ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
それからというもの。
シグレは最前線に潜り攻略を続けていたかというと。
「…んー、おいしっ!」
「……」
そうでもなかった。
第47層、主街区のとある喫茶店。
溜息を吐きながら手元のコーヒーに視線を落とすシグレの向かいには、幸せそうにケーキを頬張るストレア。
なぜこんな事になったかというと、話は数時間前に遡る。
朝。
シグレは半ばストレアに引っ張られるようにしながら街を歩く。
主な目的は武具店で性能が良い武器を探すためだった。
「あっ、ねぇシグレ、あそこに喫茶店があるよ。行ってみようよ!」
「…は?いや行きたいなら一人で…」
ストレアが街の喫茶店に興味を持ち、シグレが誘われる。
シグレは寄るつもりがなかったので、ストレアが喫茶店にいる間に武具店に向かおうとする。
シグレの考えも空しく、ストレアに手を引っ張られながら喫茶店へ。
そうして今に至るのである。
今までソロで攻略ばかりだった事もあってか、街中でゆっくりする事に慣れていないシグレはどうにも落ち着かない。
「…?シグレ、飲まないの?冷めちゃうよ?」
「……あまり熱いのは得意じゃないだけだ」
「へー、そうなんだ。またシグレの事一つ知っちゃった。えへへ…」
シグレからすれば方便なのだが、ストレアは楽しそうに笑う。
知って何が楽しいのだろう、とシグレは疑問に思うが、聞いても答えに納得はできないだろう、と思い尋ねはしない。
ちなみに、それでもストレアに付き合ってコーヒーを飲むシグレだが、彼女を置いていく、という選択肢は今のシグレにはなかった。
というのも、これも出会って少しした頃に遡る。
夜。
さすがに男女ということもあり、宿は別室だった。
「じゃあ、また明日ね、シグレ」
「…あぁ」
挨拶を交わし、部屋にストレアが入っていくのを見て、シグレも部屋に入る。
夜も更け、翌日に備えて眠るには丁度いい時間帯。
「…」
その数時間後、街の明かりもなくなり、静寂が包む街の中。
シグレは一人、街から外へ向かう。
目的は刀の熟練度上げだった。
やがて、回復アイテムも尽きる頃。
「…こんな時間か」
空を見ると明るくなりだしていた。
遠くの山の陰から覗く朝日に眩しさを感じる。
街に戻り、回復アイテムを補充して、転移門から先に進むか、と計画しながら街に戻ったのだが。
街の入り口から転移門に続く開けた場所で。
「…ストレアか」
プレイヤーの大半がまだ寝ているであろう時間帯で、何かを探すようにしながら駆け回る、見慣れた人影。
別に逃げるつもりもないが、わざわざ声をかけることもないかと、道具屋に足を向けようとしたとき。
「シグレっ!」
今となっては聞きなれた声で呼ばれながら、背中に感じる衝撃。
そのあとに感じる、仮想とは思えない人肌の温かさに、ストレアだろうと察する。
「…やっと、見つけた」
「……」
少しだけ震えた声に、シグレは何も言わない。
縋りついてくる手は、決して強い力が入っているわけではないだろう。
しかし何故かは分からないが、離すまいという意思があるように、シグレには感じられた。
「…次」
「?」
「次、こんな事したら…いくらアタシでも、許さないから」
何がストレアをここまで駆り立てているのか。
それは、おそらくストレアにしか分からない。
「…だから、お願い。一人に…ならないで」
とはいえ、シグレとて震えた声のストレアを見たいわけでもない。
ストレアを好意的、とまではいかずとも、少なくとも嫌悪しているわけではない。
だからこそ、今のストレアにシグレは。
「…分かった」
そう返すことしかできなかった。
「ん、分かってくれればいいよ。でも、ペナルティは必要だよね?」
「……は?」
話は纏まったか、と安堵したシグレだが、それも束の間。
離れたストレアに向き直れば、んー、と悩む姿。
やがて思いついたのか。
「じゃあ、ペナルティを発表!」
そうしてストレアから発表されたのは以下の三つ。
監視の為、宿で泊まる場合は部屋を同じにする。
追跡の為、フレンド登録をする。
一人では圏外に出ない。
「ちなみに、一つでも破った場合は、攻略組にシグレの情報をリークします。そうなれば今まで通りには攻略できなくなるでしょ…そうなったら、困っちゃうね?」
「…俺を脅すか」
楽しそうに言うストレアに、諦めるシグレ。
何故かはわからないが、いざとなれば本当にやりかねない、とシグレは思い、折れることにしたのだが。
「…せめて、一つ目はどうにかしろ。男女が同じ部屋というのはよくないと思うが」
「シグレ…アタシに何かするつもりなの?」
シグレが妥協案を提示するが、自分の体を抱えて恥ずかしげに言うストレア。
「そういうつもりはない」
「ならいいじゃない。というより、それが原因で今回の事になったんだし、そこは譲らないよ」
「……」
頭を抱え、溜息を吐きながら、歩き出すシグレ。
何が楽しいのか、ストレアはシグレの隣に並び。
「駄目だよシグレ、溜息ばっかりじゃ。もっと楽しく行こーっ」
「……」
溜息は誰のせいだ、と思いながらストレアに引っ張られるように歩く。
とはいえ、楽しそうなストレアに毒気を抜かれるシグレだった。
そんな物思いに耽っていて、時間が経ったのか。
「…シグレ?」
「?」
コーヒーから顔を上げれば、きょとんとした感じでシグレを見るストレア。
「…どうかしたの?ぼーっとして」
「……いや、何でもない」
ストレアの問いに苦笑交じりにはぐらかすシグレ。
わざわざ言う必要もないというだけの事だが。
「ふふっ」
「…どうした?」
「んー…最近、シグレ、笑うようになったね」
楽しそうに言うストレア。
「…人を振り回すのが得意などこかの誰かに呆れているだけだ。気にするな」
「ふーん。大変だね…でも、いつもの怖い顔よりはいいよね」
暗にストレアの事を言うシグレだが、当のストレアは他人事だった。
シグレはコーヒーを飲み干して立ち上がり。
「…そろそろ行くぞ」
「あっ、待ってよシグレー」
ストレアは慌ててケーキを食べ終え、立ち上がってシグレを追いかけるのだった。