ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~   作:アルタナ

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第16話:孤独の弱さと、追いかける影

その日の夜。

 

 

「……」

 

 

シグレは一人、フィールドを駆ける。

今シグレがいるのは、28層、迷宮区前。

入口の前で一度深呼吸をして。

 

 

「…行くか」

 

 

迷わずシグレは歩を進める。

最前線、未知の領域。

月夜の黒猫団という仲間を得た今も、シグレは一人で最前線に潜り続けていた。

その理由は、第一層の頃から、変わっていない。

 

 

「俺が出来る事は…これしかない」

 

 

その手に抜刀した片手用直剣を握り、どこから来るか分からない敵を警戒する。

マップ情報など、あるはずもない。

ボスの情報とて、何もない。

それがいかに危険なことか、ここにいる大半のプレイヤーが知っている事。

無論、シグレだって分かっている。

下手をすれば、HP全損をする危険。

それはすなわち、現実においての死の危険。

だが、それはシグレに限った事ではない。

攻略組とて、それは変わらない。

月夜の黒猫団とて、それは変わらない。

 

 

…だからこそ、シグレは一人潜り続ける。

 

 

「…遅い」

 

 

剣を一閃。

ソードスキルですらなく、ただ横に振るっただけ。

にもかかわらず、迷宮区のモンスターを、手近な雑魚モンスターのようにあっさりと光の粒に変える。

多少の明かりがあるとはいえ、迷宮区は決して明るい場所ではない。

それはすなわち、死角となる場所から襲われる事もあるということ。

しかし、シグレは視線を向けることもなく、けれどもまるで見えているかのように剣を正確に振るい、モンスターを確実に倒していく。

 

 

「…まだ、戦えるか」

 

 

自分の剣の感触を確かめながら、一歩一歩確実に、けれど止まることなく迷宮区を進んでいく。

こうして戦い続けるシグレだが、別に自分しか戦えない、などと思っているわけではない。

攻略組でも、このくらいの事は出来る、というより連携を考えれば、より安全に進むことはできるだろう。

 

 

「……」

 

 

しかし、連携の中で犠牲者が出ない、とは言い切れない。

犠牲を払って、ボスを倒す、という方法が採られる可能性もある。

シグレは、それを見過ごす事が出来なかった。

 

 

「…これで、いいんだよな……?」

 

 

迷宮区の一角。

モンスターの撃破を続け、辺りに気配がなくなったところで、シグレは宙を見上げる。

当然ながら、夜空は見えない。

ひょっとしたら、夜が明けているかどうかもわからない。

そんな閉ざされた空間で、無機質な天井を眺める。

そんなシグレが視線を向ける先には。

 

 

「………父さん」

 

 

シグレにしか見えない何か。

シグレが胸の内で、大切に持ち続けるそれは確かに、シグレを縛り続けている。

シグレの中で、降り続ける止まない雨。

幼き頃に降り出した雨は、シグレの心を確実に蝕んでいた。

やがてそれは、何年もの時を経て、孤独という名の錆を生む。

じわりじわりと侵食していくそれは、誰にも止められない。

 

 

「……俺が死んでも、悲しむ者はいない。この世界にも…現実の世界にも」

 

 

そこから生まれた、シグレを形作る価値観。

いつ崩壊するか分からないほど脆くも、圧倒的な力でモンスターを光に変えていく。

 

 

「…」

 

 

これを続けていけば、やがて自分は崩壊するだろう、とシグレも気付いていた。

やがて、力及ばぬ相手が現れた時、誰の目にも留まることなく、ただ討ち倒され、消えていく。

けれど、光の粒になって消えていく、その時までは。

 

 

「…止まるつもりは、ない」

 

 

剣を持つ手に少しだけ力を入れ、再び、歩き出す。

傍から見れば、狂っている、と言われても仕方がない一方で、これ以上なく純粋な意思。

その意思を自覚しながら、シグレは闇に紛れながら、歩を進める。

 

 

「ふぅん、あれが…幻影の死神、かぁ」

 

 

そんな彼を少し離れた所で、後ろから見守る影。

紫の髪を揺らしながら、距離を詰めるでもなく、離されるでもなく。

迷宮区であるという緊張感がなさそうな足取りで、影はシグレを追う。

何をするでもなく、戦いの手伝いをするでもなく、ただ追いかけ、彼を観察するだけ。

その目的は、誰が知るものでもなかった。

 

 

 

…その翌日、28層が攻略された、というニュースが、アインクラッドに広まる事となる。


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