生徒会長は砕けない   作:雨魂

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第二章/青春ダイヤモンド
初夏に吹く透明な風


 

 

 

 

 

 Monologue/

 

 

 

 

 

 

 むかしむかしあるところに、宝石の名前を持つ一人のお姫さまが居ました。

 

 お姫さまはその名の通り美しく、可憐で、たくさんの人々から愛される存在でした。

 

 誰よりも綺麗である事。そして、穢れのない生き方をする事。

 

 それが、お姫さまに与えられた使命でした。

 

 お姫さまは使命に背く事なく生き、宝石のように硬い意志を持って穏やかな毎日を過ごしていました。

 

 

 

 ですがある時、お姫さまが住む城に一人の魔女が訪れます。

 

 誰にも解く事が出来ない呪いをかける事で有名な悪い魔女。

 

 その魔女は宝石の名前を持つお姫さまを追い詰め、言いました。

 

 

 「誰よりも美しく硬いお前は、宝石そのものだ」と。

 

 

 そして、お姫さまは魔女にある魔法をかけられてしまいます。

 

 かかったものは全身を透明な宝石で覆われ、深い眠りに就いてしまう魔法。

 

 

 

 「この魔法を解く事は出来ない。もし、砕く事が出来たなら、その者は本当の勇者であろう」

 

 

 

 最後にそう言い残し、魔女は笑いながら姿を消しました。

 

 残されたのは美しい宝石に全身を包まれてしまったお姫さま。

 

 どんなに硬い何かで叩いても、その宝石は割れません。

 

 どんなに声をかけても、宝石の中で眠るお姫さまは目を覚ましません。

 

 従者はすぐに国に住む力自慢達を探し、城に連れて来ました。

 

 そして、ある条件をその者達に言いました。

 

 

 

 「この宝石を砕く事が出来たのなら、その者にはお姫さまと結婚する権利を与える」と。

 

 

 

 誰よりも美しい美貌を持つお姫さまと結婚できる権利。

 

 その条件よりも甘い条件はこの国に住む男性には存在しません。

 

 男達は躍起になり、お姫さまを包む宝石を壊そうとしました。

 

 ですが、どれだけやっても宝石には傷一つ付きません。

 

 お姫さまはいつまでも、その中で眠ったままでした。

 

 行くら叩いても砕けない魔法の宝石。

 

 男達はすぐに「こんなものを壊せるわけがない」と言って、全員が匙を投げました。

 

 

 

 

 そんな時、偶然国に訪れた一人の旅人が城にやってきました。

 

 その青年は身体も小さく、どう見ても屈強な男達と比べてひ弱な見かけをしていました。

 

 そこに居る誰もが期待せずに旅人の青年を見守ります。

 

 ですが、彼はいとも容易くお姫さまを包み込んでいた宝石を砕き壊しました。

 

 城にいた誰もが目を見張り、その青年を見つめました。

 

 方法は誰にも分かりません。でも本当に簡単に、青年は誰にも壊せなかった宝石を砕いたのです。

 

 魔女が言ったのは、この宝石を壊せる者が本当の勇者である、という言葉。

 

 宝石を砕いた名も知らぬ旅人の青年はお姫さまと結婚する権利を得て、魔女の言う通りの勇者になりました。

 

 それからすぐに魔法をかけられていたお姫さまは目を覚まし、旅人の青年は美しいお姫さまに言いました。

 

 

 

 「僕に砕けないものはありません」

 

 

 

 その言葉を聞いたお姫さまは旅人に言います。

 

 

 

 「そのようですわね。ありがとう、名前も知らない勇者さま」

 

 

 

 青年は首を振り、また言います。

 

 

 

 「いや。やはりひとつだけ、砕けないものがありました」

 

 

 

 お姫さまは首を傾げます。青年は言葉を続けました。

 

 

 

 「それは、貴女の心です。貴女の心だけは砕けませんでした」

 

 

 

 そう言って、旅人の青年は城を後にしようとしました。

 

 ですが、お姫さまは彼を呼び止めます。

 

 そして、こう言いました。

 

 

 

 「いいえ。それはもう、砕けていますわ」、と。

 

 

 

 それから二人は恋人になり、やがて月日が流れて結婚し、その平和な国で幸せに暮らしましたとさ。

 

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

 ─────たまには、こんなおとぎ話を読んでもいいですよね。

 

 

 

 

 短いお話だから、あなたも聞いてくれると思いました。○はこのおとぎ話が大好きなんです。

 

 優しい青年と宝石に包まれたお姫さまのお話。青年がどうやってあの魔法を解いたのかは、○にも分かりません。あなたには分かりますか? 知っていたら、ぜひ教えてください。

 

 ああ、そうですね。ちょっと休みすぎたかもしれません。そろそろあの物語の続きを読みましょう。

 

 これから読むのは○の大切な人と大好きな人のお話。その第二章です。

 

 今度は少しだけ、優しい物語。あなたが気に入ってくれたら○は嬉しいです。

 

 疲れてしまったらすぐに言ってください。また少し休んでから続きを読みましょう。

 

 時間がかかっても最後まで読んでほしいから。だから、○はいつでもここで待っています。

 

 準備はいいですか? じゃあ、始めましょう。

 

 

「これは、小さな祈りの物語」

 

 

 ようやく硬い心を開いた一人の生徒会長と、彼女に寄り添い続ける優しい少年の、一夏の物語。

 

 

 

 

 

 

 Monologue/end

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 季節は過ぎ、時は春から夏へと変わり始めた頃の事。いつもと変わらない時間に起床し、同じ朝の流れで一日をスタートした。

 

 まだ暦は六月。だというのに気温は高く、空気も何処か湿り気を帯びているように感じる今日この頃。普段はもっぱらインドアなので暑いのと湿気が多いこの気候は大嫌い。信吾のように外で生きる事しか出来ない人間には一生かかっても追いつけないと思う。

 

 今日は初夏の晴れ間が高い空から覗いていた。梅雨時期とあって日照時間も比較的少ない中、こんな風に気持ちよく晴れてくれると心も晴れるというもの。雨が降ると何故かテンションが上がる親友の事は気にしないでもいいか。どうせ今日も学校で会うし。

 

 

 

「花丸。境内の掃除は終わった?」

 

「ずらっ。今日もしっかりピカピカにしてきたずら」

 

「そっか。きっと仏さまも喜んでると思うよ。良い事が起きるかもね」

 

「えへへ。そうならいいずら~」

 

 

 

 朝の日課であるお寺の掃除を終え、茶の間に入ってきた制服姿の花丸と話をする。ちなみに僕の今日の担当は門の前の清掃だった。予定よりも数分早く掃除を切り上げて、それから朝ご飯の準備を始め、今に至る。

 

 下宿させてもらっている身だからこそ、家事の手伝いは積極的にしなくてはならない。もともとこういう掃除とか洗濯みたいな作業は嫌いじゃないからよかった。それを親戚に言うと『夕陽にはお坊さんの血が流れているからだよ』と月並みな理由を毎回説明される。間違いではないのだろうけど、それだけの理由でいいのかとツッコミを入れたくもなる。

 

 

 

「朝ご飯の準備、もう少しで終わるからね」

 

「うん、ありがと。おお、今日の朝は美味しそうな鮭ずらね」

 

 

 

 お腹を空かせた花丸の目がキラキラと輝いてる。身体が小さい割によく食べるのが彼女の生態。多分、僕の1.5倍くらいは食べる。結構本気で。僕が小食だからという事を加味しても花丸は大食だ。大好きな読書も三度の飯を越える事はない、と彼女は昔から胸を張って豪語していた。

 

 それなのに、高校一年生離れしたそのスタイルを保っているのはちょっと反則なんじゃないだろうか、と常々思う。たまに薄着の寝間着姿を見ると一気に眠気が覚めるのは僕だけの秘密。もしかしたら食べた栄養がある部分にしか行ってないのでは、と従兄として不安になったりならなかったり。いや、花丸も立派な女の子になったんだなと安心する時もあるよ、ちゃんと。特に胸を───静まれ、僕の煩悩。お寺で邪な事を考えてはいけない。仏さまから恐ろしい天罰を受けるかもしれないから自重しなくては。

 

 

 

「手を洗ってきたら一緒に食べようか」

 

「ずら。待っててね、ユウくん」

 

 

 

 パタパタと台所に向かう花丸の背中を眺めてから、朝ご飯の準備を再開する。

 

 最近、心が穏やかなのは自分にとっても良い兆候だと思っている。その理由もちゃんとわかってるから、別段不思議ではない。二カ月前まではあれほど億劫だった通学が、今では何の足枷もなく普通に出来ている。それはきっと、僕自身が変わったからではない。周りにある環境が感覚に適応してくれたから、自然な気持ちでいられるだけ。

 

 湯気が立つ赤味噌のお味噌汁を茶の間に運びながら、そんな事を思う。今日も良い日になればいい、そう思うと少しだけ心が躍る感じがした。踊り方を忘れていた筈の僕の心は、ようやく正しい動き方を思い出してくれた。不器用ながらも踊る心は、まだ見ぬ今日の一日にたしかな期待を抱いてくれている。

 

 

 

「ユウくんお待たせ~」

 

「うん。なら早く食べよう」

 

「ずら。準備ありがとね」

 

「ふふ、どういたしまして」

 

 

 

 そうやって、僕と花丸は食卓を挟んで向かい合って座る。穏やかな初夏の空気が流れる茶の間は、居るだけで落ち着く感じがする。いや、このお寺全体にそんな空気が流れていると言っても過言ではない。ここにある全てのものは僕の心を落ち着かせてくれる。もちろん、向かいに座る飴色の従妹も然り。僕も早くその一員になりたい。なんて、おかしな事を思ったりした。

 

 それから手を合わせ、二人でいただきますをしてから朝ご飯を食べ始める。自慢じゃないが僕も花丸も早起きが得意。まだ急ぐような時間ではないので、ゆっくりとした朝の穏やかなひと時を味わっていこう。

 

 箸を進めながら、向かいに座る飴色の従妹をぼんやりと眺める。そうしていると彼女も僕の方を見てきた。どうかしたのかな、と訊ねようとした時、僕よりも先に花丸が口を開いた。

 

 

 

「ユウくん、最近楽しそうずら」

 

「え? そうかな」

 

「ずら。マルは笑ってるユウくんの方が好きずら」

 

 

 

 頬っぺたに白いお米の粒を付けた花丸が笑顔で言ってくる。そんな姿を見て少し癒されながら、僕は自分の顔に手を触れてみた。

 

 変わってるところなんて自分ではわからない。でも、いつも一緒に居るこの子がそう言ってくれるのなら、本当に楽しそうにしているんだろう。

 

 

 

「それなら、よかったよ」

 

「やっと新しい学校にも慣れたずら?」

 

「うん。そうかも知れないね」

 

 

 

 そう言ってから白菜の漬物を口に入れる。それを咀嚼して、花丸が言ってくれた言葉と一緒に飲み込んだ。

 

 花丸の言う通り、僕はようやくあの学校に慣れた。学校だけではない、共に学校生活を送るクラスメイト。そしてこの内浦という街にも慣れてきた気がする。

 

 環境に適応すれば心に余裕が生まれるのは自明の理。僕だけではなく、僕らのクラスに居る男子生徒全員も同じような感覚になっていると確信していた。

 

 僕達男子は女子生徒達と打ち解けることに成功した。特に林間学校が終わった後から、その傾向が顕著に見受けられた。あれから僕らはようやく、あの耐え難い息苦しさから解放されたのだった。

 

 でも、気持ちが落ち着いているのはそれだけが原因じゃない。もっと大きな何かを成し遂げたからこそ、僕は今、自然に笑えている。

 

 

 

「よかったずら。四月の頃のユウくんは、ちょっぴり元気がないように見えたから」

 

「ああ、それは間違いじゃないよ。ほんとに元気は出なかったし」

 

「でも、今はいつものユウくんずら。元気なユウくんを見てるとマルも嬉しいずら」

 

 

 

 なんて、僕の方が嬉しくなるコメントをくれる花丸。口には出さないでいてくれたけど、心の中では心配してくれていた優しい従妹に感謝したくなった。

 

 

 

「ありがと、花丸」

 

「えへへ。どういたしまして、ずら」

 

 

 

 帰りに松月のみかんどら焼きを買って来なきゃ、と頭の片隅にメモをする。嬉しい事を言われると嬉しい事を返したくなる性分なので、今回もしっかり返さなくちゃ。

 

 今は本当に楽しい毎日を送れている。たしかに、統合が決まる前に過ごしていた男子校生活も恋しくなる時はあるけれど、近くに女の子の存在があるこの生活も悪くないと思える。一度慣れてしまえばなんて事ない生活だった。四月の頃の僕は多分、同い年の女の子に勝手な幻想を押し付けていただけだったのだろう。

 

 女の子は自分とは違う生き物。中高と男子校に居たからか、そんな固定概念を押し付けてしまっていた。でもそんな事はなかった。あの学校に居る女の子達は、みんな僕らと変わらない普通の高校生。何もおかしなところはない。最近になって、ようやくそんな簡単な事に気づけたのだった。

 

 

 

「ユウくん、好きな人は出来たずら?」

 

「ぶふっ───!?」

 

 

 

 しれっと花丸がとんでもない事を訊いてきた。啜っていた味噌汁を盛大に吹いてしまい、ついでに気管の中にも入り込んでしまって咳が止まらない。急にどうしたんだ。一体何処からそんな話題が出てきたのだろう。

 

 気管支の中を探検し始めた味噌汁を咳で呼び戻す。何度か繰り返していたらすんなりと帰って来てくれた。君達が行く場所はそっちじゃない。黙って食道の方へ行ってくれ。

 

 花丸は僕の焦り具合を見ても『ずら?』と首を傾げるだけ。なんでそんなに平然としていられるのだろう。一人で焦っている僕がバカみたいだ。

 

 

 

「な、何を言い出すの、花丸」

 

「ユウくんは優しいから、女の子に人気があると思ったずら」

 

 

 

 なるほど。だが何故いきなりそんな話が出てくる。もしかして、花丸に彼氏が出来たのか? 誰だそんな輩は。もし、そんな奴が居るのなら僕が直々に一年生の教室まで赴いて個人面談をしてやる。そして納得するまで帰さない。この子の彼氏になる男は信吾のような奴しか認めないぞ。

 

 

 

「いやいや。だからってそんな話にはならないでしょ」

 

「でも、最近学校でユウくんを見かけると、いつも綺麗な女の人と居るずら」

 

「………………」

 

「だから、あの中の誰かが好きなのかなーって思ったずら」

 

 

 

 花丸は微笑みながらそう言ってくる。理由はそれか。何故このタイミングでそれを持ち出したのかは謎のままだが、とりあえず今は置いておこう。

 

 いつも一緒に居る綺麗な女の人。そう言われて思い浮かべるのはあの三人。正確には信吾も含まれる。信吾も顔だけは美少女だけど、それは一旦置いておこう。

 

 花丸の言う通り、最近はあの三人と信吾、そして僕。この五人でいる事が多い気がする。林間学校の班が同じだった事もあり、あれからは大体そのグループで行動しているのは僕だって自覚はしてる。

 

 だが、その中の誰かが好きという話にはつながらないと思う。それは、僕がおかしいのだろうか。恋愛に疎い僕にはそんな事すら考えられなかった。

 

 

 

「ち、ちがうよ。そんなんじゃない」

 

「そうずらか。残念ずら」

 

「なら、花丸は居るの? 好きな人」

 

「うん。居るよ?」

 

 

 

 ─────手に持っていた箸が、食卓の上に落ちる。一瞬、自分が今ここで何をしているかを本気で見失ってしまった。

 

 何、だと。仕返しをするつもりで冗談で訊いたのに、まさかそんな答えが返ってくるとは一ミリも予想してなかった。いったい何処のどいつだ、花丸の貞操を乱そうとする奴は。今日にでもレスリング部の連中を連れて一年の教室に向かうべきだろうか。でも、信吾みたいな超美少年とかだったら困るな。平凡な僕の話なんて聞いてくれないかもしれない。悲しい。

 

 

 

「………………っ」

 

「? ユウくん、どうして泣いてるずら?」

 

「ああ、いや。気にしないでいいよ」

 

 

 

 自分の愛する娘が嫁に行ってしまう感覚、って言うのはこんな感じなんだろうか。つらい。すごくつらい。あまりのショックの大きさに、三日三晩部屋に閉じ籠れる無駄な自信が噴水のように湧き出てきた。

 

 花丸に気づかれないように涙を流していると向かいからえへへ、といつもの笑い声が聞こえてくる。

 

 

 

「まぁ、うそずら」

 

 

 

 安堵の息を吐く。それはもう、身体中にある酸素が全て抜けて行ったと言っても過言ではないくらい、大きな息だった。花丸はいつの間に僕を不安に貶める高度なテクニックを手に入れたのだろうか。うっかり内浦の海に身投げする計画を企てるところだった。

 

 

 

「そ、そうなんだ。もう、ビックリさせないでよ」

 

「ふふ、ごめんね。ユウくんを見てたら冗談を言いたくなったずら」

 

 

 

 そう言って顔を綻ばせる花丸。たしかに、高校生ともなればこの子の魅力に気づかない方が難しい。本当の彼氏が出来るのも時間の問題、か。悲しいけど従兄としてちゃんと応援してあげなくては。花丸だっていつまでも子供じゃないんだし、恋人が居たってなんらおかしくない年頃なんだから。…………ろくな輩だったらただじゃ置かないけどな。おっと、つい本音が心の中で漏れ出してしまった。気を付けよう。

 

 

 ほのぼのと、そんな話をしながら二人で朝食を食べる何気ない朝。何の変哲もない一日が始まる事が決まっているだけの、穏やかな時間。

 

 たしか今日は、放課後に体育祭の話し合いをするって言ってたな。言うまでもなく、統合してから初めて行う体育祭。どんなものになるのかは僕には想像できない。信吾と果南さんは体育祭の話が出た時点でだいぶ興奮していた。鞠莉さんに『鼻息がベリーハードッ!』と言わしめるくらいテンションが上がってた。あの二人は運動が好きなので、仕方ないと言えば仕方ないのだろうけど。

 

 

 

「ずら?」

 

「あれ、誰だろう。こんな朝早くから」

 

 

 

 そうして朝ご飯を食べていると突然インターホンが鳴り、花丸と二人で目を合わせて首を傾げる。月曜日の朝早くから来客とはなかなかめずらしい。この家には今は僕らしかいない。となれば僕らが出るしかないのか。

 

 

 

「マルが出てくるね」

 

「うん。ごめんね、花丸」

 

「いいずら。変な人だったらすぐにユウくんを呼ぶから」

 

 

 

 箸を置き、立ち上がる花丸。家人である彼女が出るのは当然だが、少しだけ申し訳ない。

 

 茶の間を出て行こうとする花丸を眺めている時、僕はある重要な事を思い出した。

 

 

 

「あ、花丸」

 

「ずら?」

 

「頬っぺたにご飯粒ついてるよ」

 

 

 

 危ない危ない。人様の前でそんな顔を見せたら、花丸が恥をかいてしまう。そしてそれを見た誰かは僕のように癒されてしまうかもしれない。それなら止める必要もなかったんじゃないかと思ったけど、一応指摘しておいた。

 

 花丸は顔に付いたご飯粒を取り、それをどうするか数秒間悩み、最終的にパクッと食べてから玄関に向かって行った。あそこで食べなかったら花丸じゃない。ちょっと安心してしまったくらいだった。

 

 茶の間に一人になり、小さな孤独感を感じながら残った朝食を食べる事にする。

 

 

 

「…………体育祭、か」

 

 

 

 今までは周りに男子しか居なかったから、僕の中での体育祭のイメージは決まってしまっている。とにかく男臭く、ただうるさくて女々しさの()の字もないイベント。言い方を変えると男祭り。それが僕にとっての体育祭。別に運動が得意な訳じゃないので楽しみだと思った事もない。クラスのみんなで騒ぐのは好きだから、嫌いという訳でもないけれど。

 

 今年はそこに女の子が入ってくる。でも、なんでだろう。全然想像が出来ない。あの男祭りに女の子という美しいエッセンスが加えられるイメージがどうしても出来ない。自分の想像力の無さに呆れてしまう。いや、これは多分男子校で過ごした五年間の記憶が、あの中に女子を入れるという現実を拒絶しているだけ。頼むから現実を受け入れてくれ、僕の想像力。僕はもう男子校の生徒じゃないんだ。

 

 

 

「でも」

 

 

 

 きっと楽しいんだろうな、とは思う。恐らくだけど、あの頭の悪い猿のような男達は女子の目があればさらに燃える。女の子が見ているからこそ、本気になる奴も出てくるに違いない。やばい。イメージしてたら野生の雄の動物が雌に強さをアピールするために、他の雄と戦う姿を鮮明に思い描いてしまった。ああ、何となくわかってきたぞ。自慢じゃないが僕の予想は結構当たる。女の子が入っても騒がしい体育祭になるのは決定事項という事か。まぁ、華やかになるのは良いと思う。

 

 

 

『おーい。ユウくーん』

 

「ん?」

 

 

 

 そんな事を考えていると、茶の間の外から花丸の声が聞こえてくる。どうしたんだろう。まさか、本当に変な人がやって来たんじゃないだろうな。ここはお寺なのでそんな心配もないんだろうけど、万が一という事もある。念のため身構えて向かう事にしよう。

 

 箸を置いて座っていた座布団から立ち上がり、玄関へと向かう。長い廊下の突き当たりを右に曲がった所に玄関はある。そこら中に漂うお線香の香りに気を取られながら廊下を進んだ。

 

 誰が来たのかな、と思いながら突き当りを右に曲がる。

 

 

 

 ────そしてそこで、僕の身体と思考回路は同時に機能を停止した。

 

 

 

「あ、やっと来たずら。待ってたよユウくん」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 

 どういう事だ、これは。まさか、僕は幻覚でも見ているのだろうか。もしくは目がまだ覚めていないとか。ちょっと頬を抓ってみよう。

 

 

 

「…………痛い」

 

「ずら?」

 

 

 

 夢じゃない。ならばこれは現実。だが夢よりも性質(たち)が悪く感じるのは気の所為だろうか。

 

 目線の先。具体的に言うと玄関先に、ここに居る筈のない人が立っている。何度瞬きをしても、その人はそこから居なくならない。

 

 

 

 浦の星学院の()()()()は、むすっとした顔をして僕の方を見つめている。

 

 

 

「…………おはようございます」

 

「お、おはようダイヤさん」

 

 

 

 意外にも向こうから挨拶をされ、ようやく我に返る。しかし、なんだってこんな日のこんなタイミングでこの子がここにやってくるのだろう。あまりに突飛な現実に頭がついて行かない。あ、寝癖とかついてないかな。ついてたら恥ずかしい。他の誰かに見られるのは構わないけど、この子に見られるのはちょっと憚られる。

 

 花丸はニコニコして僕の事を見ている。ちょうどさっき好きな人とかの話をしていたからか、なんだか少し居心地が悪い。背中がむず痒くなるのを自覚する。

 

 

 

「どうしたの? 何か用でもあった?」

 

「いえ。朝にこちらの方へ用があったので、何となく寄ってみただけですわ」

 

 

 

 僕が訊ねるとダイヤさんはそう答える。いつも通り淡泊な返答。だけどあからさまに目を逸らしているのは何故だ。言葉は交わしたのにまだ一度も目を合わせてない。何かやましい事でもあったのだろうか。

 

 

 

「ふーん。でも、なんだって急に」

 

「た、ただの気まぐれですわ。変な詮索はしないでください」

 

「約束もしてないのに」

 

「ですから…………」

 

 

 

 頬を少しだけ赤らめながら、ようやくダイヤさんは僕の目を見てくれた。うん、今日もいつも通りで安心した。用があって近くに来たからと言って、このお寺に寄る意味はまだちょっとわからないけど。

 

 

 

「何か用があった訳じゃないんだよね?」

 

「先ほどからそう言っているでしょう」

 

 

 

 ギロッと睨まれる。けど今ではその視線も大して怖くはない。顔が赤いから、余計にやわらかく見えてしまうのは仕方ないだろう。

 

 

 

「ごめんごめん。じゃあ、一緒に学校行こうよ。すぐに準備するから。ね、花丸」

 

「ずらっ。マルも一緒に良いですか? ダイヤさん」

 

 

 

 僕らがそう言うと、ダイヤさんは仕方ありませんわね、というような顔でこくりと頷いてくれた。自分からここに来ておいてちょっと偉そうなのも彼女らしいな、と思ったりする。

 

 彼女が本当に気まぐれでここに寄ったのだとしても、嬉しく思える。せっかくだから三人で学校に行くのも悪くない。

 

 あれ? でも何か足りないような気がする。

 

 

 

「ダイヤさん。ルビィちゃんは居ないずら?」

 

「あの子は今日も寝坊ですわ。(わたくし)も朝が早かったので起こさずに出てきました」

 

「ずら~。ルビィちゃ~ん」

 

 

 

 そういう事か。僕が感じていた違和感は花丸の方が強く感じ取っていたらしい。悲しい表情をする彼女を慰めてあげたくなった。

 

 昨夜は一緒に行くと言っていたのに、とため息を吐くダイヤさん。という事は昨日からここに来るのは決まっていたらしい。それなら連絡をくれればよかったのに。今ではお互いの連絡先だってわかってるんだから。

 

 

 

「なら少し待ってて。すぐに準備するから」

 

「ずら。上がって待っててください」

 

「いえ、私は外で待っていますわ。気を遣わせるのも申し訳ないので」

 

 

 

 なんて、真面目な事を言い出す生徒会長。らしいと言えばらしいから、別に不思議ではない。

 

 初夏の風がダイヤさんの髪を揺らす。梅雨の晴れ間から降り注ぐ太陽の光が、彼女の綺麗な黒髪をいつも以上に艶やかに魅せていた。

 

 

 

「気にしなくてもいいのに」

 

「いいから早く準備なさい。遅刻しますわよ」

 

「ふふ、まだ七時前だよ」

 

「……う、うるさいですわ。ほら、早く行きなさい」

 

 

 

 そう言ってまた睨まれてしまった。でも、今のダイヤさんには硬さは見られない。いや、周りの女の子と比べれば相当硬いけど、出会ったばかりの頃と比べたら硬度は下がってくれてる。クラスの男子の真似をするなら多分40%くらい。120%だった頃と比較すればかなり柔らかくなっている。それが素直に嬉しかった。

 

 僕と花丸は顔を見合わせて笑い合う。それから急いで登校する支度をした。ダイヤさんが退屈しないように、出来るだけ早く。

 

 今日はどんな日になるだろう。そんな事を考え、思いを馳せる。

 

 そして、初夏の爽やかな空気を吸い込みながら、僕は制服のポケットに入っている玩具の宝石をそっと握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ─────第二章 青春ダイヤモンド─────

 

 





次話/普遍の宝石
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