生徒会長は砕けない   作:雨魂

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Aqours

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「「アクア?」」

 

「イエース。それが、私達のグループの名前だったのデース」

 

 

 

 秋の高い空には一匹の鳥が気持ちよさそうに旋回している。この頃、最高気温が三十度を越える日が少なくなり、内浦には夏の香りがしなくなってきた。背が低かった彼岸花も成長してきたようで、通学路や学校の敷地内に鮮やかな色を添えていた。この街には何となく青が似合うけれど、そこで見る紅色もなかかな風情があって悪くない。長浜城跡地に上ると青い海を見下ろしながら咲く綺麗な彼岸花を見る事が出来るのでおすすめ。下校途中、花丸と寄り道をした時に見つけたあの景色は本当に素敵だった。今度信吾にも教えてあげよう。

 

 時は良く晴れた昼休みの事。僕らは屋上に集まり、昼ご飯を食べていた。僕と信吾、果南さんと鞠莉さん。本当はダイヤさんも居る筈だけど、今日は生徒会の仕事で遅れてくるらしい。

 

 鞠莉さんは何やら話があるようだったので、僕は花丸特製のお弁当を箸でつつきながら、その話とやらを聞いていたのだった。

 

 

 

「つまり、」

 

「浦の星でスクールアイドルをやってた、って事でいいの?」

 

 

 

 鞠莉さんと果南さんは頷く。果南さんにあっては顔を両手で覆いながら。鞠莉さんが話している最中、彼女は終始そうやって顔を隠していた。内容を知ったらそうなってしまう気持ちも納得出来たけれど。

 

 

 

「私と果南とダイヤ。三人で一年生の時少しだけやってたの。ね、果南」

 

 

 

 鞠莉さんの言葉に顔を隠したまま、うんうんと頭を縦に振る果南さん。たしかに意外だったけど、そんなに恥ずかしいのだろうか。当時の彼女達を知らないから何とも言えない。

 

 信吾は驚いた表情をして、向かいに座る果南さんの事を見つめている。あの話し合いの時に隠そうとしていた話題がそんなものだとは思わなかった、と顔に書いてある気がする。

 

 

 

「スクール、アイドル……」

 

 

 

 僕は、それが何なのかをよく知っている。というか、今どきの学生なら知らない人の方が少ないだろう。普通の人達よりはそれについて詳しい自信があるけれど、今は置いておこう。

 

 スクールアイドル。ここ四、五年で女子高生の間で爆発的に流行り出したモノ。アイドルといってもテレビに出てる芸能人がやるものではなく、普通の高校生で結成されたいわばローカルアイドル的な存在。年に二回、“ラブライブ”と呼ばれる大会が開かれ、全国大会は東京の秋葉ドームを会場にして行われるほど認知度が高い。

 

 全国的に見ると絶対数も多く、普通の部活として練習しているグループもある。だから、この浦の星にスクールアイドルがあった事も別に不思議という訳でもない。違和感があったのは、それをやっていたというメンバーの方だ。

 

 見た目が華やかで運動が得意な鞠莉さんや果南さんがスクールアイドルをやっていたのは頷ける。だが如何せん、もう一人のメンバーに問題がありすぎる気がする。失礼かもしれないけど、どうやっても想像が出来ない。

 

 

 

 ────あのダイヤさんが、スクールアイドルをやっていた?

 

 

 

「でも、色々あってすぐにやめちゃったの」

 

「? 色々って?」

 

「ンフ? それを訊いちゃうユーヒはやっぱりSデース」

 

 

 

 鞠莉さんの言葉に違和感を覚え、訊ねてみるとそんな事を言われる。そこまでおかしな質問だっただろうか。

 

 

 

「どうしてやめたんだ?」

 

「あーもう、シンゴまで。……そんなに、聞きたい?」

 

「鞠莉」

 

 

 

 便乗した信吾も訊ねると鞠莉さんは軽い調子で肩をすくめ、少しだけ間を空けてからそう言ってきた。だけど、隣に座る果南さんは顔を覆っていた手を下ろし、真面目な顔をして鞠莉さんの事を見つめている。

 

 何か言いにくいことでもあるのだろうか。それなら無理に聞く訳にはいかないけれど、やっぱり気になる。

 

 

 

「いいのよ果南。終わっちゃった事はもうどうにもならないでしょ?」

 

「でも」

 

「マリーが気にしないというのだからいいのデース。シンゴやユーヒも気になってるみたいだし、教えなかったらかわいそうじゃない」

 

「「?」」

 

 

 

 鞠莉さんの事を止めようとする果南さん。それでも僕らに秘めていた事を話そうとする鞠莉さん。そんな二人の事を眺めながら僕と信吾は首を傾げた。

 

 それから一言二言言い合ってから、果南さんが仕方ない、というように息を吐く。そんな仕草を見て鞠莉さんは微笑み、もう一度こちらへ顔を向けて来た。

 

 

 

「スクールアイドルは、私が留学しちゃう時にやめちゃったの」

 

 

 

 鞠莉さんの言葉は、そんなものから始まった。

 

 

 

「最初は街興しの一環としてスタートしたモノだったけど、やってみると結構楽しくてね。学校のみんなも街の人達も応援してくれたし、ラブライブを本気で目指してた時もあったわ」

 

 

 

 いつも高くてよく響く声がほんの少しだけトーンを落としている。目は笑っているけど、何処か寂しげな表情にも見えた。鞠莉さんが過去の悲しみというファインダーを通して()、目の前に立つ僕らの事を見つめているのが、何となく伝わってくる。

 

 

 

「でも、楽しい事はいつまでも続かないのデース。ちょっと人気が出てきた時がピークで、それからすぐに私達は解散したの」

 

 

 

 鞠莉さんの言葉を聞いて腑に落ちた。それなりに有名なスクールアイドルなら知っているはずだった。他の誰かよりも詳しい事は自負しているから間違いない。けど、“アクア”というグループ名は目にした事もないし聞いた事もない。

 

 

 

「それでマリーは三年生になるまでイタリアに留学。浦の星が統合するタイミングでパパが帰れっていうから、仕方なく帰ってきたのよ」

 

「どうして、統合のタイミングで鞠莉さんは帰って来なくちゃいけなかったの?」

 

「この学校の理事長をしてくれ、って頼まれたからよ。結局、そのお願いは断ったけどね」

 

 

 

 僕の質問に鞠莉さんはそう答え、お道化るように舌を出した。彼女の隣に座る果南さんも思いありげな顔で屋上の床を見つめている。

 

 鞠莉さんの素性はたしかに今まで聞いた事がなかった。彼女達がスクールアイドルをしていたのも意外だったけれど、鞠莉さん個人にそんな過去があったなんて全然知らなかった。

 

 

 

「理事長?」

 

「イエス。あと一年統合が遅れていたらやっていたけど、この新しいスクールではやる気にはなれなかったのデース」

 

「それは、どうして」

 

 

 

 僕の問いかけを聞いて、鞠莉さんは少しの間口を閉ざして何かを考えていた。

 

 海の方から吹いてくる潮風にブロンドの髪が揺れ、爽やかなラベンダーのような香りがした。それと同時に、干していた真っ白なシーツを取り込んだ時の柔らかなあの感じを連想した。

 

 鞠莉さんは晴れ渡る九月の空を仰ぐ。つられて視線を上げると、山の方から広範囲に広がるうろこ雲が屋上に座る僕達の事を見下ろしていた。細かく分かれた雲の一つひとつが、誰かの憂いを投影しているみたいだ、と空を見上げて思った。早くうろこを削ぎ落として、その中にある綺麗な青が見えてくれればいいのに。

 

 

 

「だって、意味がないもの。マリーが居ない間にダイヤが浦の星を守ろうと必死になっていたのは知ってたわ。それでも、この統合は免れなかった。学校を守るためならともかく、それ以外の理由で理事長になるだなんて、私には荷が重すぎマース」

 

 

 

 鞠莉さんは目線を下ろしてそう言った。その表情にはもう、雲はかかっていないように見えた。少なくとも、この内浦に冷たい雨を降らせるような厚い雲は。美しい快晴ではないのは分かっているけれど。

 

 

 

「………………」

 

「ユーヒや信吾にはあんまり関係ないかもしれないけど、それがスクールアイドルをやめた原因。…………でも」

 

 

 

 鞠莉さんはその理由を語り終える。ただ、意味ありげな最後に接続詞を残した。それを聞いていた僕らはまだ彼女の声に耳を傾け続けた。

 

 数秒の静寂が屋上に漂う。蝉の鳴き声は今では遠く感じる。ついこの前まですぐ傍に感じていた騒がしい夏の音は穏やかな秋の訪れを感じているのか、ボリュームを少しだけ弱めていた。そのイメージが何故か、目の前に座っている明るい友達の姿と重なる。どうやら秋という季節は、いつも太陽のように輝いている少女をも落ち着かせてしまうらしい。

 

 可愛らしい唇が開き、言葉を紡ぐ。

 

 

 

「もし、パパがあと少し……あとほんのちょっとだけ待ってくれたのなら、

 

 

 

 ────もう一度果南とダイヤと一緒に、スクールアイドルをやりたかったデース」

 

 

 

 てへぺろ、と鞠莉さんは微笑みながら話を結んだ。いつも通りの眩しい笑顔がそこにはあった。

 

 もし、そんな世界があるのなら僕も見てみたいと思った。そこには一体、どんな輝かしい物語があったのだろう。

 

 ああ。それはきっと、あの太陽よりもキラキラと光輝く夢物語に違いない。

 

 もし、そんなストーリーの結末を知っている人が居たのなら教えてほしい。

 

 

 

 それは、どんな色をした物語だったのかを。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「────そういう訳で、マリーは文化祭でスクールアイドルをやりたいのデースッ!」

 

 

 

 屋上に流れていたシリアスな雰囲気を遥か彼方に吹き飛ばすように、いつものハイテンションな声で鞠莉さんがそう言った。果南さんは呆れ顔を浮かべている。今では二人の想いが分かるから何ともコメントがし難い。ただ、僕個人の考えを彼女達に押し付けるのならば、やってほしいというのが本音。多分、信吾も同じ事を思っている。

 

 

 

「いいんじゃね? 俺は賛成」

 

「僕も、ちょっと見てみたいかな」

 

 

 

 予想通り、信吾はパック入りの苺ミルクのストローを咥えながら鞠莉さんの言葉に答える。もちろん僕も便乗させてもらった。こんなに楽しそうな事をやってくれるのだというのなら賛成せざるを得ない。

 

 ……ダイヤさんがスクールアイドルをやっている姿を、一目でいいから見てみたい。これが心のど真ん中にある欲求だった。たしかに鞠莉さんと果南さんが歌って踊る姿を見るのも楽しみだけど、一番に思うのはそれ。

 

 だって、あのダイヤさんがアイドルだよ? 未だにクラスの男子達から硬度120%の生徒会長と恐れられるあの子が、可愛い衣装を着てステージの上で歌って踊るんだよ? それを見たいと思う人間がクラスに、いや、この学校に居ない訳がない。あ、やばい。想像してたらなんか眩暈がして来た。この場にダイヤさんが居なくてよかったと心から思った。本人を目の前にしてたら倒れていた自信がある。

 

 

 

「もう、二人まで……」

 

「ほら、シンゴもユーヒもそう言ってるわよ果南~。最後なんだからちょっとくらい頑張ってみてもイーじゃないっ」

 

「私は恥ずかしいのっ。前みたいに女の子しか居ないんならともかく、今は男の子達が居るんだよ? 鞠莉はそれでもいいの?」

 

「オフコースッ! むしろマリーのキュートでギルティな魅力でボーイズ達を全員ダウンさせてあげるわっ」

 

 

 

 果南さんの言葉に胸を張って自信満々に答える鞠莉さん。ああ、彼女の言う通り、鞠莉さんがスクールアイドルの姿をしていつもみたいに小悪魔的なウィンクなんかをしたら、それを見たほとんどの男子達がダウンすると思う。鞠莉さんの言葉を聞いて何かを想像してしまったのか、信吾は目を瞑って腕組みをしながら渋い顔で瞑想している。彼の頭の中にどんな映像が流れているのか非常に気になるけど、それは置いておこう。

 

 

 

「はぁ……鞠莉は相変わらず無鉄砲なんだから、もう」

 

「そういう果南は相変わらず頑固おやじデースッ」

 

 

 

 言い合う二人はむー、としかめっ面で見つめ合っている。よくよく考えたらメンバーが一人、足りない気がする。この二人だけで話を進めていいのだろうか。ダイヤさんに後で怒られたりしないよね? 大丈夫だよね?

 

 そんな事を考えていると鞠莉さんが何かを思いついたような顔をする。それからにやり、と不敵な笑みを浮かべて制服のポケットの中から紫色のスマートフォンを取り出した。

 

 

 

「フフ、じゃあ果南。この画像をシンゴとユーヒに見せて、二人に『どうしてもやってほしい』って言わせる事が出来たらスクールアイドルをやるって約束して?」

 

「…………約束の意味は分からないけど、どんな写真を見せる気?」

 

「それは二人に見せてからの秘密デースッ。シンゴ、ユーヒ。準備はいいかしら~?」

 

「「……?」」

 

 

 

 新幹線並みのスピードで話を前に進ませる鞠莉さんの言葉に、思考が追いついてこない。彼女はいつもこんな感じだから仕方ないと言えば仕方ないんだけど、今回はとりあえず見せられる写真を見ればいいのか? 頷いてみせると、鞠莉さんは輝く笑顔を浮かべて携帯のディスプレイを僕と信吾の方に見せてきた。

 

 

 

「ではレッツ・ショーターイムッ!」

 

 

 

 よく分からないけれど、僕と信吾は顔と近づけて鞠莉さんのスマートフォンに映る写真を見つめる。

 

 

 

 ────そして、世界は時を止めた。

 

 

 

 いや、違う。この場合、強制的にフリーズさせられたと表現する方が正しい。あまりにも強烈な画像データを目が捉えてしまい、それを像として認識する脳の機能が一時的にバグを起こしてしまった。普段通りに目から伝わる景色を自動的に記憶に変換するシステムが完全にダウンしてしまっている。警報音(心音)がさっきから鳴り止まない。あわよくばこの心臓と共に身体にある全ての機能が止まってしまう気がした。

 

 僕の目に映るモノ。それは、鞠莉さん、果南さん、ダイヤさんの三人が映っている写真。それだけならよかった。何も問題はなかった筈だった。

 

 だが、これはなんだ。目に映る一枚の画像にどれだけの破壊力が詰まっているのか、計り知れない。それがもし数値として現す事が出来たのなら、本当にとんでもない値になっている事だろう。

 

 

 

「…………」

 

「信吾。鼻血出てる、鼻血」

 

「はっ!?」

 

 

 

 ふと隣を見たら親友の鼻から真紅の血が垂れていた。気持ちは痛いほどわかる。むしろ僕も出てこないか心配になったくらいだから。軽い眩暈はまだ継続してるけど。

 

 鞠莉さんが僕らに見せてくれたのは、三人の女の子が可愛らしい衣装を着てそれぞれポーズを決めている写真。面倒な表現をしなければ、鞠莉さんと果南さんとダイヤさんがスクールアイドルをしている時の写真だった。強すぎる衝撃(インパクト)を視覚を通して与えられ、少しの間頭が混乱してしまっていたようだ。いや、本当に凄い。何というか、素敵な夢が正夢になった時のような感覚が全身を襲った。

 

 

 

「どーかしら? とってもキュートだと思わない?」

 

 

 

 鞠莉さんの言葉に、僕と信吾は頭をぶんぶんと縦に振る。首を横に振る動作を身体が忘れてしまったみたいに。心から素晴らしいと思う。そして同時にダイヤさんが本当にスクールアイドルをしていた事実を知る事が出来て、それだけで満足してしまいそうになった。お寺に帰ったらこの世界に生を受けた事を感謝しながら仏様に手を合わせなければ。今は心の中だけで済ませる事にしよう。──合掌。この時代に生まれてよかった。

 

 

 

「ちょっと鞠莉! なんでそれまだ持ってるのっ! 前に消してって言ったでしょ!?」

 

「え~? だってもったいないじゃない。こんなにキュートな写真を消すだなんて」

 

「そういう問題じゃないでしょっ!? なんで見せちゃったの~……」

 

 

 

 果南さんがまた両手で顔を覆う。それと同時に、信吾の鼻に詰めたばかりのポケットティッシュの塊が鼻血と一緒にすぽーんと出てきた。そろそろ血を流し過ぎて信吾が倒れそう。段々心配になってきた。今の果南さんは危険だ。信吾を殺害し得る生物になり果ててしまっている。……ダイヤさんがこの場にいたら、あるいは僕も同じ状態になっていたかもしれない。

 

 

 

「で、感想はどうかしら?」

 

 

 

 ポケットにスマートフォンを仕舞った鞠莉さんが訊ねてくる。それは先程の約束の通り、彼女達にスクールアイドルをしてほしいかという事。そんなの、言うまでもない。あんな姿をする三人の写真を見せられて、否定の言葉を言える方がおかしい。なんとしても、文化祭のステージで彼女達がスクールアイドルをしている姿を見たい。信吾なら土下座までしかねないレベルの案件だ。

 

 言いたい事がありすぎて何を言うべきか分からなくなる。どれを選んでも正解だし、言いたい事の方向性は一緒だから悩む必要なんてないのかもしれないけれど、咄嗟に声を出す事が出来なかった。

 

 鞠莉さんに見せてもらったあの素晴らしい写真を思い返し、一度小さく息を吐く。それから言いたい事を選んで口にする事を決めた。

 

 

 

「…………見たいです」

 

「ノウ、聞こえないわユーヒ。ワンモアプリーズ?」

 

 

 

 勇気を出して言葉にしたのに、ニヤニヤしている鞠莉さんにそう言われる。あれは僕をからかってる顔だ。間違いない。夏祭りの日にした電話といい、最近鞠莉さんはこんな風に僕をからかってくるようになった。あのキスの一件はなかった事にしてるけど、時が来たら問い質す準備だけは出来てる。いつか絶対仕返ししてやるんだからな。

 

 

 

「三人のスクールアイドルが、見たいです」

 

「フフ、グッジョブデース。ユーヒはそう言ってるわよ、果南」

 

 

 

 頭を下げながらハッキリとお願いする。男としてのプライド? そんなの下駄箱に置いてきたよ。

 

 そう言ってみせると鞠莉さんは満足そうに息を吐き、顔を手で覆っている果南さんはジトッとした目だけを僕に向けてくる。文句を言うならなんとでも言ってほしい。この想いは僕だけのものではない。クラスの男子達に見たいか見たくないかを訊ねたら、確実に全員が『見たい』と声を大にして答えるだろうから。

 

 

 

「…………やだ」

 

「もう、果南はいつまで経っても頑固おやじデース。シンゴ、出番よ」

 

 

 

 僕のお願いを聞いても果南さんは首を横に振った。ちょっと残念。でも、僕の隣には彼女にとって大切な人である男が居る。最後は彼に望みを託すしかない。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 鼻にティッシュを詰め直した信吾は、顔を隠している果南さんの事を静かに見つめる。いつになく真剣な顔。彼が本気になった時だけに見せる表情が、そこにはあった。

 

 信吾は一度咳払いをする。それからまた向かいに座る果南さんに目を向けた。

 

 

 

「果南」

 

 

 

 凛とした声で名前を呼ぶ。すると顔を隠していた青い髪の女の子はその手を下げて、自身の名を呼んだ青年に視線を向けた。

 

 二人は黙って数秒間見つめ合う。校庭の方から男子達の騒ぐ声が聞こえてきた。

 

 そして、信吾は果南さんの目を見つめたまま閉じていた唇を開く。

 

 

 

「俺も果南が歌ってるところ、見たい」

 

「────────ッ!」

 

 

 

 頬を若干朱に染めながら、照れくさそうに信吾はそう言った。彼のおねだりを聞いた果南さんは潤んだ瞳を大きく見開いて、口をアワアワさせ始める。信吾が真面目な顔をして先ほどの言葉を紡いだ瞬間きゅん、という聞き慣れない音が近くから聞こえた気がした。そしてニヤケ顔が止まらない。どうしてくれるんだ君達。

 

 鞠莉さんも純粋な彼らのやり取りを見ながらほっこりしてる。この二人の惚気はいつまで続くんだろう。こっちまでドキドキしちゃうんだよ。いい加減にして。

 

 信吾の言葉を聞いた果南さんは両手を頬にあてながら恥ずかしそうに顔を背けた。それから数秒の間を置いて、何かを決心するように息を吐いてからまた信吾の方へ目を向けた。

 

 

 

「…………わ、笑わない?」

 

「?」

 

「私がスクールアイドルしても、信吾くんは笑わない?」

 

 

 

 そんな風に果南さんは彼に問う。声が震えていた。目はもう泣きそうなくらいに潤んでしまっている。心底不安げな表情を浮かべながら、彼女は信吾の事を見つめた。

 

 そんな姿を見ながら信吾はいつもの人懐っこい笑顔を作り、答えた。

 

 

 

「笑うわけないだろ。ちゃんと見てるよ、果南の事」

 

 

 

 その言葉で、果南さんが何処かに落ちたのを第六感で感じ取った。ああ、多分そこは恋の中。目には見えないその場所に彼女は落ちて行った。どうやらさっき聞こえた音の正体は恋に落ちた音だったらしい。

 

 

 

「フフ、これで決まりね」

 

 

 

 そうして、文化祭で披露する二つ目の出し物が決まったのだった。でも。

 

 

 

 ……ダイヤさんに許可を取ってないけど、大丈夫かな? 

 

 

 

 

 

 

 

 





次話/また明日
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