ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
*** Side Philia ***
キリトと別れてすぐ、私は管理区を出る。
先程までいた、見慣れたフィールド。
「っ…あれ…?」
辺りを見回す。
けれど、シグレの姿はない。
私だって、ここで一ヶ月近く過ごしていた中で、多少は気配を感じられるようになった。
けれど、分からない。
だとすれば、おそらくシグレはこの近くにいない。
「っ…」
どれだけあたりを見回しても、何も手掛かりはない。
見慣れた風景。
その中に、探している人影はなくなっていた。
…その次の瞬間、森の中で、光の欠片が舞うのが目に入る。
「っ…」
現実ではありえない、けれど、この世界に来て幾度となく目にした光。
誰か、あるいはモンスターが撃破されたことをあらわす、光の欠片。
そこに、シグレがいるとは限らない。
けれど、少なくとも戦闘があった事は間違いない。
手掛かりとしては、十分だった。
…途中現れたモンスターに足止めされながら、その場所へと駆ける。
「やあぁっ!!」
短剣が、モンスターを容赦なく光の欠片に変えていく。
そうして、走りながら、考える。
…私はどうして、こんな風にあいつを追いかけているのか。
あいつとは、ただここで知り合って、何度か、共に戦った。
それだけ。
なのに、何故、私はこんなにも、あいつを気にしているんだろう。
…そんな事を考えていた矢先、視線の先に。
「…シグレ?」
あいつが、いた。
見覚えのある風貌。
その視線は。
「っ…!」
憎悪に満ちていた。
その視線は、地面を向いていて、今までそこにいた何かに向けられていた。
モンスターに対してだろうか。
…きっと、違う。
私は、あいつがどれだけモンスター相手に冷静に対処したかを見てきた。
そんなあいつが、どんな感情とはいえ、あんなにも感情を剥き出しにするとは考えにくい。
だとすれば。
「…プレイヤーを…殺した?」
もちろん、推測だ。
だけど、そう推測するには十分なあいつの表情。
私は一瞬、足を止める。
追いかけてきたはずなのに、あいつに近づくことに恐怖を感じた。
「……?」
「っ…」
気配に気づいたのか、シグレがこちらに目を向けてくる。
殺気を向けられているようで、一瞬足が竦む。
けれど。
「…どうした?」
話しかけられ、その表情を見る。
そこには、さっきの憎悪すらない、見慣れた無表情。
「…ううん、何でも」
さっきの事を、私は聞けなかった。
何か踏み込んではいけない、そんな気がして。
「私のことより、あんた…なんで管理区についてこないのよ?」
出来るだけ、私はいつも通り振る舞う。
いつも通りになっているかは、私では分からないけど。
シグレの視線からは、それを察することはできなかった。
「…ついて行こうとはしたが、入れなかった」
「え?」
「システムエラー、だそうだ」
淡々と告げられる言葉に、私は一瞬考える。
あの場所に、入れなかった。
キリトも、私も入れたのに。
何故なのだろう、わからない。
けれど、気にしていないのだろうか。
「…どうせ入れないのなら、留まるだけ無駄だ」
だから、行動した。
そう、シグレは言う。
「それに…やる事も、あるからな」
「それは…あんたが言ってた『為すべき事』…ってやつ?」
「…そうだ」
それは、さっきあんたが怖い顔をしていたのと…何か関係があるの?
そう、聞きたかった。
けれど、今の私にその度胸はなかった。
けれど…気になってしまう。
…だから、私は。
「…いいわ。なら…私があんたの言う『為すべき事』ってやつ…手伝う」
「その必要はない。これは俺が成す事だ…お前は安全地帯に戻ればいい」
思い付きで言ったように、捉えられたのだろう。
けれど。
「このあたりに何があるか…あんた知ってるの?」
「…」
シグレは言い返してこない。
「……それに、あんたには、借りがあるのよ」
「借り?」
「そう…管理区まで案内してもらって、道中守ってもらったっていう、借り」
畳みかけるように、シグレの真似をするように、言葉を続ける。
…少しだけ、きょとんとした表情のシグレ。
意外な表情に、私は軽く噴き出しながら。
「シグレはどうあろうと、私を助けた。だからこれは、借りを返すためよ」
借りを返すために、シグレはここまで守ってくれた。
なら、その守ってもらった借りを返すために、私がついていくのは自然な事だろう。
「……分かった」
やがて、折れたのか溜息交じりのシグレ。
勝った。
…何に?私にもわかんないけどね。
「…どこに向かうの?」
「さぁ…な」
歩き出すシグレを追いかけながら尋ねるが、答えは曖昧だった。
「…この世界のどこかに…やるべきことはある。だが…何をしたらいいかは分からない。場所もわからない」
「ふぅん…なら、この辺りを少し探索する?」
「……」
分かってる。
シグレは暗に、管理区に戻れ、と言いたいのだろう、と。
仮に私がシグレと同じ立場だったら、きっと同じことを言うだろう。
だけど、すんなり従う、なんて思わないでよね。
「…どうしたの?また頭痛?」
「………別の意味でな」
じゃあ大丈夫か。
そんなことを考えていると。
「…あ、ちょっと待って。メッセージ…キリトから」
「……」
メッセージを確認する。
内容としては、シグレと一緒に来てほしい、という内容だった。
「シグレ。キリトが…来て欲しいって」
「……お前だけ行けばいいのではないのか?」
「それじゃ私が頼まれ事を反故にする事になるじゃない」
なんかホントに頭痛そう。
無理言っちゃったかもしれないけど、少しくらいは、ね。
「いいから、ほら!」
「あ、おい…」
シグレの手を引っ張り、私達は管理区へ。
こうでもしないと、逃げられると思っていた。
けれど、よくよく考えると、恥ずかしい。
感情の隠せないこの世界で、この恥ずかしさがバレていないか気にはなるけど、今は気にしないことにした。
*** Side Philia End ***