ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
その頃。
「……」
「……」
都内某所、とある会社の会議室。
そこで、二人の男性が無言で向かい合っていた。
とはいってもただ互いを見ているわけでもなく、どちらかといえば一方が睨み、他方はそれを意にも介さずお茶を啜る。
「…それで?」
「ん?」
「俺の退院やら部屋の引き払いやらを徹底して進めてまで連れてきた理由を聞いている」
向かい合って席に着いてからもう何分経つだろうか。
睨んでいる方…時雨は問いかけるが、他方…菊岡は答えない。
「…まぁ、落ち着くといい。お茶、冷めるよ?」
それどころか、そんな事を言う。
何のために連れて来られたのか、疑問に思う時雨だったが。
「っ…!」
手元に口をやり、軽く咳を一つ。
その掌を見て。
「…そんな悠長な事を言っていると、お前の依頼をこなす体力が失われかねないようだがな」
「それならそれで、世の中は平和になるかもしれないね」
「……それに関しては、俺も同意見だがな」
そう、時雨は返す。
彼の掌には、血。
見慣れた時雨にとっては、驚くほどのものでもなかった。
菊岡は菊岡で皮肉で返し、時雨もそれに乗る。
「ま、冗談はさておき。君には依頼がある…が、まずはリハビリも兼ねて、これをやってもらおうかな」
「……?」
菊岡が取り出したのは、一本のゲームソフト。
「…ガンゲイル・オンライン…?」
「知ってるかい?」
「興味ない」
切り捨てる時雨と、やれやれといった様子の菊岡。
「GGO…巷で、最も過酷だと言われているVRMMOだそうだ。銃がメインだそうだが…銃の扱いは?」
「…撃ったことはある」
菊岡の質問に答えながら。
「……ゲームが依頼とは、な」
「ゲームというよりは、VR…仮想空間がメインだがね」
言いながら、菊岡は一度仕切り直し。
「…改めて依頼だ。君にはこのGGOをプレイして仮想空間に慣れる事、および戦いの勘を取り戻してほしい」
「それはいいが…場所はどうする気だ」
「それは問題ない。この会社の医務室を使っていい。専任の医師及び看護師もつける。普段の寝食を行う部屋も用意しよう」
そこまで聞き、時雨は有難さを通り越し、気味悪くすら感じた。
本来の依頼を聞いたわけでもないとはいえ、依頼はただゲームをしろ。
その代わりに衣食住は保障する。
依頼に対する保障があまりに大きく感じていた。
「……分かった」
とはいえ、時雨には断る、という選択肢がない。
それは、断ったら路頭に迷うから、というわけでもない。
時雨にとって、依頼を断る理由がない。
ただそれだけだった。
「…普通に過ごせばいい、と?」
「あぁ。君にとって『普通』に過ごしてくれれば構わない」
「普通…ね」
一つ息を吐きながら、時雨はお茶を飲む。
少しだけ、鉄の味を感じた。
自らの血の味だろうか。
「…それで、実際にはいつからだ」
「今日からでも構わない。楽しんでくれたまえ」
時雨は会議室を出る。
廊下には医務室までの案内があり、迷うことはなさそうだった。
「……」
何を考えているのか。
時雨には分からない。
だが、それはどうでもいい事だった。
仮にそれが自分という存在を滅しようとしているのだとしても、構わない。
「……Ein Traum wird wahr…か」
なんとなく、零れた言葉。
独語で、夢は叶う。
そんな言葉を思い出しながら。
―ich bring dich um...!!
―Wenn du kannst...
少しだけ、過去を思い出しながら。
時雨は医務室へと向かうのだった。