ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
医師は言葉を続ける。
「…そうだとしても、私は君を助けるために全力を尽くします」
「……」
医師の言葉に時雨は答えない。
単に答える気がないのか、答える気力がないのか。
それは時雨自身にしか分からない。
「これは、君の為ではありません。担当患者を救えなかった、という傷を作りたくない私の我儘です」
苦笑する医師、倉橋。
そんな彼に時雨は表情一つ変えず、目を閉じたまま。
「…それに、それだけではないのですよ。君を救いたい理由というのは」
なおも、話を続ける。
それを時雨が聞いているかは気にしていないのか。
ただ、聞かせたいだけのようにも見える。
「私は…ある一人の少女を診ました。病名は…後天性免疫不全症候群」
発症を遅らせる事、可能な限り治療を行う事。
あらゆる手を尽くしたものの、発症を止めることも適わず、衰弱していく患者を救えなかった。
「……」
時雨は目を開き、医師に視線を向ける。
彼は俯いていた。
それは、自らの無力さに対する苛立ちか。
もしそうだとしたら、それは時雨がよく知る感情だった。
「…ですが、少女は……助かった」
彼女の両親がどこから手に入れたのか大量の資金。
それをもって、海外に渡っての治療。
それにより、最先端の治療を受けることにより、免疫の回復に成功。
今では、経過観察の為に通院こそ続けているが、日常生活に支障がない程になっている。
そう、思い出すように告げる。
「それがどうした」
時雨は溜息交じりに尋ねる。
助かる助からないは、助かったのならそれでいいのではないか。
それを、話す理由が何なのか。
それが、時雨には分からなかった。
「この話は、続きがあるんですよ」
「…俺が聞く理由があるのか?」
「君だからこそ、聞く理由があると思っています」
「……」
倉橋の頑なともいえる話し方に時雨が折れた。
溜息交じりに視線で先を促す。
「……君は、気になりませんか?」
「大量の資金の出どころ…か」
「そうです。海外に渡っての治療など、そう簡単ではない…それこそ、数百、数千円の話ではないのですから」
妙にもったいぶった言い方をする倉橋。
そんな彼に、時雨は何も言わない。
「…後に聞いたのですが、彼女の両親は、親を失ったある少年を表向きに引き取り、その少年が住んでいた家を売却して資金を得たそうです」
「……」
「その後、その両親は亡くなったそうです。自殺…とのことですが」
理由は想像はできますが、確証はありません。
そう、倉橋は続ける。
「……その後、遺された少女はその事実を知ってしまった。そして…一人の少年を犠牲にして自分が助かってしまった、という自責の念に駆られるようになってしまった」
その時から、少女が心から笑うことはなくなってしまった。
決して許されないと思い込んだ罪に捕らわれてしまった。
「聞いた話では、今もその少年を探し続けている、と聞いています。ですが少女が真実を知ったのは今から2年程度前…そしてその相手がSAOに捕らわれていて、未だに話もできていないそうです」
「……」
「ですが、SAOの事もあり、VRの世界でなら、相見える機会があるかもしれないと…藁にも縋る思いで様々なVRゲームをプレイしていると」
そこまで言って、医師は言葉を切る。
その視線は、知らないとは言わせない、と暗に物語っていた。
おそらく、この医師は初めから知っていたのだろう、と時雨は推測し、反論を諦めた。
「…これは君たちの問題です。だから…君に少女のことを許してほしいとか、そんな事を言うつもりは一切ありません。憎んでいるのなら、それでもいいでしょう。ですが…」
「……」
「もし少しでも彼女の事を気にかけてくれるのなら…せめて、話を聞いてあげて欲しい」
少女がその心の重荷で変わってしまったことを知っているからか。
倉橋は懇願するように、そう時雨に頭を下げた。
「……話は終わりでいいか?」
「時雨君…」
時雨はベッドに身を落とし、倉橋に背を向けて横になる。
その様子に、倉橋は伝わらなかったか、と諦めるように一つ溜息を吐く。
仕方ない、と立ち上がり、部屋を後にしようと時雨から目を離した瞬間。
「っ!?」
医療機械が突然けたたましい警告音を鳴らす。
振り返り、機械を見れば警告灯が点滅していた。
すぐに時雨に視線を向けると。
「ごほっ…が………っ!」
敷布団の白いシーツ。
そのうち、掛布団の下が真っ赤に染まっており、蹲る体勢になっていたせいか、時雨の服の胸元も真っ赤になっていた。
「っ…!」
直感的にまずいと察した倉橋は、連絡用の子機をとり。
「急変だ、すぐに看護師を寄こしてくれ!ASAP!」
叫ぶように要請しながら、緊急の治療に当たるのだった。