ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
面倒な事になった。
それがまず第一に思った事だった。
「……」
部屋に戻り、扉に背を預けて一つ息を吐く。
この家の娘だと紹介されたヴェンデルガルト。
家族にはヴェンデ、と呼ばれているようだが、どうでもいい。
溜息を吐きながら、窓から見える月を覗く。
気候の差か、日本のそれとは若干違って見える。
静かな夜。
「…」
今回ここに来たのは表向きはホームステイとなっているが、実際は違う。
この地域で近頃発生している連続殺人。
地域が限定されることや、手口が共通しているから同一犯という事らしいが、操作を行う警察官ですら被害に遭っている。
このままにはできない為、これ以上の被害を抑える目的で、処理を依頼され、海を越えてくることになった。
それだけ聞けば、国の間での協力関係が成り立っているように聞こえる。
だが実際のところは、そうではない。
外国にいい顔をしたい、そうして後ろ盾を得て成りあがりたい、という醜い欲望の中で、捨て駒にされた、という方が正しい。
要は、警察が情報を得るための捨て駒となり、犠牲になれ、と言われているのと同じ。
「……」
法で人権やらなにやらの保障はあれど、そんなものはお構いなし。
むしろ法を遵守するために必要な犠牲。
いいように使われているだけだった。
とはいえ、俺や、父が今までやってきた事の揉み消しという対価を得ている以上、断るという選択肢はない。
それは、父が殺された今となっても、何も変わらない。
そして、それはこれから一生、変わることはない。
「…」
そんなだから、なのかもしれない。
この家族を、眩しいと感じてしまうのは。
温かいと、感じてしまうのは。
しかし、それが許されるわけではない。
許されてはいけない世界に、自分はいる。
その時には、そう認識できる程度にはなっていた。
「っ…」
頭をガシガシと掻き、溜息を吐く。
明日からどうするか。
先ほどあぁは言ったものの、どうしたらいいのか分からない。
父を喪い、母を喪い。
頼れる親戚や友人もなく、一人の時間が長すぎたせいだろうか。
どのように振舞えばいいのかが、分からない。
「…」
いっそ、明日の早朝に、外に出てしまおうか。
そうすれば、今までと変わらずだろう。
しかしそれでも、少なくとも今までは一言言って外に出ていた。
それが急になくなれば、不審に思われるかもしれない。
そうなれば、例えばどこかに連絡されるなど、調査に不都合が生じる行動を起こされる可能性もある。
それを考えると、得策ではない。
「…」
いっそ、事情を話して協力を仰ぐか。
地元の人間だからこそ分かる事情があるかもしれない。
…しかし、その考えはすぐに捨てる。
数日、更にほんの限られた時間とはいえ、共に過ごして分かったことは、この家族は『こちら側』ではない。
人間の醜い部分を見せつけられてきたからこそ、この家族がそういった部分がないことは分かっていた。
だからこそ、巻き込むべきではない。
「…寝るか」
結局のところ、提案を受け入れつつ、必要以上に悟られないようにするしかない、という結論に至る。
この家族がここまで温かいものでなければ、ここまで悩むことはなかったのかもしれない。
しかし、温かさを知ってしまった以上。
まして、自分なんかを受け入れてくれた以上は、守らねばならない。
かつて、自分を守ってくれた、父のように。
「……父さん」
まだ、未熟ではあるけど。
そんな俺を受け入れてくれた家族を守る力を、貸して下さい。