生徒会長は砕けない   作:雨魂

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借り物は生徒会長

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

『それでは借り物競争を行います。出場する生徒の皆さんはスタート位置についてください』

 

 

 

 そんなアナウンスが流れ、僕はスタートラインの前に立つ。徒競走のように一瞬で決まる競技でもない為、そこまでの緊張感はない。自分がどんなお題を引くのか、という不安はあるけれどそれを気にしていてもしょうがないのであまり考えない事にする。

 

 今日もちゃんとお寺の掃除をしてきたから大丈夫。花丸には今朝『ユウくんにはお釈迦様の御加護がついてるから大丈夫ずら』と言われたので多分問題ない。きっと良いお題が当たる事だろう。そう信じていよう。

 

 そう言えば『“苦しい”って思った時は心の中で五回、()()()って言い聞かせるずら。そしたらきっと、仏様がユウくんを守ってくれるずらっ』なんて、彼女らしいおまじないみたいなものも教えてもらった。そんな時が来るかはわからないけれど、もし苦しくなったらやってみよう。お寺の娘が言うんだから、きっと仏様が守ってくれる筈だ。

 

 

 

「夕陽くん、準備はいい?」

 

「うん。大丈夫だよ」

 

「フフッ、ユーヒの勇気と目の良さに期待してマース」

 

「そうだね。ちゃんと連れてくるんだよ、夕陽くん」

 

「? 分かったよ」

 

 

 

 隣に並んでる果南さんと鞠莉さんに声をかけられた。でもなんでだろう。二人とも良い笑顔を浮かべてる。嬉しい事でもあったのだろうか。いや、でもちょっと嫌な微笑みにも見えなくもない。あれは多分、何か企んでいる顔だ。知ってるとは思うけど僕は味方だよ? 変な事しないでね。

 

 僕らがスタートラインに立つと、クラステントの方からうるさい声が聞こえてくる。応援というよりもはや罵声に近い。応援されるのはいいけど、少しは自重してくれ。大衆の面前で自分の名前を呼ばれてると段々恥ずかしくなってくる。

 

 

 

「ユウくーんっ、頑張るずらーっ!」

 

 

 

 騒々しい声の間を通って聞こえてくる花丸の声。顔を向けると、両手でメガホンを作って一生懸命声を出している一年生が居た。隣には赤い髪の女の子、花丸の友達であるルビィちゃんの姿も見えた。あの応援は素直に嬉しい。よし、花丸の応援を無駄にしないように頑張らなくちゃ。

 

 ふぅ、と一度息を吐いてスタート位置で走り出す姿勢を取る。十メートルほど前には長机があり、そこにお題が書かれた札が置いてある。それを見て学校内のどこかからお題に出されたものを持ってグラウンドを半周し、ゴールする借り物競争。

 

 事前練習では如何に早く離れた所からお題であるものを見つけ出すか、という謎の特訓をした。もともと目が良い僕は他の人達よりは早く見つけ出せたけど、これは練習するしないの競技でもない気が最初からしていた。あの特訓の成果が出るかどうかは不明だが、とりあえず努力してみようとは思う。

 

 

 

『借り物競争を開始します。位置について』

 

 

 

 スターターの声が聞こえ、姿勢を低くして走り出す準備をする。出来るだけ簡単なお題が当たりますように、と心の中で願いながら号砲が鳴るのを待った。

 

 騒がしかった校庭が少し静かになる。それから数秒の間を置いて、始まりを合図する声が聞こえてきた。

 

 

 

『よーい』

 

 

 

 ────パン、と雷管の音がグラウンドに鳴り響き、借り物競争がスタートする。途端に横一線に並んだ生徒達が一斉に走り出し、お題が書かれたお札を取りに行く。中には全力で走り出している生徒もいたが、僕はゆっくり長机に近づいた。

 

 

 

「果南はどれにする?」

 

「うーん。私は、これでいいかな」

 

「じゃあマリーはこれにしマース」

 

 

 

 先についていた果南さんと鞠莉さんがお題が書かれた札を取っていた。ここで悩む時間ももったいないので、僕も彼女達の前にあるお札の中から適当に選んで取る事にする。そう思って手を伸ばしたのだが。

 

 

 

「あ、夕陽くんはこれがいいと思うよ」

 

「え? なんで分かるの?」

 

「ロックオーン! マリーもユーヒはそのお札が良いと思いマースッ!」

 

 

 

 何故か二人にそう言われる。なんで彼女達はそんな事を僕に言うのだろう。よく意味がわからない。

 

 

 

「いいからいいから。それを取ってみれば分かるよ」

 

「イエースッ! 迷ってる時間はないわ、ユーヒ。急いで探しに行きまショーウ!」

 

「…………? まぁ、いいけどさ」

 

 

 

 思惑は知らないが、彼女達がそう言うのなら従う事にする。お札は机の上に伏せられていて見えないし、結局どれを選んでも同じなのだから別に悩む必要もない。

 

 そう思いながら、果南さんと鞠莉さんに指定されたお札を取る。それから裏返し、書かれているお題を読んだ。

 

 

 

 そして、全身の筋肉と頭の思考回路が活動する事を停止した。

 

 

 

 理由は一つしかない。持っているお札に書かれている内容が、どう考えてもおかしいものだったからだ。

 

 

 

「………………」

 

「私は“訛ってる人”だってさ」

 

「マリーは“動く赤いもの”デース。フフ、ユーヒは?」

 

 

 

 ニヤケ顔を隠せていない鞠莉さんに訊ねられる。果南さんも目を逸らして笑っていた。

 

 この二人、僕がこのお題を引くように仕組んだな。少しでも信頼してしまった僕がバカだった。でもそれを嘆いている暇はない。早く答えて探しに行かなきゃ。

 

 

 

 

 

「…………“生徒会長”」

 

 

 

 

 

 それが、取ったお札に書かれていた文字。本当に勘弁してくれ。どうやってこのお題を見つけたのかは知らないが、明らかに彼女達が仕組んだのは分かってる。後で本気で文句を言ってやるから覚悟していてほしい。

 

 

 

「ぷふ、っ」

 

「果南さん、早く探しに行こう。あと、どうせ笑うならもっと盛大に笑って欲しいんだけど」

 

 

 

 笑いを堪えていた果南さんが堪え切れずに吹き出していた。僕が何をしたって言うんだ。これが終わったら信吾に泣きつこう。そして果南さんに信吾の恥ずかしい事をたくさん教えてやる。後悔しても知らないんだからな。

 

 

 

「では行きまショーウ! あ、そうだユーヒ」

 

「どうしたの、鞠莉さん」

 

「ダイヤは生徒会室に居るわよ。マリーが言いたいのはそれだけ、チャオ~ッ」

 

 

 

 そんな事を言って、自分のお題を探しに行く鞠莉さん。

 

 果南さんも笑いながら鞠莉さんの後ろをついて行っていた。だが一度僕の方を振り返って、ぺろっと可愛く舌を出し、それから走り去って行く。

 

 長机の前に残される僕。他の人達もお目当ての物を探しに行っている。ここでいつまでも油を売っている訳にはいかない。本当に恥ずかしいけれど、理不尽を受け入れて腹を括る事しか僕には選択肢が残されていなかった。

 

 

 

「ああもうっ、どうにでもなれ」

 

 

 

 そう言って僕は走り出す。目的地は生徒会室。探し物は、生徒会長。

 

 後ろからは、クラスメイトの大きな声が聞こえていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 喧騒の中を抜け、下駄箱で急いで靴を脱ぎ、人気の無い校舎内へ入る。下駄箱にはもうひとつ誰かの運動靴があったけれど、それを気にしている暇は無い。

 

 上位に入るには一秒も無駄に出来ない。他の人達のお題がどんなものか知らないが、今はそれを考えてる場合でもないのでとにかく走る事にだけ集中しよう。

 

 上履きも履かず廊下を駆け抜ける。生徒会室は二階にある。鞠莉さんの情報では僕のお題である“生徒会長”はそこに居るらしい。

 

 あそこまで用意周到なあの子が言った事だ。間違っているはずはないと信じてリノリウムの上を駆けた。

 

 階段を上り、誰も居ない廊下を走り抜ける。頭の中でどのルートを通れば最短で生徒会室につけるかをイメージしながら進んだ。

 

 

 

「はぁ……っ」

 

 

 

 何だってこんなに遠くまで来なくちゃいけないんだよ、と悪態を心の中で吐く。でも、それを言っても結果は変わらない。良い順位を取らなくては僕らのクラスはまた差を広げられてしまう。だから甘えてはならない。文句を言うのは一位を獲った後にしよう。

 

 そんな事を考えながら、生徒会室に繋がる廊下の最後の角を曲がる。そうして生徒会室の前に着き、ノックもしないまま扉を勢いよく開けた。

 

 

 

「ダイヤさんっ!」

 

「─────ぴぎっ?!」

 

 

 

 扉を開いた音と僕の声に驚くダイヤさん。彼女は生徒会室の中、一人で体育祭が行われている校庭の方を眺めていた。手には双眼鏡のようなものが握られている。

 

 ここで彼女が何をしていたのかは知らない。でもそれを訊くのは後だ。とにかく今はダイヤさんを連れて行かなければ。ここで時間を取られてしまえばいつまで経ってもゴールできないままになってしまう。

 

 荒い呼吸を繰り返しながら、ダイヤさんに近づく。僕が連れていかなくてはならない生徒会長は、この学校にこの子しか存在しない。

 

 

 

「ゆ、夕陽、さん…………?」

 

「説明は後でするから、とりあえず、ついてきて?」

 

「えっ、その、夕陽さん────」

 

 

 

 たじろぐダイヤさんの手を取り、走り出す。強引に連れ出す事になってしまったのは申し訳ないけど、今は一刻を争う。文句は後で行くらでも聞いてあげるから、とにかく急ごう。

 

 ダイヤさんの手を引いて生徒会室を出て、元来た道を戻る。僕のスピードの合わせて彼女は走ってくれている。

 

『ど、何処へ行くのですか』とか『……手』とか、ダイヤさんは後ろで色々言っているけど、気にしてる場合じゃない。こんな風に強引にしなきゃこの子は来てくれなそうだから、これくらいでちょうどいいのかもしれない。

 

 階段を下り、下駄箱へと向かう。握ってるこの手を離したら負ける、と自分に言い聞かせながら、胸の奥底からこみ上げてくる恥ずかしさを忘れる事にした。

 

 

 

「よっ、と」

 

「あ……く、靴っ」

 

 

 

 下駄箱に脱ぎっぱなしにしてきた靴を履く。一度立ち止まり、彼女は下駄箱に置いてあった運動靴を急いで履いてくれた。あの靴はダイヤさんのだったのか。その偶然に少しだけ感謝する。

 

 手を引いたまま昇降口を出て、僕らは一直線にグラウンドへ向かった。校舎からグラウンドまでは百メートルも離れてない。一人で走るのならば長さは感じないだろうけれど、ダイヤさんを連れているこの状況だと校庭までの距離が異様に遠くに感じてしまった。

 

 

 

「行くよ、ダイヤさんっ」

 

「え? あ、ちょっ」

 

「せー、のっ」

 

 

 

 息を切らしながらアスファルトを進み、グラウンドへ繋がる短い階段を二人で飛び降りる。

 

 土の上に着地して一度後ろを振り返り、ダイヤさんがまだついてこれるかを確認した。

 

 

 

「大丈夫?」

 

「は、はい」

 

「じゃあ、行こう」

 

 

 

 茫然と僕の顔を見るダイヤさんに笑い掛け、また走り出した。残りは後、五十メートル程。急いでゴールまで走り切らなくちゃ。

 

 ダイヤさんの息遣いが聞こえる。彼女の手の感触が左手にある。成り行き上仕方ないけれど、こうして二人で走っている事に、恥ずかしさと少しの喜びを感じてしまっていた。

 

 ダイヤさんはゴールした後、やっぱり怒るかな。それはしょうがない。彼女が生徒会室の窓から校庭を見て何を思っていたのかは知らないけれど、無理やり連れ出されて何も感じない筈はない。でも、許してくれるなら嬉しい。この恥ずかしさを忘れちゃうくらい。

 

 僕達はテントとテントの間をすり抜け、全校生徒が居るトラックの中へと入った。

 

 ─────途端、地鳴りのような音が聞こえてくる。一瞬、それが何の音なのかわからなかった。それが聞こえても僕らは走る事を止めずにカラーコーンの間を通り、百メートル先にあるゴールを目指す。

 

 

 

「…………」

 

「…………夕陽、さん」

 

 

 

 走りながら名前を呼ばれる。でも振り返らない。彼女が僕に対して言いたい事があるのは分かってる。でも、今はゴールするのが先だ。

 

 そうしてダイヤさんの手を引きながら走っていると、聞こえてきたあの地鳴りの正体が徐々に分かってきた。

 

 

 

「行けぇっ! 夕陽、生徒会長!!!」

 

「そのままゴールに突っ込めっ!!!」

 

「まだ誰もゴールしてねぇぞ! いけるいけるっ!」

 

 

 

 僕らのクラスのテント前を通った時、そんな声が聞こえてくる。それで、ようやくわかった。

 

 あの地鳴りは、生徒達の声。どよめきに応援の声が重なり、それを一斉に向けられた僕らの耳にはただの音にしか聞こえなかったんだ。

 

 その大声を聞きながら、僕らは残りの数十メートルを走る。手にはダイヤさんの手の感触。耳には彼女がついてきている足音が、たしかに聞こえている。

 

 なんでこんな事になったのかは知らないけど、今は置いておこう。最後まで走り切った後に、ちゃんと訳を聞いてあげよう。

 

 前方に白いゴールテープが見えた。あれを切ればこの借り物競争は終わる。僕らが何位なのかは知らないけど、何も考えずにあそこに飛び込もう。

 

 そして、僕らはゴールする。その後に聞こえたのは、さっき耳にした地鳴りと同じような声の重なりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、っ…………ご、ごめんダイヤさん」

 

 

 

 走り終え、膝に手をついて息を正しながらダイヤさんに謝罪する。彼女も何が何だかわからないような表情を浮かべて、肩で息をしている。無理もない。何の説明もなくいきなり連れ出されたら誰だって困惑する。

 

 

 

「なんですの、これは」

 

「えっと、簡単に説明するとね」

 

 

 

 そう言って僕はポケットに入ったあの札を取り出し、それをダイヤさんに見せる。そこに書かれている文字を読み、ダイヤさんはああ、と納得するような声を出した。

 

 

 

「そういう事でしたの」

 

「そう。迷ってる暇もなかったから、つい」

 

 

 

 ダイヤさんは膝から手を離し、僕の方に近づいてくる。怒られる。直感的にそう思い、少しだけ身構えた。

 

 

 

「……夕陽さん」

 

「ごめんっ」

 

 

 

 名前を呼ばれ、何かを言われる前に頭を下げた。借り物競争なのだから、こうしなければゴールする事が出来なかった。でも、自分がどれだけ大胆な事をしたのか今になって気づいた。

 

 だから、何も言わずに謝る事にする。これで何かを言われるようならどうしようもない。素直に諦めよう。

 

 頭を下げながら、聞こえてくる音に耳を澄ます。『ぴぎぃいいいいいいっ!』、『ずらぁあああああああっ!』という聞き覚えのある声が多分聞こえたのは気のせいだろう。

 

 頭を下げたまま、ダイヤさんの声を待った。次に聞こえてのは、呆れが混ざったような小さなため息。

 

 

 

「顔を上げてください、夕陽さん」

 

「え…………」

 

 

 

 そう言われ、俯けていた顔を徐に上げる。そして、目に入ってきたのは予想外な表情だった。

 

 

 

「あなたが謝る必要はありませんわ。そういう事なら、仕方ありません」

 

「ダイヤ、さん?」

 

「それに、見るところ私達は一位のようです」

 

 

 

 ダイヤさんはそう言って、辺りを見渡す。たしかにゴール付近には他の誰も立っていない。もっと視野を広げると、至る所で何かを一生懸命探している生徒達の姿が見えた。

 

 視界の隅で飴色の従妹が青い髪の女の子にハグされ、赤い髪の一年生がブロンド髪の女の子におんぶされているのが映った気がしたけど、今は無視しよう。

 

 ゴールしているのは、僕だけ。

 

 それはつまり、そういう事。

 

 

 

「あなたのためになったのなら、私はそれでいいですわ。おめでとうございます」

 

 

 

 ダイヤさんは小さな微笑みと祝福をくれた。それ以上の何かを求める事は、僕には出来なかった。

 

 それからお題を見つけた生徒達が続々とゴールしてくる。訛っている人(花丸)を見つけた果南さんと動く赤いもの(ルビィちゃん)を捕まえた鞠莉さんも、それなりに上位でフィニッシュしていた。

 

 

 

 借り物競争を終えた時点で、僕らのクラスはまた一位に躍り出る。

 

 

 

 だけどまだ、体育祭は始まったばかり。

 

 

 





次話/いつか見た、あの夏の二人。
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