ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~   作:アルタナ

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第21話:終わりという名の

その頃。

 

 

「………ん…」

 

 

時雨はとある一室で、微かに呻くような声を漏らしながら目を開ける。

相変わらず感じる気怠さが、自分の容体が殆ど変わっていないという事実を告げる。

仰向けになっていたからか、部屋の照明の眩しさを強く感じていた。

 

 

「…気が付きましたか」

「……あんたか」

 

 

少しして、話しかける、時雨にとっては聞き飽きたほど聞いた声。

担当医師の倉橋によるものだった。

その声に、力なく答える時雨。

 

 

「……そうか」

「?」

 

 

ここに倉橋がいる事実に、時雨は軽く思考を巡らせ、一つの結論に辿り着く。

その溜息に、倉橋は疑問符を浮かべるが。

 

 

「……俺は後どのくらい、生きていればいい?」

「っ…」

 

 

時雨の質問に、倉橋は言葉を詰まらせる。

質問に、というよりは聞き方に、というべきかもしれない。

普通なら、後どのくらい生きられる、というような聞き方。

しかし、時雨は違っていた。

いっそ、早く終わらせろと言わんばかりの語感を含んでいた。

 

 

「…このままでいれば、半年持てばいい方でしょう」

 

 

その事には気づかない振りをして、倉橋は答える。

倉橋の答えに時雨は取り乱すこともなく。

 

 

「そうか」

 

 

一言だけ、答える。

そして、時雨は目を閉じ。

 

 

「あと半年で…漸く終わるか」

 

 

溜息交じりに、そう、言い放つ。

誰に向けるでもなく、ただ、宙に向けて。

 

 

「……ですが今、君に適合するドナーを探しています。見つかれば移植手術で助かる見込みもあるでしょう」

 

 

そんな時雨に倉橋は言い返すように希望を告げる。

そんな倉橋に。

 

 

「…その対象は、少なくとも俺ではないべきだと思うが」

「患者を助けるために全力を尽くす。それだけですよ…君がどう思おうと、ね」

「それを本人が望まないとしても、か」

 

 

時雨の問いに、倉橋は少し考える。

 

 

「…確かに、手術を伴う治療である場合、医師の独断で治療は行えません。家族の同意で治療することは可能ですが…君の家族への連絡手段もない」

「それは当然だ。俺にとって家族と呼べる存在は、数年前に喪ったのだから」

「……ですがそれでも、君の生を望む者がいる。君と会うことを望む者がいる」

 

 

時雨はそれを否定しなかった。

なぜなら、その存在を倉橋自身から聞いていたから。

 

 

「だとすれば、たとえ君自身の為でなくとも、その誰かの為に君を助ける。そこに君の願望は含まれない」

「……」

「どうして…君はそこまで生を望まず、終わりを望むのですか?」

 

 

倉橋の問いに、時雨が何かを答えようとしたところで、部屋の扉がノックされ。

 

 

「……失礼します。倉橋さんにお電話が」

「…どこからですか?」

「病院からです。急ぎの用事だと…」

「分かりました。今行きます……話の続きは、また今度」

 

 

入ってきたスタッフの連絡を受け、倉橋は足早に去っていく。

それを軽く見送り、時雨はベッドに潜り込んだ。

 

 

「何故……か」

 

 

時雨は一人、思い返す。

生を望まず、終わりを望む理由。

 

 

「……そう思うやつが、いるからだ」

 

 

―ich bring dich um...!!

―殺す。お前は私が殺す…!!

 

―Wenn du kannst...

―出来るのなら…やってみろ

 

 

それは、まだ父と共に『仕事』をしていた頃の記憶。

特に和解することもなかった以上、恨まれ続けているだろうし、或いはその思いは強くなっているかもしれない。

生きるためとはいえ、仕事を続けてきた以上、自分をそう思う人間は星の数ほどいるだろう。

仮に、医師の言う通り、自分が会うべき相手がいるのだとしても。

 

 

「それでも、俺は…」

 

 

すっかり力の入らなくなった手を握り、目を閉じる。

自分がこうして生き続けている理由すら、時雨自身には分からない。

物心がつく頃には既に刀を手に握り、人の斬り方を知っていた。

その意味を考えることなく。

 

 

「…」

 

 

だからだろうか。

SAOで、誰かを守ろうとしたのは。

そうすることで、やり直したかったのだろうか。

自覚した罪から、逃れたかったのだろうか。

それが、逃げ、だとしても。

 

 

…その答えは、未だ、誰にも分からない。


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