ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
第1話:終わりへと導く者
時雨の病室。
そこには二人の人影。
「……」
「……」
しかし、談笑をするでもなく、ただ無言。
時雨は無表情、しかしどこか訝しげに。
もう一人、菊岡は笑顔で、その裏に何かを含ませながら。
ただ、無機質な機械音のみが、部屋に響いていた。
「…もう用が済んだのなら帰ったらどうだ。それとも…俺が思っている以上に役人は暇なのか?」
静寂を先に破ったのは時雨。
溜息を吐きながら、その相手に毒づく。
「いやいや、これは僕にとっては大切な仕事のオファーなんだ。時間を割く価値は十二分にある」
だからこそ、しっかり話を詰めておきたい、と菊岡は続ける。
時雨の病名を知って尚、誘うつもりでいた。
「…それに、過程はどうあれ、君は他のSAOプレイヤーよりも少し早くログアウトをしている。これが知れれば、君はかの茅場晶彦の協力者だと疑われても仕方がないと思うがね」
「俺を脅すか…」
「とんでもない。僕だって流石に命は惜しい」
病の進行のせいか、SAOの頃のような覇気のない時雨。
尤も、目の前の男がその違いを知る由もないが。
「…心配せずとも、お前に対する殺しの依頼はない」
「そうか。それは何よりだ」
安心して依頼の話ができそうだ、と菊岡は言う。
「まぁ…話はいずれ、場所を変えて行うよ。今は養生してくれたまえよ」
言いながら、立ち上がる菊岡。
時雨はそれを特に疑問には思わなかった。
「…懸命だな。この場では、誰が聞いているか分からない。場所は変えるべきだろう」
「僕の意図を読み取ってくれて感謝するよ…さすがはあの人の息子、といったところか」
「……」
物言いに、時雨はこの男が何を知っているのか、疑いの視線を向ける。
しかし、男…菊岡は振り返りもせず。
「…これ以上の問答はやめておこう。君も…随分辛そうだ」
それだけ言い残し、病室の外に出ていく。
どこまで見抜いていたのか、底が知れない。
そう、時雨は思うが、それ以上の事を考えることは出来なかった。
何故なら。
「………っ…ごふっ…」
手で押さえる余裕もなく、重たい咳をする。
それに押し出されるように、時雨の口から鮮血が吐き出され、病室のシーツを赤く汚す。
次の瞬間、先ほどまで無機質で単調なリズムを刻んでいた機械は、けたたましく警報音を鳴らす。
「っ…く……!」
次の瞬間、時雨は目の前が暗くなり、そのままベッドに身を落とす。
倒れこんだ時雨の口の端は吐き出されたものか、赤い雫が伝っていた。
「……」
言葉を発さない、否、発する余裕のない時雨。
…そんな病室の外では。
「…さて、ここで死んでしまうならそれまで。だが、もし乗り越えたのなら、その時は……」
菊岡にとっては、どちらでもいいのか、心配する様子もなく、変わらず柔和な笑みを浮かべる。
「すみません、失礼します!」
病室内の異常の通知を受けたのか、菊岡には目もくれず、看護師と医者が駆け込んでいく。
扉の奥からの警報音が、医者が扉を開けたことで少し大きくなる。
その音を聞きながら、菊岡は病室から歩き去っていく。
「…華月、時雨君。君は…いや、君の家系は…もう誰からも必要とされない。必要としたのが僕達だというのなら…それを不要と切り捨てるのも僕達の役目だ」
そうだろう?
そう、誰が返すこともない問いを投げながら、菊岡は歩き去っていった。