五等分のLOST COLORS (仮題)   作:シュヴァ剣欲しい

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ピッチャー続投です


家庭教師の条件 中編

 世の中は広い。

 僕はつくづく思う。

 中野院長があの若さで病院を経営していることだったり、僕が担当することになった中野家姉妹、彼女たちは真正の一卵性の五つ子であると知った時は流石に驚愕を隠せなかった。この世界には僕が知らないことがまだまだ沢山あるのだと再確認した。

 そして彼女たち五人姉妹全員が勉強を不得意としていることもまた、驚きだ。いや、末子にあたる五月が勉強が苦手なのだから、他の姉妹もできないのは当然と言えば当然なのだが。しかし全員が全員得意科目が赤点スレスレ、他の科目は壊滅的なのはある種の芸術性を感じる。

 中野院長が家庭教師を雇おうとするのも無理はない話だろう。

 

「くぁ……」

 

 翌日の昼休み、いつも通りの学食の席で、僕は思わず欠伸を漏らした。

 寝不足の理由は至って簡単で、如何に彼女たちを教えるかを考えていたせいだ。五人×五教科なのに加えて、恐らくは彼女たち自身にも問題があると僕は頭を悩ませていた。

 黒薔薇女子学園に在籍していた頃の中間テストや期末テストの結果を見ればそれは明らかだ。最初のテスト以降、目立った点数の変動が見られない。高校以前のテストデータは入っていなかった為に中学生時代との比較は出来ないが、恐らくは高校生最初の中間テストで()()()()()()()()()のだろう。挫折、と言っても良いかもしれない。

 人間、どうしても出会ってしまうのが挫折だ。こうなっては、自分ではどうしようもないという虚無感に襲われて逃げがちになってしまう。

 …とはいえ、これらはすべて僕の推測に過ぎない。

 手元にあるデータと、彼女たちが黒薔薇女子学園という名門から一般校へ転校せざるを得ない状況まで追いやられた事実から組み立てただけだ。

 名門は経歴として見れば確かに良いものだが、それ故()()()()()()を重視しがちだ。彼女たちがそれらを嫌ってわざと成績を落とし続けていたという線もありえなくないだろう。

 だが、一つだけ確かなことがある。

 それは彼女たちが姉妹間の絆を重んじているということ。

 中野家の五姉妹が最後に受けたテストは黒薔薇女子学園からの除籍を免れる為に受けた追試テストだ。流石に除籍は拙いと思ったのか多少勉強した形跡が見られ、五人の内四人が追試テストで合格している。だが、一人だけが落ちた。その結果落ちた彼女は除籍となり、今、この学校へと転入したわけだが。そこに他の四人もついてきている。

 例え学校が違ったとしても、家は同じなのだから一生の別れではない。だけども、他の四人は一人の為に名門校を捨て、ついてきた。これは姉妹の絆が深く、なによりも()()()()()()という望みがあったからだ。

 チラリ、と学食の一角を見つめる。

 

「でさー、王子様とかって言われてるんだって」

「そうなんですかー……へー……」

「どうしたの五月、上の空だけど」

 

 テーブルの一つを取り囲むようにして食事をしている女子生徒のグループ。三人は後ろ姿しか見えないが、それでも姉妹だと分かる。髪の色や座高の高さ、雰囲気までよく似ている。どうやら昼食も一緒にとるらしい。やはり、仲がいい。

 その内の一人であり、昨日知り合ったばかりの五月と、目が合った。

 これから教師と生徒として長く、本当に長く付き合っていくことになるだろうし、朝の挨拶は済ませていれど、今一度挨拶の一つでもしておいた方がいいだろう。

 軽く手を挙げてみる。

 

「っ」

 

 すると反応したのは五月ではなく、隣に座っていたリボンの子。

 揃えられた前髪に、特徴的な模様のリボンで髪の毛のサイドを彩っている。

 僕の挨拶に髪を整え、軽く笑って会釈をしてくれた。

 どうやら普通にいい子のようだ。初対面の筈の僕に対してもあんなにいい笑顔で会釈をしてくれている。初めての家庭教師で少し緊張していたけど、彼女たちとならなにも問題ないのかもしれない。

 

 

 

 

 003

 

 

 

 

「お断りよ」

 

 大人二人分ほどはある大きなガラスを背に腕を組み、僕を睨みつけながら中野家次女、中野二乃(なかのにの)はそう言い放った。人の眼を気にせずにいられる最上階だからこそ許される部屋のデザインは奇抜で、壁の代わりとしてガラスが多く採用されている。ガラスの向こうには一般的なベランダと青々とした空が広がり、端正な顔立ちをしている彼女が映える。もっとも、その視線はかなりキツいものだったが。

 世界は広し、現実は厳しい。

 問題ないだろうという僕の見通しは甘く、あっさり壁と対面することとなった。

 五姉妹が勢ぞろいしたリビングで、百面相ならぬ五面相が揃う中、僕はこうなった経緯に思いを馳せた。

 

 

 ―――

 

 

「ごめんなさい!」

 

 放課後。昨日通りの図書室の一席で、五月がとった行動は謝罪だった。

 僕が謝罪の理由を問う前に図書室に響いたのは図書委員の軽い咳払い。それを聞いた五月はハッとして、今度は図書委員に頭を下げた。

 相変わらずの真面目さだ。

 

「……それで、どうかした?」

 

 僕は少し声を落として尋ねる。

 

「……その、教えてもらっている身分で申し訳ないのですが……お父さ、じゃなくて私の父が家庭教師の方を雇ったみたいで」

 

 なるほど。それで少し気落ちしていたのか。

 それで———と言葉を並べようとした五月を手で制し、

 

「僕だ」

「え?」

 

 きょとん、という表現がしっくりくるような表情を浮かべた五月に僕は続ける。

 

「君の父上が雇った家庭教師は僕なんだよ。昨日、病院で話をしてね」

「えぇっ!?」

 

 五月は驚くと同時に自分の手で口を塞ぐ。冷や汗一つ流して図書室を振り返ると、カウンターに座る図書委員と目が合ったのかまた頭を静かに下げた。どうやらイエローカードのようだ。次の騒ぎでレッドカードといったところだろうか。つまりは強制退室だ。

 口元を参考書で隠しながら五月は小声で話し始める。

 

「それは私としても大変ありがたいのですが……大丈夫ですか? その、私たちは……」

「知ってるよ。何個かプランは考えてあるから、大丈夫だ。一緒に頑張ろう」

 

 僕の言葉に閃いた、とばかりに五月は手を叩く。

 

「ならこれから私たちの家に来ませんか? 顔合わせもいつかは必要でしょう? 今日は全員家にいると思いますから」

 

 確かに、と僕は一考する。役割上、いつかは顔を合わせて信頼を得ていく必要があるのだから、全員一遍に挨拶できる今回のチャンスを見逃す手はないだろう。

 五月の提案に頷くと、彼女は軽く笑って参考書を閉じて鞄に仕舞い始める。僕もそれに続くように筆記用具の類を片付け始めるが、一つの疑問に手を止める。

 

「やっぱり手土産とかいるかな」

「え?」

 

 首を傾げる五月を横目に、僕はいつか見た映画のワンシーンを思い出す。

 

「確か日本では家族に挨拶へ行く時に手土産を持っていくんだろ?」

「……」

「五月?」

 

 少し照れているのか頬を薄く赤く染めつつ視線を横に逸らした五月は小さい声で

 

「……それは結婚の挨拶だと思います」

「あー……ごめん」

「んんっ、ですのであまりお気になさらずに」

「いや、やっぱり何か買っていこうと思うよ」

 

 最初の印象は大事だ。

 それに初対面の人といきなり話すのだから、緊張があるかもしれないし、会話もつながりにくい可能性がある。軽く食べれるようなクッキーやケーキ、女性が喜びそうな品があれば気が安らいでスムーズに事が進んでくれる筈だ。

 と、なると……。

 

「ケーキとか好きかな?」

「好きです」

 

 即答だった。

 

 

 ―――

 

 

 そこからの流れは簡単だ。僕がアルバイトをしていた洋菓子店に寄り、真剣な表情で六つのケーキを選ぶ五月にお菓子好きという新しい側面を見出しつつもケーキを購入。街有数の高層マンションのメインホールの豪華さに面食らい、エレベーターが二基あることに驚愕し、彼女たちが最上階に住んでいることでとどめをさされた。改めて彼女たちが令嬢なのだと再認識させられる。

 

「ここです。さぁ、どうぞ」

「ありがとう」

 

 ”Nakano”と彫られたネームプレートの下に設置されたカードリーダーにカードキーを通した五月がドアを開けてくれる。やはりこのマンションはマンションというよりかはホテルと言われた方がしっくりくる内装をしている。少なくとも僕は玄関のロック解除をカード式にしている場所など、ホテルしか見たことがない。

 時代の進歩を感じられた一瞬だった。

 

「お邪魔します」

 

 鼻をくすぐるシナモンの甘い香りに、僕は思わず安堵した。

 香ばしいこの香りは焼き菓子特有のモノで、手土産にクッキー系を選んでいればバッティングしてしまっていただろう。

 

「五月ー? おかえ———」

 

 恐らくは調理していたであろう子がリビングの入り口から顔を出す。長い髪の毛に特徴的な柄のリボン。昼間に学食で会釈をしてくれたあの子だ。

 

「こんにち」

「待って!」

「え?」

 

 挨拶は遮られ、彼女は一瞬のうちに見えなくなる。あまりの速さに髪の毛がついていけず、空を舞う。

 

「二乃、ただいま帰りました」

「五月。ちょっとこっち来なさい」

「? では神島君もリビングに……」

「キミはちょっと待ってて。五月、あんたは早くこっち来なさい」

 

 壁際から女性特有の細い手だけが覗いて手招きしている姿は少しホラー要素があったが、言われた通りに玄関にて待機する。

 僕の様子を窺うようにこちらに目をやった五月に対して軽く頷くと、彼女は靴を脱いでリビングへと歩いて行った。

 五月がリビングに入ったと同時に、ドアが閉まり、小声にしては大きな声が聞こえてくる。

 

「あんたねぇ……! 確かにちょっといいかなーとは言ったけどその日に連れてくるってどういうことよ……!」

「な、なんですかいきなり……二乃、彼は私たちの———」

「ああもう最悪……っ! ジャージよ、ジャージ! どうすんのよこれ!」

「……三玖のじゃないですか、そのジャージ。三玖に返せば良いのでは?」

 

 どうやら自分の着ていたジャージが実は他の姉妹のモノだったらしい。

 なるほど、姉妹とはいえ自分の物ではないジャージを着てしまったことを深く後悔しているのか。絆だけではなく礼儀を重んじているとは、彼女たちは日本人の鑑のような存在だ。僕も見習わなければならない。

 

「とにかく私は着替えてくるから! これ、出来上がったら出しといて!」

「えぇっ!? 二乃、待っ、二乃!?」

 

 ドタドタと部屋を駆ける音の後、ゆっくりとドアが開く。

 なんとも言えない表情をした五月が僕に向けて

 

「あの……どうぞ」

「……お邪魔します」

 

 促されるままにリビングへと足を運ぶ。入ると同時に目に映りこむのは広々とした空間に、大きな窓ガラスだ。壁代わり、と言わんばかりの大きさのそれは陽の光をふんだんに室内へと取り込む役割を果たしており、見栄えも大変良い。壁際に設置されたL字の階段は二階へ続いており、少しリビングの奥へと進めば五つの扉が二階に見えた。あそこが各々に割り当てられた部屋だと推察するのは容易かった。

 それにしても、天井が高い。恐らくはこのフロア限定でツーフロア分使った部屋設計が為されているに違いない。ホテルのVIPルームのような位置付けの部屋なのだろう。これが分譲ならば、一体どれほどの値段なのか、想像もできない。

 部屋の内装に圧倒されつつも、僕は中央に視線を戻そうとして———目の前に揺れる二つのリボンを見つけた。ピンと立つそれはまるで耳のようで、ゆらりゆらりと揺れている。

 視線を落とすと、肩口で切りそろえられた髪に屈託のない笑顔がそこにあった。

 

「あ、やっと気づいた」

「ああごめん……君は?」

「よくぞ聞いてくれました! 私は四葉(よつば)、四つの葉っぱで四葉といいます! お近づきの印にこれをどうぞ」

 

 そう言って彼女、四葉はスカートのポケットからクローバーを取り出して差し出す。

 いや、よく見ると葉が四つある。いわゆる四葉のクローバーと言われているラッキーアイテムだ。

 

「私からの幸運のおすそ分けです」

「それは……はは、ありがとう」

 

 四葉から四つ葉のクローバーか。

 僕は思わず笑ってしまった。

 

「? よく分かりませんが喜んでもらえたなら嬉しいです!」

「うん、ありがとう。大事にするよ」

 

 シャツの胸ポケットに仕舞っていた生徒手帳に挟み込み、僕は気付いた。

 まだ自己紹介をしていないじゃないか。

 

「僕は神島、神島ライだ。よろしく、四葉……でいいのかな」

「はいっ! よろしくです!」

「四葉が男連れ込んでる」

 

 涼しげな声に見上げる。二階の手すりにもたれかかる様にして僕を見下ろす二つの瞳と目が合う。四葉よりは少し長い髪の毛は右目を少し隠す様に流されていて、僕を見つめる目は少し冷えたような印象を受けた。

 

「もー違うよー! 神島さんは五月のお客さん!」

「知ってる。からかっただけ」

 

 起伏の少ない声で四葉にそう言い終えると、

 

中野三玖(なかのみく)。三玖でいい」

「神島———」

「ライでしょ。聞いてた」

「……そうか。よろしく」

「ん」

 

 そう短く返事をすると、部屋へと戻ろうとする。

 僕は慌てて手に持ったケーキの箱を持ち上げた。

 

「ケーキ、買ってきてるんだ。よかったら食べないか?」

「おおー! ケーキ大好きです! 五月ー、おっさらーっ!」

 

 四葉の呼びかけにキッチンカウンターの向こう側から五月の焦燥感が混じったような声が返ってくる。

 

「待ってください。あと三分と四十二秒です……」

「五月、オーブンは自動で止まるよ……」

「えぇっ!? そ、そうなんですか?」

 

 「もー!」とキッチンへ向かう四葉を見送り、「だってクッキーなんて焼いたことないですし!」と反論する五月の声を聞きながらも僕はふと二階の三玖へ視線を戻す。

 

「こっち」

 

 来い、ということなのだろう。三玖は手招きしている。

 僕はケーキの箱をテーブルに置き、誘われるがままに階段を上った。

 

一花(いちか)は寝てるから起こさないと」

「……それって僕がやってもいいのか?」

 

 姉妹である三玖がやった方がいいと思うのだが。

 

「……男手がいる」

「……その間はいったい……」

 

 一花の部屋は階段を上ってすぐの部屋だった。三玖に促されるまま部屋のドアを二度、ノックしてみる。

 が、返答はなかった。どうやら本当に寝てしまっているらしい。学校が終わってから二時間程度しか経っていないのに眠ってしまうとは睡眠欲が強いのか、それとも別になにか疲れる、または強いストレスが掛かっているのか……。

 思考する僕を他所に三玖は遠慮なくドアを開ける。

 

「失礼しま、うわっ」

 

 と、思わず漏れた失言に口を塞ぐ。

 締め切られたカーテンから薄っすらと差す光でかろうじて視認できる部屋は、壁にはモデルが写されたポスターが、開け放たれたクローゼットには色とりどりの衣服が掛けられていて、とても思春期の女性らしい。しかし部屋の床が見えないほどに脱ぎ散らかされた衣服や下着、はたまたブランドが入った紙袋が所狭しと散乱し、まさに足の踏み場もない状態だった。

 

「相変わらず酷い。この間片付けたばっかりなのに」

 

 どうやらこの光景は姉妹間では見慣れた光景らしい。できれば慣れては欲しくないものだが。

 

「ん……三玖……? と、だれだろ?」

「私の彼氏」

「ええっ!? ほんと!?」

 

 男手ってそういうことか。だけど誤解を与えるようなことは言わないでくれ。

 僕は抗議の目線を三玖へと送る。

 

「こうすればすぐ起きる」

「手慣れてるな……って」

 

 飛び起きた一花を見、僕は瞬時に目を逸らす。

 いくら暗いとはいえ、視力は悪くない。一花の状態もすぐに把握した。布団に隠されてはいるが、ほぼほぼ裸に近い状態だった。

 

「え、あー……えっち」

「不可抗力だ。大体どうして裸なんだ……!?」

「だって私寝る時って裸だし。あ、ショーツは履いてるよ?」

「できれば上も着てくれ……」

 

 僕が言うと、一花は布団で体を隠しながら服の床を探り始める。

 

「あれー? シャツとスカートどこにやったかなー。三玖、適当な服ちょうだい」

「ん、ん、ん」

「結構いいチョイスじゃない? 彼氏君はどう思う?」

「……僕は先に降りてるよ」

 

 目のやり場に困る一花から逃げ出し、再びリビングへと戻ってくる。中央のテーブル周りでは四葉と五月が小皿とフォークと並べていて、僕はそこへ混ざることにした。

 

「あ、神島君。一花は起きましたか?」

「ああ。バッチリとね」

 

 僕も色んな意味で目が覚めた。

 

「一花の部屋は……どうでした?」

「……凄かったよ」

「あはは……、一花はずっとあんな感じです。片付けてもすぐに散らかっちゃって」

「これでもけっこー片付けようとはしてるんだけどね」

 

 四葉に続いて聞こえてきた声に振り向けば、まだ少し眠そうな顔をした一花が階段を降りてきている。短くまとめられた髪の毛に寝癖がついてないか確認しながらテーブルに着く。それで? と言わんばかりに目線を寄越した一花に

 

「神島ライだ。さっきはその、ごめん。あまりにも無礼だった」

「あは、気にしなくてもいーよ。私は一花(いちか)、中野一花。よろしくね、ライ君」

「そう言ってくれると助かる。よろしく」

 

 そう言い交わすと、五月が二階へと目をやる。

 

「二乃はまだ部屋にいるんですか?」

「どうせ化粧直し」

 

 いつの間にかテーブルに着いた三玖がそう言うと、四人の姉妹の内一花、三玖、五月が同時に僕を見る。

 

「あー」

「でしょ?」

「なるほど」

「なにがなんだか分かりませんが私もそう思います!」

「……僕に、なにか原因が?」

 

 僕が問うと、三玖が小さな声で

 

「分からないなら、それでいい」

「そうそう。そっちの方が面白いし」

 

 なぜだろう。彼女たちが言えば言うほど、僕の中での不安が大きくなる。知らず知らずのうちに謀られているいるかのような、そんな不安だ。

 含みのある言い方をされれば、当然気になる。僕が追求しようとしたところで、二階のドアが開く音が聞こえた。

 

「お待たせっ」

 

 階段を二段飛ばしで軽やかに降り、僕の前で一時停止。少し前かがみになりつつ、彼女は口を開いた。

 

「私は中野二乃(なかのにの)。二乃でいいわ」

「神島ライ。よろしく」

 

 言葉の終わりを待っていたかのように黙っていた一花が僕を見つめ、問うた。

 

「それでライ君はどうしてここに? ケーキ、持ってきてくれただけじゃないんでしょ?」

 

 一花の言葉にハッとする。怒涛の出来事に本来の目的を一時的とはいえ忘れてしまっていた。丁度五人、ここに揃っているのだから、今言ってしまった方がいいだろう。そう思い五月の方を見れば、彼女も軽く頷いてくれた。

 

「僕がここに来たのは、挨拶のためだ」

「挨拶?」

「そうだ。僕は君たちの父上から家庭教師の仕事を依頼されて、引き受けた。ここへ来たのは就任の挨拶をしたかったからなんだ」

 

 反応は好意的だった。四葉や五月は受け入れてくれているが、三玖や一花の反応は薄い。見定めている、と言っても良いかもしれない。

 それはそれで構わない。僕とて、初めから全員に受けれられるとは思っていない。少しづつ、信頼を得ていくしかないのだ。

 

「……そっか、()()()がパパの言ってた家庭教師なんだ」

「ああ」

「はぁーあ。結構、タイプだったんだけどなー。ま、しょうがないか」

 

 先ほどまでの二乃とは打って変わり、柔軟な雰囲気は消え、次第に尖ったものへと変わっていく。

 

「この際だから言っといてあげる。この家には余所者が入り込むスペースなんてないの。ここは、()()()()()の家なの。だから家庭教師なんて———」

 

 ……やはり、そうそう上手くはいかないらしい。

 

「お断りよ」

 

 

 

 

 

 

 




意外といけるらしい(当社比)
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