◇
放課後の静かな廊下を歩く。今日も文化祭の準備に追われ、日が暮れる直前まで残る事になってしまった。他のクラスメイト達はバスがあるからと先に下校した。帰れなくなるのは大変なので文句はないけど、ちょっとだけ寂しく思ってしまう。
体育祭に引き続き、僕は信吾からクラスのマネージャーを命じられ、ほとんど強制的に準備の段取りを決めさせられた。力仕事が出来ない分、こういう裏方の仕事は得意だけど、色んな人から雑用を押し付けられたりもするので結局てんやわんやになってしまった。来週はもっと上手くこなせるように努力してみよう。
窓の外から夕日の光が差し込み、白いリノリウムの床を橙色に染めている。細い窓枠の影が等間隔で伸びており、それを上靴で踏まないように歩いた。
最近日が暮れるのが早くなってきた。それと同時に終バスの時間も早まるのはこの学校のお決まりらしい。部活をしている生徒は練習時間の確保に頭を悩ませるのですわ、とこの間ダイヤさんが言っていた。
あと数週間もすれば十月が訪れ、完全に夏の面影がこの街からもなくなる。秋が来て新緑を赤に変え、やがて冬の色に内浦は染められるのだろう。静岡にはあまり雪は降らないけれど、それでも冬の訪れは寒さや景色の変化により感じられる。それを思うと時間が過ぎ去るのは本当にあっという間。
多分この学校で過ごす時間も、最後を迎えてから『ああ、もう終わりなのか』と思うに違いない。過ごしている最中に時間の流れのスピードなんて明確に感じられるものではない。未来を思えば長く感じ、過去を思えば早かったと感じてしまう。時間の流れなんて、最初からそんな風に出来てる。
適当に生きようが真面目に生きようが、時間は等しく進んで行く。その日々が楽しくてもつまらなくても同じ。時間というのはこの世界に生きる誰しもに与えられた数少ない平等なもの。
それを大事にするかおざなりにするかは、それぞれの生き方次第。生き急ぐつもりはないけれど、せめて一瞬一瞬を大切にして行きたいとは思ってる。終わった時にこれでよかった、と思うためには良い瞬間を積み重ねるしかない。充実感で過ぎる時を忘れてしまうような日々が送れたらいい、と今は思ってる。
「あ、っ」
「? ……あ」
夕暮れの廊下を黄昏ながら一人で歩いていると、とある教室から一人の女子生徒が出てくる。こんなタイミングで出くわすとは思っていなかったので咄嗟に変な声を出してしまった。
僕の声に気づいた女の子はこちらに顔を向けてくる。見ると彼女も少し驚いた表情をしていた。それを見て、ちょっとだけ安心した。
そう言えば途中でクラスの手伝いから抜けて生徒会の仕事をしてくる、と言っていたのを思い出す。こんな時間まで残ってるだなんて、彼女の硬度、いや、真面目さは常にぶれないらしい。
そんな事を考えながら、閉ざしていた口を開く。
「お疲れさま。ダイヤさん」
「夕陽さん。ご機嫌よう、ですわ」
そんな軽い言葉を交わし合う。こうして気を負わず話が出来るようになったのは、いつからだっただろう。思い返しても分岐点になったタイミングなど思い出せる訳もない。恐らくそれは突然変わったりするモノではなく、緩やかに変化していくモノなんだと思う。通学路に咲いているあの彼岸花のように、時間をかけてゆっくり成長していく。昨日の帰り道は咲いてなかった花が朝になったら咲いていたりする。きっと、それと同じ。
「仕事は終わったの?」
「ええ、先ほど終わりました。教室の方はどうでしたの?」
「こっちは順調だよ。騒がしいけど、何とか進められてる」
「そうでしたの。それは何よりですわ」
穏やかな会話を夕日の光が差す人気の無い廊下で交わす。窓の外からカナカナ、とひぐらしの鳴く声が聞こえてきた。
「ダイヤさんは今日は歩いて帰るの?」
「はい。そのつもりでしたわ」
「そっか。じゃあ、一緒に帰ってもいいかな」
そう言うと、淡い橙色の光を反射させる艶の良い黒髪がこくりと頷く。
「構いませんわ」
「ありがとう。それじゃ、帰ろうか」
「はい」
肩に掛けていた学生鞄を掛け直し、僕は先に廊下を歩き出す。すぐにダイヤさんもついてきてくれた。
◇
茜色に染まる坂道を二人で歩く。高い丘の上からは水色から橙色に色彩を変えた駿河湾が見下ろせる。目線を真正面に向けると、ちょうど同じくらいの高さに二つの山が聳えていた。
海の上には数隻の船が規則正しい間隔で停留している。それはまるで、几帳面な誰かが一つひとつ丁寧に並べた模型みたいにも見えた。
西の空の低い位置に夕日は浮かんでおり、東の空は既に藍色が夕暮れを侵食してる。細い三日月の下には名前の知らない一番星が瞬いていた。あの藍色はあと数十分もすればこの内浦を包み込み、鈴虫の鳴き声と潮騒が響くだけの静かな秋の夜を訪れさせるのだろう。
歩く坂道の横にある広大な畑は毎年美味しい蜜柑が取れる蜜柑畑だと、夏休み中に偶然仲良くなった蜜柑色の髪をした二年生の女の子に教えてもらった。常時鞠莉さん並みのハイテンションをキープしてくる後輩なので話をしていて飽きない。悪く言うと凄く疲れる女の子。果南さんと幼馴染らしく、淡島に行った時に知り合った。実家は有名な旅館を経営しているらしい。
緑色の木々の枝には小さな実が成っているのが見えた。収穫時期になると授業の一環で蜜柑狩りが出来るらしいので、味を確かめるのはそれまで楽しみにしておこう。
「そうだ、ダイヤさん」
「なんですの?」
ここまで特に会話らしい会話もなく歩いていたが、言いたかった事を思い出して口を開いた。
「文化祭の出し物でスクールアイドルをするって話は、もう聞いた?」
「えっ?」
軽い気持ちでそう訊ねると、左隣を歩いていたダイヤさんはその場に立ち止まった。後ろを振り向いて確認する。彼女は大きな目を丸くして、少し先を歩いた僕の事を見下ろしている。鳩が豆鉄砲を食らった顔っていうのはああいう顔の事を言うんじゃないか、と思った。
「ダイヤさん?」
「な、なんの話ですの、それは」
「だから、文化祭の出し物で鞠莉さん、果南さん、それとダイヤさんの三人でスクールアイドルをするっていう話。昔、やってたんでしょ?」
そう言うと、ダイヤさんの白い頬がみるみるうちに赤く染まって行く。いや、もしかしたら背後に浮かんでいる夕日が光の濃度を上げただけかもしれない。
海鳥の高い鳴き声が聞こえた。それと同時に、海側から吹いてきた爽やかな潮風が目線の先にある美しい黒髪を揺らす。風はそのまま、坂の上にある学校の方へと駆け上がって行った。
固まってしまった彼女の姿を見つめていると、ダイヤさんの深碧の両眼は突然睨むような目つきに代わり、こちらへ早足で近づいてくる。
「その話を誰から聞きましたのっ?」
「え? 鞠莉さんから、だけど」
「あの人は…………ッ!?」
ぐいっと詰め寄られ、気迫に負けて正直にそう答えた。どうでもいいけど顔が近い。身長はダイヤさんより僕の方が少しだけ高いが、坂道の下り側に立っていたので今は見下ろされる形になっている。美人な女の人に見つめられると蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう、なんて話はどうやら本当だったようだ。そんな状況に陥っている僕が確信したんだから間違いない。
ダイヤさんは顔をしかめながら、何故か僕の事を睨みつけてくる。何かやってはいけない事でもしただろうか。ていうか、この距離感で長時間見つめられると非常にマズい。具体的に言えば、驚いた心臓が緊張しすぎて拍動をうっかり止めてしまいかねない。
「だ、ダイヤさん。なんでそんなに怒ってるの?」
「これが怒らずにいられると思いますの!?」
訊ねたら僕まで怒られた。酷いとばっちりだ。明日のお昼、鞠莉さんに彼女が嫌いなキムチを進呈しよう。それもとびっきり酸っぱいやつ。
「あ、もしかしてまだ言われてなかった、とか?」
黒髪がこくりと頷く。そういう事だったらしい。てっきり鞠莉さんと果南さんは今日の昼休みが終わってから、ダイヤさんに文化祭でスクールアイドルをする事を伝えたと思っていたんだけど、それは違ったみたいだ。よくよく考えたら、ダイヤさんがいつも通りだった事も少しおかしい。最も強く反発しそうな彼女は、その話を聞いた時点で怒っていた筈だろうし。それはちょうど今みたいに。
怒るダイヤさんの気持ちも分からなくない。そんな大事な話を勝手に進ませていたら誰だって怒る。もしかしたら鞠莉さんは何か思惑があって、ダイヤさんには打ち明けていなかったのかもしれない。もしそうだったら余計な事をしてしまっただろうか。鞠莉さんにとっても、ダイヤさんにとっても。
「そうだったんだね。ごめん、早とちりしちゃった」
「……別に、あなたが謝る必要はありませんわ」
謝るとダイヤさんは眉間にしわを寄せたまま、僕の近くから離れて行く。後ろ髪を引かれるような名残惜しさが、心の中で小さな花を咲かせた。
「うん。なら、ダイヤさんはやるの?」
「何をですの」
「いや、スクールアイドルだけど」
「はぁっ!?」
また詰め寄られた。ダイヤさんの鼻息がかかりそう。心の中に咲いた名前のない花は突然のリアクションに驚いて花びらを散らしてしまったらしい。つまり、ちょっとだけ嬉しかった。
どうやらこの感じを見る限り、ダイヤさんは文化祭でスクールアイドルをする事に反対しているみたいだ。果南さんですら頭を縦に頷くまでかなりの時間を要したというのに、硬度が宝石みたいに高いこの生徒会長が了承するまで、一体どれくらいの時間がかかるんだろう。あまりにも果てしないこと過ぎて想像すら出来なかった。
「やっぱり嫌なんだ」
「と、当然でしょうっ。なぜ私がスクールアイドルなど…………」
予想通りの言葉を放ち、ぶつぶつと小さな声で文句を並べるダイヤさん。そもそも、彼女が二年前にスクールアイドルをしていたこと自体信じられない話だというのに、今さら(しかも男子達が見ている前で)やってくれるとは到底思えない。
僕個人の意見とすれば見てみたいというのが本音。それは単純に、ダイヤさん達が歌って踊る姿を見てみたいから、なんていう月並みな理由もたしかにある。
だが、それ以上に見てみたい訳が僕にはある。一番の理由は、恥ずかしくて口には出せないけれど。
「でも、見てみたいな」
「? 何をです」
「ダイヤさんが、歌って踊ってるところ」
「───っ!?」
微笑みながらそう言ってみせると、ダイヤさんは一瞬驚いた表情をして僕の方から顔を背けた。蜜柑畑を見つめながら、右手の人差し指で顎のホクロの所をそっと掻いている。
このお願いが断られる事は分かっている。彼女が僕の我がままを聞き入れてくれる訳がない。だから今のはダメ元で言った言葉。万一、偶然何かが噛み合って生徒会長の頭が縦に振られる事があれば嬉しい。そんなあり得もしない事を思いながら言っただけの、ただの自己満足だった。
「……なぜ、あなたに見せなければなりませんの」
「そうだよね。ごめん」
謝るとダイヤさんはまた僕の方を向いてくれる。その夕日に照らされた顔は、ほんのりと橙色の薄化粧を施しているように見えた。まるでこの内浦を包む黄昏が、一人の生徒会長をさらに美しく魅せているような錯覚を覚えた。
「…………」
ダイヤさんは口を閉ざしたままこちらを見つめてくる。その綺麗な瞳には、頼りない平凡な一人の男が映っている。
もし、ここに立っているのがテレビの中で輝いている俳優や、誰もが憧れるビッグスターだったのなら、彼女は頷いてくれただろうか。渋ったりせず、素直に我がままを許してくれただろうか。
ああ、きっと了承してくれた筈だ。僕が僕じゃなく、もっと素敵な人間だったらダイヤさんはこの想いを受け入れてくれたに違いない。
でも、彼女の前に立つのは何処にでもいるような男子高校生。何の取り得もない。誰かを満足させたり、幸せにする事など出来ない男。
そんな僕に出来るのは、ただ想う事。ただ、願う事。砕けない宝石を諦めずに砕こうとする事。
多分、それくらいだった。
「帰ろうか。今の話は無かった事にしてよ」
いつまでもここに立っていたら何れ夜が来てしまう。そこに彼女を居させる訳にはいかない。
そう言って後ろを振り返ろうとした。
「…………夕陽さん」
「? どうしたの?」
呼び止められるような小さい声に、疑問符を投げる。踵を返す途中だった身体を半身にさせたまま、彼女の事を見上げた。
ダイヤさんは目線を僕から逸らし、左肩に掛けた鞄の紐を手できゅっと握り締めて、反対の手の指先で長い髪を弄んでいる。
そんな姿を見つめていると、近くの草むらからひぐらしの鳴き声が聞こえてきた。夕暮れを告げる静かなバラードにそっと耳を傾けながら、どうしてそんなに居心地が悪そうな顔をしてるんだろうと訝しんだ時、目線の先にある血色の良い小さな唇が開かれる。
「どうしても、見たいですか?」
茜色に染まる坂道に零されたのは、そんなささやき。場所がここじゃなかったら他の物音に遮られて消えてしまっていたかもしれない、と思ってしまうほどに小さな声だった。
「もちろん。ダイヤさんが良いっていうなら、見たいに決まってるよ」
嬉しすぎて泣いちゃうくらい、なんて声にしなくてもいい言葉を咄嗟に飲み込んだ。言ったらダイヤさんが引いてしまう。まぁ、またいつものように『変な人』と言われるのがオチなんだろうけど。
どうしてそんな言葉を問い掛けてきたのか。彼女の思惑は何ひとつ読み取れない。多分、あの夕日が海に還ってしまったらもっと見えなくなってしまうだろう。
ダイヤさんは僕から目を逸らしたまま、数秒間何かを考えるような顔で固まっている。対する僕は何も考えず、彼女のこめかみに付いた白い髪飾りを見つめていた。
「えっと……」
慣れている筈の沈黙がめずらしくむず痒く感じ、口を閉ざしているダイヤさんに向かって声をかけようとした。
だが声を出した瞬間、その先に続く言葉を遮るかのようなタイミングで生徒会長はこちらを向き、閉ざしていた可愛らしい唇を開いた。
「いい、ですわ」
「え…………?」
「っ、ですから」
夢幻みたいな台詞が耳を通り抜けた瞬間、僕の口は勝手に声を出した。意思も理性も関係ない。熱いやかんに触れた時、思わず手を引っ込める時と同じ。身体は反射的にそんな反応をみせた。
「スクールアイドルをやってもいいと、言っているのですわ」
「…………いいの? 本当に?」
訊ねるとまた口を閉ざすダイヤさん。だが、今度はすぐに返事をくれる。
「ただし、条件があります」
「? それは、どんな?」
真面目な顔をしてそう言って来た彼女に、再度問い掛ける。今ならどんなに突飛なお願いをされても、即座に了承してしまいそうな気がした。だって、ダイヤさんがスクールアイドルをしてくれるって言うんだよ? そんな甘い蜜を見せられたら、罠だと思っていても飛びついてしまうのが男の
ダイヤさんは何故か少しばかり緊張した面持ち。一度ふぅ、と息を吐き、何かを決心するような表情をしながら僕と向き合ってくれた。
そして。
「…………あ、明日、買い物に付き合いなさい」
「…………ん?」
聞き間違いだろうか。それともまた幻聴が聞こえたのか。いや、違う。今のは僕の前に立っている女の子が口にした言葉。それを目と耳でちゃんと確かめた。でも、内容が予想の百八十度反対のベクトルを向いていたので、瞬時に信じる事が出来なかったんだ。
自分でもそれを自覚しているのか、ダイヤさんは僕の顔を見つめてもう一度唇を開いた。
「何も言わずに明日、私の買い物に付き合いなさい。それが条件ですわ」
オーケー。今の一言でさっきの言葉が聞き間違いじゃない事を確信した。というか。
「本当にそんな事でいいの?」
ダイヤさんは目線を斜め下に向けながら頷く。どうやら本気らしい。でも、どうして買い物なんだろう。あのダイヤさんがスクールアイドルをしてくれる、と約束をするほどの条件が買い物? それは、そこまで大事な事なのか。それとも何か違う思惑があるのだろうか。今はよく分からない。
「どうしても、あなたが必要なのですわ」
「─────」
「だから、お願いします」
しかも逆にお願いされる始末。これで余計に分からなくなった。誰よりもプライドが高いダイヤさんが僕にお願いしてきた。これはどう考えてもワケ有りに違いない。
もしそうだったとしても、ここで僕が彼女のお願いを聞くと言えばダイヤさんはスクールアイドルをしてくれる。なら、今は迷う必要なんてないだろう。
明日は土曜日。特に用事も入ってない。あるとしたら花丸といつものようにお寺の掃除をするくらいだ。だから大丈夫。
「いいよ。それでダイヤさんがスクールアイドルをしてくれるっていうなら、喜んで」
「…………絶対ですわよ? 来なかったら許しませんからね」
「なら、這ってでも行くよ。明日大きな地震が起きても、台風が来たって行く」
そんな事で、ダイヤさんが文化祭でスクールアイドルをする姿を見られるのなら。逆立ちしながらついて来いと言われても構わない。本気になるには十分すぎる条件だった。
「相変わらず変な人ですわね、あなたは」
「なんとでもいいなよ。ダイヤさんも、直前になってやらないとか言うのはダメだからね」
「…………べ、別にあなたの為にやる訳ではありませんが、条件を呑んでくれると言うのなら特別にして差し上げます」
ダイヤさんはふん、と鼻を鳴らし、ホクロの所を掻きながらそう言ってくれた。嘘を吐かない彼女がそう言ったのだから本当に約束してくれるらしい。
九月の黄昏は坂道を温かく照らす。僕の心も、あの夕日がくれるぬくもりと同じくらいの熱を帯びていた。
◇
「それじゃあね、ダイヤさん」
それから日が落ちる前に坂道を下り終え、夕日が西の山に隠れる直前に僕らはいつも別れる観光案内所の前に辿り着いた。
明日の会う場所と時間を決めて、それからはほとんど何も話さずにここまで歩いてきた。ときどき横目でダイヤさんの顔を見たけど、彼女は終始不機嫌そうな表情をしながら帰り道を歩いていた。でも、それについては何も思わない。そう決めてここまで歩いてきた。
近くにある街灯が光を灯す。何処からか夕餉の香りが漂ってくる。耳に届く、穏やかな波の音と防波堤の上に並んで座っている海鳥の鳴き声。そして、少しだけ気の早い鈴虫がその美しい鈴のような音を鳴らしている。
「絶対に遅れないでくださいね。むしろ私よりも早く着いて待っていてください」
「はいはい。今日のダイヤさんは心配性だね」
「……
何度やったか分からないやり取りをして、ダイヤさんは自分の家の方へと歩いて行く。
その凛とした背中を見送りながら願う。明日も晴れてくれますように、と。約束通り、彼女と会えるように、今日のような空を見せてください。
そんな風に心の中でお天道様に向かってお願いをしてから、お寺への帰り道を歩き出した。
「夕陽さん」
「うん?」
「また明日、ですわ」
そう言って、ダイヤさんは控え目に右手を振ってくれた。
次話/生徒会長はラブライバー