ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~   作:アルタナ

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第84話:僅かな懸念と

そんな風に、決意新たに皆が湧くのを尻目に。

 

 

「…エギル」

 

 

キリトは真剣な表情で、エギルに話しかける。

 

 

「どうした?」

「…少し、引っかかることがあって、な」

 

 

そう、言葉を続ける。

前向きになって、いい雰囲気で盛り上がっている邪魔をしたくないというキリトの気遣いから、エギルに話しかけていた。

 

 

「…あんまり穏やかじゃない話か?」

「というより…奇妙な話だな」

「奇妙?」

 

 

いよいよわからない、と言わんばかりにキリトに問い返すエギル。

エギルに対しキリトは頷き。

 

 

「PoHの行動だよ。ホロウ・エリアでの話といい、さっきのアルベリヒの件といい、まるで…」

 

 

そこでいったん言葉を切る。

その先は、キリトが思うPoHのイメージとはあまりにかけ離れていたから。

 

 

「…シグレに協力、あるいは助けていたように思える…か」

 

 

エギルの言葉にキリトは頷く。

とはいえ、先ほどのアルベリヒの件に関しては、PoHの話が真実だと仮定しての話、である。

今となっては真実の確かめようもないが。

その真偽が微妙だとしても、ホロウ・エリアでの話は、ストレアとフィリア二人から聞いた話。

彼女たちがPoHと親しい様子には見えず、だからこそ口裏合わせもないはずで、だからこそ信憑性がある。

 

 

「…」

 

 

それにはエギルも異を唱えない。

信じたのではなく、反論する理由がない。

 

 

「仲間だと思ってたけど、シグレのこと…何も知らなかったんだな、俺」

「…それは当たり前だろ」

「え?」

「人は自分じゃない。何十年付き合ったって、そいつの全てを知れるわけじゃない。だから知りたいと思ったら、知るために歩み寄る」

 

 

そういうもんじゃねぇのか?と、エギルは諭すように言う。

 

 

「…まぁ、シグレはその辺りの壁が、とんでもなく厚かったようだがな」

「だな…」

 

 

エギルの苦笑に、キリトもつられて笑う。

 

 

「PoHの事は、あいつらには言うのか?」

「…少なくとも今は話すつもりはないよ。俺の思い過ごしならそれでいいし、余計な不安を煽る事もないだろ」

「……そうか」

「この推測が確信に変わったら、俺から話す」

 

 

もう皆気づいてるかもしれないけどな、とキリトは呟く。

 

 

「…あるいは、気づいた上で、ああいう感じなのかもしれないぜ?」

 

 

女ってのは、強いぞ、とエギルは言う。

それにはキリトは笑み一つのみで、言葉は何も返さなかった。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

あれから、何日経った頃だろうか。

 

 

「……」

 

 

とある病院の、とある一室にて、自らの手を見る。

デスゲームとして世界を騒がせたSAOの世界から現実に帰還して、すっかりやつれた自分の手を、伸びた前髪に遮られながら見る。

病室にいては、手入れのしようもない前髪を少しだけ鬱陶しくも感じながら、それを払いもしない。

肘のあたりには点滴の管がつながれている。

 

 

「っ…」

 

 

手を握っても、うまく力が入らない。

そんな事を思いながら、無機質な機械音を聞きながら、ただぼんやりと過ごしていた。

すると。

 

 

「……」

 

 

ふ、と顔を上げる。

その視線の先は、扉。

あるいはその先か。

 

 

「やぁ、お加減はいかがかな?」

「……?」

 

 

そう言いながら入ってきたのは、白衣を纏った医師ではなく、スーツ姿の見覚えのない男だった。

誰なのか分からなかったが、ただ、怪訝な視線を投げかける。

 

 

「お見舞いの定番だろう?フルーツ盛り合わせ」

 

 

言いながら、それなりに良さげな見舞い品を近くに置き、近くの椅子に遠慮なく腰掛ける。

眼鏡越しの柔和な笑み。

けれど、その笑みの裏側に何か含みがある事を、直感的に感じたからこそ疑わずにはいられない。

 

 

「…さすがに一言も発してくれないのは寂しいなぁ」

 

 

おどけたように言う相手に、一つ溜息を吐く。

 

 

「……お前は、何だ?」

「あぁ、そうだったね。僕は総務省総合通信基盤…」

「長い」

「……失礼、通称『仮想課』の菊岡誠二郎」

 

 

名刺を出すでもなく、簡単に挨拶をしながら。

 

 

「…初めまして、華月時雨君?」

 

 

そう、名を呼んでくる。

病室に入ってきた以上、名を知っているのは当然だが、こうして見知らぬ相手が訪ねてくることは、父の陰でよく見ていた。

それが自分相手に来る可能性などあったかどうか。

 

 

「君の事は、君の父親の代に見たことがあったから知っているよ。将来『有望』だということも…ね」

「……」

 

 

笑みを崩さずに紡がれる言葉に、溜息を漏らす。

 

 

「…もう一度聞くぞ。お前は何者だ」

「言っただろう、僕は仮想課の…」

「『ただの』役人が俺を知っている時点で妙だと言っている」

 

 

相変わらずおどけた様子の菊岡に、疑い、探るような視線を向ける時雨。

互いに無言な時間が続く。

 

 

「…今日は、君に仕事の依頼があって来たんだ」

「今の俺に、出来ると思うか?」

「出来るさ。むしろ今の君だからこそ、こうして依頼している。人を殺すことを知り、VRでの身の振りに慣れ、いなくなっても足がつきそうにない君だからこそ…ね」

「……」

 

 

柔和な笑みこそ浮かべているが、拒否権を与えない物言いであることは直感的に理解していた。

だからこそ、時雨は断らない。

否、断れない。

 

 

「……話を聞く前に、一つだけ言っておく」

「伺おうか」

「俺が何故、SAOが終了して、リハビリを開始する奴がいる中で、俺は未だに開始していないか…だ。その上で俺を使うかどうか…判断することを勧める」

 

 

菊岡は無言で時雨の言葉を待つ。

その様子に、時雨は一つ溜息を吐き。

 

 

「…俺は今、病に侵されいてる」

「……その病名は?」

 

 

問われた時雨は一つ間を置き。

 

 

「…急性骨髄性白血病。医師の話では…半年持てばいい方だそうだ」

 

 

はっきりと、自らの病を告げる。

そんな彼の掌には、僅かに鮮血が溜まっていた。

 

 

 

To be continued to next chapter...


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