ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
シノンの言葉を打ち消すように。
「…それだけではないとしても、か?」
「え…?」
シグレの言葉に、今度はシノンが言葉を止める。
その反応に、一つ溜息を吐き。
「……俺が人を殺したのは、あれが初めてではない」
シグレは言いながら、シノンから視線を外す。
外した先は。
「…お前たちには話しただろう」
キリトとフィリア。
その事実をかつて二人は聞いていたが、心のどこかで、誇張していたのだと思っていた。
しかし、今この状況で言われると、本当にそうなのかと疑ってしまっていた。
「俺は仮想でも現実でも、何度も人を殺している」
「なん、で…」
何とか声にしたのはフィリア。
そんなフィリアの様子を気に留めることもなく。
「……それが、俺が…いや、俺達が為すべき事、だったからだ」
シグレは淡々と続ける。
その視線は誰にも向いておらず、宙に向けられていた。
「俺の家は、殺しの家系……どちらかといえば傭兵に近いが、様々な依頼を受け、秘密裏に殺しをやる家系だった」
「…嘘だろ。そんな漫画みたいな…」
「誰がどう思おうと勝手だが…事実だ。実際、俺も家を継ぐための訓練という形で…何度も人を殺した」
キリトの言葉を、シグレはあっさりと否定する。
「…物心がつく頃には、父が人を殺すのを見ていた。その頃には小刀を持っていたのも覚えている」
自分の手を見やるシグレ。
物心がつく頃には。
シグレ以外の皆は、友達と泥に塗れて遊んでいたころには、シグレは血に塗れていた。
「死体を相手に、効率的な殺しの練習の名目で、刀を入れて肉を切ったこともある」
初めの数ヶ月は、苦痛だった。
シグレは淡々と語る。
そんなシグレが見下ろす掌には、当然ながら何もない。
「…数か月後には、人を殺した。首を落としたこともある。詳しくは言わないが……嘔吐が続いて眠れない日も何度もあった」
「っ…」
どれだけのものを見たのかは、誰も聞けなかった。
架空の世界のような、現実。
「……それでも、これは人が平和な生活をするために必要な、大事な『仕事』なのだと、何度も言い聞かされてきた」
「っ…だから、先輩はあの時……」
かつて、シノンが現実で見た、警察との諍いを思い出す。
平和な世を目指す警察の頑張りを、夢物語と一蹴したシグレ。
あの時には、もう。
「いつからか…人を殺す事に何も感じなくなった。それが俺にとっての『普通』になっていた」
そうして、シグレは心を壊してしまった。
人の命を、踏み躙れるようになってしまっていた。
「…そうなってから数ヶ月後、俺は父と、ある紛争地域での応援に、ある国へ飛んだ」
荒廃した土地。
乾いた土に、血が染み込んだ、生臭さと硝煙の臭いが鼻をつく世界。
まるで、異界だった。
「そこで、俺も、父も……何人も殺した」
殺さなければ、殺される世界で。
銃弾すら飛び交う世界を掠め、自分の血すら流しながら。
「数日に及んだ紛争の後のある日…俺が見たのは地に伏した父親だった」
背中から、あまりに多くの血を流す父親が伏した姿。
服は赤黒く染まっていて、服の布地が吸いきれなかった血が、地面を濡らしていた。
重要な血管を傷つけてしまったのか、血が強く噴き出し続けていた。
その傍らには、同じく刀を持った、フード付きのコートを羽織った人物。
フードのせいで顔は見えなかったが、男であることだけは判断できた。
刀の先から滴り落ちる血が、全ての状況を教えてくれていた。
「たとえ苦痛を強いられたとしても、俺にとっては生き方を教えてくれた、大切な存在だった。だからこそ…俺はその場で仇を討とうとした、が……できなかった。力の差は歴然だった」
手も足も出ず、父の亡骸を残し、帰ることしかできなかったシグレ。
戻った先で母の不幸を知り、全てを失った。
その事実があっても、泣くことができない程に、シグレは壊れていた。
「俺があの時、もっと強ければ…仇を討てたかもしれない」
シグレは拳を握り締める。
下手をすれば、自分の爪で傷をつけ、血を流しそうなほどに、強く。
「……だが、ここに来て。このSAOで…俺は奴と再会した」
その視線は、前を見据えていた。
誰でもない、視線の先には誰もいない。
しかし、そこには明らかな殺気。
「っ…!」
その静かな威圧感に、その場の誰もが息を呑む。
「……PoH。笑う棺桶のリーダー…奴は、当事者しか知りえない事を知っていた」
だから、とシグレは続ける。
殺気という言葉では収まりきらないほどの何か。
狂気、あるいは憎悪というべきだろうか。
その場にいる誰も、表現の仕方が分からなかった。
「俺は…必ず、奴を殺す。俺は今まで…その為に、生きてきた」
シグレの、あまりに歪んだその決意。
シグレが抱える、闇。
…空想のような世界を生きたシグレに、すぐに諭す言葉を投げかけられるものは、いなかった。