ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~   作:アルタナ

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第38話:諦めずに、ただ背を追いかけて

それから、シグレは一人歩きだす。

 

 

「…ストレア」

 

 

シグレがストレアの名を呼ぶ。

ストレアはハッとしてシグレを見るが、シグレは背を向けたままだった。

 

 

「……俺が人を助けた、なんて幻想は捨てろ。仮想でも人を殺し、現実でも人を殺した」

 

 

それが俺だ、とシグレは言う。

垣間見える、シグレが抱える闇。

いかなる理由であれ、それは許されることではない。

それはシグレ自身が一番理解しているであろう事。

 

 

「っ…」

 

 

そんなシグレにかけるべき言葉が、ストレアも、フィリアも思いつかない。

何かを言おうとしても、思い止まってしまう。

やがて、シグレは歩き出す。

その先には、転移用のコンソール。

 

 

「…ストレア。お前は…アインクラッドに戻るといい。攻略を続けるなら…キリトに助力すればいいだろう」

「シグレ…?」

 

 

片手でコンソールを操作しながら、シグレは言葉を続ける。

ストレアが名を呼ぶが、それには答えない。

 

 

「フィリア、お前は今後は…キリトを頼れ。あのお人好しの事だ…お前の力になってくれるだろう」

「っあんた…」

 

 

フィリアにも一言告げる。

何かを言おうにも、フィリアは言葉にならなかった。

 

 

「……今までいた場所は、温かかった」

 

 

シグレは手を止め、振り返ることなく、呟くように言う。

その口調は、どこか優しく。

 

 

「…ずっと忘れていた、何かを思い出せるかと思った。何かを……掴めるかとも考えた」

 

 

シグレが言う、何か。

それはきっと、フィリアやストレアにとっては、ごく当たり前の事。

ただ、仲の良い友人と触れ合いながら過ごす、何気ない日常。

当たり前すぎて、つまらなさすら感じられる程の、ありふれた日常。

 

 

「……だが、俺なんかがそれを享受できるはずはなかった。出来ると思うことすら烏滸がましい…ということか」

 

 

シグレは軽く笑う。

それは、自嘲の笑み。

しかし。

 

 

「っそんなことない!」

 

 

ストレアは本気で否定する。

それほどであっても、シグレはコンソールに目を向けたまま、振り返りもしない。

 

 

「シグレは、アタシを助けてくれた!だからこうして今ここにいられるんだよ!」

 

 

それは、ストレアにとっては絶対不変な事実だった。

シグレがいなければ、カーディナルによる初期化で、今の自我はなかったかもしれない。

 

 

「アタシだけじゃない。フィリアだって…皆だって…!だから、シグレがいうその温かさは、シグレが守ったものなんだよ!そこにシグレがいられないなんて…おかしいよ!」

 

 

ストレアの必死の訴え。

彼女らしいといえば彼女らしい、と、シグレは笑みを一つ零し。

 

 

「…お前が言うのなら、そうなのだろう。だが…だからこそ、だ」

 

 

だからこそ、これ以上、共にはいられない。

それが、シグレの答えだった。

 

 

「……これ以上、俺達の側に近づくな」

 

 

シグレの拒絶、それが何のためか。

それは、それなりに付き合いの長いストレアだけでなく、出会って数日のフィリアですら分かっていた。

シグレが刀を手に、戦う理由。

そこには、誰かを守る、という確かな意思があった。

だからこそ、危険があると思えば遠ざける。

だからこそ、危険な場所に近づくときは矢面に立つ。

 

 

「………転移」

 

 

そんなシグレは一言呟き、光に包まれ、どこかに転移をしていく。

もう、その場にシグレの姿はなかった。

 

 

「シグレ…」

 

 

どれだけ必死に伝えても、伝わらない。

それほどまでに厚い、シグレの心の壁。

ストレアは、その場にいないシグレの名を呼ぶ。

当然ながら、答えは返ってこない。

 

 

「…行こう、ストレア。シグレを追いかけよう?」

 

 

呆然とした様子のストレアに、フィリアは言葉を続ける。

 

 

「私だって…アイツに助けられた。それこそ、何度も……だから、言ってやるんだ。シグレは、あんな人殺しとは違うって、ね」

 

 

シグレは、俺達、と言っていた。

シグレ自身が、PoHと同類だと自分を捉えているからこそだろう、とフィリアは思っていた。

だから、ちゃんと伝えなきゃならない。

人を殺した事は許されることではない。

それでも、少なくとも貴方は私を…私達を助けてくれた。

だから、誰がシグレを人殺しと非難したとしても、シグレがシグレ自身を赦さなかったとしても。

 

 

「私は…シグレにとっての安らげる場所でありたいって……そう、思うかな」

 

 

フィリアはそう、結論付ける。

シグレを追う理由。

それは少なくともフィリアにとっては、十分な理由だった。

 

 

「…アタシも、おんなじ。シグレの助けになりたい」

「だったら…さっさと追いかけないと」

 

 

追いかけても待ってくれている保証もない。

どこに転移したかもわからない。

だとすれば、彼女らに出来るのは、この広いホロウ・エリアを虱潰しに探す事だけ。

それでも。

 

 

「…待ってなさい、シグレ。あんたが守ったものが何なのか、ちゃんと教えてあげるから」

 

 

二人の表情は自信に満ちていた。

まるで、追いつかない道理がない、と言っているかのように。


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