ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
その頃。
どのVRゲームともつかない、ホロウ・エリアを彷彿とさせる空間。
その部屋というべきか、わからない場所の片隅で。
「……」
一人の少女が蹲っていた。
そんな彼女の腕の中には、鞘に収められた、一本の刀。
大人の女性と言われても遜色ない女性は、まるで子供のように、その刀に縋るように蹲っていた。
そんな彼女に近づく、一人の影。
「…ストレア」
静かに近づく、一人の少女。
10代になるかならないかの、子供と言われても遜色ない少女が、どこか大人びた様子で、静かに近づく。
「…ユイ」
名を呼ばれた女性―ストレアは、聞き覚えのある声に反応し、相手の名を呼びながら顔を上げた。
どれだけこの場所でこうしていたのか、どこか虚ろな様子のストレア。
「…ねぇ、なんで…こうなっちゃったのかな」
「……」
「ずっと考えてるのに…まだ、分からないんだ」
自らの思考の渦に呑まれ、その奥底から抜け出すことができていない。
無理もない、といえばそうなのだろう。
「…アタシは、シグレが生きてさえくれれば、あの世界で消えちゃってもよかったのに。シグレがアタシを助けてくれたように、助けてあげられれば、それだけでよかったのに…」
それだけのことすら、出来なかった。
ストレアの中に渦巻く、後悔。
「…命を懸けてでも、シグレを守りたかった。けど…出来なかった。なのに、アタシは…」
所謂、サバイバーズギルト。
それがストレアの心を蝕んでいた。
「……もっと強ければ、シグレを守れたのかなって。もっと強ければ…こんなに、辛く、なかったのかなって…っ」
「ストレア…」
今にも泣きだしそうな、あるいはもう感極まっているのかもしれないストレアの言葉に、ユイは何も言わずに。
「…そんなに自分を責めちゃ駄目」
「でも…!」
「私はあの人じゃないから分からないけど、きっと…シグレさんは、ストレアにそんな思いはしてほしくなかったんじゃないかな」
ユイはそれほどシグレと話をしたことがあるわけでもない。
そのため、シグレが考えていることが分かる、というわけでもない。
それでも、ストレアに告げた言葉は間違いない、という不確かな確信があった。
「そう…かな」
「分からない。でも、そう信じられる」
「なんで…」
その不確かな確信がどこから来るか、ストレアには分からなかった。
けれど、ユイは迷うことなく。
「…分かるよ。だって…ストレアが好きになった人だから」
「っ…」
ストレアは言葉にこそしないが内心、そんなことで、と思う。
けれど、言ったところで目の前の姉は意見を変えないだろう、とも思う。
「なんだか、AIとは思えない理由付けだよ」
「……信じられない?」
ストレアは苦笑する。
自分たちらしからぬ思考、そして理由付け。
高度なプログラムの演算で導いた結果とは到底思えない。
それは、プログラムという決まりきった枠組みに確かに芽生えた、彼女たちの心なのだろう。
妹を想い、信じる姉の心。
命の恩人ともいえる相手を思い続ける、一人の女性の心。
本来、そういったものが芽生えるはずがないと彼女たち自身が分かっていたからこそ、それを何よりも尊く感じていた。
だからこそ。
「信じないわけ…ないじゃん」
ストレアはどこかぎこちない笑顔で、そう答えた。
けれどそれは、ユイが見たいと思っていた、紛れもないストレアの笑顔だった。
その様子にほっとするユイ。
「……実は、そのシグレさんの事で、話があるの」
「…?」
話を切り替え、ユイは話し始める。
キリト達と話した事、あるいはその場にいなくても、後に教えてもらった事。
シグレは、生きているかもしれないという事。
シグレと思わしき人物がGGOで、対人戦でかなり強力なプレイヤーとして認識され始めている事。
シノン達が実際に交戦し、歯が立たなかった事。
とはいっても、実際に話したわけではないので、確証がない事。
「……GGO、だよね?」
「行くの?」
「当然!」
ストレアは確認をし、立ち上がる。
その手には、シグレがSAOで用いていた、二振りの刀。
GGOという銃の世界に持ち込めるか、保証はない。
下手をすれば、失われる可能性もあるだろう。
だとしても。
「たとえどこであっても、シグレがいる可能性が少しでもあるのなら…アタシは行くよ」
「…ストレア」
「?」
「頑張れ」
ユイの応援に、ストレアは笑顔で返し、光に包まれていった。
向かった先がどこなのかは、言うまでもないだろう。
ユイも追うように、光に包まれていった。