ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
とある部屋のベッドの上で。
「……」
時雨は一人、目を覚ます。
装着されたアミュスフィアを取り外し、一つ息を吐く。
すっかり衰弱した時雨にとって、それすら重労働だった。
「…お疲れ様。さすがだね」
「……」
声がした方に視線だけ向ければ、そこにはもはや見慣れた依頼主の姿。
相変わらずの柔和な笑みに、時雨はもう何の反応もしない。
「モニターはさせてもらったが、かつての経験に加え、SAOとGGOでのVR経験。それらが合わさって、実に見事だ」
「……世辞はいい。用件を言え」
「つれないなぁ。ま、世間話に応じる余裕がないか」
ふむ、と頷きながら。
「結果の通知だよ。合格だ…君には引き続き、僕達のプロジェクトに参加してもらおう、とね」
「……そうか。開始は」
「それは君の担当医次第かな」
「何…?」
何のことだと問い返す時雨に、依頼主…菊岡は話を続ける。
「近々、君の担当医を中心にチームが集められ、手術を行うそうだ。場所はこの建物内で行うことを条件に許可した」
「……使い捨ての駒である俺に随分な対応だな」
自らを駒とはっきり言いきる時雨に、菊岡は、いやいや、と返す。
「僕だってさすがに人の情くらいは持ち合わせているつもりだ。君が何者であろうと、見殺しにできるほど割り切ることはできない」
「……そうか」
「まぁ、いずれにしても、よかったじゃないか」
菊岡は笑みを浮かべたまま。
「君の頑張りのおかげで、僕はSAOでの君の仲間たちに声をかけることなく事を運べているのだから」
「……」
そう、言葉を続けた。
その言葉に時雨は無言で目を閉じ。
「お前が何を考えているかはいずれ分かるのだろうが…いずれにせよ、そう甘い話でもないのだろう」
「それはそうだ。だからこそ、足がつきにくいであろう君にオファーしたのだから。その意味を考えればわかるだろう」
「…あいつらは腕こそ立つが、所詮ゲーマーだ」
思い返すように言う時雨。
今、時雨の脳裏には誰の姿が浮かんでいるのか。
「一度でもはみ出せば…戻れなくなる」
「君のように、かな?」
「……さぁな」
時雨の言う、はみ出す。
それは、何からか。
それを察したかのように菊岡は問うが、時雨は答えを濁す。
「あいつらみたいなお人好しは、こんな世界に来させるわけにいくまい」
「ふむ…」
その言葉に菊岡は面白そうに笑う。
「…可笑しいか。俺がこういうことを言うのが」
「そうかもしれないね。君を、先代から知っているからこそ…君に、そんな人を思いやる気持ちが残っていた事に対する驚きもあるかな」
「笑わせるな」
そんな菊岡の言葉を時雨は即座に否定する。
「……これは、父の教えに対する執着でしかない。誰かを思いやる感情は…とうの昔に捨てた」
「まぁ、そういう事にしておこうか」
時雨の様子に菊岡は溜息を一つ。
「君の思惑はどうあれ、君のおかげで彼らは僕のプロジェクトに誘うことなく、普通のゲーマーとして過ごせるんだ。喜べばいいだろう」
「……喜ぶ理由が分からないな」
「やれやれ。まぁ…そういうわけだ。暫くはGGOの事も忘れていい。治療に専念したまえ」
菊岡の言葉に今度は時雨は返さない。
とはいえ、菊岡としてもこれ以上の問答は時雨の負担になると考えたか言い返すこともなく部屋を出ていく。
「……」
一人になった部屋の中で。
「……これで、あいつらは普通の生活が続く…か」
時雨は一人、呟く。
守る、なんて大層なことが出来ないとしても。
せめて、突き放す事で、危険から遠ざける事が出来るのなら、いくらでも突き放す。
自らの孤立など、些細な事。
「…きっと、あれが」
一般的、あるいは普通の人生なのだろう。
そう時雨は思う。
けれど、それはあまりにも。
…眩しすぎる。