ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~   作:アルタナ

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第79話:新たな一歩

少しして、落ち着いたところで。

 

 

「…行こう」

 

 

意外といえば意外か、先に立ち直ったのはストレアだった。

彼女得意の両手剣と、シグレが得意だった刀を携えて立ち上がり、前を見る姿は、ほんの少しだけシグレらしさがあった。

 

 

「……うん、そうだね」

 

 

フィリアはそんなストレアの姿を見ながら、立ち上がる。

彼女が言った事とはいえ、完全に吹っ切れたわけではない。

人は、多少なりとも縁がある相手の死を簡単に受け入れられるほど、簡単ではない。

けれど、そこで立ち止まるわけにはいかない。

 

 

「…強いね、ストレアは」

「アタシじゃ、ないよ」

 

 

フィリアがストレアに言うが、ストレアはあっさりと否定する。

そんなストレアの視線は、どこか遠くにあった。

 

 

「…シグレだよ。アタシ一人だったら…多分ここで自分の首を斬ったかもしれない。でも…」

 

 

言いかけたところで、ストレアはフィリアの方に振り返る。

そんな彼女の表情は、いつもと変わらない、彼女らしい表情。

けれど、その頬には、何かが伝った跡があった。

それが何かなど、言うまでもない。

 

 

「…でも、ね。シグレが…前に進むチャンスをくれたから。アタシがアタシとして、最後まで生きるチャンスを」

 

 

だから、最後まで。

このゲームがクリアされて、世界が終わるまで、ちゃんと見届ける。

 

 

「それが、助けてくれた事への恩返しかなって」

 

 

そう、先を見るストレアが、フィリアにはカッコよく見えた。

 

 

「…うん、そうだね」

 

 

それが、虚勢だとしても。

明確な理由があって、そう思ったわけではない。

ただ、ストレアの背が、なんとなく悲しそうに見えた、なんて理由。

もちろん、本当にそうか、なんて分からない。

けれど、それをわざわざ指摘する理由もない。

前を向こうとしているのを邪魔する権利なんて、ない。

そう思ったからこそ。

 

 

「…行こう。それで…終わらせよう。この世界を」

 

 

フィリアはストレアの隣に並び、そう言葉にする。

ストレアはそんなフィリアの言葉に頷き。

 

 

「うん」

 

 

しっかりと、そう頷いて、歩き出す。

その向かう先は、言うまでもなく中央コンソール。

 

 

「…ありがとね、フィリア」

「え…?」

 

 

ストレアの突然のお礼に、言われた方のフィリアは疑問符で返す。

見れば、ストレアはどこか辛そうに笑いながら。

 

 

「何も…聞かないでくれて」

「…何のこと?」

 

 

シラを切ろうとするが、ストレアはふふ、と軽く笑う。

 

 

「…なんとなく、気づかれてるんじゃないかって、思ってたよ。アタシが…辛そうに見えるんじゃないかって」

 

 

言い返せないフィリアに、ストレアは笑う。

 

 

「本当はね。フィリアに胸を借りて思いっきり泣きたいって…少し思ってるんだ」

「…貸してほしい?」

「ううん…我慢する」

 

 

そういって、ありがと、というストレアがあまりに辛そうに映り。

フィリアは本当に衝動的に。

 

 

「…むぐ?」

 

 

ストレアを抱きしめていた。

突然の事に変な声を出すストレアだったが、抵抗はしなかった。

 

 

「…泣いちゃいなよ」

 

 

フィリアはそう、告げる。

我慢する必要は、ない、と。

強がる必要はないのだと。

 

 

「……泣きたいときは、泣いた方がいいよ」

「でも…」

「あれだけシグレ好きだったストレアが、我慢できる辛さじゃないでしょ。私だって…辛いくらいだし」

 

 

今なら、誰も聞いてないよ。

そのフィリアの言葉と、彼女の温かさに絆されてか。

 

 

「う…っ……」

 

 

ついには、堪えきれず。

 

 

「うあああぁぁぁぁっ!!…シグレぇっ、ごめ…なさい…!守ってあげられなくて……ごめんなさぁい…!!」

 

 

フィリアの胸の内で、抑えつけていた感情を吐き出すストレア。

自らを守ってくれたように、守りたかった。

 

 

「……」

 

 

初めは、ただの興味本位であり、システムの指示。

それでも、自分が、この世界で今も生きていられるのは、間違いなく、彼のおかげ。

誰が何と言おうと、それがストレアにとっての真実。

そんな彼が危険な状態になっても、助けられなかった。

その事実が、ストレアに後悔として残る。

 

 

「…ごめん、なさい…助けられなくて、ごめんなさい…!」

 

 

彼女の謝罪は、フィリアにとっても同じ。

だから、下手に慰める言葉をかける事ができない。

 

 

「…」

 

 

フィリアはストレアを抱きしめ続ける。

慰める側のフィリアは、今はストレアに顔を見られたくなかった。

自分が慰められる側の顔になってしまっている気がして。

恥ずかしさと気まずさで、顔を見られないように抱きしめることしか。

それしか、出来なかった。

 

 

………

 

……

 

 

 

それから、どれだけ時間が経っただろうか。

数分とも、数十分とも、下手をすれば数時間ともとれる時間の後。

 

 

「…大丈夫?」

「うん…ありがとね、フィリア。アタシはもう…大丈夫だよ」

 

 

フィリアの問いに答えながら、ストレアが彼女から離れる。

頬に涙が伝った跡が残ってこそいるが、少しだけ、辛さが和らいだような笑みを見て、フィリアも笑う。

 

 

「行こ、フィリア」

「…うん」

 

 

ストレアの言葉に、フィリアは頷く。

心の奥底の辛さを押し込めたまま、これから先の戦いに気を引き締めるかのように。

二人は、歩き出す。

向かう先は、最深部のコンソール。

それが、未来へと繋がる、彼女たちの第一歩。




二人が、コンソールに向かった、その遠く後ろ。


「……」


フードを被った、影。
その手には、肉切り包丁のような形の武器が握られている。
その人影は、二人が気付かない位置から、二人の姿を一瞥し。


「チッ……」


小さな、本当に小さな舌打ちをし、誰に気付かれる事もなく、その影はどこかへと立ち去って行った。

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