生徒会長は砕けない   作:雨魂

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リスと赤い巾着袋

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 夜の闇が包む春の森。街灯などはなく、頼りになるのは宿泊所の淡い光だけ。

 

 山の奥から風が吹き、さわさわと木々の葉が擦れ合う音がする。耳を澄ますと、名前の知らない虫の鳴き声なんかも聞こえてきた。

 

 そんな暗闇の中を、足元に注意しながら歩く。手にはスマートフォン。カメラのライトを照らした状態を保ったまま、それを明りにして進んで行く。

 

 

 

「…………どこ行ったんだろう」

 

 

 

 探すのは先程宿泊所から出て行った生徒会長の姿。あの子がなぜこんな時間に外へ出て行くのか。僕には見当もつかなかった。

 

 しかし親友に後を追え、と言われたからにはそれに従う他なかった。訳をちゃんと聞いて納得してしまったのだから、仕方ないのだけれど。

 

 肌寒い風が吹き、上着を持ってくればよかったと少し後悔した。春になったとはいえ、ここは山の中。普通の気温でないことは明らかであるのに、外に出るまでにそこまでの思考は回すことができなかった。

 

 周囲には人気の無い。こんな中を一人で出て行くだなんて、女の子でなくとも危険だ。獰猛な野生の動物なんかに出くわしたらひとたまりもない。

 

 一応熊避けの鈴は持っているけど、遭遇してしまったら大変なことになる。でも、そのときはそのときだ。全力で逃げて、捕まったら諦めよう。

 

 なんて、情けないことを考えながら宿泊所の周りを歩く。外に出たらあの子も懐中電灯を持っていたから、その明かりを見つければいい。

 

 辺りを見渡しながら光を探す。スマートフォンから伸びる明りは、そこまで遠くまで照らしてはくれない。足元に何があるかを見ることができる程度だ。

 

 数少ない取り柄である目の良さを使って、暗闇の中から人影を見つめようとする。しばらく夜の中にいたからか、少しだけ目が暗い所に慣れてくれた。

 

 でも見つかるものはない。まさか山の中へ入っていったのだろうか。懐中電灯があると言っても、そんな細い明かりだけで足場の悪い山の中に入っていくのは自殺行為と表現しても過言ではない。

 

 頭の良いあの子がそれを自覚しないわけがない。でも、万が一そうだったとしたら、僕も山の中へ入らなくてはいけないのだろうか。

 

 

 

「あ」

 

 

 

 そんなことを思っている時、先ほど使った調理場の方にひとつの明かりを見つけた。まだ距離はあるため姿は見えないけれど、懐中電灯の光が足元に向けられているのだけはわかった。

 

 その明かりの方へと近づいて行く。そうして距離が十五メートルほどになったとき、僕が持つスマートフォンの光は綺麗な黒髪を照らしてくれた。

 

 でも彼女は僕の存在に気づいていない。足元に目線を落としながらきょろきょろと何かを探しているように見えた。多分、それは間違いじゃない。ダイヤさんは何かを探しにきたのだ、と彼女の姿を見て理解した。

 

 息を吸って、彼女の方へ近づきながら名前を呼んだ。

 

 

 

 

「ダイヤさん」

 

「───ぴぎっ!?」

 

「ぴぎ?」

 

 

 

 声をかけた直後、ダイヤさんはその場で身体を浮かせてよくわからない高い声を上げた。

 

 彼女はすぐに僕の方を振り返り、懐中電灯の光を当ててくる。眩しい。暗闇に慣れてしまった目にはきつい明かりで、少しだけ痛みを感じた。

 

 

 

「だ、誰ですのっ?」

 

「あ、僕だよ。夕陽だよ」

 

「え…………?」

 

 

 

 顔に懐中電灯の光に当てられたまま答える。するとダイヤさんは明りを再び足元に落として数メートル前にいる僕の顔を見つめてきた。

 

 数秒の()。闇の向こうにはジャージ姿の女子生徒が立っている。彼女の目はこちらへと向けられていて、声もないままじーっと見つめられた。

 

 

 

「夕陽、さん?」

 

「うん。こんな所で奇遇だね」

 

 

 

 なんて、偶然会ったかのように言ったが当然そんなことはない。彼女を追いかけてきたことを悟られたくなくて、咄嗟に嘘を吐いてしまった。

 

 

 

「はぁ……驚かせないでください」

 

「ご、ごめん。ビックリさせたつもりはないんだけど」

 

 

 

 この暗闇で急に声をかけられた誰でも驚くよね、と思いながらダイヤさんに頭を下げる。

 

 

 

「こんな所で何をしていますの、あなたは」

 

 

 

 そんなことをダイヤさんに問われる。それを聞きたいのは僕の方だった。けど、先に問われたのならば順番として僕から答えなくてはいけない。

 

 でも、少し悩んだ。ここで素直に答えていいものかどうか。誤魔化すこともできるけれど、それをしていいのかを含めて考えた。

 

 ダイヤさんは呆れたような顔をしてこちらへと近づいてくる。

 

 

 

「えっと」

 

 

 

 彼女は目の前で立ち止まった。訝しみの目線が僕の両眼へ注がれる。

 

 暗闇に隠れる深碧の瞳。その目を見つめていたら誤魔化しはきかない、と思い知らされた。それに、ここで何を言っても結局は嘘になることは明白だった。

 

 なら、やっぱり僕が選ばなくてはならないのはひとつしかなかった。

 

 

 

「…………ダイヤさんが出て行くのを見たから」

 

 

 

 小さな声で訳を話す。彼女が外に行って僕が追いかける筋合いがないのはわかっている。

 

 僕の言葉を聞いて不思議そうに首を傾げるダイヤさん。夜の深い闇に隠れているというのに、彼女の黒髪は恐ろしいほどの美しさを放っていた。

 

 

 

「私が?」

 

「うん」

 

 

 

 わからないのも当然だ。ダイヤさんが出て行くのを見たから、僕はついてきた。これ以上の説明はできない。

 

 本当の理由は、まだ口に出すことはできない。

 

 

 

「……よくわかりませんが、何をしにきたのです?」

 

「それは僕からも訊きたい。ダイヤさんは何をしてるの?」

 

 

 

 今度は質問に答えず質問を返す。すると彼女は口を噤み、僕の目を見つめてくる。

 

 生き物の鳴き声が聞こえた。それは森の中から。僕にはその声が生き物ではなく、森自身が鳴いているみたいに感じた。まるで夜の森の近くにいる僕らを、そこから遠ざけるかように。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 ダイヤさんは答えない。ただ僕に目を向けるだけ。僕も彼女の目を見つめるだけ。

 

 こんな夜更けの誰もいない場所で、こんな美しい女の子と見つめ合っている。

 

 ただその言葉だけを切り取ると、それはあまりにも綺麗すぎる神秘的な表現に思えた。もし僕が小説家なら、この瞬間を文字にして誰かに読んでもらいたいと思うほどに()()だと感じる時間だった。

 

 

 

「ダイヤさん?」

 

「………………ですわ」

 

「え?」

 

 

 

 細やかな声で彼女は何かを言った。僕が問い掛けるのと同時に目線を左斜め下に下げながら、こうしている自分を恥じるような表情を浮かべて。

 

 こんなに静かな空間で、手を伸ばせば届くくらいの距離で聞こえなかった。もしかしたら彼女は言葉を放ってなかったんじゃないかと疑いをかけてしまうほど、小さな声だった。

 

 訊き返すと、ダイヤさんは視線をもう一度こちらに向けた。そして、今度の声は夜の静寂を切り裂きながら僕の耳へと届いてくれた。

 

 

 

「大切なものを、落としてしまったのですわ」

 

 

 

 彼女の目にはいつもの鋭さがない。不安げで、何かを後悔している顔と表現すれば正しい。

 

 

 

「大切なもの?」

 

「はい」

 

 

 

 復唱に頷きながら答えてくれる。それを見てから、僕は再度質問を投げた。

 

 

 

「それは、どんなものなの?」

 

「……あなたに教えるようなものでもないですわ」

 

 

 

 ダイヤさんはそう言ったけれど、聞いてしまったのなら仕方ない。こんな時間に一人で探しに来なければいけないものなら、本当に大切なのだろうから。

 

 しかも、それをしているのは黒澤ダイヤという誰よりも真面目な生徒会長。どれだけ彼女がその落とし物を大切にしているのかは、そこから想像できる。

 

 

 

「教えてよ。僕も探すの手伝うから」

 

「え?」

 

「どんなものかわからなかったら、探せないでしょ? だから、教えてほしい」

 

 

 

 考える間もなくそう答えた。するとダイヤさんは目を丸くしてこちらを見てくる。そんな表情もできるんだな、と思いながら僕も彼女を見つめ返した。

 

 浅い沈黙。僕と一人の女の子の間に流れる静寂は、森の方から吹いてきた夜風が何処かへ運んで行く。もしかしたらそのまま森の動物たちと一緒に眠りに就くのかもしれないな、なんて、気の利かない童話作家が考えそうな妄想を頭の中で浮かべた。

 

 

 

「赤の、巾着袋」

 

「どれくらいの大きさ?」

 

「ちょうど手のひらに乗るくらいの大きさですわ」

 

 

 

 ダイヤさんは言いながら手のひらを差し出して、探し物のサイズを教えてくれる。それは思ったよりも小さなものらしかった。

 

 赤の巾着袋。頭の中で反芻し、すぐにインプットする。大きくないものだから、視界が暗闇に包まれる今、それを探し出すのは難しいかもしれない。でも、そうは言っていられない。

 

 彼女が大切に想うものなら、僕が探し出すのを手伝わない理由はない。

 

 

 

「わかった。探してみよう」

 

「この辺りで落としたのは間違いないのです。すぐに見つけられると思ったのですが」

 

 

 

 そう言って、彼女は手に持った懐中電灯を足元に向けた。地面には背の低い雑草が生えており、小さいものが隠れてしまうのもわかった。この中で一人で見つけるのは相当困難だろう。

 

 

 

「二人なら見つかるよ、きっと」

 

「……申し訳ありません」

 

「いいよ。僕も気まぐれでついてきただけだから」

 

「あなたがそう言うのなら、手伝っていただきますわ」

 

「そうしてほしい。僕もそうしたいから」

 

 

 

 笑顔を浮かべながら素直な気持ちを打ち明けると、ダイヤさんは僕から目を背けるように後ろを振り返った。

 

 照れているのかな、と彼女の美しい黒髪を見つめながら思った。邪なものを排除したストレートな言葉に、ダイヤさんは弱いということに気づいた。

 

 

 

「……では、お願いしますわ」

 

「了解。あ、何かあったらこの鈴を鳴らしてよ」

 

 

 

 そう言って僕はダイヤさんに持っていた熊避けの鈴を渡す。気休めくらいにしかならないだろうけど、持っていないよりは心強いだろうから。

 

 ダイヤさんは僕から鈴を受け取って、それをポケットに入れた。

 

 

 

「必要ないとは思いますが、一応受け取っておきますわ」

 

「うん。だから、あんまり遠くまではいかないでね」

 

「わかっています。夕陽さんも…………」

 

「ん?」

 

「ゆ、夕陽さんも、気をつけてください」

 

 

 

 僕に背を向けたまま、ダイヤさんはそう言った。少しだけ、心臓が拍動を強くしたのを自覚した。

 

 

 

「うん。心配してくれてありがと」

 

「…………」

 

「やっぱり、ダイヤさんは優しいね」

 

 

 

 僕の言葉に、それ以上の返事は返ってこなかった。

 

 ただ、森の奥から何かの鳴き声が、細やかに聞こえるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく、夜ご飯を作った調理場周辺を二人で手分けして赤い巾着袋を探した。でも、探しているものは見つからない。ライト機能を使い続けているからか、右手に持つスマートフォンが熱を帯びていた。

 

 

 

「…………ない」

 

 

 

 一人で呟く。今日一日、姿勢を低くすることが多かったからか、腰が悲鳴を上げ始めていた。普段運動をしないのも理由に挙げられるかもしれない。信吾のように毎日バカみたいに走ってる人はこんな山を登ったくらいじゃ疲れたりしないんだろうな、と暗闇を歩きながら思ってみたりする。

 

 一緒に探してはいるが、ダイヤさんとは言葉を交わしていない。そんな雰囲気でもなかったし、何より彼女は本当に落とし物をしてしまったことに後悔の念を抱いているようだったから。

 

 あの子がそこまでして探すものって、どんなものなんだろう。もしかして、大切な人からもらったものなのかもしれない。大切なものって自分でも言っていたし、その線である確率は高い。

 

 じゃあ、大切な人って誰かな、と考えて真っ先に浮かんできたのは僕以外の男の人の存在だった。あんなに綺麗な女の子にそう言う存在がいないのもおかしい。僕がそうであったように、あの子に惹かれてしまう人はきっとそこら中にいる。多分、十人に訊いたら十人が綺麗、と答えるその美貌。そんな女の子を、世界が放っておくわけがない。

 

 

 

「…………何を考えてるんだ、僕は」

 

 

 

 ダイヤさんに言われた赤い巾着袋を探しながら、変なことを考えてしまった。あの子に彼氏がいようがいなかろうが僕には関係ない。……なくはないか。いたら落ち込むし、いなかったら少しテンションが上がるかもしれない。

 

 いずれにせよ、あの子が大切に想うものは大切な人からもらったものだという仮説は正しいと思う。そうじゃなかったらここまでして探しに来たりしないだろう。

 

 あの子にそこまで想われる人って、どんな人なのかな。きっと何の取り得もない僕なんかと違って素敵な人に違いない。それを思ったら心が凹んだ。勝手に考えて勝手に落ち込むこの性格は早くどうにかしたい。このまま大人になったら苦労をするのは、目に見えるようにわかる。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 考え事をしながら、ダイヤさんの大切なものを探した。近くに彼女がいるのは足音や息遣いでわかる。周囲は森に囲まれ、人気もないし明かりもない。

 

 こんな所で気になっている女の子と二人でいるという状況が、幸せな時間に思えた。誰かに言ったら気持ち悪がられるかもしれないけど、心はそう感じている。

 

 十七年生きてきたけど、こんな気持ちになるのは初めてだった。誰かを好きになる、ということを知らないわけじゃない。けれど、あの子を想っている時はなぜか今までのあの感情が嘘だったんじゃないかと思えてくる。

 

 それくらい、僕はダイヤさんに惹かれてしまっているということなのか。答えはまだ知らない。いつか知るときが来ればいいな、と思いながら目線を足元の雑草の中へと向けた。

 

 山の夜の風は冷たい。季節や暦には春が訪れていてもまだ冬がどこかに隠れているような空気がそこら中に流れている。

 

 息を吸えばひんやりとした新鮮な空気が肺に満たされ、吐くと白い靄が夜の暗闇に舞い上がり、すぐに消えて行った。

 

 耳を澄ませると鳥の声のような音が聞こえた。多分、梟の鳴き声だろう。日常生活ではあまり聞く機会のないものだから、こういうのも悪くないと思える。

 

 そんなときだった。

 

 

 

「───え?」

 

 

 

 何処からともなく、海の音が聞こえた。一瞬、自分が何処にいるのかを見失った。

 

 地面に向けていた視線を上げ、周囲に立ち並ぶ背の高い山の木々に目を向ける。それで自分が山にいることを再確認した。

 

 僕は今、山にいる。それは自問しなくても明らかなこと。世界中の誰に訊いたって僕が山の中にいると答えてくれる。それくらい明白なこと。

 

 なのに、僕は()()()を聞いた。海の近くに住んでいるからわかる。天気が悪い時、波が高い時、海は特有の唸り声のような音を僕らに聞かせてくれる。

 

 その音がたしかに聞こえた。なぜかはわからない。でも僕の両耳はその音を拾い上げた。山の中で海など何処にもないというのに、同じ音を聞いたんだ。

 

 そうか、と思う。このあいだ読んだ小説の中に、同じことが書いてあった。山の中では海と同じ音が響くときがある。山に住んでいる人は海に訪れたときそれを訝しみ、逆に海の近くに住んでいる人は山に来たときに海の音が聞こえることをおかしく思う、と。

 

 これが、あの小説に書いてあった音なのか。あまりにも似すぎていて、一人で笑ってしまった。全然違う場所なのに、どうしてあんな音が鳴るんだろう、と不思議に思ったりもした。

 

 全ては繋がっている。この言葉が急に頭の中に浮かび上がった。誰の言葉かは忘れた。“人生で起こる出来事は全て繋がっているのだ”という言葉だけが、頭の中を堂々巡りしていた。

 

 

 

「………………あれ?」

 

 

 

 そんなことを思っていたら、いつの間にか自分が一人になっていることに気づいた。近くにいたはずのダイヤさんがいなくなっている。辺りを見渡しても、あるはずの懐中電灯の光が見えなかった。

 

 僕が立っている場所はさっきからほとんど変わっていない。森の音に気を取られて、探し物をすることを少しの間止めていたのだから当然だ。けれど、あの音に気を取られすぎてダイヤさんの存在を見失ってしまった。

 

 どこにいるんだ、とスマートフォンのライトを地面ではなく周囲三百六十度に向けてみる。でも、あの子の姿は見つけられない。それどころか気配すらもなくなっていた。

 

 あるのは夜の静寂。暗闇に包まれた山の中には、僕が向ける光だけが存在していた。

 

 途端に胸騒ぎがした。こんなことを思うのは不謹慎かもしれない。それでも、思わずにはいられなかった。

 

 

 

「ダイヤさん?」

 

 

 

 少し大きな声で彼女の名前を呼ぶ。返事はない。代わりに森の方から冷たい風が吹いて、僕の前髪を揺らしていった。

 

 どこに行ったのだろう。さっきまですぐそこにいたはずなのに、最初から誰もいなかったかのように周囲の雰囲気は僕のことを見つめている。

 

 なぜお前はここにいるんだ? と暗闇は問い掛けてくる。決まっている。一人の女の子が失くしたものを探すためだ。僕は心の中でそう答えた。

 

 なら、その子はどこにいる? その問い掛けには、どうしても答えることができなかった。

 

 

 

「ダイヤさんっ」

 

 

 

 もっと大きな声で名前を呼ぶ。やはり、返ってくる声はない。物音も、足音も、気配さえも春の夜に隠れてしまっていた。

 

 時間が経つにつれて胸騒ぎが大きくなってくる。まさか、一人であの森の中へと入って行ったんじゃないだろうな。

 

 それはマズい。この宿泊施設周辺ならまだしも、この暗さであの山の中へ女の子一人が入っていくなど、どう考えても危険すぎる。

 

 なんで目を離してしまったんだ、と責める必要のない自分を責めた。探し物を見つけようとしていたのに、本当に見失ってはいけないものを見失ってしまった。

 

 早足で初めに探していた場所まで戻る。そこから周囲を見渡すけれど、そこにはやはり誰もいない。首筋に一筋の汗が流れるのがわかった。

 

 

 

「どこだ」

 

 

 

 胸騒ぎが止まらない。これで彼女が森の中で迷子になってしまったのなら、僕一人で手に負える問題ではなくなる。先生を呼んで、それからその他の関係する大人たちにも迷惑をかけてしまう。

 

 思考はそんなことばかりを浮かび上がらせる。そうなる前に見つけなくては、と逸る心に言い聞かせて、また別の場所に向けて走り出した。

 

 

 

「ダイヤさ───」

 

 

 

 そうしてもう一度名前を呼ぼうとしたとき、視界の隅にあるものが映った。

 

 一匹のリス。体長約十センチほどの影が、僕の前を通り抜けていった。

 

 駆け出していた足を止めてその方向へと目を向ける。なぜその小動物が気になったのか。生まれて初めて見る野生のリスだから気になった。それもある。けれど、そのリスに他の何かを感じた。“全ては繋がっている”。この言葉が、頭の中に深く刻み込まれていた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 駆け足でリスが走り抜けて行った方向へと向かう。そこは、先ほど僕とダイヤさんが二人で飯盒を炊いた釜土の付近。

 

 雑草が一部分だけ剥げている。そこに、明らかに不自然なものがひとつ落ちていた。

 

 

 

「…………これ」

 

 

 

 ライトでそこに落ちているものを照らす。手のひらに乗る程度の巾着袋、とあの子は僕に向かってそう言った。まさにその言葉と同じものが地面の上に置いてあった。

 

 しゃがんで巾着袋を拾い上げる。赤い布地に色とりどりの小さな花模様、口を止める紐。間違いない。これがダイヤさんが言っていたものだ。

 

 さっきここで一緒にご飯を炊いている時に落としてしまったのか。本当に小さいものだから、落としても気づかないのは仕方ないと思った。

 

 握り締めてみると、中には何か硬いものが入っているのがわかった。何かはわからない。でも、ダイヤさんが大事にしているのは巾着袋ではなく、この中に入っているものということだけは理解出来た。

 

 中を開けて見てもいいだろうか、と思う。あの子がそこまで大切にするものを見てみたいと思わない方が難しかった。巾着袋は紐を緩めればすぐに開く。そうすれば中身を確認することができる。

 

 立ち尽くしながら数秒間悩んだ。勝手に見てしまっても、あの子は怒らないか。そもそも誰も見ていないのだから、見ても罪には問われないんじゃないか。

 

 

 

「…………っ」

 

 

 

 唾を飲んで、その巾着袋を開けることに決めた。もし、見てはいけないものが入っていたとしたら素直に謝ろう。いや、見なかったことにしよう。そうすればあの子は疑問には思わないはずだから。

 

 閉まっている口を両手で持って、巾着袋を開こうとした。

 

 そして、その中に入っているものを見る。

 

 

 

「──────!」

 

 

 

 はずだった。

 

 





次話/黒澤ダイヤは許せない
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