ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
*** Side Strea ***
シグレがアスナに殺されて、よく分からないまま、76層に辿り着く。
鞘に納まったシグレの刀を、離さぬように持ったまま。
あれから街に着いて、宿で一人、少しだけ薄暗い部屋の中明かりもつけずに、ドアを背にしてその場に座り込む。
「……」
シグレが、死んだ。
74層の時のことを思い出す。
あの時は、意識を失っていたとはいえ、シグレの体が、そこにあった。
だから、希望をもって、何とか待つこともできた。
けれど、今回は。
「っ…う、うぅ…っ!」
確実に、シグレは光の粒となって、消えた。
シグレの刀を抱きしめる。
こうしていても、もう、慰めてくれる人は、いない。
元のアタシに戻してくれる人は、もう……
その思いが、まるで胸にぽっかりと穴をあけられたような。
今まで感じていた温かさを、一瞬で奪われたような虚無感に苛まれる。
虚無感で、空っぽなアタシの頬に、温かい何かが伝う。
肩が、震えて止まらない。
「シグレぇ…!」
シグレの名前を呼ぶ。
それだけで、今までの記憶を想起する。
想起、という言い方は、適切ではないかもしれない。
何故なら、アタシはAIだから。
見たものをデータとして記録して、それをただ読みだしているだけ。
それだけ…なのに。
「なんで、こんなに…苦しいの?」
苦しいのは、いや。
だけど、どうすればいいのか、分からない。
どうすれば、この痛みから逃れられるのか、わからない。
「もう、やだよ…シグレ……!」
この痛みを取り除いてくれる最適解である、シグレは、もういない。
あの戦いで、死んでしまった。
アスナの剣に貫かれて、死んでしまった。
…正直なことを言えば、アスナが許せない。
アタシからシグレを奪った、なんて事を言うつもりはないけれど。
それでも、アタシが大切にしたいと思える存在を、破壊した。
シグレがそれを望んでいたとしても、アタシはそれが、受け入れられない。
このゲームが終われば、アタシは消える。
でも、それでも最後の瞬間までシグレと一緒にいられれば、それでいいと思ってた。
だけど、シグレは死に、それでもゲームは続いている。
「っ…」
今は、抱きしめている、この刀だけが、シグレとの繋がり。
けれど、胸を貫く虚無感は、消えない。
肩の震えは、止まらない。
繋がりを意識すればするほど、もうシグレに触れ合えないのだと、嫌でも意識させられてしまう。
いつからだっただろう。
彼と触れ合うだけで、温かさを感じるようになったのは。
いつからだっただろう。
少しだけ不器用な彼の笑顔に、胸の高鳴りを感じるようになったのは。
…シグレ、気づいてた?
シグレに抱き着いた時、すっごい恥ずかしかったんだよ?
すっごくドキドキして、でもそれが心地よくて。
でも多分、気づいてなかっただろうなぁ。
だって…シグレだし?
この事を言ったら、シグレは少しはアタシの事、意識してくれてたのかな。
そうしたら、この世界にいる間だけでも、シグレと恋人同士に…なんて、なれたのかな。
もしそうなれたら…すごく素敵なこと、かな。
それとも…それは適わなかったのかな。
「…」
思い出しただけで感じられる、あの時の温かさ。
一瞬だけ感じたそれは、窓から吹き込んでくる風一つであっさりと奪われてしまう。
まるで、窓から吹き込んでくる風が、現実を見ろ、と言わんばかりに。
涙で歪んだ景色は、陽が落ちて暗さを増していた。
「う、うぅ…」
…こんなに、弱くなっちゃったよ、アタシ。
シグレがいないだけで、いつもみたいに笑えなくなっちゃった…
もう、こんなの、やだよ…
あの時みたいに、アタシを…助けてよ、シグレ……
それからどれくらい経っただろう。
「……」
窓から吹き込む風に冷やされながら、少しだけ気持ちが落ち着いた頃。
ふと、以前に聞いたシグレの過去を思い出す。
両親を失い、家すらも失い、剣すらも失った、シグレの過去。
大切なものを失った、という意味では今のアタシと、同じ。
アタシの場合は、親じゃないけど。
…でも、シグレは乗り越えて、必死に生きてきた。
その心の強さが、羨ましいと、純粋に思う。
アタシにその強さがあれば、乗り越えられるのかな。
「……っ」
アタシのAIとしての機能が、自己防衛のために、シグレの記憶の削除を提案してくる。
人だって、辛いことを忘れることで、自分を守っている。
忘れる、という事は実はかなり大切なこと。
だけど。
「…アタシは絶対に…シグレの事を、忘れない」
提案を即座に却下する。
シグレの事をずっと想い続けるのは、きっと辛いのかもしれない。
…いや、間違いなく辛いことだと思う。
でも、仮にそうだとしても、シグレの事を忘れるなんて…できない。
今、ここにいるアタシを救ってくれたシグレ。
AIであるアタシに、恋というものを教えてくれたシグレを忘れるなんてことは絶対に、できない。
今はまだ、辛さを忘れることはできない。
今はまだ、笑い方を思い出すことはできない。
……だけど。
「…シグレを見習って、頑張ってみるね」
ひょっとしたら、ゲームの攻略が先になってしまうかもしれないけど。
それでも、シグレのように、自分の足で進めるように…頑張るから。
……もう会えないのは、すごく辛いけど。
見てて…くれる、かな。
……シグレ。
*** Side Strea End ***