ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
そこから、グロッケンに戻るまでの道中で、特段問題は生じなかった。
モンスターこそ現れたが、SAOを攻略した実力者が揃っていた事が大きいといえるだろう。
その後、一行はシグレを背負い、キリトのマイホームのベッドでシグレを横にさせる。
目を閉じたシグレは目を覚ます気配がなかったので、大勢でいてもうるさくなると考え部屋を後にする。
その中で、ストレアだけはシグレに付き添うことになった。
目的は二つで、一つは言うまでもなく看病。
もう一つは、下手に逃げ出したりしないようにするための見張りを兼ねている。
「…とはいっても、ログアウトされたらどうしようもないけどな」
キリトが笑う。
仮想世界、ゲームの中だから無理もない。
SAOでは出来てほしかったことが、今は少しだけ、出来ないでほしいと思ってしまう。
そんな矛盾に対する笑いだった。
「……それで、ユイ」
「はい」
「さっきのは一体…?」
このままでは、死んでしまう。
そう、確かにユイは言った。
それがどういう意味なのか。
「……言葉通り、です」
「それって、ゲームの中でHPが0になるっていうこと?でもそれなら…」
街に戻されるだけ。
そう思い、リーファが尋ねるが、ユイは首を横に振る。
「…違います。私は先ほど皆さんが戦っている間も、皆さんの状態をモニターしていました」
それくらいしか出来ることがありませんでしたから。
そう、ユイは続ける。
「モニター?」
「はい。皆さんの精神状態はもちろん、心拍、脈拍、体の健康状態も。これらに異常が出た際にアミュスフィアは自動カットオフを行い、皆さんの健康状態の維持を促します」
それは、ここにいる誰もが知るアミュスフィアの機能。
安全性が強化されたとはいえ、一時的に脳の機能を遮断する、なんてことをやってのけるのだから、ある意味当然といえば当然である。
「…ここにいる皆さんは、少なくとも身体的な問題は見受けられません。精神状態も良好…心身ともに健康といってもよいでしょう」
ですが、とユイは続け、一瞬言葉を止める。
それがある意味では答えだった。
「先輩は…違ったの?」
「…はい」
シノンの答えにユイは頷く。
「シグレさんの状態は……正直、カットオフされないのが不思議なくらいでした。複数の項目で異常値を出していて、正直どうして意識を保って戦えているのか不思議なくらい…」
「ずっと戦っていて疲れてた…とか?」
ユイの言葉にアスナが推測を述べる。
どれほどこのGGOの世界にいたのかは知らないが、それでもこれだけ戦えるのなら相当だろう、と思ってのことだった。
「それでも確かに異常は発生するでしょう。ですが、この値はそれだけで片付けるには極端な値です。つまり…」
「アミュスフィアを装着したシグレ自身に何かしら問題が発生している…?」
「…そう考えるのが自然です」
フィリアの推測を、ユイは肯定した。
しかし。
「でも、それっておかしくない?シグレさんのアミュスフィアがカットオフをしていないっていうことは…故障……?」
ユウキが疑問を口にする。
それは、アミュスフィアを持つ皆が一斉に抱いた疑問だった。
「その通りです。通常ならカットオフをしますが、それが起こらなかった。ということは…」
「……まさか、ナーヴギアか!」
キリトの言葉に、ユイは頷く。
「または、それに相当する、カットオフ機能を持たないデバイスでログインしている可能性が非常に高いと思われます」
「そ、そんなはずないでしょ!だってナーヴギアは完全に回収されたはずじゃ…!」
「確かに回収は進んでいますが、100%とはいえません。故に、ナーヴギアではない、と結論付けることは出来ないのが現状なんです」
ユイの言葉をリズベットが否定するが、しきれない。
どういうことなのか。
一体、シグレの周りで何が起こっているのか。
誰もがそんな疑問を思い浮かべ、押し黙ったところに。
「……話は終わったか」
ドアが開き、シグレが奥から出てくる。
先ほどまで気を失っていたのが嘘のようにも見える。
「シグレ、駄目だよ休まないと…!」
ストレアがシグレの腕を引き、止めようとするが従う様子がなかった。
「話は、聞いていたんですね?」
「…全部ではないがな」
「なら、答えてください。今、現実の貴方の体に、健康面での異常は発生していませんか?」
ユイの問いに、シグレは答えない。
けれど、ユイも真剣な表情をシグレから逸らさない。
やがて、シグレが根負けし、部屋を見回す。
「……それにしても、随分大所帯だな」
「お前を探して来たんだよ、シグレ」
「…どういう事だ」
キリトの言葉に、シグレは疑問で返す。
そんなシグレの問いに答えず、代わりに。
「…その、シグレ…さん」
「……?」
おずおずと、ユウキが前に出る。
シグレはユウキに視線を向けるが、いまいち合点がいっていないのか、疑問符が消えない。
「先輩に、会って話したいことがあるんだそうよ?」
「……?」
シノンに言われ、シグレは更に疑問。
顔見知りならいざ知らず、知らない相手にそう言われても、意味が分からない。
「あの……その、ですね。ボクはその、ユウキって…いいます」
たどたどしくも、言葉を続けるユウキに、シグレはただ無言で続きを待つ。
よほど言いにくいことなのか、と一つ息を吐きながら。
「……その、ボクの苗字…紺野、っていうんですけど……覚えてますか?」
「ひとつ聞きたいが……会ったことがあったか?」
「あ、いえ!ボク自身は初めて会うんですけど……ボクはどうしても、貴方に会って、謝りたいことが…」
それで余計にシグレは訳が分からなくなる。
会ったことがないのなら、なぜ謝ることがあるのか。
何をされたわけでもないのに。
とはいえ。
「……よく分からないが、気にしなくていい。どうせ、もうすぐ気にならなくなる」
「え…?」
シグレの言葉に、ユウキは疑問符を浮かべて尋ね返す。
ユウキに向けていた視線をユイへと逸らし。
「……さっきの質問に答えておく。俺はSAOから抜けた後、ある一つの病名を告げられた」
ユイは推測通り、という部分もあり、他の皆もそうなのか、といった程度。
話を聞いていなかったのか、ストレアが心配げにシグレを見る。
「…何の病気?そんなに、重くはない、よね…?死なないよね……?」
縋るようなストレアの手を振り払うかのように。
「急性骨髄性白血病。どの程度進行しているかは知らんが…かなり進行しているとは聞いた」
以前、余命宣告を受けた。
そう、あまりにいつも通りに。
シグレは淡々と、事実を告げた。