ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ 作:アルタナ
暗くなったフィールドで、シグレは一人モンスター狩りを続ける。
街の中のように明かりがないため、月明かりのみが頼りの中、シグレは迷いなくモンスターを光の粒に変えていく。
「…」
敵の強さについては昼間の狩りで凡そ把握しており問題がない。
だから今ここですべきなのは。
「…はっ!」
その場から斜め後ろに振り返りスキルを発動する。
するとスキルは敵に命中し、威力もあって一撃で敵を撃破する。
……今は、敵の気配を感じる訓練の時間だった。
フィールド上だからこそ敵の数はそこそこ多く、倒しても再度現れる。
敵の気性はそれほど荒くなく、自分から襲ってくることはないが、それがむしろ訓練には好都合だった。
「…今日はこのくらいにしておくか」
とはいえ、シグレもプレイヤーであり、決して無敵というわけではない。
現に、シグレのHPは幾分か減っている。
その理由の大半が、一撃で倒しきれなかったことによる反撃。
それでも戦い続けているうちに、突進攻撃を剣で受け流したり、避けたりも出来るようになってきていたが。
敵の気配を見落とせば、命の危険があることは間違いない。
「…まだ街の周りだったか」
少し距離があるとはいえ、まだ全然歩いて戻れる距離である。
やがてシグレは剣を納め、歩き出す。
向かう先ははじまりの町ではないが。
「……」
マップを確認し、シグレが向かう町はトールバーナ。
第一層の迷宮区に近い町。
できるだけ街道沿いを歩くが、それでも多少の敵との遭遇は避けようがない。
とはいえ。
「…この程度であれば、もう余裕か」
気づけばレベルは10。
決して高くないレベルとはいえ、このあたりの敵を狩るには十分なレベルだった。
「…ふん」
剣一振りであっさりと光の粒に変わる。
さすがにこの辺りで入る経験値でのレベルアップも厳しくなってきたと感じるシグレ。
「そろそろ行くか」
敵のAIも学習しているのだろうか。
何度も蹴散らされる様子を見てか、徐々に襲い掛かってくる敵が減ってきている気がしていた。
そんなこんなで、若干距離があったもののトールバーナに到着。
とはいえ、まだほとんどのプレイヤーがはじまりの町にいるのか、NPCの決まりきった台詞が聞こえてくる以外はそれほど活気がない。
夜、というのもあるのだろうが。
「……」
町を歩くと、石畳の上を歩く時の独特な音が響く。
さすがに少し休んで、翌日に備えるために宿に向かっていた。
…その時。
「…?」
歩きながら、剣に手をかけ、背後を警戒する。
先ほど狩りをしていた時の気配を感知する訓練がこうも早く活きるとは思わなかった。
剣の柄に手をやり、いつでも抜刀できるようにし、相手の気配を悟り。
「っ…!」
射程に入ったところで一気に抜刀し、背後の気配に向かって斬撃をかける。
とはいえ、威嚇なので命中はさせない。
「うわっ!?」
相手の眼前に切っ先を向けると、驚きからか、相手はその場に尻餅をついて倒れこむ。
シグレもそれに合わせ切っ先を相手の鼻先から外さない。
「…何者だ」
「名乗る。名乗るから頼む…切っ先を退けてくれ」
相手は両手を挙げ、降参のポーズをしながら溜息交じりに懇願する。
「…突然背後に表れて警戒をするなという方が無理がある」
「う…それは、すまない。この町に来て初めて見かけたプレイヤーだったから」
相手の言い方にシグレは思考を巡らせる。
町に来て初めてシグレを見た、ということは少なくともシグレより先にここに来ていたことになる。
となれば、そこそこの経験があるプレイヤーということになる。
「…」
シグレは溜息交じりに納刀。
相手もそれに安堵の溜息を洩らし、立ち上がる。
「突然すまない。俺はキリトだ。次の層に向かうためにこの町に来たんだ」
「…βテスタか」
「……なんで、そう思うんだ?」
キリトに尋ねられ、シグレは考えることもなく。
「簡単だ。次の層に向かうという目的でここに来たということは、迷宮区がどこにあるかを知っているから。そんな事はまだ公表されていないはずだ。知っているとすれば開発者か…」
「既プレイか…ってことか」
「そういうことだ」
察しがついているだろうが、俺もだ、とシグレは付け加える。
「…なら話は早い。ボス撃破のために俺と組んでくれないか?」
「……見たところ、お前もソロプレイヤーだな」
キリトの問いに対し、シグレは視線を逸らさずに返す。
「だったら…何だ?」
「…俺もそうだ。まして、信用できるかどうか分からない相手と手を組めるはずもあるまい…その時点で答えは見えているんじゃないのか?」
そこまで言うと、キリトはそれ以上は言ってこなかった。
問答は終わりだろうと思い、背を向け歩き出す。
「分かった。お節介かもしれないがボスのことは知ってるんだろ?無茶はするなよ」
「…忠告はありがたく受け取っておく。こっちも手荒な真似をしたな…悪かった」
「いや、それは別に…」
会話もそこそこにシグレはキリトに背を向けたまま歩き出す。
忠告は受け取るが、この世界…多少なりとも無茶をしなければクリアは見えないと考えていたシグレ。
一方で、先ほど会ったキリトは、誰かと協力して戦っていけるのだろう。
だからこそ、声をかけてきた、とシグレは思っている。
その存在が、シグレには眩しく見える。
同時に、そのような相手に関わり、仲間になるのは自分ではない、と考えていた。
「…」
キリトに限った話ではないが、無駄に誰かを死の危険に晒す必要もない。
そんな事をするのは、自分だけでいい。
現実に戻った後の希望がない存在である自分が死ぬのは、誰も困らない。
だからこそ、とシグレは夜の街の中に歩いていく。
少しでも平和にこの世界を終わらせる為に、シグレは歩き続ける。