五等分のLOST COLORS (仮題) 作:シュヴァ剣欲しい
僕、神島ライは学校において、浮き切った存在である――。
そう理解したのは入学してから間もない頃だった。クラスでは当然のように一人で過ごすし、短い休み時間の間に話しかけられる事もない。学校食堂、いわゆる学食、と呼ばれる休憩場所でも一人で昼食を食べ、一人で食後のちょっとした休憩を嗜む。
俗に言ういじめ、という行為なのでは? と勘繰った時期もあったがしかし、放課後に行われる掃除では皆、率先して自分の作業を手伝ってくれるし、ゴミ箱の中身を捨てに行こうものなら代わってくれる生徒までいた。
嫌われているわけではないらしい。
変な目で見られる事はあれど、敵意が含まれた視線は受け取った事がない。今も僕の視界の隅っこでこちらを見ながら隠れるように話し合う生徒たちにむず痒い思いは抱くけど、入学から一年経った今、過去を振り返ってみても何か特別な害を加えられた憶えはなかった。
友達と呼べる人物はいない。
気を利かせてくれる同級生たちはいるものの、しかしそれは友人としての行為ではなく、まるで
彼らの遠慮した行動は、恐らく僕の容姿に起因している。
ウォーターサーバーの容器に反射した自分の姿を見つめる瞳はダークブルーで、朝に軽く梳かすだけの髪はくすんだ銀色。黒髪にブラウンの眼が多い日本人の中ではまさしく異端と言える容姿だろう。それ故、彼らが僕をどう扱っていいのか分からずに遠巻きになってしまうのも、仕方のないことなのかもしれない。
そして僕自身もまた、そんな彼らに対してどう接していいか分からずにいる。遠巻きに気を使われてむず痒い思いをするだけならば、そこに害がないのであれば、それで良いのではないか? 下手に踏み込んでしまい、彼ら彼女らに悲しい思いをさせてしまうくらいならば、僕もまた、今の状況に甘んじていた方が双方にとって一番なのではないか?
結局、僕は先の一年間を彼らに甘えて過ごし、新しく始まった二年目も同じように過ごそうとしている。
思わずため息が出る。
ウォーターサーバーから水を汲み、トレイに添えたところで顔を上げ、学食内に目をやった。
学食では注文カウンターの目の前に飲食するスペースが広がっている。中央に大人数が座れる長方形のテーブルが、窓際、壁際には二人が向かうようにして座るテーブルスペースが設けられている。昼食時にはいつも賑わい混雑する学食だが、なぜか僕が行くと必ず窓際の席が空いており、座る事ができる。小耳に挟んだ話ではピーク時に座る事はなかなか難しいという事だったのだが。
トレイをテーブルに置き、水を一飲み。箸を手に取って手を合わせる。
「ライ様の今日のご飯は紅鮭定食――」
「?」
僕の名前を聞いた気がして辺りを見回してみる。
いつも通りの賑わった食堂は生徒たちで埋め尽くされていて誰が話していたのかは見当がつかない。だけど、その中に一つの見慣れない姿を見つけた。
少し癖の付いたロングヘア—に特徴的な星のヘアピンが二つ。黒を基調としたセーラー服は他校の制服で、どうやら転校生のようだった。手にトレイを持って辺りを見回しながら座れる場所を探している。
しかし今は昼時、食堂の利用者数はピークに達している。結局、彼女は席を探し求めて食堂を半周し、僕の座る席までたどり着いた。
「……あの――」
「空いてますよ、どうぞ」
返答に安堵の表情を見せた彼女はトレイを置いて僕の正面の席に座ると深いため息を一つ、吐いた。と、同時に慌てたような様子で言葉を並べ始める。
「ああ、今のため息は違うんです! その、午前中は校内をあちこち歩き回っていたので……」
「校舎案内? 今日が初日?」
「ええ、そうなんです。でもよく分かりましたね、私が転校生だなんて」
そう言う彼女に僕は味噌汁のお椀を手に取り、箸で沈んだ味噌をかき混ぜながら
「制服でね」
「制服……あ」
どうやら、自分の制服が他校の物であるという自覚がなかったようだ。慣れてしまっていれば気付けないのも無理はない話だ。
やや顔を赤らめながらも照れ隠しかセーラ服の紐屑を払い落とす彼女に少し頬が緩む。
「~~~っ、いただきますっ」
「いただきます」
汁を一口飲み、お椀を戻す。鮭を箸で切り崩した所で対面の彼女が口を開いた。
「あの……お聞きしたいんですが、もしかして勉強とかって得意な方ですか?」
その問いに鮭を摘まんだ箸を一度止め、
「特に困った事はないかな」
と、返しつつ最近のテストを思い返してみる。授業の初めに抜き打ちでするような簡単な小テストだったが、回答に困った事はなかった。
彼女の質問の意図に興味が湧いた僕は逆に質問をしてみた。
「どうして?」
「いえ、先ほどの推察も的を得てましたし、なによりその、知性的だなー、なんて……」
「そうかな」
口に運んだ紅鮭は少し歯で圧をかけてやれば雪のように解れる焼き方で、大変美味しい。そう思いつつ顔を上げると箸を片手に今にも倒れそうなほど顔を真っ赤に染めて湯気を上げる彼女の姿があった。
「大丈夫?」
「すいません、大丈夫、です。つい私らしからぬことを言ってしまいました」
水を一口飲んだ彼女はどうやら落ち着きを取り戻したらしく、話を続けた。
「私は勉強が得意ではないので……羨ましいです」
「誰にでも不得意はあるさ」
今度はご飯を一口。芯は当然残ってなく、噛めば甘みが滲み出る。うん、美味しい。
「それでですね、これもなにかの縁だと思うんです。良ければべ、勉強……教えていただけませんか?」
箸を握りしめ言う彼女に僕は
「僕は大丈夫だけど……。うどん、伸びてるよ」
「えっ? ……あぁっ!?」
器に注がれていた汁を吸い取り少ししっとりした揚げ物と麺を見、肩を落とす姿に、僕はまた少し、頬を緩めていた。
001
僕に勉強を教えてほしいと願った彼女の名前は
放課後に図書室で。授業と授業の合間に挟まれる十五分間の休憩中にそう告げ、放課後にいざ図書室へ向かおうとすれば、教室で転校生に興味津々といった同級生たちに囲まれていた彼女がダッシュで追いかけてきていた。
思わずぎょっとした僕は立ち止まり、肩で息をしている彼女の整息を待った。どうやら運動もあまり得意ではないらしい。
「す、すいません。私、図書室の場所、忘れて」
「……ああ、それで。じゃあ一緒に行こうか」
廊下を二人で歩く。
黙ったまま、というのも悪いだろうか? 僕はそう思い、口を開いた。
「中野さんは黒薔薇女子学園からどうしてここに?」
素朴な疑問だった。
黒薔薇女子学園。編入する高校を選ぶうえで知った、有名なお嬢様学校だ。寮付きの門限制で、随分と歴史がある学校だったと記憶している。
「五月で結構です。紛らわしいですから」
返答は随分後ろから聞こえてきた。
その距離感にふと足を止め、振り返る。丁度二人分くらいの距離を開けて後ろから付いてくる彼女がいた。
「ごめん中野さん、歩く速度早かったかな」
「ああ、いえっ! そういうわけではないんですが、その……」
言いよどむ中野さんの横を女子生徒が少し目線をやりながら通り過ぎていく。
……ああ、なるほど。
「気を悪くさせてたらすまない。僕と関わりあう生徒は少ないから、変な目で見られてしまう」
「変な目というかあれは……」
そこまで言いかけて言葉を止める。
「いえ、なんでもありません。さぁ、行きましょう」
「……?」
「それと」
僕の数歩先を行き、中野さんは振り返る。
「五月、と呼んでくださいね」
… … …
この高校の図書室は綺麗に二分化されている。書物が並べられた棚が等間隔で設置されたスペースと、読書と筆記がができるスペース。六人程度が座れるであろう長方形のテーブルが置かれている場所、その一番奥に五月と僕はいた。
初めて出会った時と同じように、向かい合って座っていた僕らがまず最初にしたことは五月の学力を図ることだった。
彼女の得意科目は理科らしいので、高校一年生レベルの問題をいくつか見繕い、十問程度の問題を作成したのだが……。
「ど、どうでしょうか」
「こ、れは……?」
面食らう、と表現するにはピッタリな点数だった。七、八割の正解率を想定していただけに、正解率五割以下という現実は硬直せざるを得ない。
しかしこの結果は彼女の不誠実さの表れ、というわけではないと思う。勉強をサボってしまうような不真面目な人間性ならば、出会ったばかりの僕に勉強を教えてほしいとは頼まないだろう。出会ったばかりの相手だったとしても勉強を教えてほしい程、自力学習に限界を感じていると僕は推察した。
彼女に気取られないよう、軽く息を吐く。
得意科目でこれならば、他の科目は絶望的と言ってもいいだろう。ならば、僕が彼女にすべきことは――。
「まずは、復習から始めるとしよう」
「復習、ですか」
すべきは下地を作ること。
いきなり今までとこれからの知識を詰め込んでいっても、下地がなければいつか崩落する。しかし下地作りばかりに夢中になっていては時間が足りない。故に下地を作りつつもこれから必要になる知識を織り交ぜていき、緩やかな学力向上を目指す。
これが恐らく真面目で勉強に対してやる気がある彼女に合った方法の筈だ。
僕は席を立ち、書物スペースへと足を運ぶ。後ろから五月がついてきているのを確認しながら、目当ての本を探す。
理科関係と言っても分野は様々だ。限られた時間を最大限に活かすべく、先ほどの五月の回答を参照して必要な部分を選定し、選んだ解説書手に取る。
今日費やせる時間はおおよそ一時間。その間に理科だけでも下地を作り終えねばならない。
詰め込む量は多すぎず、少なすぎず。要点を文章化し、色ペンや図などを混ぜ込んで視覚にも訴えることで記憶しやすく。
テーブルに戻り、対面に五月が座り終える頃には
「ところで五月。君の勉強のゴールラインは決まってるのかい?」
「ゴールライン、ですか……」
そう言って五月は顎に手を当て、うーん、と考えた。
「……中間試験で五十点、でしょうか」
高すぎず、低すぎず頑張れば手が届きそうなライン設定は、彼女の真面目さの表れだ。
「わかった。なら、まずはそれを目指して頑張ってみよう」
「よろしくお願いしますっ!」
五月はテーブルにおでこが着きそうな勢いで頭を下げる。
……真面目だ。
002
外はやや日が落ちて、家庭に光が灯り始める頃、僕は早歩きで病院の廊下を歩いていた。
腕時計に目を落とせば、面会時間ギリギリ。ナースステーションの看護婦さんたちに軽く頭を下げつつ、”
「……お兄さま?」
「間に合ったよ」
「ふふ、そんなに急がなくても明日お越しになればよかったでしょう?」
「そうはいかない。必ず顔を出すって、約束したろう?」
ベッド傍の花瓶を手に取り、個室に備え付けられた洗面台へ。中の水を流した後に新しく水を注ぎ入れる。
置きに戻れば、サイドテーブルの薄い本が目についた。
「”折り紙百集”」
「ええ。リラクゼーションルームに置かれていた本らしいです。お兄さまの折り紙には遠く及びませんが……」
「作ってみたのかい?」
はい、と真実は自身の陰になる部分から折り紙を取り出す。
蛙、兜、鶴……。色違いの動物たちがテーブルの上に並べられていく。
「よくできてるじゃないか」
「本当ですか?」
「ああ。丁寧に折られてる」
「ふふ……。ねぇお兄さま、桜を折って頂けますか? わたし、好きなんです」
もちろん。
そう言ってサイドテーブルの折り紙の束に手を出したところで、部屋のドアを叩く音が響く。
「失礼するよ」
「あ、院長先生……」
「やあ真実君。体調はどうかな」
「おかげさまで」
白衣の下に着こんだストライプベストに白のシャツ、黒髪は短くまとめられていて、それらの組み合わせから性格が垣間見える。
中野病院経営する、中野院長その人だった。
そこで僕は一瞬の突っかかりを覚える。どこかで、聞いたような気がしたからだ。
しかし、その思考は彼の一言で区切られた。
「こんばんは、神島ライ君」
「お世話になってます」
軽く頭を下げる。
いつも通り冷静な口調と、一切変化しないポーカーフェイス。だが、瞳だけはいつもと違う。
診察の時間はとっくの昔に終わっているだろうし、なにより真実ではなく僕を見つめていた。
「少し話してくるよ」
「はい、わかりました」
僕の一言で踵を返した中野院長に連れられるように病室を出る。
扉を閉めたのを確認すると、
「やはり君は鋭い。歩きながら話そう」
「ええ」
彼は歩き出す。看護婦さんたちは既に夜勤体制に移行しているようで、静まり返ったナースステーションを横切り、エレベーターホールへ移動する。
「君に、僕の娘の家庭教師を依頼したい」
「僕にですか? 失礼ですが、もっと適任の方がいるのでは?」
僕は一介の高校生に過ぎない。
精神的にも未熟だと思うし、金銭を受け取り教育を施す”仕事”はもっと適任の人間がするべきだ。
「データだけで見れば適任だと思われる人間は大勢いる。それこそ、家庭教師を専門にしている人もいるだろう」
「では、どうして僕に?」
「君を見てきたからだ」
エレベータに乗り込み、戸が閉まった。
「去年の間、君は欠かさずに妹さんの面会に来ている。学業を怠らず、片手間にバイトをしながら」
「……どうして僕がバイトをしていると?」
「一度、バイト先のエプロンを着たまま来院しただろう」
そういえば、そんなこともあった。
時間が間に合わずに着替える手間を惜しんだのだったか。
「君のテストの結果も調べがついている。実に優秀だ」
「それはどうも」
エレベーターが到着し、下りればそこは関係者以外立ち入り禁止の院長室フロアだった。こじんまりとした守衛室を通り過ぎ、両開きのドアを開けて院長室へと入る。
中野院長に促されるまま高級そうな黒いソファへと座り込んだ。
「僕は目に見たもの、データに現れるものしか信じない。適任かもしれないが得体の知れない家庭教師と、未熟かもしれないが信頼できる君。僕は後者を取る」
……。
「報酬は相場の五倍出そう。是非考えてくれたまえ」
「……五倍?」
「そうだ」
家庭教師の相場はバイトで言うならば一時間千円程度。日当で言えば一日五千円から六千円程度だろうか。その五倍なのだから、一日大体二万と五千円。バイトにしても、正規の仕事にしても破格の報酬だ。
……僕は疑問を彼に投げかける。
「娘さんは五人ですか?」
僕の問いに中野院長は珍しく口角を上げ、軽く三回、拍手した。
……彼が笑うのは中々レアなのではないだろうか。少なくとも僕は初めて見た。
「素晴らしい。僕は”娘”とは言ったが”たち”とは言っていない。どうして五人だと思ったのか、聞かせてくれないか?」
どうやら当たっていたらしい。
「貴方は”相場の五倍”と言った。つまり家庭教師の時給や日当の相場をご存じだ」
徹底した合理主義者。それが中野院長の本質の一つだと、僕は思う。
しかしその裏で、娘のために家庭教師を雇おうとする優しさもある。
「……貴方は子供のためとはいえ相場以上のお金を出すような人間じゃない」
それで? と言いたげな彼の視線を受け止め、僕は続ける。
「なのに五倍の額を提示したのは、単純に教える必要がある人数が五人だから。もしくは……」
「もしくは?」
「僕の見立てとは違い、貴方が金銭感覚がおかしいただのお金持ちかのどちらかです」
言い終えると、中野院長はふと笑い
「もし後者だったらどうするのかね」
「構いません。世の中変な人間もいるものだと、経験になります」
ソファから立ち上がり、院長室の最奥に備えられたガラスのデスクの前へと移る。
椅子に腰かけた中野院長と目が合った。
「返事を聞かせてくれないか?」
「受けます。やらせてください。それと一つお願いしたいことが」
僕の返答に軽く頷いた中野院長は引き出しから一つのタブレット端末を取り出す。
それを僕に向けて差し出すと
「君が必要な情報はこれに入っている。参考にしてくれたまえ」
「……どうして僕が情報を欲しがっていると?」
「僕もまた、君と同じようにさかしい人間だということだ」
行動を起こすならば、一に情報。二に整理、三に計画、か……。
中野院長がこの若さで病院経営を全うできている理由の一端を、知った気がする。
タブレットを受け取り、カバンへとしまい込む。
「娘たちを頼んだよ」
「……ベストを、尽くします」
… … …
「突っかかりの正体はこれか……」
タブレット端末に入っていたデータは確かに僕が求めていたものだった。
教える生徒のテストのデータだ。
点数や、答案用紙の写し等詳細なデータが入っていたソレの、
そこにはつい最近目にしたばかりの名前が書かれていた。
「中野、五月……」
登場人物
・ライ
今作の主人公。容姿端麗、頭脳明晰、身体能力抜群の我こそはメアリー・スーなりと言わんばかりのスペックホルダー。作者の腕が試される。名字の神島はコードギアスの神根島から。ロストカラーズ以前の状態。記憶喪失は難しいからね、しょうがないね。
・真実
ライの実妹。ゲームで明記されてないことを良いことに病弱設定をぶち込まれた。名前の由来はライ(嘘)の反対語。
・五月
五等分の末妹。作者的に扱いやすい子。またの名を第一犠牲者。
・中野家父
世紀の選択ミスをしたおとっつあん。ギャルゲーのスタートボタンを押してしまった人。