ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
シグレはストレアから一歩離れる。
「……すまないが、それは無理だ。これは俺が…ずっと望んできたことだ。漸く得られた機会を…逃すわけにはいかない」
10年もの間、シグレの胸の内で燻り続けた想い。
どれだけの人を守ろうと。
どれだけの敵を討とうと、決して満たされない。
それでも、シグレは戦い続ける。
一時は、死に場所を求めるために。
そして今は、父親の仇を討つために。
「…俺の事は、もう忘れろ。俺にはこういう生き方しか…分からない」
だから、シグレは距離をとる。
それが私怨だと分かっているからこそ、踏み込ませるわけにはいかない。
一人で、決着をつけなければ。
「っ……」
シグレの拒絶に、その場に膝をつき、座り込んでしまうストレア。
シグレはそんな彼女に、背を向けた。
それ以上の問答をする気はないという、シグレの拒絶。
それを悟り、とうとうストレアの目尻から涙が溢れた。
「っ…!」
その様子を見ていたフィリアだったが、ストレアの涙に、こみ上げるのは怒りだった。
シグレが生きてさえいてくれればいい。
ただ傍で、支えられれば、それだけで十分。
ストレアがそう言っていたことを、フィリアは知っている。
それが、いかに純粋な思いなのか。
直接聞いたからこそ、フィリアにはそれが分かっていた。
シグレは、その事を知らないだろう。
しかし、それがどうした。
「っ…ふざけんな、シグレ!」
今度はフィリアがシグレの胸倉を掴む。
怒りに任せて、思い切り。
「ストレアの思いも知らないで、自分勝手な事ばっかり言わないで!」
シグレには知りえぬ事ではあったが、それでも。
フィリアには、ストレアの想いが全く報われないどころか、それ以上に残酷な結果になっていることが許せなかった。
「…ちゃんと、ストレアを見て」
フィリアは手を放し、少し離れる。
シグレは振り返り、ストレアを見る。
頬を伝った涙を拭いもせず、泣き続けていた。
いつも、笑っていた、そんな表情しか思い出せなかったストレアが。
「あんたのしたい事ってのは…ストレアにこんな思いをさせてでも、成し遂げなきゃいけない事なの…?」
フィリアに言われ、シグレはストレアを見下ろす。
「…シグレ?」
普段の笑顔が嘘でないかと思わせるほど儚げで、涙が伝う表情をシグレに向ける。
シグレには、それには思うところがあった。
色々あったが、こんな顔をさせたかった訳ではなかった。
ただ、守れれば、それでよかった。
そのはずなのに。
「…ストレア」
シグレは一度目を伏せ、また開く。
一度深く息を吐き。
「俺は…お前の言ういつもの俺が、よく思い出せない」
「……うん」
「……必要以上に時間を要するだろう。それでも…待てるか?」
「え…?」
ストレアは言われた言葉を頭の中で整理する。
そして、ストレアなりに、シグレの言葉を解釈し。
「うん…うん!アタシ、待つから…ずっと、シグレの傍で…!」
弱々しく、手を伸ばす。
その手を取ろうと、シグレもまた、手を伸ばす。
その様子に、フィリアも一つ、安堵の溜息を吐いた。
とりあえず、きつく言ったことを謝らないと、なんて考えていた。
…しかし、ストレアの手は、シグレに届かなかった。
…シグレの手は、横に逸れ、バランスを崩す彼の体に引っ張られていく。
…その様子を、ストレアとフィリアは、まるでスローモーションでも見ているかのように、ただ見ることしかできず。
…足場があるかどうかよく分からないその地面に、シグレは無情にも叩きつけられた。
「…シグレ…?」
ストレアが名前を呼び、膝をついたまま、左腕を支えにしながら右腕で彼の体を揺する。
しかし、気を失ったのか、シグレは目を閉じ、反応しない。
「シグレ…?ねぇ、シグレ…!?」
眠るにしてはあまりに突発的で、あまりに不自然。
その様子がフィリアにも分かったのか。
「ちょ、ちょっとシグレ…!?」
フィリアも慌てて駆け寄る。
二人で呼びかけても反応がない。
…これが、ただの疲れによるものなら、それでいい。
けれど、そうではないという不穏な確信が、二人の心を占めていた。