◇
「なにっ!?」
「あんまり俺を舐めてんじゃねぇぞこの野郎っ!!! 行くぞてめぇら!」
「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」
突然、近くから聞こえてくる我が赤組大将・信吾の声。そして、彼を守っていた筈の一・二年生の全騎馬隊。彼らは僕らの騎馬を囲っていた白組の騎馬隊の後ろから突撃してくる。これには白組の大将も愕然としていた。無理もない。この短時間で五十メートル以上離れていた距離を詰められたら誰だって驚く。
なら何故、信吾を守っていた一・二年生の軍団が瞬く間に僕らの助けに来れたのか。
信吾は
◇
『じゃあ最後までこの作戦を貫くんだな?』
『いや、そのつもりはねぇ。これは単なるフェイクだ』
『というと?』
『多分、白組の大将は俺の作戦を読んでくる。あいつとは長い付き合いだからよく分かる。だから、敢えてこの作戦を読まれたフリをするんだよ』
『つまり、どういう事だ?』
『一・二年生を固定して俺の騎馬を守らせておきながら、三年は大将に向かって特攻する。そしたら恐らく、白組の奴らはまず全員で三年の騎馬を潰しにかかってくる。それを先読みして、
『裏の裏をかくって事?』
『そういう事だ、夕陽。だから三年の奴らはとにかく相手陣地で生き残る事だけを考えてくれ。奴らの標的が特攻した三年に向いたら、俺達がすぐに助けに行ってやる』
『…………なるほど。で、この作戦名は?』
『よくぞ訊いてくれた。そう、この作戦の名前は─────』
◇
「名付けて“大海を知る蛙も、宇宙までは知らない大作戦”だっ!!!」
「「「「「「だっさ」」」」」
「うるせぇ! お前らもとっとと動きやがれっつーのっ!」
またセンス0の作戦名を付ける信吾。あそこまでネーミングセンスが無い人もめずらしいと思う。いや、意味は分かるんだよ。井の中の蛙である僕らを倒そうとする大海を知った蛙。それよりも大きな世界を知ってる蛙である信吾達が井の中に居る僕らを助けにくるっていう、何とも信吾が考えそうな超大胆で奇抜な作戦。それを信吾はさっきの訳わかんない作戦名で表したらしい。一・二年生は全員頭にクエスチョンマークを浮かべながらとりあえずこっちに向かって突っ込んできている。意味が分かってないのにやらされたんだろうな、可哀想に。
赤組の突然の奇襲に驚く白組の騎馬隊。それはそうだ。あんなに離れた所にいた相手が気づいたら後ろから突撃してくる、なんて、誰も思わないだろう。助走を付けて死角からぶつかって行く一・二年生の騎馬隊。僕らを囲っていた白組の騎馬隊を次々と倒して行く。白組大将も指示を飛ばす暇もないらしい。なら。
「行くよ、みんなっ!」
「おう!」
立ち止まっていた僕らの騎馬隊は再度、白組大将の騎馬に向かって突撃する。こちらは二騎で相手も二騎。他の騎馬隊が応戦してくるまでに大将を倒してみせる。
「くそっ、こうなったらガチンコで勝負だっ。行くぞ!」
白組大将もこの状況がかなりマズい事に気づいたのだろう。自らの騎馬を動かし、接近する僕らの方へと突っ込んでくる。迎撃では勝てないと踏んだのか。流石は歴戦の勇者、動き出しも段違いに早い。
「おらぁあああああああああっ!」
「ふんっ!」
そうして僕が乗る騎馬隊が白組大将の騎馬とぶつかり合う。出来るだけ倒れないようにする為か、向こうは五人が大将を支えている。対する僕らの騎馬は四人。たった一人の違いかもしれないけれど、この騎馬戦ではそれがかなり大きな差になってしまう。
「頑張って!」
「分かってるっ!」
「夕陽も絶対落ちんじゃねぇぞっ!」
僕を持ってくれている男子達は残された体力をここで使い果たそうとしてる。凄い。数的不利な状態なのに、力は拮抗していた。となれば僕の役割は限られる。今言われた通り、振り落とされない事。そして、絶対に鉢巻きを取られない事。
「ふ、っ」
「ははっ、さすがは信吾だな。俺もちょっとあいつを舐めてたぜ」
「そうでしょ。僕もビックリな作戦だったからね」
「でも、騎馬戦は作戦だけじゃ勝てない。最後は力が強い方が勝つってのを教えてやるよ」
「─────っ」
白組の大将が僕の腕を掴んでくる。痛い。なんて握力をしてるんだ。丸太のような腕で僕の小枝みたいな腕をガッチリ握り締めてくる。そうだよね。普通に考えてみれば分かる。彼が言った通り、騎馬戦は作戦だけじゃ勝てない。行くら良い作戦を考えたって、地力で負けていたら話にもならない。
運動なんて年に数えられるくらいしかしない僕に、レスリング部で毎日鍛えている彼が負ける筈がない。そんなの考えなくても分かる。そこまで甘くはないのは分かってるよ。
でも、ただで終わってたまるか。僕がすんなり負けてしまったら、ここまで頑張ってくれた騎馬のみんなに見せる顔が無くなる。それはダメだ。それでは今までの頑張りが水の泡になってしまう。
「どうした夕陽っ! 学年一の読書家の力はそんなもんかよっ」
「っ。生憎、身体を鍛えた事なんて一度もないからね」
白組の大将は掴んだ僕の腕を自分の方へと引き寄せてくる。それにより、下の騎馬のバランスも崩れてしまう。マズい、これじゃあ保たない。
ここでレスリング部の部長である白組大将に純粋な力勝負を挑んでも一瞬で勝負は決まってしまう。僕に出来るのは耐える事だけ。でも、体力で勝てない相手にいつまでも守りが通用する訳がない。どうすればいい。どうすれば、僕はこの勝負に勝てる。
全身全霊をかけて落とされないように耐えながら、そんな事を思っている時、聞き慣れた女の子の声が僕の耳を通り抜ける。
「─────ユウくんっ!」
「…………花、丸?」
「今朝の
穏やかな彼女にしてはめずらしい大声。だから、この喧騒の中でもハッキリと聞こえたのかもしれない。彼女の姿を見る余裕はない。でも、声だけはたしかに聞こえた。
『苦しいと思った時は心の中で五回、
そうだ。あの子は僕にそう言ってくれた。多分、今聞こえた彼女の声もあの言葉を思い出せ、という意味のものだったんだろう。
苦しいと思ったら心の中で大丈夫を五回唱える。そうすれば仏様が僕を守ってくれる。僕には似合わない神頼みか。でも、お寺に居候させてもらって、毎朝掃除も欠かさない生活に慣れた今なら僕にもその御利益があってもいいんじゃないかな。
だから、今は花丸の言葉を信じてみよう。
───大丈夫。
「やべぇっ! 崩れる!」
「耐えてくれ夕陽っ!」
体勢が前に移動して、それによって騎馬の重心も前に崩れて行く。このままだと数秒もかからずにこの身体は地面へと落ちて行くだろう。それでも。
───大丈夫。
「ここで倒れやがれ夕陽っ!」
「…………ああ゛っ!」
さらに力を強めて僕の腕を引っ張ってくる白組の大将。僕の力では抗う事すらできない。それでも。
───大丈夫。
「夕陽っ!」
「危ねぇっ!」
騎馬のバランスが完全に崩れる。僕の姿勢も前方へ落ちかけてしまう。それでも必死に僕の身体が地面へと落ちないように足を掴んでくれている騎馬の男子達。自分達もきついというのに、僕の事を支えてくれている。
───大丈夫。
「これで終わりだっ! 落ちろ夕陽!」
前に出た身体を振り落そうとしてくる白組の大将。それが最後の決め手だった。敢えなく、僕は騎馬の上から落ちて行く。これではもう、どうしようもない。強がって挑んだ僕がバカだった。勝てる筈もないのは自分が一番わかってたのに。何をしてるんだろう、僕は。あの子に『頑張って』と、応援されたというのに、何を。
「………………ははっ」
そうだ。あの子が見てる前で情けなく地面に落ちる、なんて、そんなの格好悪すぎる。まぁ、それはそれで力のない僕らしい結末かもしれないけど、笑われたりするのはちょっと嫌だな。
あれだけ練習をして、話し合って、勝とうと決めた体育祭。それがここで終わるのは嫌だ。僕はそんな最後を受け入れない。諦められるわけがない。
だから。
「───大丈夫」
「───夕陽っ!!!」
ああ。やっぱり、あの子のおまじないは当たっていたみたいだ。どうやら仏様は、僕の事を守ってくれたらしい。
信じてたよ、信吾。
◇
僕が乗る騎馬が崩れかけた瞬間、横から白組大将の騎馬に突撃してくる赤組の騎馬隊。それはもう、相当なスピードを保ったまま衝突していた。
「なっ!?」
「し、信吾っ!?」
倒れそうになる僕らの騎馬を助けてくれたのは大将である信吾が乗る騎馬隊。陸上部のメンバーを集めた超高速移動が出来る圧倒的な機動力を持つ信吾の騎馬。それが勢いを殺さぬまま敵大将騎馬隊に突っ込んで来た。
相手の騎馬隊は崩れない。でも、その間に崩れかけた僕らの騎馬隊はバランスを取り直す事が出来た。もちろん、僕も落ちる寸前のところで元の状態に戻った。本当に危なかった。一瞬身体が逆さになったよ。足を掴まれてなかったら呆気なく落ちてたと思う。
「遅かったね、大将」
「ばーか。ヒーローは遅れてやってくるもんだって相場が決まってんだろ」
「ふふ、そうだね。でも絶対来てくれるって信じてたよ」
「はっ、あったりまえだろ。相棒のピンチに駆けつけない奴なんて男の片隅にもおけねぇ」
「さすがだね、信吾は。女の子みたいな顔してるのに」
「後で覚えてろよ、夕陽。生徒会長にお前が意外とむっつりだって事をバラしてやる」
それはヤバい。信吾がダイヤさんに近づかないように見張ってなくては。あれだよ、純粋キャラを作ってる訳でもないけど、僕だってそういう事に興味がない訳じゃないからね。でも流石にそれをダイヤさんにバラされるのは僕のメンタル的に厳しいものがある。果南さんや鞠莉さんにバラされたら確実に馬鹿にされる。そんな未来が鮮明に思い浮かべる事が出来た。今はそんな事を考えてる場合じゃないか。
信吾が乗る騎馬隊が応援に駆け付けてくれたお陰で有利になる僕らの騎馬。さっきの奇襲で一・二年生が他の騎馬を押し留めてくれているから白組の応援が来る事もない。
これで二対一。一気に僕らが優勢になった。行くら白組の大将が強くても数には勝てない、筈だ。
「信吾、お前」
「よう、気分はどうだよ大将。同点で大将戦をやるのもめんどくせぇから直々にやってきてやったぜ」
両軍の大将が掴み合いながらそんな話をしてる。その間に、僕が乗る騎馬隊も完全にバランスを修正できた。
「行こう、これで最後だよ」
「ああ。早くぶっ潰してやろうぜ」
明らかに疲弊している騎馬隊の男子四人の僕は声をかける。無理をさせるのは憚れる。でも、ここで畳み掛けなければいつまで経っても戦いは終わらない。
「シンゴッ! ファイトデースッ!!!」
「信吾くんっ、頑張って!」
周りの声が聞こえるまでの余裕が出来た。クラスの女子達が僕達に向かって大きな声を張ってくれている。いや、違うな。両軍の大将がぶつかり合っているこの状況を見て、応援の熱がさらに増したのだろう。傍から見てもこれがクライマックスだと見ている女子達も理解したらしい。これでどちらかの大将が負ければ勝負は決する。
だが、相手の大将は純粋に強い。いくら信吾が僕よりも体力があっても、あの大将には敵わないだろう。
「はは! 去年より威勢が良い割に力は全然変わってねぇな信吾っ!」
「言ってろっ! ぜってぇ倒してやる」
二人の大将が互いの腕を掴み合っている。勝負は倒されるか鉢巻きを奪われるかで決まる。迂闊に攻めれば鉢巻きを取られてしまうし、逆に守りに入ってしまえば徒に時間がかかって他の応援が来てしまう。信吾は恐らくそれを見極めている。
ならば、僕らが出来るのは彼の補助。一対一で勝てないのなら僕らが協力すればいい。
「ふんっ!」
「っ、こんのっ、邪魔しやがって!」
「ごめんね。でも、さっきのお返しだよっ」
僕らの騎馬隊が白組の大将が乗る騎馬隊にぶち当たる。それによりグラつく向こうの騎馬。圧倒的に数では僕らの方が有利。どれだけ騎手が強くても騎馬が保たないのなら意味などない。
それでも向こうの騎馬隊はなんとか踏ん張ってくる。だが、信吾が白組大将の両腕を掴んでいる今がチャンス。この間に僕が手を伸ばして敵大将の鉢巻きを奪えばいい。
「夕陽、頼むっ!」
「分かってるっ!」
「く、っ」
掴み合ってる二人の横から僕は腕を伸ばす。でも、白組大将は身体を仰け反らせて僕の手を避ける。くそ、ギリギリ届かない。あと少しなのに。
そうして前に身体をせり出して敵大将の鉢巻きを奪おうとしている時、目線の端に映ってはいけないものが映った。
「あ───信吾っ!」
「え? おわっ!?」
近くにいた白組の騎馬が、赤組の騎馬隊を倒して援軍に来る。さっき僕らの騎馬を助けてくれた三年生の騎馬隊が負けたのか。
これで形成は二対二になる。有利だった筈なのに、また振出しに戻ってしまった。いや、応援が来るのを予測していなかった分、今は僕らの方が不利かもしれない。
今の衝突により信吾は掴んでいた白組大将の腕を離してしまった。さらに体勢を崩し、今度は信吾が騎馬から落ちそうになっている。
「信吾っ!」
「やっべ」
それを見た僕らの騎馬は白組大将を狙おうとする。でも、それを阻むように応援に来た白組の騎馬隊がその間に割り込んできた。マズい、これは本当に危ない。
白組大将がニヤリと笑うのが見えた。でも、僕の位置からでは彼の身体に届かない。信吾を守る事も出来ない。間にもう一つの隊があるのだから当たり前だ。どうやっても向こう側には行けない。もし僕らの騎馬が目の前にいる一隊を倒しても、どちらにせよ間に合わない。
「………………」
でも、僕には一つだけできる事がある。一か八かの賭け。これが失敗すれば確実に僕らは負ける。けど、今はそれを考えてる暇はない。
本当にやるのか? ああ、やるしかない。ここでこれをやらずに終わったら僕は間違いなく後悔する。だから、僕はやる。倒れかけている親友を信じて、この手を伸ばす。
───違う、
「はっ、じゃあな信吾。これで終わりだ」
「しまっ───」
トン、と敵大将が信吾の両肩を後ろに押す。必然、後方へと下がる信吾の身体。崩れる赤組大将の騎馬隊。それを押し込む敵の騎馬隊。それで、勝負は決する。
筈だった。
「夕陽? お前、何やって」
「ごめん。ちょっと無茶してくるね。しっかり支えてて」
先ほどと同じ要領で、支えてくれている男子達の肩に立つ。目の前にはもう一騎の敵の騎馬。その向こう側に、倒すべき白組の大将は居る。
どうやっても手は届かない。どれだけ腕が長くても届く距離じゃない。なら、どうすれば届くのか。答えは一つしかない。そう。
飛び越えればいいんだよ。
「──────うぁあああああっ!!!」
「は?」
「え?」
支えてくれていた男子の肩から踏み切ってして、僕は間にいる敵の騎馬隊を飛び越える。
これは最後の最後でしか使えない捨て身の技。信吾が去年、これで相手の鉢巻きを奪っているのを僕は見ていた。結局そのまま地面に落ちて左肩を亜脱臼して保健室送りになってたけどね。
それを真似してみる事にした。この土壇場で出来るのはこの技しかない。絶対怪我するけど、それを怖がっていたら僕らは負ける。痛いのは嫌だけど、信吾があれだけ頑張っているのを見たら僕がやらない訳にはいかない。…………腕が折れるのってどんな感じなんだろう。
「ゆ、夕陽っ!?」
「嘘だろっ!?」
「残念だけど、嘘じゃないよ」
自分の騎馬隊から白組大将の騎馬隊に乗り移る。なんて、そんな芸当は運動神経が絶望的に悪い僕に出来る訳がない。身体能力が高く、身軽な信吾でも成功しなかった大技を僕なんかが見様見真似でやって成功する訳ない。そんなの最初から分かってた。
でも、この身体をぶつけて相手の体勢を崩す事は出来る。信吾風に作戦名を立てるなら、そうだな“神風特攻隊作戦”とでも言おうか。ああ、自分で思うのもなんだけど信吾のネーミングよりはよっぽど良いような気がする。
「ぐ、っ!」
「ぐほっ!?」
体当たりを食らった白組大将は僕と一緒に地面へと落ちて行く。それで終わればよかったんだろうけど、如何せん、そう上手く行かないのがこの世の常。
「────っ!!!」
「あ…………」
白組大将は僕の捨て身技を食らっても尚、自分の騎馬の上に留まっていた。もう少し僕の体重が重かったら一緒に倒れたのかもしれない。今はそんな事を悔やんでも仕方ないか。
宙に浮かぶ僕に見えたのは、そこまで。この身体は無情にも校庭の上に落ちて行く。僕の名前を呼ぶ数人の声が聞こえた気がしたけど、誰の声なのかはわからなかった。
「痛、っ────」
そうして僕の身体は地面に打ちつけられる。受け身なんて取れなかった。ガツンと後頭部を強く打ったのか、一瞬視界が砂嵐のようになって何も見えなくなる。けど、かろうじて意識は手放さなかった。
痛い。それなりに高い所から勢いをつけて落ちたんだから当たり前か。幸い、腕や足が変な方向に曲がってたりはしてないみたい。でも、立ち上がる事は出来なかった。
地面に寝そべったまま、頭上で続けられている騎馬戦を見つめる。負けたかな、と思いながら朦朧とする意識で見ていたけれど、どうやら僕の馬鹿みたいな捨て身技にも意味はあったみたいだ。
「「「「「おらぁあああああああああああっ!!!」」」」」
「………………」
僕の特攻(物理)で白組大将の騎馬隊がバランスを崩している間に、信吾が乗る騎馬隊が形勢逆転していた。見えたのは、白組大将の騎馬隊が押しつぶされる光景。
──────そして聞こえてくる、勝負が決した合図であるホイッスルと太鼓の音色。あとは、男女の劈くような絶叫、くらいか。
どちらにせよ、うるさいな。頭が痛いので少し静かにしてほしかった。
◇
視線の向こう側に広がる青空を眺める。イルカみたいな形をした雲がゆったりと何処かの方角に向かって流れて行く。綺麗な空だ。でも、季節はまだ梅雨。明日はまた雨が降るだろう。今は晴れてるんだから、この初夏の空を見上げる事にしよう。
そんな馬鹿な事を考えてると、誰かが近づいてくる気配を感じた。その気配がする方に目線を移す。
「…………気分はどうだよ、相棒」
「うん。はっきり言って、最悪」
「俺らが勝ったのに?」
「こんな痛い勝ち方なんて、誰も求めちゃいないよ」
「それもそうだな」
校庭に寝そべる僕の顔を覗きこんでくる赤組の大将。どうでもいいけど、彼は僕の親友だ。同時に、尊敬してる人でもある。
そんな彼を最後に助ける事が出来てよかった。僕があんな事をしなくても、信吾はどうにかしたかもしれない。でも、何もしないよりはマシだった。こんな無茶をした記憶はきっと、黒歴史となって僕の中に残り続けるだろうから。
「信吾」
「なんだよ夕陽」
「さっきの、ちょっとカッコよかったかな?」
「うーん。何とも言えん。俺にはバカやってるようにしか見えなかった」
「もうちょっとオブラートに包んでよ。親友でしょ?」
「親友だからこそ率直な感想を言ってやってんじゃねぇか」
変な質問をすると信吾はそんな返事をしてくる。たしかにそうかもしれない。ここでお世辞を言われても後で傷つくだけだし、本音をもらえてよかったかも。でも、カッコよくなかったか。結構頑張ったんだけどな。
「褒められると思う?」
「ああ。それは間違いないから安心しろ。あれが無かったら多分、負けてたからな」
「それならいいや」
「でもダイヤには絶対怒られるぞ」
「それはちょっと聞きたくなかったな…………」
信吾に恐ろしい事を言われて自分の行動を深く後悔した。まぁ、やらない後悔よりはやった後悔の方がマシって言うし。今はそれを言い聞かせて自分を許してあげよう。
「何はともあれ、お疲れさん」
「ん、ありがと」
「どうする。このままここでしばらく寝るか?」
「いや、それは恥ずかしいから運んでおいて」
「って事は寝るんだな」
「うん。ちょっと疲れたよ、信吾」
「俺はパトラッシュじゃねぇぞ。死ぬ気はねぇからな」
「知ってるよ。大丈夫、天使は降りてこないからさ。多分」
「はは。なら、ゆっくり寝ろよ。後でみんなで運んどくから」
「お願いだよ? こんな所に置いてけぼりにしないでね」
「ああ。ちゃんと保健室のベッドまで送り届けてやる。だから、今はゆっくり休め」
頭の上にしゃがみ込む信吾に頭をポンポンと叩かれる。少し冗談を混ぜたけど、本気で眠くなってきた。身体は動きそうにないし、後はクラスの男子達にこの身柄は任せよう。屈強な男達が多いからな。きっと僕の小さな身体なんてバーベルよりも軽く持ち上げてくれる事だろう。
「じゃあ、少し休むよ」
「あいよ。また後でな」
その会話を最後に、瞼を閉じる。降り注ぐ日差しが強い。でも、すぐに僕の意識は何処かに落ちて行った。
夢と現実の境界線。そこから眠りの世界に足を踏み入れる瞬間。
「────夕陽さんっ」
そんな誰かの声が、聞こえた気がした。
激突! 騎馬戦・沼津の陣編/終
次話/これはよくある水無月の話