ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~   作:アルタナ

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第54話:決意 - I

シノンの言葉を打ち消すように。

 

 

「…それだけではないとしても、か?」

「え…?」

 

 

シグレの言葉に、今度はシノンが言葉を止める。

その反応に、一つ溜息を吐き。

 

 

「……俺が人を殺したのは、あれが初めてではない」

 

 

シグレは言いながら、シノンから視線を外す。

外した先は。

 

 

「…お前たちには話しただろう」

 

 

キリトとフィリア。

その事実をかつて二人は聞いていたが、心のどこかで、誇張していたのだと思っていた。

しかし、今この状況で言われると、本当にそうなのかと疑ってしまっていた。

 

 

「俺は仮想でも現実でも、何度も人を殺している」

「なん、で…」

 

 

何とか声にしたのはフィリア。

そんなフィリアの様子を気に留めることもなく。

 

 

「……それが、俺が…いや、俺達が為すべき事、だったからだ」

 

 

シグレは淡々と続ける。

その視線は誰にも向いておらず、宙に向けられていた。

 

 

「俺の家は、殺しの家系……どちらかといえば傭兵に近いが、様々な依頼を受け、秘密裏に殺しをやる家系だった」

「…嘘だろ。そんな漫画みたいな…」

「誰がどう思おうと勝手だが…事実だ。実際、俺も家を継ぐための訓練という形で…何度も人を殺した」

 

 

キリトの言葉を、シグレはあっさりと否定する。

 

 

「…物心がつく頃には、父が人を殺すのを見ていた。その頃には小刀を持っていたのも覚えている」

 

 

自分の手を見やるシグレ。

物心がつく頃には。

シグレ以外の皆は、友達と泥に塗れて遊んでいたころには、シグレは血に塗れていた。

 

 

「死体を相手に、効率的な殺しの練習の名目で、刀を入れて肉を切ったこともある」

 

 

初めの数ヶ月は、苦痛だった。

シグレは淡々と語る。

そんなシグレが見下ろす掌には、当然ながら何もない。

 

 

「…数か月後には、人を殺した。首を落としたこともある。詳しくは言わないが……嘔吐が続いて眠れない日も何度もあった」

「っ…」

 

 

どれだけのものを見たのかは、誰も聞けなかった。

架空の世界のような、現実。

 

 

「……それでも、これは人が平和な生活をするために必要な、大事な『仕事』なのだと、何度も言い聞かされてきた」

「っ…だから、先輩はあの時……」

 

 

かつて、シノンが現実で見た、警察との諍いを思い出す。

平和な世を目指す警察の頑張りを、夢物語と一蹴したシグレ。

あの時には、もう。

 

 

「いつからか…人を殺す事に何も感じなくなった。それが俺にとっての『普通』になっていた」

 

 

そうして、シグレは心を壊してしまった。

人の命を、踏み躙れるようになってしまっていた。

 

 

「…そうなってから数ヶ月後、俺は父と、ある紛争地域での応援に、ある国へ飛んだ」

 

 

荒廃した土地。

乾いた土に、血が染み込んだ、生臭さと硝煙の臭いが鼻をつく世界。

まるで、異界だった。

 

 

「そこで、俺も、父も……何人も殺した」

 

 

殺さなければ、殺される世界で。

銃弾すら飛び交う世界を掠め、自分の血すら流しながら。

 

 

「数日に及んだ紛争の後のある日…俺が見たのは地に伏した父親だった」

 

 

背中から、あまりに多くの血を流す父親が伏した姿。

服は赤黒く染まっていて、服の布地が吸いきれなかった血が、地面を濡らしていた。

重要な血管を傷つけてしまったのか、血が強く噴き出し続けていた。

その傍らには、同じく刀を持った、フード付きのコートを羽織った人物。

フードのせいで顔は見えなかったが、男であることだけは判断できた。

刀の先から滴り落ちる血が、全ての状況を教えてくれていた。

 

 

「たとえ苦痛を強いられたとしても、俺にとっては生き方を教えてくれた、大切な存在だった。だからこそ…俺はその場で仇を討とうとした、が……できなかった。力の差は歴然だった」

 

 

手も足も出ず、父の亡骸を残し、帰ることしかできなかったシグレ。

戻った先で母の不幸を知り、全てを失った。

その事実があっても、泣くことができない程に、シグレは壊れていた。

 

 

「俺があの時、もっと強ければ…仇を討てたかもしれない」

 

 

シグレは拳を握り締める。

下手をすれば、自分の爪で傷をつけ、血を流しそうなほどに、強く。

 

 

「……だが、ここに来て。このSAOで…俺は奴と再会した」

 

 

その視線は、前を見据えていた。

誰でもない、視線の先には誰もいない。

しかし、そこには明らかな殺気。

 

 

「っ…!」

 

 

その静かな威圧感に、その場の誰もが息を呑む。

 

 

「……PoH。笑う棺桶のリーダー…奴は、当事者しか知りえない事を知っていた」

 

 

だから、とシグレは続ける。

殺気という言葉では収まりきらないほどの何か。

狂気、あるいは憎悪というべきだろうか。

その場にいる誰も、表現の仕方が分からなかった。

 

 

「俺は…必ず、奴を殺す。俺は今まで…その為に、生きてきた」

 

 

シグレの、あまりに歪んだその決意。

シグレが抱える、闇。

 

 

…空想のような世界を生きたシグレに、すぐに諭す言葉を投げかけられるものは、いなかった。

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