ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~   作:アルタナ

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第75話:暗闇の中の、一筋の光明

とある、病室。

 

 

「……」

 

 

一人の医師が、患者を診ていた。

診ていた、というのは若干語弊がある。

目を閉じ、悔しそうに強く拳を握る。

 

 

「…間に、合わなかった…か」

 

 

間に合わなかった。

彼がそう呟いた、その病室の主は、華月時雨。

彼に繋がれた機械は、断続的に命の鼓動を知らせることなく、連続的に単調な音を出していた。

彼の頭に装着されたナーヴギアは、稼働を続けているのか、電源を示すライトが光り続けている。

 

 

「っ…」

 

 

願わくば、戻ってきて欲しかった。

医師として、救えるものなら、救いたかった。

彼が血を吐いた、あの時から、こうなるという予感はなかったわけではない。

しかし、検査が出来なければ、処置などできようはずもない。

症状が確定できなければ、どう処置すればいいかなど、分からない。

 

 

「……」

 

 

なんと、無力か。

どれだけ、救おうと学んでも、知識を得ても、患者一人救えない。

いつからだろうか。

その悔しさに、耐えられるようになってしまったのは。

 

 

「…」

 

 

とはいえ、このままにするわけにはいかない。

もはやナーヴギアを強制解除しない理由もない。

そう思い、ナーヴギアを外そうと、手を伸ばす。

 

 

「…あ、先生!」

「?」

 

 

その瞬間、看護師が病室に入ってくる。

探していたのだろうか。

 

 

「…どうしました?」

「あの…これを、受付で受け取りまして。写真の患者の担当医師に渡してくれ、と。それって…この人ですよね?」

 

 

看護師から受け取ったのは、一枚の写真と、封筒に入った手紙。

写真に写っていたのは、ゲームの中だろうか、服装が異なる一人の青年。

その顔立ちは、痩せこけた部分や、伸びた髪のことを除けば瓜二つだった。

 

 

「君。これを誰から…?」

「そ、それが…名前を聞く前に帰られてしまって。女性の方、ではあったのですが…」

 

 

失礼します、と看護師は去っていく。

そうして機械音を除いて静かになった病室で、封書を開ける。

 

 

「……!」

 

 

医師はそこに書かれた言葉に、一瞬驚く。

けれど、驚いている暇はない、と手紙を読み進める。

事は一刻を争う。

 

 

「…先ず」

 

 

読みながら、医師はナーヴギアに手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

…それから、どれだけ時間が経っただろうか。

手紙に書かれた解除コードの入力、ナーヴギア内部の機械特有な複雑な配線の処理。

ドラマで偶に見る、爆発物処理のような、緻密な作業を経て。

 

 

「…成功、なのか……?」

 

 

目の前には、変わらず患者が横たわっている。

…ただ一つ、違うのは。

 

 

……ナーヴギアが彼の頭から外されている事だった。

この解除で、彼の脳が焼かれてしまったかどうかは、現状ではわからない。

外す前から単調な音を出し続けていた機械は変わらず単調な音を出し続けている。

整えられておらず、ナーヴギアの中で変に癖のついた長い髪が彼の顔を隠している。

 

 

「…とりあえず、検査だ…誰か!」

 

 

病室の外に声が届くように、医師は声を張る。

それを聞いた看護士が駆け寄り、部屋の中の状態に驚く。

 

 

「どうして、ナーヴギアが…」

「話は後だ。まずは患者をすぐに検査に回す…手伝ってくれ」

「は…はい!」

 

 

医師の指示に従い、看護師が準備をする。

それほど悠長に事を構える時間はない。

 

 

「…そう簡単には、諦めませんよ」

 

 

医師として、患者を救うために。

看護師によって運び出される患者についていくように、医師も診察室を後にした。


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