ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~   作:アルタナ

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Prologue : Beta-test
第1話:影で生きる者


とある路地裏。

 

 

「はっ、はっ……はぁっ…!」

 

 

一人の男が、奥へ奥へと駆けていく。

その足取りは、ずっと走り続けている疲れのせいか、どこか覚束ない。

走っては、時折振り返って後ろを確認しながら。

 

 

「ひぃっ!」

 

 

振り返った先の視界に映る影を見ては、男は再度前を見て、疲れた体に鞭打って加速する。

その影から逃げるように。

大きめの外套の襟で口元は隠れており、ただでさえ薄暗いせいで、表情は全く窺えない。

影は、歩くように、ゆっくりと、しかし確実に。

足音を感じさせることなく近づいてきていた。

 

…走っているはずなのに、歩いている影を振り切れない。

 

…それどころか、ゆっくりと、着実に距離が詰まってきている。

 

 

「なん、で……!」

 

 

何故、自分がこんな目に遭っているのか、男は理解できない。

心当たりがない、というわけではない。

男は、一部では有名な資産家だった。

だが、彼を知る者の間では、黒い噂も多い。

誰かを犠牲にして富を得たこともあったし、自分の得にならない者を切り捨てたこともあった。

当然だが、切り捨てた、というのは殺したということではない。

資金援助を打ち切ったり、関係を断ったりした、という事である。

男にとっては、その程度の事は当たり前のことだった。

だが、それだけである。

たった、それだけのことで。

 

 

「…っ…はぁ、はぁっ…!」

 

 

もう、後ろを見る余裕もなく、入り組んだ裏路地を右へ左へと。

相手の気配は、感じない。

けれど、男は気を抜かない。

気配を感じないと安堵して、後ろを見てそれを裏切られ続けてきたから。

影は、気配を感じさせることなく、自らを追ってくる。

それこそ、まるで少し離れたところにできた自らの影であるかのように。

 

 

「っ…!」

 

 

もう、振り返りたくない。

この恐怖から逃れたい。

その一心で、男は逃げ続ける。

こうして走り続け、追いつかれる前に、どこでもいい。

表の通りに出ることさえ出来れば、影も迂闊なことはできない。

そうすれば、助かる。

そんな希望を持って。

 

 

「……うっ…!?」

 

 

しかし、そんな希望は、打ち砕かれる。

目の前に広がる、一本道の行き止まり。

右にも左にも、道はない。

 

 

「くそっ!」

 

 

急いで、振り返り、来た道を戻ろうと踏み出す。

しかし。

 

 

「ひぃっ!?」

 

 

影はもう自分の近くまで迫ってきていた。

全力で走り続けていたのに、遠目に見えていた影が、もう眼前まで迫っていた。

尻もちをついて、座り込んでしまう男。

 

 

「っ!!?!?!?」

 

 

見上げた影が自分を見下ろす視線に、男は恐怖した。

自らの足と、自らを支える腕を必死に使い、後ずさりするように逃げる。

それが無駄だと分かっていても。

男が一歩後ずされば、影は一歩近づく。

 

 

…影は一言も話さない。

 

…ただ、男の姿を見据え、その手を少しだけ振り上げる。

 

…その手に握られた刀の刀身が、少しだけ陽の光を浴びて煌めく。

 

…一部では芸術とまで言われるその輝きが、男にとっては死神の鎌のように見えていた。

 

 

「な、なんなんだよ…貴様!?」

 

 

恐怖からついに、男は声を荒げる。

その身体は震えていた。

 

 

「……」

 

 

影は何も答えず、手に持った刀を振り上げる。

 

 

「ま、待て!誰の指示だ、金か!?なら私は倍の報酬を払うから…!」

「……」

 

 

影は答えない。

振り上げられた鎌に対する恐怖しかない男に出来ることは、命乞いのみだった。

 

 

「だから頼む。何でもするから、頼む、殺さな………!!」

 

 

その命乞いは、最後まで言葉にならなかった。

影が振るう、死神の鎌が振り下ろされた。

 

 

「っ…」

 

 

男は声を上げることなく、目を見開いてその場に仰向けに倒れこむ。

そんな男の首が、体と切り離され、鮮血が溢れ出す。

 

 

「…」

 

 

普通であれば、直視するだけで気分を悪くする光景。

しかし、影は動じない。

影は男に背を向け、刀を鞘に納めて歩き出す。

 

 

「…俺だ。完了した」

『了解。確認する。無線は破壊して処分して構わない』

「承知した」

『さすが、華月の跡取りだ。子供といえど、侮れんな、時雨君?』

「……」

 

 

通信を終え、耳元の通信具を外し、それを握り潰して捨てる。

 

 

「…」

 

 

華月時雨と呼ばれた影は、一言も発せずに、その場を後した。


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