生徒会長は砕けない   作:雨魂

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強がりの意味

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 夕食を食べ終わったあと、僕と信吾は宿泊所のロビーにあるソファに座りながら話をしていた。

 

 内容はダイヤさんのこと。一人では答えを出せなかったため、信吾に話を聞いてもらった。

 

 玄関の外は闇に包まれている。明かりはひとつとしてない。街灯がない山の中なのだから当然なんだろうけど。

 

 

 

「ふーん。生徒会長の考えてること、ねぇ」

 

「うん。考えてたらもっとわからなくなったんだ」

 

 

 

 夕食を食べてるときも、お風呂に入ってるときも、それがずっと頭から離れなかった。

 

 この林間学校で男子と女子の垣根はほとんど取れた、と僕は確信していた。男子たちの努力のお陰で、女子たちも学校にいるときより雰囲気が軽くなっている。

 

 これは僕たちが立てた計画通り。それは良い。けれど、最後に残ったのはやはりあの生徒会長。あの子だけは男子に心を開こうとしてくれない。

 

 僕は話が出来たけれど、あの一件からダイヤさんは声をかけても返事をしてくれなかった。みんなで夕食を食べている時も、一人で離れた所にいた。

 

 そんな姿を見て、余計にわからなくなってしまった。あの子は本当はどうしたいのか。何が気に食わないのか。男子を気に入らなそうにしているのに、どうして僕とは話をしてくれたのか。

 

 

 

「たしかにあの子、夕陽だけを気に入ってるみたいなところはあったよな」

 

「…………自惚れるわけじゃないけど、言ってることはわかるよ」

 

 

 

 信吾の言う通りだ。僕はなぜかあの子と話が出来た。他の男子とは一言も口をきかず、信吾にはあんな酷い言葉をかけていたあの子が、僕とは話をしてくれる。

 

 思い当たる節はない。そんなものがあったのなら、すぐに答えを出せただろう。何もないからこそ、僕は混乱してしまっているんだ。

 

 その答えを知りたかった。男子たちを忌み嫌っていること。なのに僕とは話をしてくれることの答えを。

 

 

 

「まぁ、よくわかんねぇけどさ」

 

「そう言わないでよ。友達でしょ」

 

「ああ。んでもわかんねぇもんはわかんねぇよ」

 

 

 

 信吾はそう言って、傍らに置いていたペットボトルに入った水を飲む。仕方ない、と思った。

 

 だって、本当にその通りだ。僕らはあの子のことを何も知らない。そんな状態で考えていることがわかる方がおかしいというものだ。

 

 小さく息を吐いた。足元にあるカーペットに、細やかなため息は吸い取られていく。

 

 

 

「そっか」

 

「けどさ」

 

 

 

 水を飲んだ信吾は、前に向けていた視線を横に座る僕の方へ向けてくる。訝しむように、僕は彼の綺麗な緋色の目を見つめ返した。

 

 

 

「多分、好きなんじゃねぇの?」

 

「え?」

 

 

 

 急な言葉に素っ頓狂な声が出た。それは、どういう意味だろう。信吾の思っていることが伝わってこなかった。

 

 

 

「だから、夕陽のことが好きなんじゃねぇのかって」

 

「…………誰が?」

 

「生徒会長に決まってんだろ。他に誰がいんだよ」

 

 

 

 信吾がなんかすごいことを言ってる。何を根拠にそんな訳の分からない話が出てくるんだ。

 

 彼の言葉を聞いた途端、思考が数秒間停止する。システムに何らかの異常が発生したように、考えを巡らしていた回路に何も流れなくなる。

 

 僕のことが好き? あのダイヤさんが? どんな考え方をすればそんな答えに辿り着くのだろう。あまりに突飛な言葉を聞いて、考えていたことがさらにわからなくなってしまった。

 

 

 

「いやいやいやいやいやいや」

 

 

 

 僕は首を横に振って信吾の言葉を否定する。どう考えてもそんなことはあり得ない。

 

 

 

「だって夕陽にだけ話してくれるとか、明らかに夕陽のことを特別視してんじゃん」

 

「で、でも」

 

「好きじゃねぇ男にそんなことしねぇって、絶対。それくらいわかんだろ」

 

 

 

 信吾の言ってることはわかる。けど、あの子に限ってそんなことはないと心は訴えてくる。

 

 だって、あの生徒会長だよ? あんなに綺麗で可愛くて、それに生徒からも信頼は厚い。尚且つ男子を異常に毛嫌いしてる。

 

 そんな子が僕のことを特別視する理由。それを信吾は好きだから、という仮説を出した。ある意味ではその説も間違いではないのかもしれない。でも僕にはそうは思えない。

 

 顔が勝手に熱くなる。わかりやすく照れてしまう自分が嫌だった。

 

 

 

「…………けど、好きってことはないと思う」

 

「相変わらず謙虚だな夕陽は。謙虚っつーか、自意識がねぇっつーか」

 

 

 

 そう言って、信吾は僕の頭を軽く叩いてくる。そんなことを言われても、自分の中で信じられないことはどうやっても信じることはできない。

 

 

 

「だって、根拠がないでしょ」

 

 

 

 叩かれた頭に触れながら、弁明する。数人の男子生徒がロビーを全力で駆け抜けて行った。騒がしい奴らだ。うるさくしたら生徒会長に怒られちゃうよ。

 

 

 

「根拠?」

 

「あの子が僕を好きになる根拠がない。出会ってまだ一カ月も経ってないし、話をしたのだって数えられるくらいしかない」

 

 

 

 首を傾げる信吾に言った。そして言葉を続ける。

 

 

 

「僕はあの子のことを知らないし、あの子も僕のことを知らない。それで好きになるっていうのは、おかしいでしょ?」

 

 

 

 そこまで言って、口を閉ざす。他にも理由はたくさんある。けどそれを全部言っても意味なんてないと思ったから、ここで止めた。

 

 僕は視線を下に落とし、紅色の絨毯を見つめた。隣に座る信吾も口を開かずに何かを考えているようだった。

 

 あの子は、僕のことなど好きだなんて思っていない。それだけは揺るがない事実。世界が百八十度反転したとしても、その事実だけは動かないだろう。

 

 それからしばらくの間、沈黙がロビーに落ちる。風の無い春の静かな夜には、葉が擦り合う音すら聞こえてこないようだった。

 

 

 

「…………なら、夕陽」

 

「ん?」

 

 

 

 信吾が名前を呼んでくる。顔を彼の方へ向けた。

 

 信吾は、真剣な表情で僕を見つめてくる。だから、僕も彼の目から視線を逸らさなかった。

 

 

 

「お前はどう思ってんだよ、あの生徒会長のこと」

 

「え…………」

 

「気になってんじゃねぇのか? だから、俺に話をしてきたんだろ?」

 

 

 

 またさっきと同じように唐突な言葉を聞いて、僕は何も言えなくなる。

 

 あの子をどう思ってるか? その問いが何の意味を持つのかを考えたら、すぐに答えは出た。

 

 数秒間、僕は何も言わなかった。問われたなら答えなくちゃいけないのはわかってるのに、言葉を出すことができなかったんだ。

 

 

 

「………………」

 

「誰にも言わねぇから安心しろ。俺はそんなひでぇ奴じゃねぇのは知ってんだろ」

 

 

 

 僕は頷く。信吾はそんなことをする奴じゃない。友達の中で一番信用できるのが彼だ。

 

 だったら、言わなくちゃいけない。本当に信吾を信頼しているのなら、言えないなんてことはないのだから。

 

 息を吸って、それから小さな声で言う。隣にいる信吾にだけ聞こえるくらいの音量で。

 

 

 

「…………そうだよ」

 

 

 

 僕は、ダイヤさんに惹かれている。これだけは嘘は吐けない。誤魔化すことはできない。

 

 あまりにも純粋すぎる想いだから違う色を混ぜることは、どうやってもできなかった。

 

 僕の言葉を聞いた信吾はやっぱりな、というように頭を縦に動かした。

 

 

 

「そんなら、なんで夕陽は生徒会長が気になってんだ?」

 

 

 

 その問いに、数秒の間を空けてから僕は答える。考えなくても答えはすぐに出る。

 

 あの子を見てから今まで常に抱き続けた違和感。それを素直に言葉にするだけでいい。

 

 

 

「わからない」

 

「わからない?」

 

「うん。わからない。でも、あの子を見た時から目が離せなくなったんだ」

 

 

 

 その理由すら、わからないのだけれど。

 

 綺麗だから。それもある。あの子を一目見て、美しいと思わない人は多分いない。それだけはみんな一緒だ。

 

 けれど、僕の中にある感覚は()()()()()()()()()()。一目惚れとも違う。そんな簡単な言葉では表現できない複雑な感情。

 

 僕が知っている言葉を組み合わせて一番近い表現をするのなら、そう。

 

 

 

 ───長いあいだ探していたものを見つけたときのような感覚、とでも言えばいいのか。

 

 

 

「…………ふーん」

 

「変かもしれないけど、本当なんだ。自分でも、よくわかってない」

 

 

 

 信吾は僕の言葉を聞いて、ソファの背もたれに体重を預ける。そしてその姿勢のまま、無機質な天井を見上げていた。

 

 僕も彼に倣って同じように目線を上に上げる。コンクリートでできた灰色の天井だけが、僕らのことを見下ろしていた。

 

 自分でもわかっていないことが他者にわかるはずない。そんなことを思って、誰にも気づかれないくらい小さいため息を吐いた時、信吾は口を開いた。

 

 

 

「わかんねぇけど、気になってる」

 

「…………うん」

 

 

 

 僕が答えた直後に、信吾は言葉を続けた。

 

 

 

「同じこと思ってんじゃねぇの、あの子も」

 

 

 

 思わず納得してしまうような、あまりにも真っ直ぐすぎる正論を。

 

 

 

「………………」

 

「俺はそう思うけどな。詳しいことは知らねぇけどさ」

 

 

 

 信吾はそう言ってから大きな欠伸をした。これ以上のことは言う気がない。そんな言葉も含まれているような気がしたのは、気のせいじゃない。

 

 同じことを思っている。ダイヤさんが、僕と同じことを考えている。

 

 なぜ、信吾がそう言ったのか。どうして、僕は彼の言葉に納得してしまったのか。

 

 少し頭を悩ませたらわかった。だって、その答えは僕も最初から気づいていた。

 

 初めて教室でダイヤさんを見たとき、僕は思った。あの子を知っていると。名前も、顔も知らなかったのに。

 

 そして声をかけたとき、彼女は僕と同じような表情をしていた。だから思った。

 

 彼女も僕のことを知っている、と。お互いのことを何ひとつ知らないというのに。

 

 

 

 

 

「あれ? 信吾くんと夕陽くん」

 

「ん?」

 

 

 

 聞き慣れた声が聞こえ、ソファに座っていた僕と信吾は同時にその方向へ目を向ける。

 

 例のように、そこには体育着姿の果南さんと鞠莉さんが立っていた。僕と信吾も人のことは言えないけれど、彼女たちは常に一緒にいる。

 

 僕たちを見つけた二人はこちらに近づいてくる。お風呂に入った後なのか、鞠莉さんの髪が下ろされてる。それを見て少しだけドキッとしてしまった。

 

 

 

「グッドイブニーングッ。何を話してたのかしら~?」

 

「や、二人とも」

 

 

 

 僕は二人に声をかける。彼女たちも特に用があった訳じゃないのはなんとなくわかった。

 

 

 

「また悩み事?」

 

「ん。まぁ、いろいろとな」

 

 

 

 果南さんの言葉に、信吾がそう返事をする。あの子と仲が良いこの二人にさっきの内容を話されたら流石に困るので、少し安心した。

 

 悩み事と言えば悩み事。しかしそれは、このあいだ彼女たちに聞いてもらったような大きな悩みではない。ほとんど僕個人の問題なので、これ以上二人を巻き込むのも嫌だった。

 

 

 

「何かあるなら言ってほしいデース」

 

「せっかくの林間学校なんだしさ、言いづらいことも言っちゃってよ」

 

「そうそう、シンゴの好きな女の子のタイプとか~」

 

 

 

 あ、鞠莉さんが果南さんに背負い投げされた。『ホワーイッ!?』とか言いながらやわらかい絨毯の上に鞠莉さんは転がった。果南さんの顔が赤い。わかりやすいなあの子。信吾の顔もちょっと赤くなってた。そんな二人を見て良いな、と思わずにはいられなかった。

 

 

 

「も、もうっ。私が聞きたいのはそういうことじゃなくて」

 

「果南は照れ屋なんだから~。ユーヒもそう思うでしょー?」

 

「ちょっとだけね」

 

「ふふっ。夕陽くんも、投げられたい?」

 

「今日は遠慮しておくよ」

 

 

 

 鞠莉さんの言葉に正直に答えたら果南さんが指の関節を鳴らして殺気を出しながら近づいてきた。笑顔だけど、すごく怖いです。

 

 そんなことは今は置いておくとして。

 

 

 

「で、ユーヒと信吾は何を話していたのかしら?」

 

 

 

 僕が言おうとしたとき、ちょうど立ち上がった鞠莉さんがそう訊いてくる。

 

 少し悩んで、言おうかどうか迷う。さっきの話は話せないけど、彼女たちに聞きたいこともあったから。

 

 でも、これを打ち明けたら彼女たちは困ってしまうかもしれない。そう思うと、どうしていいかわからなくなった。

 

 

 

「夕陽。耳を貸せ」

 

「え? 信吾───」

 

 

 

 突然、信吾が耳元である言葉を吐いてくる。僕は彼の声を黙って聞いた。

 

 信吾の顔が離れていく。一度頷いてから、口を開いた。

 

 

 

「ねぇ、鞠莉さん」

 

「ンフ?」

 

「その、よかったらダイヤさんのことを教えてほしいんだけど」

 

 

 

 遠回しにせず、率直に訊いた。そうしなければ伝わらない気がした。

 

 信吾が言い聞かせてきたのは、気になっていることを彼女たちに訊けということ。

 

 バックアップはするから大丈夫だ、と背中を押される感じで言ってしまったけど、本当に大丈夫なのだろうか。

 

 知りたいことの少しでもわかればいい。ちょっとずつでも真意に近づいて行ければいい、そう思った。

 

 僕の質問を訊いて、鞠莉さんと果南さんは顔を見合わせる。それから二人は僕のことを見つめてきた。

 

 

 

「ダイヤのこと?」

 

「ああ。夕陽はあの子のことがもっと知りたいんだとよ」

 

 

 

 信吾がフォローを入れてくれる。たしかに急にそんな質問をされても困るか。

 

 僕は彼に言葉に頷き、それが肯定の意であることを示す。すると鞠莉さんは腕組みを、果南さんは顎先に指を当てて何かを考え始めた。

 

 僕らは彼女たちとダイヤさんが幼なじみであることを知っている。だから、この二人なら知ってることがたくさんあると思った。

 

 

 

「…………もしかして」

 

 

 

 何かをひらめいたような顔をする鞠莉さん。そして、果南さんは僕の顔を見つめて、首を傾げながら訊ねてくる。

 

 

 

「夕陽くん。ダイヤのこと、好きなの?」

 

 

 

 ─────さっき、僕の親友が言った言葉とほとんど同じ問い掛けを。

 

 

 

「─────」

 

「ほらな?」

 

 

 

 顔が熱くなるのがわかる。なんだって今日はこんなことばっかりなんだろう。

 

 数分前に信吾が言った通りのことを果南さんに言われた。どうしてわかってしまうのか。全然ここに関係ない女の子の話を急に出したら、そう思うのは当たり前だろうか? 

 

 自分で自分の首を絞めるっていうのはこういう時のことを言うらしい。何をやってるんだ僕は。

 

 ん? そもそも訊いてみろって言ったのは信吾じゃないか? まさか、僕は信吾に嵌められたのか? あり得る。っていうか多分そうだ。

 

 嘘でしょ。

 

 

 

「オーウ。ユーヒがダイヤを、ねぇ」

 

「ちょっと意外かも。夕陽くんはもう少し可愛い女の子が好きなんだと思ってた」

 

 

 

 そんな感想を二人に言われる。けど果南さんのコメントはよくわからなかった。僕からしたらあの子はとんでもなく可愛いんだけど、その場合どうすればいいんでしょうか。

 

 

 

「ちが」

 

「っと。そんなわけで、夕陽はあの子のことがよく知りたいんだとよ。協力してくれ」

 

 

 

 訂正しようとしたら信吾が僕の言葉に声を被せてきた。しかも内容はまったくのデタラメ。何を考えてるんだ。このままじゃ勘違いされたままになってしまうじゃないか。いや、間違いではないんだけど、流石に仲の良いこの二人にそう思われるのは恥ずかしすぎる。

 

 信吾に向かって言葉を吐こうとしたとき、彼は僕の方を見て口に手を当ててきた。それは、何も言うなというサイン。ということは、何か考えがあって信吾は彼女たちにそう言ったのだろう。それなら別にいいけど、あとでちゃんとフォローしてくれるよね。大丈夫だよね? 

 

 信吾の言葉を聞いた果南さんと鞠莉さんは二人ともなるほど、という顔をして頭を縦に頷かせた。優しい彼女たちのことだ。このことはダイヤさん本人には言わないだろう、多分だけど。僕はそう信じている。

 

 

 

「オーケィ。ユーヒのサポートをすればいいってわけね?」

 

「そういうことなら任せてよ」

 

「心強い。な、夕陽」

 

「………………」

 

 

 

 僕は何も言わずに頷いた。なんだか話が段々ずれて行ってる気がするけど、ここは信吾の思惑に乗ってみよう。僕が想像しているよりも遠い所に行けるかもしれないし。

 

 果南さんと鞠莉さんは僕らが座っていたソファの前にあるブロック型の椅子に座り、僕と信吾に向かい合ってくる。

 

 表情は真剣そのもの。間違いなく彼女たちは僕がダイヤさんに恋をしていると思っている。それは完全に的外れじゃないけど、ちょっとだけずれてる。

 

 女の子にこんな話を聞いてもらうなんて、生まれて初めてだ。感想を言うと、とんでもなく恥ずかしい。今すぐ逃げ出して自分の部屋に戻りたい。

 

 

 

「それで、ユーヒはダイヤの何を知りたいのかしら?」

 

「それだ。夕陽」

 

 

 

 信吾が僕の顔を見つめてくる。彼の顔には“お前が訊け”と書いてある。そうか。信吾は僕に協力してくれているんだな。僕だけだと深くまで訊ねることができなかったから、わざとあんなことを言わせたんだ。でも、もう少しやり方があったんじゃないかと言いたい。あとで怒ってやろう。

 

 ダイヤさんについて知りたいこと。改めて考えてみると、ありすぎて困るくらいだった。それをすべて訊くことはできないのはわかってる。

 

 なので出来るだけ厳選した質問をしよう、と心の中で決めた。ひとつくらいなら許されてもいいと思ったから。

 

 

 

「じゃ、じゃあ」

 

 

 

 三人の目線が僕に注がれる。なんでこんな恥ずかしいことをしてるんだろう。

 

 そんなことを言っても話は始まらない。なら、とりあえず言葉にしてみればいいんじゃないか。

 

 そう自分に言い聞かせて、一番訊きたいことを口にする。

 

 

 

「…………ダイヤさんって、昔からあんな感じだったの?」

 

 

 

 心臓の音がうるさい。たったこれだけの質問をするのにとんでもない量の勇気を使った気がする。本人がいる訳でもないというのに、ここまで緊張するだなんて思わなかった。

 

 僕が知りたいのは、ダイヤさんの過去。彼女のことを知るのであれば、そこから踏み込んで行かなくてはならないと思ったから。

 

 小さい頃からあの子を知っている果南さんと鞠莉さんなら、きっと答えてくれるはず。

 

 

 

「ダイヤの、昔ねぇ」

 

「うーん。ずっとあんな感じだったと思うけど」

 

「マジかよ。すごすぎんだろあの生徒会長」

 

 

 

 果南さんの言葉に信吾が驚いてる。たしかに、十七年間もあのままっていうのは人間の成長的にあり得る話なんだろうか。

 

 

 

「私はもうちょっと可愛かったと思うけど~」

 

「可愛かった?」

 

「イエース。ダイヤ、昔はすごい怖がりだったのよ~?」

 

「ああ、そうだったね。暗いところとか苦手だったし。あと人見知りだった」

 

 

 

 鞠莉さんと果南さんは昔を思い出すようにうんうん、と頭を頷かせながら語ってくれる。怖がりだったというのは少し意外かもしれない。

 

 

 

「そうだったんだ」

 

「昔っから真面目な子だったからねぇ」

 

「でも今よりは間違いなく優しかったよ。今は、あれだけど」

 

 

 

 果南さんが後を濁すように、語尾を弱めながらそう言った。

 

 昔は優しかった。けれど、今は違う。僕が知りたいことの根底にあるのはそこだった。

 

 

 

「……どうして変わったのかは、わかる?」

 

 

 

 そう問いかけると、鞠莉さんは少し真面目な顔をして答えてくれる。

 

 

 

「もちろんよ。この前も言った通り、学校が統合になることが決まってショックを受けたから、ダイヤはああなった」

 

「私たちにも話してくれないから、本当の理由はわからないんだけどね」

 

 

 

 二人の言葉を聞いて、やっぱりそうなんだと思い知らされる。

 

 彼女が男子たちに心を開いてくれないのは、統合が理由にある。それは今さらどうこう出来る問題ではない。僕らがどれだけ頑張っても、一度決まってしまったものは変えることなんて出来ない。

 

 なら、どうしようもないのだろうか。あの子はどれだけ距離を縮めようとしても、僕らが()()()()である限り、心を開いてはくれないのだろうか。

 

 

 

「まぁ、気持ちはわからなくもないな」

 

「………………」

 

 

 

 信吾はそう言うけれど、僕は諦めきれない。せっかくこの林間学校で男女の垣根を取ることができたのに、あの子がだけが置いてけぼりになるだなんて、おかしいと思う。

 

 どうにかしなくちゃ。でも、どうにかしたいのにどうにもできない。そのジレンマだけが心の中に渦巻いている。何かいい方法はないだろうか。

 

 

 

「ホントは、私たちも知りたいのよ。ダイヤが何を考えているのか、知らなきゃいけないのはわかってるの」

 

「良くも悪くも、ダイヤはうちの学校の生徒会長だからね。あの子が抱えるものは私たちには、どうやっても伝わらないんだよ」

 

 

 

 ロビーに沈黙が漂う。結局、本当にわかりたいことはわからないまま。あの子以外、あの子が抱える悩みは誰も知らないという結論にしか至らない。仲の良い彼女たちでさえも知らない答え。それを彼女を知らない僕が導き出すのは、不可能だ。

 

 

 

「けど……」

 

 

 

 六つの目が僕を捉える。三人に聞こえるよう、想いを言葉に乗せて吐き出した。

 

 

 

「諦められない。それでも僕は、知りたいと思う」

 

「夕陽」

 

「クラスメイトが悩みを抱えていることを知りながら、見向きもしないなんて、そんなの間違ってる」

 

 

 

 苦しんでいる女の子が目の前にいて、その子に手を伸ばさない人間にはなりたくない。

 

 痛みに耐えながら歩いている彼女を、助けたいと思わないわけにはいかないんだ。

 

 

 

「だから、どうにかする」

 

「どうにかって?」

 

「一度話してみようと思う。少し強引かもしれないけど、しつこく訊けば答えてくれるかもしれない」

 

 

 

 自分でも似合わないことを言っているのは重々承知だ。でも、それくらいしなくちゃあの子を助けることはできない。

 

 僕の言葉を聞いた果南さんと鞠莉さんは驚いた顔を見合わせた。それから、笑顔を浮かべてこちらを見つめてくる。

 

 

 

「ふふ、驚いたわ。まさかユーヒがそこまでダイヤにぞっこんだったなんて」

 

「私もビックリした。なんか、応援したくなっちゃった」

 

 

 

 二人に言葉を聞いて、少しだけ照れくさくなる。信吾はなぜか大きな声で笑って、僕の背中を嬉しそうに叩いてくる。痛い。

 

 

 

「ははっ、よく言ったぜ夕陽。それでこそお前だ」

 

「痛いよ信吾」

 

 

 

 信吾は思う存分僕の背中を叩いたり頭をぐしゃぐしゃと荒っぽく撫でたりしてから、勢いよくソファから立ち上がった。

 

 

 

「っし、なら早速行動だ」

 

「え?」

 

「そーね。鉄はホットなうちに打てって言うし~」

 

「待っててね、夕陽くん。今ダイヤを呼んでくるから」

 

 

 

 信吾の言葉に、鞠莉さんと果南さんが反応して動き始める。いや、たしかにそう言ったけど想像してたのとはなんか違う。

 

 誰も今すぐ行動に移すなんて言ってないよ。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って」

 

「待たねぇよ。このチャンスを逃したら次はねぇ」

 

 

 

 部屋に戻ろうとする女の子二人を止めようとしたが、逆に信吾に止められた。

 

 

 

「ダイヤはどこにいるかしら~?」

 

「さっきお風呂に入ってたから多分部屋だと思うよ。…………って、あれ」

 

 

 

 僕が信吾に捕まってると、鞠莉さんと果南さんはそんなことを言ってから言葉を止める。二人ともある方向を向いている。僕と信吾も彼女たちと同じ方向を向いた。

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 

 話の主役だった生徒会長が廊下の向こうから歩いてくる。なんてタイミング。これはチャンスと見るべきか否か。僕からしたらピンチでしかないが。

 

 彼女の目線は玄関の方へ向いている。どうやらその前にあるロビーに立つ僕らの存在には気づいていないようだった。

 

 生徒の見回りでもしているのだろうか。それならば僕らも何か言われてしまうのか。

 

 そう思っていたが、彼女は真っ直ぐに宿泊所の玄関へと向かっていく。僕らは黙ってその姿を見つめていた。

 

 

 

「あ、出て行っちゃった」

 

「どこ行ったんだろ。こんな時間なのに」

 

 

 

 ダイヤさんは一人で宿泊所から出て行った。手には懐中電灯が握られていた。

 

 いずれにせよ、これで彼女たちがダイヤさんをここに呼んでくることはなくなった。

 

 

 

「…………よし。これだ」

 

 

 

 だが、僕の親友はまた何かアイデアをひらめいたらしい。頭の回転が以上に早いのも信吾のスキルだけど、今は余計なものに思えてくる。

 

 

 

「今度はどうしたの信吾」

 

「夕陽。お前の携帯、電波通じてるか?」

 

「携帯?」

 

 

 

 そんなことを言われて、ポケットに入っている携帯を取り出した。ディスプレイの斜め左上には三つの棒が表示されている。つまり普通に通じている。でも、なんでこんな時に携帯の電波なんて気になったんだろう。

 

 

 

「大丈夫だけど」

 

「そうか。なら──────」

 

 

 

 それから信吾は僕にあることを言った。

 

 そうして、僕は背中を押されて玄関へと向かう。

 

 

 

 行き先は、外へ出て行った生徒会長のもとへ。

 

 

 

 





次話/リスと赤い巾着袋
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