ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~   作:アルタナ

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第10話:辛さを乗り越えて / Strea

*** Side Strea ***

 

 

 

シグレがアスナに殺されて、よく分からないまま、76層に辿り着く。

鞘に納まったシグレの刀を、離さぬように持ったまま。

あれから街に着いて、宿で一人、少しだけ薄暗い部屋の中明かりもつけずに、ドアを背にしてその場に座り込む。

 

 

「……」

 

 

シグレが、死んだ。

74層の時のことを思い出す。

あの時は、意識を失っていたとはいえ、シグレの体が、そこにあった。

だから、希望をもって、何とか待つこともできた。

けれど、今回は。

 

 

「っ…う、うぅ…っ!」

 

 

確実に、シグレは光の粒となって、消えた。

シグレの刀を抱きしめる。

こうしていても、もう、慰めてくれる人は、いない。

元のアタシに戻してくれる人は、もう……

その思いが、まるで胸にぽっかりと穴をあけられたような。

今まで感じていた温かさを、一瞬で奪われたような虚無感に苛まれる。

虚無感で、空っぽなアタシの頬に、温かい何かが伝う。

肩が、震えて止まらない。

 

 

「シグレぇ…!」

 

 

シグレの名前を呼ぶ。

それだけで、今までの記憶を想起する。

想起、という言い方は、適切ではないかもしれない。

何故なら、アタシはAIだから。

見たものをデータとして記録して、それをただ読みだしているだけ。

それだけ…なのに。

 

 

「なんで、こんなに…苦しいの?」

 

 

苦しいのは、いや。

だけど、どうすればいいのか、分からない。

どうすれば、この痛みから逃れられるのか、わからない。

 

 

「もう、やだよ…シグレ……!」

 

 

この痛みを取り除いてくれる最適解である、シグレは、もういない。

あの戦いで、死んでしまった。

アスナの剣に貫かれて、死んでしまった。

 

 

…正直なことを言えば、アスナが許せない。

アタシからシグレを奪った、なんて事を言うつもりはないけれど。

それでも、アタシが大切にしたいと思える存在を、破壊した。

シグレがそれを望んでいたとしても、アタシはそれが、受け入れられない。

このゲームが終われば、アタシは消える。

でも、それでも最後の瞬間までシグレと一緒にいられれば、それでいいと思ってた。

だけど、シグレは死に、それでもゲームは続いている。

 

 

「っ…」

 

 

今は、抱きしめている、この刀だけが、シグレとの繋がり。

けれど、胸を貫く虚無感は、消えない。

肩の震えは、止まらない。

繋がりを意識すればするほど、もうシグレに触れ合えないのだと、嫌でも意識させられてしまう。

 

いつからだっただろう。

彼と触れ合うだけで、温かさを感じるようになったのは。

 

いつからだっただろう。

少しだけ不器用な彼の笑顔に、胸の高鳴りを感じるようになったのは。

 

…シグレ、気づいてた?

シグレに抱き着いた時、すっごい恥ずかしかったんだよ?

すっごくドキドキして、でもそれが心地よくて。

でも多分、気づいてなかっただろうなぁ。

だって…シグレだし?

 

この事を言ったら、シグレは少しはアタシの事、意識してくれてたのかな。

そうしたら、この世界にいる間だけでも、シグレと恋人同士に…なんて、なれたのかな。

もしそうなれたら…すごく素敵なこと、かな。

それとも…それは適わなかったのかな。

 

 

「…」

 

 

思い出しただけで感じられる、あの時の温かさ。

一瞬だけ感じたそれは、窓から吹き込んでくる風一つであっさりと奪われてしまう。

まるで、窓から吹き込んでくる風が、現実を見ろ、と言わんばかりに。

涙で歪んだ景色は、陽が落ちて暗さを増していた。

 

 

「う、うぅ…」

 

 

…こんなに、弱くなっちゃったよ、アタシ。

シグレがいないだけで、いつもみたいに笑えなくなっちゃった…

もう、こんなの、やだよ…

あの時みたいに、アタシを…助けてよ、シグレ……

 

 

 

それからどれくらい経っただろう。

 

 

「……」

 

 

窓から吹き込む風に冷やされながら、少しだけ気持ちが落ち着いた頃。

ふと、以前に聞いたシグレの過去を思い出す。

両親を失い、家すらも失い、剣すらも失った、シグレの過去。

大切なものを失った、という意味では今のアタシと、同じ。

アタシの場合は、親じゃないけど。

 

…でも、シグレは乗り越えて、必死に生きてきた。

その心の強さが、羨ましいと、純粋に思う。

アタシにその強さがあれば、乗り越えられるのかな。

 

 

「……っ」

 

 

アタシのAIとしての機能が、自己防衛のために、シグレの記憶の削除を提案してくる。

人だって、辛いことを忘れることで、自分を守っている。

忘れる、という事は実はかなり大切なこと。

だけど。

 

 

「…アタシは絶対に…シグレの事を、忘れない」

 

 

提案を即座に却下する。

シグレの事をずっと想い続けるのは、きっと辛いのかもしれない。

…いや、間違いなく辛いことだと思う。

でも、仮にそうだとしても、シグレの事を忘れるなんて…できない。

今、ここにいるアタシを救ってくれたシグレ。

AIであるアタシに、恋というものを教えてくれたシグレを忘れるなんてことは絶対に、できない。

今はまだ、辛さを忘れることはできない。

今はまだ、笑い方を思い出すことはできない。

……だけど。

 

 

「…シグレを見習って、頑張ってみるね」

 

 

ひょっとしたら、ゲームの攻略が先になってしまうかもしれないけど。

それでも、シグレのように、自分の足で進めるように…頑張るから。

……もう会えないのは、すごく辛いけど。

見てて…くれる、かな。

 

 

……シグレ。

 

 

 

*** Side Strea End ***


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