ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
事件のことを、シグレは目を閉じて語りだす。
「…数年前に起きた、郵便局での強盗未遂事件。強盗犯のみの死亡で片が付いた事で、実際には強盗未遂だが」
その言葉に、キリト、アスナ、サチは一瞬呆ける。
単純に、覚えがないのかもしれない。
それも無理もないだろう、とシグレは考えていた。
日々メディアで報道されるニュース。
その中に、この事件も存在していた。
けれど、同時にいくつも報道されるニュースがあれば、特別意識していなければ覚えていることも少ないだろう。
「…アタシ、それ知ってる。強盗犯が金銭目的と思われる動機で入るも、金銭に被害はなし。持っていた銃の暴発により強盗犯はその場で死亡、それ以外の被害者は無し」
ストレアが答える。
それは、一般的に知られている情報として正確なものだった。
「一般にはそう知られている事件だが……真相は少し違う」
「それって、どういう…」
シグレの否定に、キリトが疑問を返す。
「…俺もその現場にいた。木刀を持って…な」
疑問に返すように、シグレは言葉を続ける。
「確かに犯人は銃を持っていた…が、当時の俺は何を思ったか、木刀を手にそいつに対峙した」
「銃に木刀で…!?」
サチが驚くように言う。
普通に考えれば、鉛の玉と木製の刀。
銃を撃たれれば簡単に撃たれるか、運よく刀に当たっても木刀が破壊されるだけ。
「…犯人が銃に慣れていないのが幸いだったな。すぐには発砲しなかった…その隙をついて手元を狙い、照準をずらさせた」
数年前、というからには少年、と呼べる年齢だろう。
にもかかわらず、失敗すれば命の危険というレベルの事に対処が出来たというのは、俄かには信じ難い。
「俺はそいつの銃を叩き落し、そいつを二度打ち抜いた…一度目は腹。そして二度目は、頭。いうまでもなく即死だった」
そうした事に後悔はないが、と、シグレは自嘲するように言う。
「その場に崩れ落ちた強盗が血の海に沈んでいく様子を、誰もが静かに見ていた…そして少し遅れて到着した警察により処理された」
「でもそれは、貴方が他の人を守ったっていうことじゃ…」
自分を嘲るように言葉を続けるシグレにアスナがフォローするように言う。
アスナの言うことも間違いではないだろう。
誰も何もしなければ、強盗以外の死者が出ていたかもしれない。
「…見方によってはそうなるだろう。だが結果として、俺の行動が強盗の死を招いたことも事実…俺が、殺したのだからな」
それがまた、シグレの人生を一つ、狂わせていく。
「木刀は当然のように警察に証拠品として押収され、俺を含めた何人かが警察に事情を聞かれた。俺以外は俺に悪意がなかったことを主張した事もあったらしく、俺は罪には問われなかった」
少年院ということもなかったな、とシグレは笑いながら言う。
その言い方は、シグレ以外の皆からすればあまりに痛々しい笑い方だったが。
「解放はされたが、木刀は証拠品として押収され……過程はどうあれ、俺は家族との繋がりを全て…失った」
シグレにとって唯一の繋がりとなっていた剣を失った事。
それは、シグレの心の拠り所となる全てを失ったことと、同じだった。
…少なくとも、シグレにとっては。