ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
その頃。
「……」
時雨は一人、目を覚ます。
部屋には自分しかいないのか、自分に繋がれた医療機器の電子音が小さく響いている。
「っ…」
そこそこ長い時間だったからか、軽く頭痛が走るが、それを手で押さえながら上半身を起こす。
相変わらず体は重いが、既に慣れつつあった。
上半身を起こし、辺りを見回す。
特段変わった何かがあるわけでもないが。
「…?」
ふと、外から話し声が聞こえる。
「…っ…!」
「…、………」
痺れを切らしたような声と、それをあしらう声。
声はどちらも聞き覚えのあるものだった。
何を言い争っているのか、それほど興味はなかった。
「……」
正確には興味がなかったのだが、戸が薄いのか、うっすら聞こえていた。
時雨は一人溜息を吐き、ベッドから降りる。
その際に繋がれた医療機器を外したせいで、エラー音が響くが、時雨は気にも留めない。
それよりも。
「…煩いんだが」
戸を開け、言い争っていた二人…倉橋と菊岡に声をかける。
「ほら、騒ぐから時雨君から文句が来たじゃないか」
「な…!私だって騒ぐつもりはありませんでしたよ!」
どれほど熱が上がっていたのか、収まる様子のない言い争いに時雨は一つ溜息を吐く。
「…言っておくが、話は聞こえていたからな」
「う…」
時雨の言葉に、倉橋が一瞬言葉に詰まる。
「…聞こえていたのなら話が早いです。華月君、今すぐ病院に向かいましょう…君の脊髄に適合するドナーが現れたのですから」
もう一刻の猶予もない事は君も分かっているはず。
倉橋はそう続ける。
一方で。
「だから、移植とやらをここでやればいいのでは?と僕は提案をしたんだがね」
「より確実に成功させるためには病院での検査や治療が必要だと…!」
菊岡の溜息交じりの言葉に倉橋が反論する。
つまりはそういう言い争いなのだ。
「第一、彼の雇い主は僕だ。その際に機密保持の為原則として外出は禁止だという事は伝えていたはずだが?」
「…このままでは、彼の命が危険だとしてもその原則は覆らないと?」
「彼がもし一般人であれば人命優先だろうがね。君にも話しただろう?…彼がどういう人間なのか」
菊岡の言葉に倉橋は押し黙る。
その様子から、ある程度の事情は知っているのだろう、と察する。
「どうやら納得いただけたようで何よりだ」
にこり、と微笑み、菊岡は背を向けて歩き出す。
何か用があるのか、こちらに振り返りもせずに通路の奥へと歩き去っていった。
「……どうせ俺はここに縛られた身だ。適合したドナーの脊髄は、待っている奴に回すように手配すればいい。医師ならそれくらいはできるだろう」
言いながら、部屋の戸を開ける。
「…君は、生きたいとは思わないのですか?」
「………」
「君の事情はある程度は伝え聞いています。そのうえで聞かせてほしい…君自身は、生きたいとは思っていないのですか?」
倉橋の問いに、時雨は一つ溜息を吐く。
何度目か分からない問いに、疲れたといわんばかりに。