ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~   作:アルタナ

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第39話:現実の罰

*** Side ??? ***

 

 

 

全国で、SAOに捕らわれた患者が各病院に入院してから、早二年。

未だ帰還の兆しが見えない中の、とある一室。

実際には脳の信号を遮断して眠っており、植物状態に近い。

 

 

「…先生」

 

 

そんな病院で、ある医師の下に、看護師の一人が声をかける。

 

 

「SAO未帰還者のチェック、終了しました」

「…ありがとう」

 

 

胸元に『倉橋』という名札を付けた医師は、看護師に礼を一言。

SAO未帰還者は捕らわれたままだが、最低限の健康チェックは行われていた。

とはいえ、依頼をした相手は新人看護師。

その理由は大きく三つ。

一つは、新人看護師の経験を積むため。

一つは、健康を害して入院してきたわけではなく、急変のリスクが少ないと考えたため。

一つは、医師も看護師も空きが少なく、そちらに人員を割く余裕がなかったため。

新人看護師からカルテを受け取り、軽く流すように内容をチェック。

全員、問題なし、経過観察。

 

 

「…ふぅ」

 

 

一息つき、椅子の背もたれに背を預ける医師。

午後にも患者の診察が控えているための、軽い休息だった。

しかし、この一連で、医師は翌日、後悔の二文字に捉われることになる。

 

 

 

…翌日。

 

 

「どうしました、一体何が……!?」

 

 

ある病室。

個室となっているその病室では、モニターが患者の危険を電子音で必死に知らせていた。

皮肉にも、数日前までは毎日のように見舞い患者が訪れていたが、この日に限っていない。

気づいたのは、病室の前を通りかかった別の患者によるナースコールだった。

 

 

「喀血…?」

 

 

ナーヴギアを被ったその患者の口の端からは血液が溢れ、入院着、そしてベッドのシーツを赤黒く染める。

どれだけの血を流したのか、シーツの赤黒い染みは軽く血溜まりになっていた。

 

 

「くっ…!」

 

 

普通なら、緊急手術に踏み切る事もできただろう。

しかし今は、ナーヴギアに捉われており、下手に動けない。

強制解除によって命を落とす例が数百件発生している事実がある。

実質、ここから動かせないと考えていた。

更に言えば、仮に手術を行うとしても、麻酔が必要になる。

この状態の患者に麻酔を用いて、ナーヴギアが妙な挙動を示すことはないだろうか?

前例がない為、確証を得られず実行に移せない。

更に言えば、このままでは事前検査が何もできない。

その為、この患者の病が確定できない。

 

 

「っ…」

 

 

その為、場当たり的な治療しかできない。

治療ができる病気かどうかもわからないが、今、こうして手を拱いている理由は、頭を覆う機械以外の何物でもない。

それを考えると。

 

 

「…頼む。早く…戻ってきてくれ…!」

 

 

医師として、患者を救うために。

一刻も早い、患者の帰還を祈るのみだった。

医師は、この状況で何もできない事実に、我が身を呪うことしかできなかった。

 

 

 

…ベッドに記された、患者の名は『華月 時雨』。

 

 

…ホロウ・エリアで彼がPoHと邂逅した日のことだった。

 

 

 

出来ることが少ない中で知識を掘り返しながら、何とか一命をとりとめた後。

 

 

「…さて、この患者について、問題なし、経過観察、とした理由を聞かせてもらえるかな」

 

 

倉橋は件の新人看護師を呼び出し、事情を聞いていた。

口調こそ穏やかなものの、一歩間違えれば患者が死んでいたという事実に、多少は口調もきつくなる。

新人看護師は自分の報告が原因で患者が死にかけたという事実に、顔が真っ青になっていた。

 

 

「そ、その…」

「…今回は助かったから、これ以上は咎めない。だが一歩間違えれば人が一人死んでいた。君のやり方が間違っていたのならそれを指導しなくてはならない」

 

 

怯え、言葉が言葉にならない看護師に、倉橋は諭すように促す。

看護師は一つ頷き、ぽつりぽつり、と呟くように話し出す。

人数が多かった為、一人一人のチェックが雑になってしまった事。

これまで前例を見たことがなかった為、軽くのチェックで大丈夫だろうと思った事。

そのため、モニターの情報を見て終わりにする、という事を繰り返した事。

例の患者についても、血圧値が若干おかしいとは思ったが、一般的な血圧の正常範囲内だった為、誤差の範囲内だろうと考え、それ以上は追及しなかった事。

 

 

「…事情は分かった。だが、少しでもおかしいと思ったら、その事は逐一報告しなさい。口頭では数が多くても、カルテがあるんだ。そこに記載することは可能だろう?」

「は、はい…すみませんでした」

「謝るのは、私相手ではないだろう」

 

 

尤も、患者は眠り続けているから、謝罪も届かないだろうが。

そう考えながら、倉橋は看護師に戻っていい、と伝え、退室させた。

 

 

…現在は、患者の血液を採取し、血液検査に回している。

制限された中で、できる検査をしていくしかない。

予断を許す状況ではないが、一つ一つ、可能性を探っていくしかない。

それが今、担当医である彼に出来ることだった。

 

 

 

*** Side ??? End ***


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