼く右足に、過去を思い出した。
靡く長髪は、あれから随分と時間が経ったことを教えてくれる。
まぁ、13年も経てば髪も伸びるというか。
とっくに少年と呼ばれる時期は過ぎた。もう、掴んだ腕を振り払うことだって出来ないだろう。
ははっ、ザマーミロ。
─────「お前は、どうしたいんだ。」
……さぁ。まだはっきりとは決まってねぇよ。
大切、かはわからないけど、無くしたくはない記憶。
ときどき思い出しては、丁寧に仕舞っている。そういうもの。
「なんか用事ですか?
……それとも、役人に動きでも。」
ただ、その思い出した原因がよろしくない。
ブーツに納めた、この便利な足を恨む。正直、空を飛べるのも、この機動力も最高と言わざるを得ないのは認めよう。
でも、それで補って余りある欠点が多すぎるだろ!
他の四龍の居場所がわかるのとか、プライバシーなってなくて最高に不愉快だよな。
個人情報保護法仕事してくれ。そんなもんここにはないけども!
近づく気配を察知できるのはいいが、あちらにも俺の居所がわかるのはいただけない。
わざわざ会いに来てくれてありがとう。最悪な気分だよ。
脳内で、一応面識のある黄龍(放浪中)と俺を除く四龍ならぬ二龍。あーんど、激強でもはや俺より化け物な護衛と、天才美少年。
そして、その中心にいるであろう少女に対して、ひと通り悪態をついて。
「……いいや。そういう訳じゃないがね。」
怪訝そうにこちらを見る、麗しの女船長にやっと向き直った。
「ただ、なんかあったのかい。随分大人しいじゃないか。」
できたら、原作通りの行動はしたくないな。どうなるかは、わからないけど。
俺は自由であり続けたい。もう、なにかに縛られるのはごめんだ。
宿命なんてくだらないもの、利子つけてお返ししよう。
ほら、運命に抗うのが俺の仕事だから?
「同類が、近くまで来たらしいからさ。」
白龍と、青龍がこの港に来ている。俺に会うために。
あともうひとつ、強い気配が、近くに。
四龍の伝説。守るべき主、ねぇ。
……ヨナが。主人公が嫌な人間なら、蹴り飛ばしてでも追い返すのに。
煙管の煙を吐き出す。
白い煙が空へと細い道をつくった。
「……あぁ、例の。
そうかい。何企んでるかは知らないが、程々にしときな。後で後悔するよ。」
「ひでーの。」
船長は、同じように持った煙管を吸って、吐いた煙を目で追った。
「……煙管、すぐやめると思ったんだがねぇ。
悪い遊び覚えちまって。身体にいいもんでもないだろう。」
「それは船長にも言えることだろ。」
「老いぼれはいいのさ。」
「俺もいいんだよ。」
─────どうせそう長い生でもない。
次の緑龍が生まれるまでの人生だ。
原作で、生きていられるのを知ってはいたけど。普通なら、ここまで生き延びたのも奇跡に近いだろうし。
「精々話のネタでもつくっておくよ。」
そのうち自慢出来るやつがいいな。
マイナー設定大好き人間。