ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
その頃。
「……」
時雨は一人、ベッドの上に寝かされていた。
そんな彼の体には、様々な医療用機材のコードがつながれている。
「…」
GGOでも現実は寝たきり。
そして、現実に戻ってきても治療のために寝たきり。
まともに起きている時間は、かなり少なくなっていた。
だからといって、時雨に起き上がる気力はなかった。
「っ……」
なけなしの力を籠め、利き腕を持ち上げる。
SAOで二年以上寝たきりであったことに加えて、碌にリハビリをしていない体ではある意味当然だった。
そうして、自らの腕を自分の目の前に持ってくる。
点滴の針が刺さり、他にも機材の繋がれたその腕は、不健康に痩せ細っていた。
これで刀を振るっていたなど、誰が信じるだろうか。
「くっ……」
やがて、自らの力で腕を支えきれなくなり、力なくベッドに腕を落とす。
深い溜息を吐き、目を閉じる。
快適なはずの部屋は、少しだけ暑く感じた。
「…失礼するよ」
そうして入ってきたのは、担当の医師だった。
場所が変わっても、担当の医師が変わらないのは何故か、時雨にはよく分かっていない。
「調子はどうですか、時雨君?」
「…想像に任せる」
医師の言葉に、時雨は目を開くことなく答える。
「…私も君が治せるよう、最善を尽くすつもりです。だから君にも…頑張ってほしい」
「……?」
突然語り出す医師に、時雨は少し目を開き、軽く視線を向ける。
「だが、私がどれだけ頑張ったとしても。最善の治療が出来たとしても…助かるかは君次第です」
「何が言いたい」
「…病院で君が目覚めてからずっと思っていました。というより、気になっていたことがあります」
虚ろな視線を向ける時雨に、医師は責める雰囲気を孕んだ視線を向ける。
「どうにも…君からは、生きたい、という意思が感じられない。私とて医師です。患者は何人も見てきました。中には重病で生を諦める者もいました」
それでも、死の恐怖に怯えない者はいなかった。
そう、医師は続けた。
「生きたい。或いは、死にたくない。その願望が、ある意味では回復に一番重要だと思っています」
「……俺にはそれがない、と?」
「えぇ」
医師が断言したところで、会話が止まる。
機械音だけが響く静かな部屋。
その静寂を破ったのは、時雨の溜息。
「なら聞くが…お前は何故俺の治療を続けている?」
「っ…それが私の仕事だからですよ」
「成程。だが、助かる見込みが薄い、本人の意思がない。そこまで言うのなら、無駄に薬や機材を消費して何故こんな治療を続けている」
今度は、時雨が医師に責める視線を向ける。
本調子ではないといっても、その強い眼光は医師にとっては軽く竦んでしまうものだった。
それに構わず。
「……なら、トリアージをすればいい。助かる見込みなしとすれば、俺の優先度は低いはずだ」
トリアージ。
主に救急医療等で、患者数が極端に多い場合に、治療の優先順位をつけることで一人でも多くの患者を救うことを試みる手法。
医師である倉橋は、当然ながら知っていた。
「やがて、俺は死に……そうだな、例えば、治療はしたが、患者は死亡したと報告。それで全て丸く収まるだろう」
時雨は言い終わり、再度目を閉じる。
言いたいことは言った、と言わんばかりに。
「…そうだね。君の言う通りかもしれません」
そう言った医師の表情は、目を閉じている時雨には分からなかった。