ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
少しして、落ち着いたところで。
「…行こう」
意外といえば意外か、先に立ち直ったのはストレアだった。
彼女得意の両手剣と、シグレが得意だった刀を携えて立ち上がり、前を見る姿は、ほんの少しだけシグレらしさがあった。
「……うん、そうだね」
フィリアはそんなストレアの姿を見ながら、立ち上がる。
彼女が言った事とはいえ、完全に吹っ切れたわけではない。
人は、多少なりとも縁がある相手の死を簡単に受け入れられるほど、簡単ではない。
けれど、そこで立ち止まるわけにはいかない。
「…強いね、ストレアは」
「アタシじゃ、ないよ」
フィリアがストレアに言うが、ストレアはあっさりと否定する。
そんなストレアの視線は、どこか遠くにあった。
「…シグレだよ。アタシ一人だったら…多分ここで自分の首を斬ったかもしれない。でも…」
言いかけたところで、ストレアはフィリアの方に振り返る。
そんな彼女の表情は、いつもと変わらない、彼女らしい表情。
けれど、その頬には、何かが伝った跡があった。
それが何かなど、言うまでもない。
「…でも、ね。シグレが…前に進むチャンスをくれたから。アタシがアタシとして、最後まで生きるチャンスを」
だから、最後まで。
このゲームがクリアされて、世界が終わるまで、ちゃんと見届ける。
「それが、助けてくれた事への恩返しかなって」
そう、先を見るストレアが、フィリアにはカッコよく見えた。
「…うん、そうだね」
それが、虚勢だとしても。
明確な理由があって、そう思ったわけではない。
ただ、ストレアの背が、なんとなく悲しそうに見えた、なんて理由。
もちろん、本当にそうか、なんて分からない。
けれど、それをわざわざ指摘する理由もない。
前を向こうとしているのを邪魔する権利なんて、ない。
そう思ったからこそ。
「…行こう。それで…終わらせよう。この世界を」
フィリアはストレアの隣に並び、そう言葉にする。
ストレアはそんなフィリアの言葉に頷き。
「うん」
しっかりと、そう頷いて、歩き出す。
その向かう先は、言うまでもなく中央コンソール。
「…ありがとね、フィリア」
「え…?」
ストレアの突然のお礼に、言われた方のフィリアは疑問符で返す。
見れば、ストレアはどこか辛そうに笑いながら。
「何も…聞かないでくれて」
「…何のこと?」
シラを切ろうとするが、ストレアはふふ、と軽く笑う。
「…なんとなく、気づかれてるんじゃないかって、思ってたよ。アタシが…辛そうに見えるんじゃないかって」
言い返せないフィリアに、ストレアは笑う。
「本当はね。フィリアに胸を借りて思いっきり泣きたいって…少し思ってるんだ」
「…貸してほしい?」
「ううん…我慢する」
そういって、ありがと、というストレアがあまりに辛そうに映り。
フィリアは本当に衝動的に。
「…むぐ?」
ストレアを抱きしめていた。
突然の事に変な声を出すストレアだったが、抵抗はしなかった。
「…泣いちゃいなよ」
フィリアはそう、告げる。
我慢する必要は、ない、と。
強がる必要はないのだと。
「……泣きたいときは、泣いた方がいいよ」
「でも…」
「あれだけシグレ好きだったストレアが、我慢できる辛さじゃないでしょ。私だって…辛いくらいだし」
今なら、誰も聞いてないよ。
そのフィリアの言葉と、彼女の温かさに絆されてか。
「う…っ……」
ついには、堪えきれず。
「うあああぁぁぁぁっ!!…シグレぇっ、ごめ…なさい…!守ってあげられなくて……ごめんなさぁい…!!」
フィリアの胸の内で、抑えつけていた感情を吐き出すストレア。
自らを守ってくれたように、守りたかった。
「……」
初めは、ただの興味本位であり、システムの指示。
それでも、自分が、この世界で今も生きていられるのは、間違いなく、彼のおかげ。
誰が何と言おうと、それがストレアにとっての真実。
そんな彼が危険な状態になっても、助けられなかった。
その事実が、ストレアに後悔として残る。
「…ごめん、なさい…助けられなくて、ごめんなさい…!」
彼女の謝罪は、フィリアにとっても同じ。
だから、下手に慰める言葉をかける事ができない。
「…」
フィリアはストレアを抱きしめ続ける。
慰める側のフィリアは、今はストレアに顔を見られたくなかった。
自分が慰められる側の顔になってしまっている気がして。
恥ずかしさと気まずさで、顔を見られないように抱きしめることしか。
それしか、出来なかった。
………
……
…
それから、どれだけ時間が経っただろうか。
数分とも、数十分とも、下手をすれば数時間ともとれる時間の後。
「…大丈夫?」
「うん…ありがとね、フィリア。アタシはもう…大丈夫だよ」
フィリアの問いに答えながら、ストレアが彼女から離れる。
頬に涙が伝った跡が残ってこそいるが、少しだけ、辛さが和らいだような笑みを見て、フィリアも笑う。
「行こ、フィリア」
「…うん」
ストレアの言葉に、フィリアは頷く。
心の奥底の辛さを押し込めたまま、これから先の戦いに気を引き締めるかのように。
二人は、歩き出す。
向かう先は、最深部のコンソール。
それが、未来へと繋がる、彼女たちの第一歩。
二人が、コンソールに向かった、その遠く後ろ。
「……」
フードを被った、影。
その手には、肉切り包丁のような形の武器が握られている。
その人影は、二人が気付かない位置から、二人の姿を一瞥し。
「チッ……」
小さな、本当に小さな舌打ちをし、誰に気付かれる事もなく、その影はどこかへと立ち去って行った。