ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
あの翌日。
「……」
シグレは私とは会話をしなくなった。
彼なりの気遣いなのかもしれない。
たった一度。
されど一度。
見てしまったあの姿は、強烈な印象を私の心に刻み付けた。
「…では」
シグレは食事を終え、軽く挨拶をして外へと出かけた。
どこへ行ったのかは分からない。
けれど、もう追いかけようという気は起きなかった。
それは、あれを見てしまったからではない。
あんなことは、そうそうある事ではないはず。
それよりも、それでシグレの迷惑になるようなことはしたくなかった。
「じゃあ、私たちも出かけるから」
「ヴェンデも学校、遅れないようにな?」
両親も出かけ、私は家に一人。
とはいえ、すぐに私も出かけるけれど。
「…」
あれを思い出さないように深呼吸をする。
目を閉じると、未だに鮮明に思い出せてしまう。
深呼吸で吐き気を押さえながら、少しずつ慣らすようにする。
「行こう…」
それでも、昨日のように体の力が抜けたりはしない。
父にも母にも心配されなかったあたり、上手く誤魔化せていたのだろうか。
あるいは気遣って聞かれなかっただけか。
私には分からない。
それでも、私は歩き出す。
「…遅刻なんてしたら、心配かけちゃう」
両親はもちろん、学校の友達にも。
シグレにも。
………
……
…
通学路。
「おはよ、ヴェンデ!」
「…おはよう」
通学路で声を掛けられ、挨拶で答える。
家を出て、いつも通りの通学路。
そこを歩く頃には、昨日の事は記憶から大分薄れていた。
友達と談笑しながら歩く通学路。
それは、何も変わらない毎日。
「ヴェンデ…大丈夫?なんか、気分悪そうだけど」
突然そんな問いを掛けられ、一瞬慌てる。
まさか昨日のことを話すわけにもいかず。
「…大丈夫、行こう。遅れるから」
「あ…うん、そうだね」
半ば強引に打ち切り、早足で歩きだす。
もう、昨日の事は忘れよう。
「あ、ちょっと…!」
無意識に早足になってしまったのか、声を掛けられハッとする。
「もー、突然スピード上げないでよ。びっくりするじゃん」
「…ごめん」
「はいはい。許してあげますよ…その代わり、数学の宿題見せて!」
「……」
やれやれ、と思いながらも笑みが零れる。
楽しい日常。
きっと、私は大丈夫。
ちゃんとやっていける。
それもこれも、周りの人のおかげ。
周りのみんなのおかげで、私は笑っていられるのだと、そう思う。
友達も、家族も。
…時間は短いけど、シグレだって、そう。
口には出さないけど、皆が、私は大切。
だからこそ。
「自分でやらなきゃ、だめ」
「ケチー!」
だからこそ、甘やかすようなことはしないのだけれど。
…それからは特に問題なく一日を終える。
今日もいつも通りの一日が終わる。
……そう、思っていた。