五等分のLOST COLORS (仮題)   作:シュヴァ剣欲しい

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王道を征く


家庭教師の条件 後編

 お断り、と目の前の彼女はそう言った。家庭教師など必要ないという自信の表れなのか、それとも単純に僕が受け入れがたいのか思案するところだが、今回の答えは出きっていた。

 彼女、中野二乃の成績は把握済みで、学校とは別に弱所を克服するための教師が必要なのは紛れもない事実に相違ない。ということは彼女にとって僕は受け入れがたい存在だということなのだろう。

 いきなり現れた初対面の人間が家庭教師で、しかも同級生なのだから不信感を抱くのは当然だし、拒否するのも不自然ではない。だからと言って僕はこのまま引き下がるわけにはいかない。彼女たちを尊重するのは勿論大事だ。しかし契約を交わして給料を受領するのだから仕事は果たさなくてはならない。

 僕にはお金を稼がなければならない理由がある。

 ここで躓くことは許されない。

 

「断る?」

「そうよ。家庭教師なんて必要ないわ」

「二乃、そんな言い方は……」

 

 仲裁に入ろうとした五月を二乃は鋭い目で睨みつける。

 

「必要ないわ」

 

 意志は固い。

 仕方がない。僕はシャツの胸ポケットから一冊の手帳を取り出し、開いた。

 

「……なによ、それ」

「中野二乃。国語十三点」

「は?」

「数学十」

「ちょおっ……!」

 

 顔を赤くして腕を伸ばす二乃を上半身を後ろへ逸らすことで回避し、手帳を閉じる。

 

「これでも家庭教師は必要ない?」

「なんで私のテストの点数知ってんのよ! この変態!」

「へ、変態……?」

 

 思わぬ罵倒に一瞬怯む。

 いや、確かに自分と教師しか知らないようなプライベート情報を知っていては変態と捉えられても仕方ない、のか?

 

「もしかして私たち全員の点数を把握してるんですか?」

「え、あぁ」

 

 四葉からの問いに僕は軽く頷く。

 

「変態」

「変態だね」

「一花も三玖も乗っからないでください!」

 

 ……流石の姉妹で連携がとれている。僕としては頭が痛い限りだが。

 場をリセットするために咳を一つ、僕は吐いた。

 

「君たちの事情は把握しているつもりだ。このまま行けば黒薔薇女子の二の舞になる可能性もあることぐらい、君たちもわかってるだろう?」

「でも私たちだってもう高校二年生だよ? 自分のことは自分でやらせてほしいな」

 

 僕に目もくれず、ケーキをフォークで切り分けながら一花はそう言った。

 自分のことは自分で。それができれば僕もそうしたい。しかし彼女たちの父親、中野さんはそう思っていない。昨年の内、彼は何度となく娘たちのテストの点数を知る機会があったはずだ。そして、その点数が平均から落ち込んでいて酷いものだという事実もまた、知っていたはずなのだ。

 だけども彼は家庭教師を付けなかった。いや、付けていたが今回同様彼女たちが拒否して機能していなかったのかもしれないが、どうあれ、最終的には娘たちの自力に任せた。そうして二年目に入り、転入。自力では無理だと判断して僕を雇い入れたのだ。

 自力では、無理なのだ。

 他ならぬ彼女たちの父がそう思っていては、仕方がない。

 僕の仕事は二つ。

 一つ目は彼女たちの勉強に対するやる気を向上させること。

 二つ目は学力の向上だ。

 だが二つ目は正直蛇足に近い。やる気が向上すれば自然と学力は付いてくるからだ。僕は導火線に火をつける役割といったところか。

 

「だから僕とゲームをしよう」

「ゲーム?」

「そうだ。僕が勝てば放課後の一時間、僕と一緒に勉強する。君たちが勝てば自由だ」

 

 僕の提案に面白そうに反応したのは一花だ。

 ケーキを食べる手を止め、僕を見上げる。

 

「へぇ……いいね、面白そう」

「ちょっと一花! 簡単に乗るんじゃないわよ。どうせテストかなにかで勝ちにくるに決まってるわ」

「そんなことはしない。なにで勝負するかは個人個人に任せるよ」

 

 それを聞き、二乃はしたり顔で聞き返す。

 

「なんでもいいわけ?」

「ああ。簡単なテストでもいいし、なぞなぞでもいい。ゲームやパズル、料理でも構わない。勝敗をつけれればね」

「……大した自信じゃない。いいわ、受けて立つ」

「二乃……」

 

 五月の心配そうな眼差しから逃げるように顔を逸らした二乃に続いて今度は三玖が声を上げた。

 

「負けたら一時間の勉強は永続?」

「いや、その都度勝負しよう」

「ふうん。私は構わない」

「三玖まで……もう」

 

 三玖の了承を取ったところで、僕は自身の袖を引っ張られる感覚に目を向けた。

 視線の先にはいつの間にか立っていた四葉がいて、元気に片手を挙げた。

 

「はいっ! 普通に授業を受けたい人はどうすればいいんでしょうか!」

「ありがとう。明日の放課後は暇?」

「今のところは暇です」

「じゃあ放課後に図書室に来てほしい」

 

 「わかりましたっ!」と敬礼する四葉から目をずらし、今度は一花を見据える。

 フォークを口に咥えて僕と目を合わせた一花は、

 

「私もいいよ。勝負しよ」

「なら、まず誰から始める?」

「私からでいいでしょ?」

 

 一花は確認するように場を見渡す。三玖が頷き、二乃も好きにしろとばかりに軽く手を振った。

 ケーキにフォークを刺し、一花は

 

「じゃあクイズです。私の今日の朝ご飯はなんでしょうか」

「それは……」

「一花、それはあんまりじゃありませんか?」

 

 言い淀む僕を庇うように五月が声を上げた。

 対して一花は飄々とした態度で

 

「なんでもいいって言ったのはライ君だよ。でしょ?」

「確かにそうだ。ルールは守ってる」

「……ですが朝ご飯なんてわかるわけがありません」

 

 今は夕方だ。今朝使った食器は家を出る前に洗ってしまっているだろうし、特定は難しいかもしれない。

 だがこれは僕から仕掛けたゲームだ。職務を全うするためにもここで負けるわけにはいかない。

 

「キッチンを見ても?」

「いーよ」

 

 場所を変え、キッチンへ。

 シンクの中を覗いてみても食器は見当たらない。二乃がクッキーを焼くために使ったボウルや泡だて器が見当たるばかりで、今朝の食器類は洗われてシンク横の水切りラックの上に寝かされていた。

 寝かされている食器は五つ。平らな皿やお椀が並ぶ中で、特徴的なお椀を一つ見つけた。茶碗よりも大きく、皿というよりかはボウルといった器。

 続いては箸の類を確認。フォークの中に混じったスプーンを見、背中側に設置された棚へと視線をずらす。

 並んだ入れ物にはラベルが張られていて、綺麗に整理されている。その中で、蓋が完全に締め切られていない”コーンフレーク”と書かれた容器を確認した。

 次は冷蔵庫だ。

 目の前に立ち、入り口の一花に確認する。

 

「見てもいいかな」

「どうぞ」

 

 了承を取り、両開きの冷蔵庫を開ける。

 見当たるのは飲み物から始まり卵やドレッシング。どれも生活に必要なものがある中で、僕は上段に乗っていたプリンを手に取った。蓋には”四”と書かれており、このプリンが四葉の物だと推測させてくれる。プリンを戻し、今度は包装されたシュークリームを手に取る。商品名の横に書かれた数字は”五”だった。

 やはり、姉妹と言えど趣味趣向は別だ。食べる物、飲む物も分かれていて、各々買ってきて簡単に数字を書いて区別している。恐らく数字が書かれていない物は共用で、全員が使うのだと推測できる。ドレッシングや卵がそうだ。ならば、このドアポケットに置かれた二本の牛乳はどうなのだろうか。

 僕は”一”と書かれた牛乳を手に取る。同時に、キッチンの入り口に立つ一花を横目に見た。

 一瞬交差した目線、すぐに一花は目を逸らした。

 どうやら当たりらしい。

 ……正解率はあって六割だが、元々無理のある問題だったのだから六割もあれば上々だろう。

 冷蔵庫を閉じ、一花と向き合う。

 

「君の朝ご飯は、シリアルだ」

「……正解。でもどうして?」

 

 一花の問いに、僕は順を追って説明する。

 

「まず、ラックにシリアルボウルとスプーンがあったから誰かが朝にシリアルを食べたのは間違いない。そこの棚にもシリアル用の入れ物があったからね。問題は誰が食べたかだ」

 

 リラックスした姿勢で聞く一花に僕は冷蔵庫を再び開けて二本並んだ牛乳を見せる。

 

「二本の牛乳内、一本は君のだ。”一”と書かれてるからね。ならその用途は? 共用と分ける理由は? それは君の朝ご飯が毎朝シリアルで自分の朝ご飯用の牛乳を確保しておく為だ」

 

 分けなければ五人もいるのだ、牛乳など数日で無くなってしまうだろう。無くなり、都度買いなおすというのも手間だ。ならば初めから自分用を用意しておき、管理した方が楽で、確実だ。

 

「それに、君の睡眠欲はかなり強いみたいだからね。多分朝も遅いんじゃないか?」

 

 朝が遅く、朝食に掛ける時間が短いなら、更にシリアルの線は濃くなる。

 

「それは秘密。うーん、勝てると思ったんだけどなあ」

「僕も当たって良かったよ」

「あ、でも二つハズレ」

 

 一花の言葉に僕はリビングに行きかけていた足を止める。

 

「フレークは毎日は食べてないよ。今日はたまたま。いつもは二乃が作ってくれるから」

「じゃああの一って書かれた牛乳は?」

「ふふ、よーく見てみて」

「……?」

 

 僕はそう言われ、冷蔵庫を開けて牛乳を手に取る。

 よく見てみると、微かに一と書かれた下に何かが書かれていた跡が見受けられた。書いた後に擦ったのか、はたまた温度の変化でできた水滴で消えてしまったのかわからないが、確かに跡がある。

 まさか……。

 

「それ、二乃のお菓子用牛乳。ちょっと文字消えちゃってるけど」

「……」

 

 なんてことだ。読み違いも甚だしい。僕は思わず目頭を押さえた。

 牛乳を掴んだ時の一花の反応、少し空いたフレーク容器の蓋だけで勝負に挑んだようなものじゃないか。

 奇跡的に合ってはいたものの、これは反省点だ。こんなずさんな観察、推理では到底技術とは言い難い。()()()()()()()()()()。僕はもっと、自身を磨き上げねばならない。

 

「でも安心したかな。君も失敗するんだね」

「……そりゃ、ね」

「学校の子からたくさん話聞いてたから。完璧超人だーって、みんな言ってたよ」

「そんなんじゃないよ、僕は」

 

 そう在りたいと思っているのは事実だ。

 ……そう在らねば、生きられない。()()()()()()()()()()()()()()()()

 僕は思わず髪を手で後ろに流す。日本人のような名前に、日本人離れした容姿。ちぐはぐな存在だとつくづく思う。

 

「どうかした?」

 

 一花の問いに僕は思考から逃げるように「なんでもないよ」と返す。

 切り替えろ。

 僕はまだ二乃と三玖に勝たなければならないのだから。気を沈ませている余裕はないはずだ。

 

 

 

 

 004

 

 

 

 

「それでは皆さま! 美味しかった方の名前を書いてくださーい!」

 

 次の対戦相手は二乃だった。お題は料理対決。夕食を摂るには少し早い時間だった為に、比較的消化が早いパスタで勝負をすることになった。

 互いに作る品物はカルボナーラ。

 司会を終えた四葉がテーブルに戻っていき、自身用の小さな紙に僕か二乃かの名前を書き始める。

 

「見てなさいよ。私が勝つんだから」

 

 強気の二乃に、僕は少したじろぐ。先ほどの一件があったせいだろう。

 いや、弱気になってどうするのだ神島ライ。僕は、こういう時の為に、誰かと勝負し勝つ為に技術を得、磨いてきたのではなかったのか。

 

「じゃあはいドン!」

 

 四葉の合図で四人が一斉に紙を見えるように上げる。四人が書いた名前は僕の名前で、満場一致で僕の勝利だ。

 ……内心に安堵する。

 勝てて良かった。

 

「嘘……」

「……二乃、君は作る時にクリームを入れただろ?」

「そうよ。だってカルボナーラだもの」

「間違ってはないんだけど、本来はクリームは使わないんだ。卵黄とベーコンをよく炒めた時に出る油、それと湯切りせずに入れるアルデンテスパゲッティの水分で作るんだよ」

 

 その方がよりクリーミーで美味しく、雑味が減る。

 僕がそう付け足すと、一瞬悔しそうな顔をした二乃だったが、

 

「次は勝」

 

 言いかけたところで、低い地鳴りのような音が邪魔をする。

 音の発生源を見ると五月が申し訳なさそうに片手を挙げていた。

 

「……すいません。お代わりはありますか?」

「私も少し食べたらお腹減った」

「私もー」

「はいっ! 私もです!」

 

 次々始まる自己申告はまるで雪崩だ。

 少し気圧されるも、二乃は慣れた口調で

 

「はいはい。じゃあもうご飯にしちゃいましょ」

 

 再び袖を捲り、キッチンへと向かった二乃を追い、僕もキッチンへ。

 

「僕も手伝うよ」

 

 シャツの袖を捲り、先ほど使ったフライパンや菜箸等が詰まったシンクへと向かい立つ。

 

「殊勝な心掛けね。でも邪魔だったら叩き出すわよ」

「足は引っ張らないさ」

 

 そう言いつつスポンジに洗剤を浸し、お湯でサッと流したフライパンや食器を洗っていく。

 手際よく、汚れを残すことがないように丁寧に。

 食器類を洗い終わるころには既に、二乃は必要な食材をキッチンに広げていた。その並べられた食材から必要な道具を察し、フライパンや鍋を引き出しから取り出して渡していく。

 場所はさっきの料理バトルで把握済みだ。

 

「やるじゃない。お米、研いでおいてね。六合よ」

「結構食べるな……」

「五月がね」

 

 「普通です!」とリビングから聞こえてきたような気もするが、気のせいだろう。

 ボウルにカップを添えて米を一掬い。盛り上がった部分をそぎ落としてボウルへ。一回、二回と繰り返して三回目を入れたところで

 

「肉炒めの味は和風と中華風、どっちがいいと思う?」

 

 二乃の問いに手を止めず

 

「中華風が良いんじゃないかな。ご飯が進むと思うよ。四」

 

 四杯目を入れる。

 すると二乃は小さく舌打ちをした。

 

「間違えないわね。つまんない」

「……そういう目的だったのか」

「ま、でも中華風にするわ。だったら汁ものはスープの方がいいか」

 

 六杯目を入れ終わり、僕は立ち上がって再びシンクへ。

 水を入れながら米を混ぜ、白く濁った水を流す。

 この白い濁りが見えなくなれば研ぎは完了だ。

 そこでふと横を見ると、既に肉炒めに入れるであろう野菜や豚肉の処理は済んでおり、あとは炒めるだけの状態だったことに驚愕する。

 僕もそれなりに経験を積んだつもりだったが、彼女も相当手際が良い。

 炊事担当は伊達ではないということか。

 

「……二乃」

「なによ」

「少しずつでいいんだ。僕のことを認めてくれないか」

 

 一瞬、調味料を探す手が止まる。

 

「その話はもう終わってるわ。私の立場は変わらない」

「家庭教師はいらない?」

「そうよ。でもゲームで負けたから、一時間は付き合ってあげる。それだけよ」

 

 二乃の答えに僕はひとまず満足する。

 お断り状態から一時間限定の家庭教師までこぎ着けたのだ。十分だろう。

 

「ありがとう。二乃が必要としてくれる男になれるように頑張るよ」

「はぁっ!?」

「……なにか変なこと言ったか?」

 

 少し仰け反った二乃に問う。

 口元を腕で隠しながら目を逸らす二乃は普通の状態ではない。少し頬も赤いように見える。

 

「……変よ。絶対変」

「そうか……以後気を付ける」

「―――っ、ほらっ! 研ぎ終わったらさっさと出てく! あとは私だけで十分よ!」

「あっ、おい押すなよ。危ないだろ」

 

 二乃にキッチンを追い出されると、横に気配を感じた。

 視線をやれば、そこには三玖が。……すっかり忘れていた。今回のゲームは三人勝負だった。

 

「勝負」

 

 

 

 

 005

 

 

 

 

 場所を移り、三玖に連れられるままに彼女の部屋へお邪魔する。屏風など和を意識した物が点在する中で、促されてテレビの前へ座る。繋がれたゲーム機からは二個のコントローラーが伸びていて、どうやらゲームで勝敗を決めるらしい。

 三玖が選んだゲームは戦略ゲームだった。

 昔の戦国時代を取り扱ったゲームで、プレイヤーは武将を選び、兵を与えて陣地の獲得を目指す。武将の能力は様々で、個人の力に優れたタイプや策や奇襲を得意とするタイプ等で別れていて、軽くゲームの名前でスマートフォンにて検索を掛けてみると、万人から評価されている有名なゲームのようだった。

 

「このゲームはやり込んでる。負けない」

 

 と豪語する三玖に僕も

 

「僕も()()()()()()は得意だ。いい勝負になるかも」

「私だって」

 

 コントローラーを握り、画面を見つめる。

 パラメータを吟味し、まずは大名を選び始めた。

 

 

 ―――

 

 

「ま、負けた……」

 

 テレビのゲーム画面では僕の選んだ”黒田官兵衛”率いる部隊が三玖の大名が存在する城を攻め落とした場面が映っている。続けて現れる”2P WIN”の文字は僕が勝利したことを教えてくれた。

 

「僕の勝ちだね」

「……悔しいけど、完敗。私の奇襲を読んでたのもそうだけど、最後は大名で攻めてくるなんて」

王様(キング)から動ないと、部下は付いてこないものだよ」

 

 と、そこまで言ったところで僕はゲームの最中に気になった三玖の発言を聞いてみる。

 

「そういえば、さっき豊臣秀吉をハゲネズミって言ってなかった? よく知ってるね」

「みんなは”猿”って勘違いしてる」

 

 三玖の言葉に僕は頭の中の記憶を探る。

 確か……。

 

「周りの人が猿って呼んでた記録はあっても信長が呼んでた記録はないんだっけ」

「そう! その代わり秀吉の正室おねが秀吉の浮気を信長に訴えたら、おねを諭す手紙の中に、「あなたみたいな綺麗な人がそんなこと気にしてたらダメだ。この手紙をあの禿げ鼠に見せてやれ」って内容の記録があって」

 

 急にエンジンが掛かった三玖に押されて僕は思わず手で制す。

 ハッとした三玖は座りなおすといつもの通りの平坦な声で

 

「ごめん、忘れて」

「どうして? 好きなんだろう?」

「だって、変だよ。クラスの子が好きなのはカッコいい俳優や可愛いアイドルなのに、私は髭のおじさん」

 

 照れ隠しなのか前髪を弄りながら言う三玖に

 

「僕はそうは思わないよ。むしろ武将に詳しいなら誇るべきだ」

「誇る?」

「沢山いる武将のことを頑張って調べたんだろう? ならその知識は努力の結晶だ。変なんてことは絶対ない」

 

 少なくとも僕はそう思う。

 

「三玖、僕と一緒に勉強しよう。それだけの熱意があったなら、他の勉強だってきっとできる」

「武将は私の方が詳しいのに、ライに教えてもらうの?」

「確かに僕が知らないことを君は知ってるかもしれない。でも、君が知らないことを僕は知ってるんだ」

 

 人は不完全で、一人では生きていけない。

 だから互いに埋めあい、支えあって生きていく。僕の家庭教師としての生き方もそうだ。

 

「人はその人が生きる為に必要な能力を得る力がある。だから僕を信じてみてくれないか?」

「もし……もしダメだったら?」

「そんなことにはならないと、僕は君たちを信じてる」

「……勝手だね」

「かもしれない」

 

 そう言って三玖は片手を僕に差し出し、小指だけを立てる。

 僕もそれに応じて小指を立て、彼女の指と絡めた。

 

「約束。私を―――私たちを全員卒業させてね」

「分かった。結ぼう、その契約」

「破ったら針千本突き刺すから」

 

 フグのようになった自分を想像して冷や汗が流れる。

 洒落にならないな。

 

「二乃、まだ呼びに来ない。お腹減ったのに」

「ならもう少し時間はありそうだ。武将のこと、他にはどんなことを知ってるんだ? 教えてくれないか?」

「……うん、いいよ」

 

 そう言って三玖は初めて、僕に笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 

 エピローグ

 

 

 

 ぽちゃん、と天井にできた水滴がバスタブに張られたお湯に落ちてくる。

 

「神島ライ。……ブクブク」

 

 彗星のように現れた家庭教師の名前をつぶやけば、少し照れ臭くなってお湯にもぐってしまう。

 人と自分の好きなものを話し込んだのは初めての体験だった。

 自分の中に溜め込んでいたものがすっきりしたような、爽快感が体中に溢れている。

 

「……」

 

 ふと、気になった。

 ”「人はその人が生きる為に必要な能力を得る力がある」”と彼は言った。

 では、彼のあの頭脳と、炊事担当でありお菓子作りも難なくこなす二乃を下すだけの料理スキル、そして一花の朝ご飯を当てるだけの観察眼。クラスメイトの話では運動神経も良いみたいだし、本当に隙が無い彼のあの能力は。

 あの能力が、技術が、彼が”生きる為に必要な能力”だったのだとしたら。

 ……彼は一体、どんな環境で生まれ育ってきたのだろう。

 

「……」

 

 ぽちゃん、とまた一滴、水滴が張られた湯へと落ちた。




次のエピソードは”中野二乃の憂鬱”です。
二乃が宇宙人とか未来人とか超能力者と出会います。
まあ嘘なんですがね。

ちなみに作者的に一日千文字書けば日曜日に投稿できるやん!
なんですがなんやかんやで結局日曜に七千文字書いてます。
こいつはひでえや。
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