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そうして滞りなく体育祭は進み、残すは最後の種目だけとなった。先ほど行われたクラス対抗リレーでは果南さんと信吾の活躍により僕らのクラスが最後に大逆転勝利を治め、順位をさらに一位へと近づけている。
現在の順位は二位。だが限りなく一位に近い二位だと僕は分析した。優勝するのに必要な絶対条件は、最後の競技で一位を獲る事。僕らが次の種目で一位になれば現在トップにいる二年生のクラスにも確実に勝てる。理由はひとつ。最後の競技である騎馬戦の配点はかなり大きいからだ。ここで勝てば一気に首位に立つ事が出来るが、逆に負けると大きく順位を下げる事になる。
しかし、今までの種目の戦績を計算すると優勝する可能性があるのはほぼ二クラスに絞られている。それが僕らのクラスと、あのとんでもない女の子二人組が居る二年生のクラス。実質この二つの一騎打ちという事になる。
「─────野郎ども、準備はいいか」
グラウンドから離れた校舎の裏で僕らはスタンバイしている。他の色の男子も、校庭にいる女子生徒達に見えないように身を隠しているらしい。それもそのはず。こんな格好で出て行ったら確実に悲鳴が上がる。いや、数分後には僕らは間違いなくその悲鳴を聞く事になるのだろうけど。
クラス対抗リレーを終えたばかりの信吾が男子達の前に立ち、全員の顔を見渡す。顔はいつも通りだが僕の目には少しだけ疲弊しているように見える。恐らくこれは間違いじゃない。今の信吾は疲れている。ほとんどの競技に出場して点数を稼いでくれたのは僕らのクラスでは信吾と果南さん。彼らが居なければ僕達は今の順位に付けていない。結果的におんぶに抱っこの状態になってしまっているけれど、最後の競技だけは全員で戦わなくてはならないので、その感謝は終わった後に伝える事にする。
「泣いても笑っても次の競技で終わりだ。夕陽の計算だと俺達は今、二位につけてるらしい。ここで負けたら優勝は出来ないと思え」
信吾の言葉に、僕らは頷く。全員が本気の顔をしている。理由など言葉にしなくていい。これから僕らは文字通り戦争に行く。一歩でも間違えれば大怪我をしてしまう。だけど痛みを厭わなければ勝利する事が出来ないのが次の競技。身体に出来る痣の一つや二つは屁でもない。せめて腕の骨が折れなければいい、と思えるレベルの戦いに僕らは挑まなくてはならない。
「夕陽。ルールを最終確認で説明してくれ」
「うん。わかったよ」
信吾にそう言われ、僕はダイヤさんからもらった騎馬戦のルールが書かれた紙を読み上げる事にする。三年生の男子達は全員この競技を二年間経験してきているので今さら言う必要もないけれど、一年生の男子はまだ経験していないので詳しくは知らない。だから信吾は一応説明しておく事にしたらしい。
数十人の男子達の視線が僕に集まる。みんな顔が本気だ。特に三年、僕らのクラスの男子達の中に笑っている人は一人も居ない。全力のぶつかり合いに挑む為、各々集中力を高めていると言ったところか。
「じゃあ説明するね」
そんな前置きを置き、裏庭に集まった男子達に向かって最後の競技のルールや注意事項を話す事にする。
「まず、今回の騎馬戦は赤と白の二組に分かれて行うみたい。一組が赤、二組が白。一学年には二クラスずつだからちょうど半分に分かれるね。ここに居る人達は一組だから赤組になる」
僕の言葉に耳を傾けてくれている男子達。それを見て、説明を続ける。
「一騎の人数は四人以上。騎馬の数は自分達で決めていいみたいだよ。ルールは騎手の鉢巻きを取るか騎手を地面に落とす事。それで制限時間内に大将騎を倒すか、残った騎馬が多い方が勝ち。勝った方の色のクラスだけが点数を総取り出来るんだって」
大まかなルールはそれだけ。実際、ここに居る全員は既に把握している。いつもと違うのは女子達の目がある、くらいか。それがどう作用するかは僕にはまだ見当もつかない。
「サンキュ、夕陽」
「どういたしまして」
信吾にお礼を言われ、僕は数歩後ろに下がる。それから赤組大将である彼はもう一度、数十人の男子達の前に立った。
「夕陽が言った通り、俺らが男子校でやって来た騎馬戦が今年も行われる。統合したとかは関係ねぇらしい。そこにいる一年は知らねぇだろうが、うちの騎馬戦はマジで危ねぇ。大小あるが、怪我は間違いなくするもんだと思って挑んでくれ」
信吾がそう言うと一年生の男子達からざわめきが起こる。無理もない。経験してきた三年生がそんな事を言っていたら怖くなるのも当然だ。でも、信吾が言った言葉は嘘じゃない。下手をすれば大怪我をしかねないこの戦い。冗談じゃないからこそ、真実を伝えなくてはならないと判断したんだろう。
「度胸がねぇ奴は下がってろ──と言いたいところだが、そんな事をしてちゃ勝てねぇのが現実だ。授業でも何回か練習もしてきただろうが、今回は俺の作戦に従ってもらう」
そう言って信吾は僕に目配せをする。そうして僕は信吾が考えた作戦が書かれている大弾幕を広げた。
そして、前にいる男子達は僕が持っている大弾幕に書かれている作戦名を読み上げる。
それは。
「「「「「“一騎当千! 一・二年生は大将を守りながら三年生は特攻して行くよ大作戦”?」」」」」
「どうだ。最高に分かりやすい作戦だろう」
あ、信吾が僕らのクラスの男子に連れて行かれた。どうせまた女装でもさせられてるんだろう。特に僕らの定例行事を知らない一年生は全員茫然としてる。そりゃ自分達の大将が戦う前に女装させられている姿を見たら困惑するのも当然と言えば当然か。いや、でもこんな馬鹿みたいな作戦名を見せられたらそうされる事に納得する生徒もいるかもしれない。
閑話休題。
「うっ、ぐすっ。おま、お前らっ、こんな時にまでやる必要ねぇだろぅ? お前らは俺をなんだと思ってんだ」
「「「「「
「全員しばき倒すぞ」
アイドルみたいな制服を身に纏い、パーマがかかったウィッグを付けて男子達の前で泣いている信吾。一・二年生にもそのクオリティを見せつけようとしたのか、いつにも増して女装のレベルが高い。下級生達は開いた口が塞がらない、と言った顔で女装させられている自分達の大将を見つめている。むしろ女の子よりも可愛い、と呼び声高いうちの信吾だからね。多分、また何かをやらかせばあの格好で騎馬戦に出させられるに違いない。それはいいとして。
「信吾、時間はあんまりないから早めにした方がいいかも」
「お、おう。そうだな。こんな所で油を売ってる場合じゃねぇか」
僕がそう言うと自らウィッグやら制服を脱ぎ出す信吾。シャツやスカートを脱いでいる時、下級生の男子数人が頬を赤く染めながら食い入るように信吾の身体を見つめていた。恐らく、信吾が本当に男だという事を信じられていないんだろう。しょうがない。気持ちはよく分かる。全然知らない人が女装してる信吾の着替えを見たら、普通に女の子が着替えているように見える筈だから。
「んじゃ、気を取り直して説明する。っていうか説明も何も、完全にこのタイトル通りの作戦なんだけどな」
「一・二年生が大将騎を守りながら、俺ら三年が敵大将に突っ込んで行くって感じか?」
信吾の言葉に三年の男子が要約した返答を返す。それを聞いて信吾はこくりと頷いた。
「そういう事。結局は大将を守りながら相手の大将を倒せば俺らの勝ちなんだ。だったら守りに重きを置きながら、攻める奴はとことん攻めるこの作戦が多分一番手っ取り早い」
「他の騎馬は狙わなくてもいいの?」
「ああ。こっちからは狙わなくてもいい。攻めてくる騎馬だけを一・二年に守らせて、三年は向こうの大将を守ってる騎馬だけをぶっ潰しに行く。シンプルだけど、これが理に適ってると思う」
信吾が簡潔に作戦を纏めてくれる。なるほど。たしかに分かりやすくていいかもしれない。よくこんな作戦を思いつくな、と常々思う。これでテストの点数は絶望的に悪いとか未だに信じられないよ。頭が柔らかく、回転も異常に早い信吾に改めて尊敬の念を抱いてしまった。
裏庭に揃った赤組の男子達は信吾が考えた作戦に納得してくれたみたいだ。その様子を見て、彼は嬉しそうに笑った。
「よし。んじゃ、準備しようぜ。三年にとっては人生最後の騎馬戦だ。一片の悔いも残さねぇように、全部出し切ろう」
信吾の言葉に僕らのクラスの男子達が反応し、雄たけびを上げる。もちろん僕も声を出した。泣いても笑ってもこれで最後。なら、ここでやり切らない道理は無い。
クラスの勝利のために、最高の思い出を作るために。そして、あの子に少しでも良いところを見せるために、僕は戦う事にする。本気になる理由はそれだけで十分だ。
◇
─────何処からともなく太鼓の音色が聞こえてくる。その音を聞きながら入場口を通り、僕らは並んでグラウンドへと歩いて行く。
入場してくる男子達の姿を目にした女子生徒達の甲高い声音が、騎手である僕の耳を通り抜けた。理由は分かる。僕達男子の姿を見て悲鳴を上げない方が驚きだ。
僕らの格好は上半身裸で腰に
「あ、一番前にシンゴが居マースっ! ファイトよシンゴーっ!」
「え、夕陽くんの肌、白くて綺麗。細いし、女の子みたい」
「信吾くんって筋肉質なんだね。ちょっとカッコいいかも」
「顔はかわいいのにね~」
「「………………」」
僕らのクラステント前を通るとそんな声が聞こえてきた。意外にも僕らのクラスの女子達は男子達の身体に興味津々。でもなんだろう。ハッキリ言って、めちゃくちゃ恥ずかしい。気づいてない振りをしているがあからさまに顔が赤くなるのが自分で分かった。くそ、こんな事なら少しくらい身体を鍛えておけばよかった。なんだよ女の子みたいな身体って。全然褒め言葉じゃないよ。あと、僕の前を行く大将の信吾はクラスの女子達の方を向いて睨みを利かせていた。女の子達の言い分は分かる。あんな可愛い顔をしてるのに身体はしっかり絞れてるのが信吾のギャップだから。
「信吾くん、頑張ってっ!」
そうしてテントの前を通り抜ける前、果南さんから応援を受けていた信吾。これまで反応を見せなかった彼も果南さんの応援だけは別らしい。顔を彼女の方へ向け、頷きだけで返事を返していた。
僕が乗る騎馬も信吾の騎馬の後ろを進む。そこから僕はあの子の事を探した。
「…………ぁ」
そして、すぐにその姿を見つけた。腕組みをしながらテントの支柱に背中を預けて立っている。
視線は、僕の方を向いているように見える。何か応援でもくれるのかな、と思いながら見つめてみたけど、あの子が自分からそんな事をしてくれる訳もない。
そもそも半裸の男子達の軍勢を見つめていてくれている事だけでも僕は少し驚きだった。こんな姿を見たら男子が嫌いなダイヤさんはすぐに何処かへ行ってしまうと思っていたから。
ダイヤさんがあそこで見ていてくれるなら、と思うと無意識に気合いが入った。絶対に良いところ見せてやる。
なんて事を考えながら彼女の方から目線を外そうとした時、ダイヤさんの口が小さく動くのが見えた。
「………………」
自慢じゃないけれど、僕は目が良い。だからダイヤさんが今、何と言ったのかを唇の動きだけで判断できた。耳には音声として届かなかったけれど、ちゃんと伝わった。
微笑んで魅せると、ダイヤさんはちょっとだけ驚いたような顔を浮かべてから、ぷいっとそっぽを向いた。多分、この位置にいる僕がその言葉を見切れると思わなかったんだろう。残念だね、僕の目がもう少し悪かったら分からなかっただろうに。
ダイヤさんは『頑張って』と言ってくれた。それは本当に小さな声だったのだろう。口の動きだけでそれを見破ったから、言葉にしたかどうかも怪しい。
でも、それが届いたのだから彼女の想いも僕には伝わっている。あの子が応援してくれるのなら、やるしかない。気合いの入り方が変わった。僕は体重が軽いだけで騎手に選ばれたけれど、それだけじゃないところを見せてやる。
「ありがとう」
応援をくれた生徒会長に、届かない言葉を僕は返す。届かないと思った返事。それは、伝わらなくてもいいと思って言ったただの自己満足の言葉だった。
なのに、こちらを見ながらダイヤさんは一度こくりと頷いてくれた。
どうやらあの子も、僕と同じくらい目が良いらしい。
次話/激突!沼津の陣Ⅱ