ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~   作:アルタナ

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第73話:彼が望む結末

その後転移門を抜けると、そこは今までの連戦が嘘のような静かな通路。

通路の先には、また転移門がある。

 

 

「…あれが、最後か」

 

 

額の脂汗を拭いもせず、息も絶え絶えなシグレ。

けれど、先程の疲れも癒えぬままに、シグレは前に進む。

ストレアとフィリアは、自らを省みずに焦る様子のシグレに心配の二文字が常に付き纏う。

 

 

「シグレ、少し休も…?」

 

 

ストレアがそう提案するが。

 

 

「…必要ない、と言ったはずだ」

 

 

シグレは簡単に突っぱねる。

もうこのやり取りを何度繰り返したか分からない。

一歩、また一歩先へ。

ゆっくりでこそあるが、三人の足は止まらない。

 

 

「……ねぇ、なんでよ」

 

 

フィリアが止める。

今までと違うやり取りに、シグレは足を止める。

前を歩いていたシグレは振り返らない。

後ろにいるフィリアに背を向けたまま。

 

 

「なんで…そこまでするの?自分が死んじゃうかもしれないのに…なんで、自分の命を削って…」

 

 

フィリアの問いに、シグレは一瞬無言だった。

答えを考えている、のだろうか。

そして、その一瞬の静寂の後。

 

 

「……もう、それしかないからだ」

 

 

シグレはそう答える。

 

 

「…俺は、本当に護るべきものを喪った。その後悔はおそらく…どうやっても消えないだろう」

 

 

自分の掌を見ながら言うシグレ。

少し俯き気味に言いながら、両親の事を思い出しながら。

 

 

「……俺自身、何度も命を奪った。現実で血を浴びたことも、何度もある」

 

 

言いながら、シグレは眺めていた手を握る。

 

 

「何かを奪うことしか、誰かを殺すことしか…俺には出来ない。だが…」

 

 

それでも。

 

 

「…そんな俺を、仲間だという奴がいる。好きだという奴がいる…本当に、物好きな馬鹿だとは思うが…」

 

 

それでも。

 

 

「……そんな奴らに絆されたかは知らないが…思うところはある」

 

 

苦笑するシグレ。

その表情が見えないのが、少し残念な二人だったが。

 

 

「…俺にはもうすぐ、何も…お前達の前に立つことすら、できなくなるだろう」

 

 

それは、諦め。

けれど、シグレの口調からは、なぜか絶望は感じられなかった。

 

 

「……だからせめて、返せるうちに返せることはする。たとえここで尽きようと…」

 

 

どれだけ、命を削られようと。

 

 

「…今、お前たちを護り通す助けになるなら、それでいい」

 

 

無暗に命を奪うことは、世間の目で見れば、悪である。

それはシグレとて分かっている。

しかし。

 

 

「俺にできることは……それしかない」

 

 

そうする事で、守れるのなら。

せめてもの恩返しになるのなら。

父のように、誰かを護って散っていけるのなら。

 

 

「……それが、俺にとってのSAOのシナリオだ」

 

 

仮想世界でこそあれど、戦いの中で、誰かを護り、散っていく。

かつてシグレが憧れた、強い者の最期。

その者と同じ強さを以って散る、という結末。

シグレにとって、自身が生きることは必ずしもハッピーエンドではなかった。

 

 

「…シグレは、それで…いいの?」

 

 

ストレアの問いに。

 

 

「何も問題はない」

 

 

シグレは淡々と返す。

普通、自らの死というものは恐ろしく、発狂するものすらいる。

だからこそ、SAO開始直後に自殺が相次いだ。

言い方がどうあれ、その精神はある意味では正常である。

 

 

…そういう意味では、シグレの精神は、壊れていた。

それがいつからなのか、この世界で初めて会った彼女らには分からない。

恐らく、このSAOにいる中で一番彼と早く知り合ったシノンにも分からないだろう。

 

 

…何故なら、シグレ本人ですら、それは気付いていないだろうから。

その壊れた精神と共に生き続けてきた彼にとっては、それは異常ですらなかった。

だからこそ、死に直面しても、強くあれる。

…だからこそ、どれだけ回りが心配しても、シグレにそれが届かない。

 

 

……遠すぎるよ。

 

 

ストレアとフィリアは、そう感じずにはいられなかった。

どれだけ踏み込んでも、どれだけ手を伸ばしても常に一歩先にいる。

そんな感覚に、囚われていた。

そんな二人の様子を感じ取ってか。

 

 

「……それでいい」

 

 

シグレは転移門へと歩き出す。

その距離感が、シグレにとっては慣れた感覚。

差し伸べられた手を取る方法を知らないシグレには、そうするしかなかった。

 

 

「…」

 

 

二人も、手を伸ばさない。

否、伸ばせない。

ただ、ついていくだけで精一杯だった。

シグレも、そんな二人に声をかけることなく、ただ後に続くのだった。


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