生徒会長は砕けない   作:雨魂

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あなたと走りたいのです

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 HR前に行われた腕相撲大会を経てからいつものように授業が始まり、僕らは何事もなくそれを消費。最後の戦いで果南さんに負けた信吾は、男子達から女装するか購買で女子生徒全員分のパンを買ってくるか、という選択を迫られていた。

 

 しかし頑なにどちらも嫌だ、と言い張った信吾。そんな言い分を頭の悪い男子達が聞くわけもなく、結局ウィッグを付けられ髪をポニーテールにされたまま泣きながら購買までパンを買いに行っていた。

 

 そんなダブルパンチを食らう彼の姿を悲しい表情で見ていた果南さんは、信吾が買ったパンを持つ手伝いに。そうして同じ髪型の男女が教室に戻ってきた瞬間、またクラスメイトのボルテージが上がったのは言うまでもない。

 

 女子達に『信吾くん可愛いね』と言われて三つ目のパンチをもらっていた信吾はしばらく一人で涙を流していたのであった。僕は鞠莉さんと一緒にちゃんと慰めたよ? ダイヤさんは似合いますわね、とか言って傷口に塩を塗ってたけど。

 

 

 

「───よーし、みんな揃ったな」

 

 

 

 そんなこんなで時は放課後。掃除を終えていつもなら生徒は部活に言ったり帰宅したりする時刻だが、今日はクラスメイト全員が教室に残っていた。

 

 教卓の上に立つのは信吾とダイヤさん、そして僕。みんなが揃ったのを確認して、信吾は教卓に手を置いてそう切り出した。

 

 

 

「では、体育祭の打ち合わせを始めますわ。夕陽さん、書記はお願いします」

 

「うん。任せて」

 

 

 

 今日は朝にダイヤさんが言っていた通り、クラスメイト全員を交えた体育祭の話し合いをする。仕切るのは男子のリーダーである信吾とクラス委員長と生徒会長を掛け持つダイヤさん。この二人が主導で話を進める事に異議のある人間はこのクラスには存在しない。むしろこの彼らがやらなければ誰がやるんだ、と言うまである。まぁやらなかったらやらなかったで果南さんと鞠莉さん辺りは率先してやりそうだけど、それは一旦置いておこう。

 

 クラスメイト全員の顔を見渡してから、前に立つ信吾は口を開く。

 

 

 

「言うまでもなく、次の体育祭はここに居る全員にとって人生最後の体育祭だ。これが終わったら次に体育祭をすんのは来世になる。言ってみりゃこれが最後のチャンスって訳だ」

 

 

 

 なんて、何とも信吾らしい言葉をみんなは黙って聞く。男子達は最初から慣れてたけど、最近は女の子達もちゃんと聞いてくれるようになった。初めの頃は全員の頭の上にクエスチョンマークが見えたからね。独特な感性を持つ彼の考えは分かるようでわからない時があるから難しいのだろう。僕は全部分かるけど。

 

 

 

「また来世でみんなと会えるかも分かんねぇし、とりあえず今回は全員で優勝を目指そうぜ」

 

 

 

 そう言って明るい笑みを浮かべる信吾。その表情に釣られるようにクラスメイト達は全員穏やかな顔になる。そんな顔を見られるのは僕も嬉しかった。横に立つダイヤさんの方を向くと彼女も満更ではないような表情をしていた。笑いたいなら素直に笑えばいいのに、と思ってみたりする。ダイヤさんはみんなが見ている所ではほとんど笑わない。まだ硬度が下がっている最中、という事で納得しておこう。

 

 

 

「フフッ。本気でやる、という事でオーケイかしら、シンゴ」

 

「ああ、そういう事だ。鞠莉の言う通り、やるからには本気でやる。終わった後に最高の体育祭だったって思うにはそれが絶対条件になる。勝ち負け以前に、全員が楽しめる体育祭にしたいってのが俺と夕陽の考えだ」

 

 

 

 そう言って信吾はこちらを見てくる。僕は一度頷いてみせた。この間、二人で帰ってる時に話したのはそんな内容だった。最後だからこそ、華々しく終わりたい。統合したばかりの僕らにとっては始まりであり、同時に終わりでもある体育祭。それを惜しまない訳にはいかない。それが、僕らの考えだった。

 

 この考えに否定的な意見を持つ人は居ないと確信している。中には冷めた生徒もいるかもしれないけど、絶対的な否定は出来ない筈。だって、この考えは間違ってはいない。正しいかどうかはわからないけれど、少なくとも的外れな方針でない事だけは胸を張って言える。

 

 

 

「泣いても笑っても、面白くてもつまんなくても、これで最後だ。だったら楽しかったって思える体育祭にしよう。それでいいよな?」

 

 

 

 信吾の言葉にクラスメイト全員が頷く。その光景を見て、彼はまたふっと笑った。

 

 本当に月並みな事かもしれない。今さら口に出すものでもないのかもしれない。けど、こうやって言葉にしなくては伝わらない。全員の思い出に残る体育祭にしたいと願うのならば、ここでクラスの気持ちをバインドさせる事が一番最初に行わなければならない事だった。一見必要と思われない微かな影響が何れ大きな何かに繋がる事を、僕らは知ってる。

 

 

 

「よし、なら俺達の目標はこれで行こう。名付けて───」

 

「「「「「名付けて?」」」」」

 

「“最後はみんなで華々しくフィナーレを飾ろうぜ大作戦”だっ」

 

 

 

 あ、クラスのみんなが落胆した。無理もない。ここまですごく良い感じでみんなの心を纏めていたリーダーが急に訳のわからない事を言い出したらそうなるのも頷ける。もう信吾には作戦の名前を付けさせるのを止めようよ。これは実際高一の頃から思ってる。二年をかけても信吾のネーミングセンスだけは磨かれなかった。恐らく彼は後で女装させられる事だろう。

 

 どうしたんだ、というような顔つきで肩を落としているクラスメイト達の事を見つめる信吾。むしろ君がどうしたんだ、とみんな言いたいと思うよ。果南さんと鞠莉さんはケラケラ笑ってる。ダイヤさんにあっては汚物を見るような目つきで信吾を見つめてる。気持ちは分かるけど、無自覚な信吾があまりにも可哀想なので止めてあげてほしい。

 

 そんな感じで方針は決まった。僕はダイヤさんに任された書記という職責を全うするため、信吾が考えたセンスゼロの作戦名を一応黒板に書き出す。書き終わり、後ろを振り返った先にあったクラスメイト達の「は?」みたいな顔つきはしばらく忘れられないと思う。

 

 

 

「言いたい事はそれだけですか、橘さん」

 

「おいおい。なんでそんな冷たいの生徒会長」

 

「いえ、お気になさらず」

 

「嫌な笑顔だな。俺が何をした」

 

 

 

 気づかない方が幸せだよ、と信吾に向かって心の中で呟く。僕はむしろダイヤさんが怒らなかった事に安堵したくらいだった。あの笑顔は確実に信吾を馬鹿にしてるものだ。自分の短所を知らない方が幸福でいられるのなら、親友としてその手助けをしてあげなくてはいけない。僕に出来るのは何も言わないであげる事くらいだった。頑張れ、信吾。僕は応援してる。

 

 

 

「それで、今年の体育祭はどんな感じでやるの?」

 

 

 

 椅子に座りながら頭の後ろで両手を組んでいる果南さんが問いを投げてくる。ダイヤさんが手元の書類に目を落とす。どうやらその質問には僕らの生徒会長が答えるみたいだった。

 

 

 

「今年の体育祭は、クラス単位でチームが分けられるようです」

 

「クラス単位?」

 

「ええ。統合で男子生徒が増えた事により、クラスが各学年に二つ出来ました。なのでその六チームで争い、優勝を決める、という内容になるそうです」

 

 

 

 ダイヤさんが簡潔にルールを説明してくれる。なるほど。クラス対抗で戦うって事になるのか。

 

 

 

「種目は男女で分かれるの?」

 

「いえ、全てが分かれるわけではないようですわ。せっかく共学校になったのだから男女の交友を深める為に、と混合で行われる種目も何種類かあるようです」

 

 

 

 果南さんの質問に答えるダイヤさん。ちょっと嫌そうな顔をしてるのは最早テンプレートなので無視しておこう。普通に会話できるようになっても、彼女は根本的に男子が苦手らしい。

 

 ダイヤさんの言葉を聞いて少し教室がざわつく。僕としても男女混合の種目があるのは少し意外だった。ダイヤさんが言った通り、男女の交友を深めるという目的があるのなら話は分かる。けれど、中高と男子校で過ごしてきた事でよくない固定概念が住み着いてしまっている僕の頭では、どうしてもその光景を描く事が出来なかった。

 

 

 

「でもいいじゃない、楽しそうで。マリーは賛成よ?」

 

「私もいいと思うけどね。あんまりくっついたりするのは、ちょっとあれだけど」

 

 

 

 鞠莉さんと果南さんはそう言ってくれる。果南さんにあっては後半少しお茶を濁す感じだったけれど、肯定してくれるのならそれはそれでいい。そう言いながら果南さんの視線が信吾に行っていたのを僕は見逃さなかった。もしそんな種目があるのなら確実に二人をペアにしてみせる。鞠莉さんに協力を仰ごう。彼女なら手伝ってくれる筈だ。それはいいとして。

 

 果南さんと鞠莉さんの言葉を聞いて、他の女子達もすんなりと納得してくれた。前までなら確実に嫌な顔をされていたけど、今は全員が話を分かってくれるのですごくありがたい。

 

 対する男子達の目は既に燃えていた。二年間も一緒に居ると考えている事が瞬時に理解できる。どうせ女の子達に良いところを見せてやろう、とか思ってるんだろう。分かりにくいよりはいいけど、分かりやすすぎるのもどうかとは思う。

 

 

 

「あと、優勝したクラスには学校から景品が送られるようですわ」

 

「景品? 何それ」

 

「さぁ、私にもわかりません。ここには何が送られるのかは書いていませんの」

 

 

 

 信吾の質問に首を傾げながら答えるダイヤさん。景品、か。たしかにそう言うモノがあった方が燃えるけど、具体的に何が送られてくるのかを示されないのはどうなんだろう。モチベーションが微妙に上がらない気がする。

 

 

 

「まぁいいや。どっちにしろ、やるからには勝たなくちゃ面白くねぇしな」

 

 

 

 信吾はそう言って、パシンと左の手のひらに右拳をぶつける。彼の言う通り、勝負をするからには勝った方が面白いのは言葉にしなくても理解出来る。運動部に所属していない僕ですら分かるのだから、スポーツが得意な人達はもっと腑に落ちるだろう。

 

 

 

「でも今年は大丈夫じゃないかしら~? 多分勝てると思いマース」

 

「なんでそう思うの? 鞠莉さん」

 

 

 

 ラフな感じで言ってくる鞠莉さんに、僕は問い掛ける。いくら彼女でも理由のない言葉は吐かないだろうから、その言葉の意味がちょっとだけ気になってしまった。他のクラスメイトもよく分からない、というような表情を浮かべて鞠莉さんの方へ視線を向けている。

 

 

 

「だって、このクラスには沢山スポーツマンが居るし~。それに」

 

「「「「「それに?」」」」」

 

「シンゴと果南が居るからきっと大丈夫デース」

 

「「「「「なるほど」」」」」

 

「ちょっと待てお前ら」

 

 

 

 鞠莉さんの言葉にクラスメイト全員が頭を頷かせる。僕ですら頷いてしまったくらいだった。信吾は何か言いたそうだけど、無視してもいいだろう。

 

 

 

「ああ、たしかに。信吾は生まれてから一度も徒競走で負けた事がないんだもんね」

 

「夕陽、お前まで言うか」

 

「だって事実でしょ?」

 

「まぁ、そうだけどさ」

 

 

 

 僕がそう言うと信吾はすぐに折れる。実際にそうなのだから嘘を吐いても仕方ないという事だろう。信吾をまだよく知らない女子達は驚いたような顔つきで彼の事を見つめていた。

 

 僕が言うのもなんだけど、信吾は信じられないほど足が速い。陸上で県内でも三本の指に入るくらいの実力者。そんな信吾は生まれてから一度も学校の徒競走で一位以外を取った事がないそうだ。僕は高校生になってから知り合ったけど、前の学校でも他の生徒に圧倒的な差をつけてゴールしてどよめきが上がるのを二年連続で見ている。今年もあれが見られるのか、と思うと少し楽しみになったりする。

 

 

 

「だから勝てると思いマース」

 

「いや、ちょっと待って」

 

 

 

 鞠莉さんの楽観的な言葉に待ったが入る。視線を向けると果南さんが何やら真面目な顔をして椅子から立ち上がっていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 席を立った果南さんの方にクラスメイト全員の視線が向けられる。教卓の前に立つ僕も、ダイヤさんや信吾も例外ではない。突然立ち上がった果南さんは難しい表情を浮かべながら顎に自分の指を当てて悩むような姿勢を取っていた。

 

 

 

「どうしたんだ、果南」

 

「うん。少し思うところがあってね」

 

 

 

 信吾が訊ねると果南さんはそう答える。思うところ、というと今の鞠莉さんの発言に対する事だろうか。そんな想像をしながら果南さんがその心を語ってくれるのを待つ。

 

 

 

「何か問題でもあるのですか?」

 

「いや、鞠莉の言ってる事は分かる。たしかにこのクラスにはたくさん運動部が居るし、他のクラスにも引けは取らない」

 

「ならどうして?」

 

 

 

 ダイヤさんの質問に果南さんはそう答える。でも、彼女の顔は晴れない。それを訝しんだ鞠莉さんがまた問いを投げた。

 

 果南さんは少しの間、考えるような素振りをする。そうして言いづらそうな顔をして血色の良い唇を開いた。

 

 

 

「でもね、二年生のクラスにもっと凄い二人組が居るんだよ。多分、あそこのクラスとはかなり良い勝負になると思う」

 

「二年生…………あぁ、もしかしてガールズの事ね?」

 

「そう。あの二人は体育祭とかにめっぽう強いから、あんまり楽して勝てるとは思わない方がいいかな」

 

 

 

 果南さんは僕らにそんな事を教えてくれる。なるほど。他のクラスに凄い生徒が居るって事か。でも、あの果南さんがそう言うくらいだ。その二人組は相当凄い体力を持ってるんだろう。鞠莉さんはガールズって言ってたから、恐らく女の子達なのか。どんな女の子なんだろう。ちょっと気になってしまった。

 

 

 

「ふーん。そんな子達が居るのか」

 

「男子だけなら分からないけど、女子だけの競技とか男女混合の種目はかなり接戦になるかもって事だけ覚えててよ。ごめんね、急に変な事言っちゃって」

 

 

 

 お茶目な感じでに手を合わせて微笑み、席に座る果南さん。ちょっと可愛いと思ってしまったのはしょうがないと思う。それを見た信吾は何故か心臓の辺りを押さえていた。大丈夫だろうか。うっかり心臓が止まったりしてAEDが必要な事態にならなければいいが。

 

 果南さんが言いたかったのは結局、そう簡単には勝てないという事。たしかに、最初から楽観的に行き過ぎてしまったら足元を掬われるのは目に見えている。ならば今のうちに対策を考えていた方がいい、と言う事をみんなに周知したかったのだろう。その考えを踏まえ、誰がどの競技に出場するのかを決定すればいい。

 

 

 

「分かりましたわ。では、ここからどの種目に誰が出るのかを決めて行きましょう。夕陽さん、これを」

 

「うん? ああ、分かったよ」

 

 

 

 そう言ったダイヤさんから種目が書かれたA4のレジュメを渡される。これを黒板に書いてほしいという事か。

 

 

 

「種目はどんな感じなの?」

 

「午前中に玉入れや綱引き、借り物競争などの男女混合の種目が行われます。午後からは男女別の種目になり、それからクラス対抗リレーと…………」

 

「? どした、生徒会長」

 

 

 

 信吾の質問に答えて行くダイヤさんの言葉が止まる。黒板に文字を映しながら聞いていたけど、手を止めて後ろを一瞥する。ダイヤさんは首を傾げながら手に持った書類を見つめていた。

 

 

 

「何故か分かりませんが、最後はリレーではなく男子の騎馬戦が行われるようです」

 

「「「「「ああ」」」」」

 

 

 

 ダイヤさんの言葉に男子全員が頷く。僕ですらも頭を縦に振った。彼女が訝しんでいるのも分かる。普通の学校なら最後の種目はリレーで終わるのが当たり前。けど僕らの男子校は違った。どうやら体育祭実行委員の誰かが僕らの男子校名物をこの浦の星学院の体育祭に輸入する事を決めたらしい。誰だ、そんな事をしたのは。ていうかあんなものを女子達の前で見せていいのだろうか。始まる前から猛烈に心配になってしまった。

 

 

 

「どういう事デースか?」

 

「ああ。知りたいのか、鞠莉」

 

「イエース。興味がありマース」

 

 

 

 興味津々の鞠莉さん。他の女子達も知りた気な顔をしている。仕方ない、というように信吾は息を吐いた。

 

 

 

「俺らの男子校の体育祭には、()()()()って言う名物競技があってな。まぁ普通に騎馬戦なんだが、内容がとにかくとんでもない」

 

「って言うと?」

 

「…………ここで言うようなもんでもないから、本番まで楽しみにしてくれると助かる」

 

 

 

 果南さんの問い掛けに信吾は曖昧に答える。その考えには僕も賛成だ。あれを説明するとなるとかなり骨が折れる事だろう。百聞は一見に如かずって言うし、どんなものなのかは本番でチェックしてもらうのがいいと僕も思った。今年もあれをやると考えただけでため息が出そうになる。ああ、今回は身体の何処に傷が出来るんだろう。止めよう、あんまり考えると体育祭の日に雨が降る事を無意識に願ってしまいそうになる。

 

 

 

「へぇ、信吾くんがそう言うならそうする」

 

「マリーもみんなも楽しみにしてマースッ」

 

 

 

 なんて、果南さんと鞠莉さんはそう言ってくれる。他の女子達も期待してる感じの面持ちだった。しかし男子達の顔は明るくない。信吾にあっては目線を窓の外に広がる青い海の方へと向けていた。去年は信吾の肩が外れかけたんだっけ。因みに僕は鼻血が出た。

 

 そんな感じで話し合いは進む。しばらくして僕はレジュメに書いてある種目を全て黒板に写し終わった。前の席に座ってる女子から『夕陽くんの字綺麗だね~』と言われてちょっと嬉しくなったりした。けれど、その女子と話している最中、なんかダイヤさんの視線が当たっているような気がしたけど、あれはなんだったのだろう。

 

 

 

「───それでは、皆さんで出場する種目を決めましょう」

 

「そうだな。んでも、どうやって決める?」

 

「とりあえず出たい種目に手を上げて行く感じでいいんじゃない?」

 

「果南の考えに賛成デース! フッフ~、今年は何に出ましょうか~」

 

 

 

 そうしてようやく種目決めに入った。クラスメイト達はどの種目に出るか近くの生徒と話し合っている。僕も例外ではないし、今のうちに考えておこう。

 

 

 

「夕陽は何にする?」

 

「僕? うーん。走ったりするのは得意じゃないし、玉入れとかでいいかな」

 

「えー。それじゃあつまんねぇだろ。もっと面白い競技をやろうぜ~」

 

 

 

 信吾にそう言われるが、僕からは何とも言えない。ていうか勝とうとするなら僕みたいなあんまり運動が得意じゃない奴をそう言う地味な競技に置く方がいいんじゃないかと思うんだけど、それはちがうのだろうか。

 

 

 

「はいはい。そうですね」

 

「悲しい。夕陽に流された」

 

 

 

 そう言って泣き真似をする信吾。面倒なので置いておこう。目線を横にずらすと、信吾の隣に立つダイヤさんは手元のレジュメに目線を落としていた。彼女は何に出ようとしてるのか気になってしまったので、僕は声をかける。

 

 

 

「ダイヤさんはどうするの?」

 

「? 私ですか?」

 

「うん。何に出るのかなーって思って」

 

 

 

 何でも卒なくこなすダイヤさん。見た事はないが恐らく運動も得意なんじゃないか、と思っていた。スレンダーな身体つきをしているし、すらりとした足は僕より長そう。ちょっと悲しくなってくるレベル。どうやったら身長が伸びるんだろう。今はそんな事はどうでもいいか。

 

 

 

「はは。生徒会長は男女混合種目でいいんじゃねぇの?」

 

「…………何を思ってそう言うのでしょうか、橘さん」

 

「だって、そしたら夕陽と一緒に組めるじゃん」

 

「ちょ、信吾っ?!」

 

 

 

 何やら信吾が変な事を言い始めた。急に何を言い出すのだろう、この男は。自分の命が惜しくないのか。どう考えても自分で自分の首を締めに行っているようにしか思えないこの言動。何でそう言う事を言うの。信吾が亡骸になるのはもう見たくないよ、僕。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 ほら、言わんこっちゃない。ダイヤさんの綺麗な黒髪が逆立ち始めた。背中には修羅が見える(気がする)。彼女の硬度が上がった事に気づいたクラスメイト達は何事か、とこちらに目線を向けていた。

 

 

 

「橘さん」

 

「ん?」

 

「あなたは運動が得意なようなので、全種目に出場してくださいね。もちろん、女子生徒だけの種目も」

 

 

 

 怖い笑顔を浮かべながらダイヤさんは信吾のそう告げる。彼女が持っていたレジュメが強く握り締められていたのを、僕は見逃さなかった。

 

 

 

「いやいや。流石にそれはダメだろ…………ってお前ら。なんで全員親指を立ててやがる」

 

「「「「「いいね! それ賛成っ!」」」」」

 

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 

 

 しかし、クラスメイト達はダイヤさんの意見に賛成。男子達は既に信吾用の女装セットを準備していた。なるほど。あれで変装して女子の種目にも出てこいという訳か。僕の個人的な予想だけど、多分ばれない。信吾の女装を見破る事が出来るのは恐らく、信吾を知ってる僕達だけ。

 

 ダイヤさんの提案により、信吾は強制的に全種目に出場する事が決定した。女子生徒達もキラキラとした視線を彼に送っていた。最近気づいたのだが、どうやら女子達も信吾の女装を見るのを心待ちにしているらしい。そして果南さんは特にその傾向が見られる。いつか信吾の本気を見せてやりたいものだ。でも、それは文化祭まで取っておこう。あれは本当に凄い。驚かない人間は居ないんじゃないかってくらい。

 

 

 

 ───そんな感じで、話し合いは続いて行く。男女の交友を深めるためと言いながらも、一緒に何かをしたりすると考えるとちょっと緊張してしまう。

 

 でも、最後の体育祭なんだからそんなのもありかもしれない。記憶に残るものにしたいのなら、拒むのも違う気がするから。

 

 

 

「………………」

 

「ん? どうかした、ダイヤさん」

 

「え? あ、いえ。な、何でもありませんわっ。何でも」

 

 

 

 そうして誰がどの種目に出るのかを書記である僕が黒板に書き纏めていると、ダイヤさんが僕を見つめていた事に気づいた。声をかけたけど、何故か目を逸らされてしまう。どうかしたのかな。

 

 そう思っている時、ふと彼女が持つレジュメの内容が目に映る。そこには、“二人三脚リレー”という文字が見えた気がした。

 

 どうしてダイヤさんが僕とそのレジュメを見ていたのかは分からない。分からないけど、僕はそれを見て自分が出る種目の一つを決めた。

 

 

 

「お。夕陽、二人三脚出んのか」

 

「まぁね。まだ出る人、少ないみたいだから」

 

 

 

 僕は自分で黒板に書いた二人三脚リレーの出場者の部分に自分の名前を記す。信吾には小さな嘘を吐いた。この種目に出る事を決めたのは、それが理由じゃない。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 黒板に自分の名前を書き、目線を前に戻す。クラスメイト達はまだどの競技に出るか近くの友達とざっくばらんに相談をしている。

 

 彼ら彼女らの視線は黒板の方には向いていない。それを見て、ダイヤさんは何も言わずに白のチョークを持った。

 

 僕だけがその姿を見つめる。彼女が何を書くのか気になってしまったから。

 

 そうして、ダイヤさんはある場所に自分の名前を書く。彼女の白い頬が少しだけ桃色に染まっている気がしたのは多分、見間違いだろう。でも、黒板に書かれた文字は見間違いじゃない。

 

 

 

 ダイヤさんは二人三脚リレーの出場者が書かれている場所に何かを書いた。僕はそれに気づかない振りをして、彼女が書いたものを見つめる。

 

 

 

 

 

 そこには───国木田夕陽の名前の横に黒澤ダイヤ、という文字が記されていた。

 

 

 

 

 

 少しだけ幸せな気分になったのは、僕だけの内緒にしておこう。

 

 





次話/体育祭と青い春
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