ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
PoHが去った後の店内。
皆が皆、思い思いの場所に腰掛け、皆の前には一杯のホットコーヒーが置かれている。
エギルの気遣いからか、店としては営業を終了しており、顔見知り以外はその場にはいない。
「っくそ…!」
シグレが死に、アルベルヒが目の前で殺され、その犯人を取り逃がす。
何もかもが上手くいかない現実に、キリトは悔しそうに声を漏らす。
無論、彼とて攻略組として前線を駆け抜けてきた以上、全てが全て失敗なはずなどないのだが。
「先輩…」
苛立つキリトとは対照的に、この世の終わりとばかりに落ち込むシノン。
大げさな表現なようだが、シノンにとっては強ち間違いではない表現だった。
椅子に座り、コーヒーを眺める彼女は普段の凛々しさはどこへやら、いつ自殺してもおかしくない雰囲気だった。
「…」
皆、そんな二人の雰囲気に当てられてか、無言だった。
そんな空気がどれだけ続いたか、その後で。
「…なんつーか、さ。とりあえずコーヒーでも飲めよ皆」
クラインがそんな風に、皆に声が届くように言う。
「俺の奢りなんだからさ。なっ?」
少しでも空気を明るくしようと、明るい感じで言う。
「クライン…」
ストレアがそんなクラインの意図を察して彼の名を呼ぶ。
彼女とて、MHCPとしてプレイヤーの相談役の役割があったからこそ気付けたのだろう。
とはいえ、この状況で、そんな彼の意図を察せないものは、まずいない。
「…この状況で明るくって……ふざけてるの?」
とはいえ、理解できるのと、それを納得できることの間には大きな隔たりがある。
シノンもまた、そんな隔たりの間にいた。
彼女は苛立たし気にクラインに視線を向ける。
「し、シノン…!」
近くにいたサチがそんなシノンを止めようとする。
しかし、苛立ちに身を任せたシノンを止めることはできず。
「あんたに……あんたなんかに、何が分かるのよ野武士面ぁ!!」
シノンはクラインの胸倉を掴み、感情をぶつける。
こんなことをしても意味がないと分かっている、理解している。
けれど、この感情を溜め込んでなかった事に出来るほど、シノンは大人ではなかった。
「……私にとって生きる意味だった人を喪った。あんたなんかに…分かるわけ……!う、うぅ…!!」
感情が溢れ出したか、そのまましゃがみ込んでしまう。
その声に嗚咽が混ざっていたあたり、泣いていたのかもしれない。
それを知るのは、クラインだけだが。
「…あぁ、分からねぇ」
クラインは静かに、そう呟くように返す。
「俺はシグレって奴のことを殆ど知らねぇ。74層のボスのとこで死にかけてたのを見たくらいだ。話したことなんかほぼないに等しいさ」
クラインは言葉を紡ぐ。
その雰囲気は、さっきまでの明るい雰囲気などではない。
淡々と、事実を述べるだけ。
「それに…あんたがどれだけ慕ってて、どれほどあんたの心を占めてたのかも、知らねぇ」
でもな、と続ける。
「何も知らなくても、これだけは言える。そいつは…あんたにそんな顔をさせるために、あんたを助けたわけじゃねぇ」
「…なんで、そんな…」
そんな事が分かるのか。
暗にそんな意味を含ませながら、シノンはクラインを見る。
「…それが、『守る』って事だからだよ」
クラインはそう、返す。
「あんたらの話を聞いててつくづく思う。あいつは…身の回りのもの、少しでも親しくなったもの何もかもを守ろうと自棄になってやがったんだ」
シノンから視線を外し、どこか明後日の方向を見る。
室内なので空があるわけでもなく、そこには天井がある。
あるいはその先を見ているのだろうか。
「……自分という存在の大きさをこれっぽっちも理解してないくせに、な」
タバコでもあれば様になっていたのかもしれない。
そんな雰囲気で、室内を見回す。
「ったく。これだけの奴らをこんな雰囲気にさせておいて…ひでぇ奴だよな?」
「うぅ…」
見回しながら言い、言葉をシノンに投げかけながら、彼女の頭を撫でる。
「……でも、だからこそだろ。ここにいる奴らは、少なくともシグレが生きた証ってやつなんだ。だったら…シグレがあんたらにどうしてほしくて助けたのか。それを考えて実行する義務が、あると思うがね」
違うか?と、クラインは問いかける。
その様子に。
「…そうだね。私も、そう思う」
フィリアが同調する。
「多分…ここにいる誰よりも、シグレとの付き合いは短いと思う。だからシグレが何を思って助けてくれたかは…確信はない、けど」
それでも、とフィリアは続ける。
その目は、先ほどまでの雰囲気はどこへやら、何かを決意した様子で。
「…私は、このゲームをクリアして、生きて脱出する」
それが、私の決意。
そう、フィリアは言い切る。
「……私は。ううん…きっと、今回のきっかけを作ったのは…私だけど、それでも」
次に言葉を発したのはアスナ。
75層で彼を刺した後悔は、未だに彼女を苛んでいる。
それが、もう癒える事のない心の傷だとしても。
「それでも…このゲームをクリアして、未来を取り戻す」
そう、決意を表す。
「…私だって、そのつもり」
続いたのはサチ。
「シグレがいなかったら…きっと、今ここに私は…いなかった。シグレは私に…未来をくれた。ほんの少しだけ…強さをくれた。私は…それを無駄にはしたくない。だから…私も最後まで戦う」
戦って、このゲームを脱出する、と。
かつての気弱な彼女からは想像もつかない心の強さを持っていた。
「アタシも…」
ストレアも、立ち上がる。
おそらくこの中では最も一緒にいた時間が長い彼女だからこそ。
「…アタシも、戦うよ。皆のゲームクリアを最後まで、見届ける。それが…シグレの望みだったはずだから」
彼女の手には、鞘に入ったシグレの刀が握られていた。
彼女の身なりに不釣り合いなほどの両手剣を振り回していた姿からすれば違和感を感じるほどの細身の武器。
けれど、シグレと一緒にいて、シグレを見ていたからだろうか、どこか様になっているようにも見えていた。
「シグレのようには上手くできないかもしれないけど…アタシの全力で、最後まで、戦うから」
そんな彼女の決意を聞いてか。
「……そんなの聞いたら、私だけ塞ぎ込んでるわけには…いかない」
シノンも立ち上がる。
頬に僅かに涙跡を残してはいたが、もう辛そうな表情は、そこにはない。
「…もう、先輩はいないなんて…本気では信じてない。先輩がそう簡単に死ぬはずがない」
それは、現実からの逃避なのか、それとも。
「…けどいつかは受け入れなきゃいけない時は必ず来る。そうなっても歩き続ける強さを求めるために…私も、戦う」
そう、シノンも立ち上がる。
その様子を見て、キリトは一つ笑みを零しながら。
「…クライン。お前…」
「んだよ」
「……一応、大人だったんだな」
「一応ってなんだよ一応って!?」
「なんだよ、褒めてるんだから喜べよ」
そう、冗談を零すとクラインはそれに乗る。
そういう切り替えができるところは見習わないといけないな、などと考える。
…決して本人に言うつもりはないが。
「…よし。皆でゲームクリアを目指そう。もう少しだ!」
キリトが発破をかけると、皆が皆、それぞれの返事を返す。
…全員、肯定の返事。
皆が間違いなく、先に進むことを決意した、迷いない団結だった。