ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
ホロウ・エリアにストレアを残し、アインクラッドに戻るキリト。
キリトがそれを容認したのには、大きく三つの理由がある。
ストレア自身の実力、もといレベルがシグレとほぼ同じである事。
シグレと二人で行動し、それでも無事に攻略を進められていたという実績がある事。
何より、シグレがいるかいないかで、別人かと思えるほどに雰囲気が変わってしまっていた事。
「……」
宿として借りているエギルの店へと向かいながら、ストレアの変わりようを思い出し、笑みを零す。
あの場所は危険なエリアで、シグレはようやく見つけた圏内エリアの管理区には入れない。
となれば、危険は自分たちの比ではないだろう。
けれど、あいつらなら、大丈夫だろう。
どういうわけか、キリトにはそんな確信があった。
そんな事を考え、歩いていると、時間は19時を回っていた。
「遅くなっちゃったか…」
こんなに暗くなっているとは思っていなかった手前、少し驚きつつ歩いていると。
「キリト」
キリトは聞き覚えのある声に呼ばれ、そちらに振り返る。
視線の先には。
「…シノン?」
妹のリーファと同じく、この76層で出会った黒髪の女性。
シノンは一人、キリトを待っていたのか、エギルの店近くのベンチの傍に立っていた。
「どうしたんだ?こんな所で」
「…貴方を待ってたのよ。少し…聞きたいことがあって」
「?」
こんなところで待っているということは、他の皆には聞かれたくないのだろうかと察し、キリトは誘いに応じるのだった。
そうして、二人はベンチに腰掛ける。
「…それで、どうしたんだ?聞きたいことって?」
話を切り出したのはキリトからだった。
話を早く進めようとしたわけではなく、初めはシノンの言葉を待っていたのだが、なかなか話し始めなかったのでキリトがやむなく切り出した、という形だった。
やがて、少し意を決したように。
「貴方には…話したかしら。私がここに来た理由」
「あぁ…確か、人を探してるって…言ってたよな」
「そう。私にとっては…今の私がこうしていられるように、助けてくれた……そう、命の恩人」
キリトはシノンのいう命の恩人、という言葉が、それ以上の重みを持っているように感じた。
まるで、それ以上の何かがあるのに、言葉で表現しきれないからやむなく、という風に。
「…その人の名前は、華月時雨っていうの」
「っ…まさか」
その次の言葉。
シノンが言う、相手の名前に、キリトは一瞬息を呑み、思考に移る。
時雨…シグレ。
名前だけなら、同じ。
けれど、普通はゲームと現実は同じ名前にはしない。
今こうしているシノンも現実とは違う名前なのだろうが、それはおそらく教えてくれる人がいたからだ。
話では、シノンはリーファにゲームについて簡単に教わったと言っていた。
おそらくその時に、名前は変えるということを聞いていたのだろう。
しかし、教えてくれる人がいなければ?
現実と同じにする事もありうるのではないだろうか?
「…な、なぁシノン。もし知ってたらでいいんだけど」
「何?
「シノンが言うその人…なにか剣道とかやってるか?」
「剣道だったかどうかは知らないけど…剣の腕は相当なはずよ。私はその剣を間近で見ていたから」
そうして話してくれたのは、郵便局で起こった強盗事件。
シノンはキリトが知らないと思ったか、それをある程度細かく話す。
しかし、話を聞いて、キリトは確信した。
というより、確信せざるを得なかった。
シグレが強盗の銃を止めたと言っていた。
その事件の時に、シノンはその場にいたのだと。
そして、シノンが助けると意気込んで追いかけているのは、シグレなのだと。
「…キリト。貴方は…知ってる?彼が…先輩が、今どこにいるのか」
シノンの問いにキリトは一瞬の間を置いて。
「……あぁ、知ってる」
「…そう」
キリトは答え、シノンは小さく頷いた。
けれど、キリトは次は先回りして。
「けど、先に言っておく。今、シノンをシグレのところに連れていくことはできない」
そう、はっきりとシノンに告げた。