◇
翌日。朝早くから出掛ける準備をして、一人バスに揺られて到着したのは沼津駅前。週末の昼時であるからか、いつもより人気は多く見える。
花丸にはダイヤさんと買い物に行くとは言わずに、文化祭の買い出しに行く、と適当な言い訳を付けて家を出てきた。何となく、ダイヤさんは今日の事を誰にも知られたくないと思っているように見えたから。別段、花丸も気にしていなそうだったのでよかった。お菓子でも買って帰る事にしよう。
昨日の帰り道に指定された待ち合わせ場所に辿り着く。沼津市民がよく待ち合わせ場所として使う、蒸気機関車像の前。そこには待ち人を待つ人達が数人立っていた。僕もその人達に混ざるように、バーベルのような形をした像から少し離れた所に立ってダイヤさんを待つ事にする。
昨日の別れ際、早く着いて待っていろと言われたので、僕はあの子の言う通りにしている。ダイヤさんが僕と買い物に行く事をこだわっていた理由は、未だに分からない。
家に帰ってから仏壇にお線香をあげる時も、晩ご飯の支度をする時も、お風呂に入っている時も、テレビを見ながら花丸の肩を叩いている時も、寝る前に本を読んでいる時も、ひたすら自分なりに理由を考えてみたけど、結局浮かんでくるものは何ひとつなかった。謂わば当てはめるべき数式を知らないまま、難解な問題を解こうとしていたような感じ。そんなのどう考えたって解ける訳がない。でも、考えずにはいられなかったんだ。
「……うーん」
駅前ロータリーに流れる忙しない光景をぼんやりと眺めながら、周囲の誰にも聞こえないように唸ってみる。
まず、どうしてダイヤさんはスクールアイドルをやる事を約束してくれたのか。それほどに今日の買い物が重要だったという事は何となく分かる。けど、まさかあのダイヤさんが条件付きでも了承してくれた事に違和感を感じざるを得ない。何か裏があるのでは、と思ってしまう。
普段のダイヤさんなら、スクールアイドルのような学生の間で流行しているモノは簡単に受け入れない筈。昨日の帰りに僕がその話を出した時も、あの子は恥ずかしそうにしていた。なのに、最後は案外ライトな感じで約束してくれた。
そもそも、過去にスクールアイドルをしていたという事実も俄かには信じる事が出来ない。仲の良い鞠莉さんと果南さんに引っ張られてやり始めた、という想像は容易につくけれど、それにしてもダイヤさんがスクールアイドルを続ける姿がどうしてもイメージできない。鞠莉さんが聞かせてくれた昨日の話からして、彼女達は少なくともそれなりの期間スクールアイドルをしていたみたいだし、必然その間はダイヤさんもアイドルをしていた事になる。まったく思い浮かべる事は出来ないけれど。
あのダイヤさんがスクールアイドルを、した理由。
「あ」
それを考えていた時、ふとひとつの仮説が頭の中にある湖の水面に浮かんで来た。
浦の星女学院には以前から統合になる、という話があった。その噂を知っていた一年生の鞠莉さん達三人は、浦の星の知名度を上げる為に活動を始めた。鞠莉さんは街興しの一環としてやった、と言っていたし、その線はあながち間違いではないだろう。
スクールアイドルで人気を出して、統合を防ごうとする。ああ、それは僕が大好きなスクールアイドルグループがしようとした事と同じ。東京のある高校に一年間だけあった、かの有名なあの九人組のグループ。
彼女達の真似をして
ただ解せないのは、ダイヤさんが文化祭の出し物でスクールアイドルをする事に条件付きでも了承してくれた事だ。学校を救う為ならまだしも、文化祭のステージで歌って踊る事に、生徒達を盛り上げる以外の意味なんてない。そんな意味のない事を、あのダイヤさんがするだろうか。どんな条件をもってしても即座に断りそうなものなのに、あの子はそれを受け入れた。今日、僕が買い物に付き合うという本当に些細な条件だけで。
考えれば考えるほど分からなくなっていく。今日、あの子の買い物に付き合えばその理由が分かるのだろうか。あの硬度120%の生徒会長が、それほどの事をすると約束してくれた条件。
……なんだろう。今さらになって不安になってきた。甘い約束に苦い条件が付きまとうのはこの世界の理。想像を越えるような酷い事に巻き込まれたりするんじゃないよな。大丈夫だよね。
そんな事をひたすら頭の中で考え続ける。答えの分からない未来に悶々としながらその時が来るのを待っている時、一台のバスがロータリーに入ってくる。
「…………」
そうしてバス停の前でバスは止まり、数十秒の間を置いて動き出す。そうして僕の目は、そのバスに乗っていたであろう一人の女の子の姿を捉えた。
五十メートル程離れた場所に立つ女の子はきょろきょろと辺りを見渡し、それから蒸気機関車像の前にいる僕の存在に気づいたような素振りをした。右手を上げてみせると、彼女はつかつかとこちらに歩み寄ってくる。
「おはよう、ダイヤさん」
「ご機嫌ようですわ、夕陽さん」
薄手の白い長袖のケーブルニットに、藍色地に純白の花が所々に咲いたデザインのスカート。それから茶色のハイヒールを履いていて、秋の始まりらしい爽やかな服装を彼女はしていた。だが、いつもとは明らかに異なるファッションがあったので、そこだけは気になった。
「今日は眼鏡、してるんだね」
「う、うるさいですわ。人のファッションにとやかく言わないでください」
そんなつもりで言った訳じゃないけど、ダイヤさんは僕の言葉を違う意味で受け取ってしまったらしい。少しだけ怒らせてしまった。
ダイヤさんはいつもしていない赤いフレームの眼鏡を掛けていた。ファッションという言葉からして、あれは多分伊達メガネなんだろう。
ああ、分かってる。顔では平静を保っているが、心の中は大変な事になっているのはとっくに自覚してる。あれは反則だ。似合いすぎだろう。もういい加減にして。というか、僕は気づかないうちにそう言った属性を持っていたのだろうか。それならマズい。ずっと眼鏡をしていてください、と頭を下げてお願いしてしまいかねない。自重しよう。
ダイヤさんが普段と違うものを召している姿を見るだけで、僕の心臓は拍動の強さと速度を増してしまう。誤魔化そうと思ったけど、これはどうにも抑え切れない。
「に、似合ってるよ。すごく」
「───っ」
どうしていいか分からない状態で、口から零れ落ちてきたのはそんな短いセンテンス。それ以外の感想を言う事なんて、今の僕には出来なかった。いつも使っている建前を言えなかった。それくらい、あの赤いフレームの眼鏡はダイヤさんを魅力的に見せてくれていた。
ダイヤさんは眼鏡の真ん中にある繋ぎ目部分を左手の中指でそっと押し上げ、僕から目を逸らす。『そんな建前を言わないでください』という常套句が飛んでこない。なら、さっきの言葉は本音だった事を分かってもらえたみたいだ。
理由は何となく分かる。顔が焼けるように熱いから。きっと、僕が情けなく顔を紅潮させている姿を見て、ダイヤさんは先程の言葉を信じてくれたんだろう。今すぐこの場から逃げ出したいくらい恥ずかしいけど、本音が伝わってくれてよかったとも思えた。
「あ、あなたに褒められても嬉しくありませんわ」
「そう、だよね。ごめん」
ふん、と鼻を鳴らして彼女はそっぽを向く。頬が少しばかり赤く染まっているように見えたのは、恐らく気のせいだろう。
ホクロの所を掻きながら居心地悪そうにしてるダイヤさん。僕もかなり居づらいけど、それをいつまでも気にしていたら日が暮れてしまう。見慣れない私服姿に目を取られてしまって、頭が混乱してしまっていたんだ。そう思っておこう。
「それで、今日はどこに行くの?」
気を取り直して問い掛ける。心臓はまだ高鳴っているし、服の中には変な汗をかいてしまっていた。そのうち慣れると思うので、今はその反応を無視する事にする。
「…………」
「ダイヤさん?」
質問に答えが返ってこない。どうしてだろう。訝しみながら、目の前に立つ黒い髪の女の子の顔を見つめる。
ダイヤさんは口を閉ざして僕の事をジッと見つめていた。何かを言いあぐねているのか、右手で左肘の辺りを握ってそわそわとしているようにも見える。
聞こえてくるのは、車のクラクションと快速列車が通り抜けて行く音。それと駅前を歩く老若男女の雑踏くらい。
そうして数秒の間を置いて、ダイヤさんはようやく口を開く。
「……約束ですわ」
「え?」
「何も言わずに、付いてきなさい」
ダイヤさんはそれだけを言い残し、先に歩いて行く。僕は彼女の言葉に反応できず、少しの間その場に立ち尽くした。
◇
駅前の外堀通りを南に向かって歩くダイヤさんの後ろをついて行く。当然のように僕らの間に会話はない。特に雰囲気が悪い訳でもないし、ダイヤさんが不機嫌な訳でもない。
いや、むしろ心なしかダイヤさんの後ろ姿はいつもよりウキウキしているようにも見える。なぜだろう。気になる。でも何も言わずについて来いって言われたし、問い掛けるのも憚れた。目的地に着けば、その理由もわかるのだろうか。
ガード下の南にある交差点で歩道を反対側に渡り、左斜めに折れる。この先を進むと目立った建物も無くなってくる。あるのは古びた見た目の背の低いビルや老舗の飲食店。なのに、ダイヤさんは淡々と歩道を南に進んで行く。
「あれ……?」
そうして、建ち並ぶビルの前に人の列を見つけた。どうしてこんな所に行列が、と思った時、その場所に関係する出来事があった事を思い出す。
けど、違うよな。あのダイヤさんが、
そう思いながらその行列の横を通り抜けようとしたのに、ダイヤさんは何故か列の一番後ろに並び出した。
「…………」
「…………???」
ちょっと待ってくれ。これはどういう事だろう。予想外過ぎて、思考回路が目の前に現れた状況を正確に読み取ってくれない。一体どんな目的で彼女はこの行列に並んだんだ。まったく持って意味が分からない。
ここは、今年の冬にオープンしたアニメやゲームのグッズを専門的に揃えるお店。近年人気があるスクールアイドルのグッズなんかも数多く取り揃えてあり、沼津に在住の僕を含めた
そこまではいい。問題は何故、ダイヤさんがその店の前に出来た行列に並んでいるか、という事だ。いや、普通に考えれば今日発売のあれを買いに来たんだ、と思えばいいのだろうけど、如何せんそこに並ぶ一人の女の子の所為で脳が通常の思考判断をしてくれない。
だって、あのダイヤさんだよ? 学校では男子生徒に硬度120%の生徒会長と恐れられ、自他ともに認める真面目で完璧な優等生のあのダイヤさん
どう考えても信じられない。どうして彼女がここにくる必要がある。そう考えた時、今までさんざん考えていたテーマのピースがカチン、と音を立てて嵌る感じがした。
「…………まさか」
ダイヤさんは僕に、何も言わずについて来いと言った。そして、彼女は普段掛けない眼鏡をしている。それがもし、ここに並ぶ為の変装の一種だというのなら、この仮説はさらに答えへと近づく。
そして、二十人ほどの行列の先に建てられている看板には─────
“本日発売! 第二回ラブライブ! 完全収録版 Blu-ray & DVD(高画質版4K対応)
ドキュメンタリー『μ´sが歩んだキセキの物語』も収録!
※人気商品の為、一名様限定商品となります。”
オーケー。そういう事か。理由までは分からないが目的は理解した。どうやらダイヤさんは今日発売のあのライブDVDを買いに来たらしい。うん、冷静に考えても意味が分からない。どうしてダイヤさんがあれを買いに来てるんだろう。あまりにも突飛な現実に自分が夢でも見ているのか、という気分になってきた。
看板の下に書かれている文字のお陰で、僕がここに必要だった意味も分かってしまった。真意までは見えないが、恐らくあれを二つ手に入れる為に僕が居なくてはならないという事だろう。
「ねぇ、ダイヤさ───」
「黙りなさい。店を出るまでに余計な口を利いたら、承知しませんわ」
「は、はい」
後ろから声をかけようとしたら、食い気味でそう返された。しかも物凄い迫力で。彼女は前を見ているから表情までは読み取れないというのに、とにかく凄まじい雰囲気を醸し出しているのが分かる。思わず怯んでしまったくらい。
僕達の後ろには開店を待つ人達が続々と並んでくる。ここで列の外に出たらダイヤさんは恐らく僕の事を本気で許さないだろう。なんとなく、そんな殺気のようなものが出てるように見えた。
綺麗な黒髪がかかるダイヤさんの小振りな耳は、これでもかというくらい真っ赤に染まっていた。
彼女の顔を前から見たらそれはそれでまた怒られるような気がしたので、今は我慢する事にした。
───そうして開店時間が訪れ、ダイヤさんはお目当てであったあのライブDVDを手に入れていた。並んでいる時も商品を手渡される時も(予約してたのでお金は払わなかった)、僕らは本当に一言も喋らなかった。訂正、喋れなかった。ダイヤさんは無言を貫いていたし、彼女が出す雰囲気に負けて言葉を放つ事など、僕には許されなかったから。
一限の商品を二つ手に入れる為に、僕は今日、ここへ連れて来られたらしい。何となく腑に落ちる部分はあるが、何故ついてくるのが僕だったのか。真意のほどは分からない。
先に店を出て行ったダイヤさん。彼女は店の前に立って僕が出てくるのを待っていてくれた。顔は赤く、何故かこちらを細い目で睨みつけてくる。“ゲーマーズ沼津店”と書かれた白いビニール袋を両手で持ち、もじもじと身体を細かく揺らしていた。恥ずかしそうにするダイヤさんを見た瞬間、心臓が痛み出したけど何とか抑える事に成功。危なかった。うっかり倒れてしまうところだった。
訊きたい事が最早両手では収まらないくらいあったので、とりあえず場所を変更する。
ひとまず近くにあった名前はヤバそうだが中身は全然ヤバくない喫茶店に入り、店員さんに窓際の席に案内されて、僕らは椅子に腰掛けた。
「───もう喋ってもいいよね?」
そうして今に至る。向かいの席に座るダイヤさんはこくりと頷いてくれた。むすっとした表情で目線は机の上に注がれている。頬はまだほんのりと赤く、照れているのか怒っているのかよく分からないような顔をしていた。
お冷を貰い、注文は後にすると言ったら、若い女性の店員さんはすぐに頭を下げて『ごゆっくり』と言い残し、厨房の方へと下がって行った。美しい音を鳴らす鹿威しみたいに綺麗な礼だった。
僕が受け取った分のDVDはまだダイヤさんに渡していない。今からする質問に答えてくれなかったら、これを人質? にして尋問する予定でいる。答えなかったら僕のものにさせてもらおう。部屋には既にひとつあるけど、それはまた別の話。
「それで、これはどういう事なのかな」
ライブDVDが入ったビニール袋を机の上に置き、それを指差しながら訊ねる。赤いフレームの眼鏡を掛けたダイヤさんは未だ僕に目を合わせない。そっぽを向きながら、机の上に置かれた
「…………」
「怒らないから、教えて? ダイヤさんが誰にも言わないでって言うなら、僕は誰にも言わないから」
答えないダイヤさんに諭すように言った。これくらい低姿勢で行かなかったらいつまでも話してくれない気がした。
ダイヤさんは言いづらそうに可愛らしい唇を尖らせる。怒られていじける小さな子供みたいな仕草にときめきを感じてしまったが、それは置いておこう。
「…………から、ですわ」
「え?」
少しの間を置いてから、何かを囁くダイヤさん。だが、その声はすぐ傍に居る僕の耳まで届かず、静かな店内に流れるジャズミュージックに掻き消された。
ダイヤさんは一度息を吐き、話す事を決心するような顔つきで僕の方を向いてくれる。それはどこか、諦観にも似た表情にも見える気がした。
「……どうしても、欲しかったから、ですわ」
「…………これを?」
黒い髪がこくりと頷く。なるほど。次、行ってみよう。
「どうして、これが欲しかったの?」
「……好きだからですわ」
「スクールアイドルが? それともμ´sが?」
「どちらも、ですわ」
なんと。衝撃の事実が今、ダイヤさんの口から語られた。ここでショックを受けてしまうのも簡単だが、それでは話が前に進まない。ニヤケてしまいそうになる顔を頼りないポーカーフェイススキルで誤魔化す事にしよう。
「なんで、僕が必要だったのかな」
「……一昨日、妹のルビィが熱を出してしまったのです。一緒に来る筈だったのに」
「じゃあ、これはルビィちゃんの分なの?」
ダイヤさんは首を横に振る。それからまた、答えを話し出す。
「ひとつは観賞用。もうひとつは保存用ですわ」
ああ、分かった。この子はどうやら本当にスクールアイドルが大好きらしい。これは巷で言う“ガチ勢”というやつだ。僕の中では同じ物を二つ以上買う人は、大抵その称号が付けられると決まっている。まさかダイヤさんがそのガチ勢に含まれる人だったなんて、出会ってから今日まで一ミリも想像した事すらなかった。
「だから二つ買う為に、僕が必要だったんだね」
「…………はい」
ダイヤさんはシュンと肩を縮めながら俯いて答えてくれた。大体のピースが嵌って、ようやく本当に見たかった絵柄を見る事が出来た。……予想していた絵柄とは、だいぶかけ離れていたけれど。
「でも、どうしてあのお店だったの? ネットとかでも買えた筈だよね」
「そ、それは、その……」
残った解せない部分を訊ねると、ダイヤさんは途端に答えにくそうな表情をした。
このDVDが世間で人気な事は僕もよく知っている。恐らく、今日買う事が出来なかったら再販まで数カ月待たなくてはならなくなる。そしたらオークションなんかで高値で取引されるのは目に見えている未来。ただ、ネットを使えば数週間前から予約が出来た筈。僕だって確実に手に入れる為にそうした。
なのに、ダイヤさんは敢えて後日に回せない店頭受け取りを選んだ。そこには、どんな理由があるのだろう。
そう思いながら向かいに座る生徒会長さんを見つめていると、彼女は徐に自分が持っている分のビニール袋の中から何かを取り出した。
そして、それを広げて僕に見せてくれる。心底、恥ずかしそうな顔をしながら。
「それは?」
「あの店で買うと付いてくる、限定タペストリーですわ」
「…………続けて?」
「μ´sの小泉花陽さんとエリーチカさま───で、ではなく、絢瀬絵里さんのタペストリー……ですわ」
ダイヤさんの説明を聞いて、窓の外へと視線を向けながら何も言わずに頭を頷かせる。前を向いてしまったら最後だ。絶対に吹き出してしまう自信がある。
窓に映っている自分の顔がめちゃくちゃ引き攣っていた。これはもうしょうがないだろう。ここでニヤけるなと言われたら流石の僕でも怒る。むしろ耐えている事を誰かに褒めてほしいくらいだった。
そうか。ダイヤさんはあの店で買うと付いてくる限定のグッズをゲットする為に、どうしてもライブDVDを手に入れる必要があったらしい。ヤバい。腹筋が壊れそうだ。誰か助けてっ!
「そ、そっか」
「………………」
ダイヤさんが持っているタペストリーに映った小泉花陽ちゃんがよく言う常套句を心の中で叫びながら、かろうじてそう答えた。
これで全てのピースが揃った。彼女がこの場所に僕を連れてきた事、そしてスクールアイドルをしてほしいというお願いを聞いてくれた事の答えがようやく分かった。
ダイヤさんはスクールアイドルが好き。だから、僕が文化祭でスクールアイドルをしてほしいと言わなくとも、彼女は最初からやる気があったのだろう。そうじゃなかったら、こんな安い条件で約束してくれる訳がない。
というかそもそも。
「だったら、隠さずに最初からそう言ってくれればよかったのに」
「え…………?」
そう言うと、ダイヤさんは目を丸くしてこちらを見つめてくる。なんとなく、いつもの硬度よりだいぶ下がっている気がした。
硬度50%くらいのダイヤさんに向かって、僕は言いたい事を言う。
「そういう事だったら、約束なんてしなくても僕は来てあげたよ、って」
「…………どうして?」
ダイヤさんは少しだけ潤ませた瞳で僕を見つめてくる。いつもより弱々しい彼女も新鮮だな、と思いながらその返事をする。
そうだ。そういう事なら約束をしなくても、僕はここに来ただろう。それは、どうしてもあのライブDVDを欲しがった彼女の気持ちが痛いほど分かるから。
そして、一番の理由は。
「僕も大好きなんだ、μ´s」
「っ!」
「多分、ダイヤさんに負けないくらいね」
そんな風にカミングアウトする。別に今まで隠していた訳じゃないけど、打ち明ける意味もないと思ったから言わなかっただけ。知名度があると言ってもひけらかすような趣味でもないし、よく思われない事の方が多いから。
───そう、僕はスクールアイドルが好き。ダイヤさんに言ったように、大抵の人には負けないくらい詳しいと自負している。知っているのは信吾くらい。これは花丸も知らない。流石に貸し与えてもらったお寺の部屋にスクールアイドルのポスターやら雑誌の切り抜きは貼れないので、居候をしている間は我慢をしている。仏様が見たら驚いて腰を抜かしちゃうだろうから。
実家の部屋は正直、誰にも見せられないくらい凄いと自分でも思う。本当に理解してくれる人じゃないと入れる事は出来ない。一度信吾に入ってもらったらドン引きされた記憶がある。
周囲に好きだと言う人が居ないので話すら出来ない。一カ月に一回のペースで行っているライブも、本当は誰かと行ってみたい。そんな友達が一人くらい居てもいいな、と思うけど、俄かな人とでは話が合わないので今まで披瀝する事はなかった。
だから、ダイヤさんが本当にスクールアイドルが好きな人だった事を知って嬉しかった。彼女がどれくらいの実力を持っているかは知らないけれど、保存用のDVDまで購入するくらいだ。少なくとも、今まで出会って来た人達の中ではそれなりに詳しそうな部類にカテゴライズされるかもしれない。
「…………また、そんな建前を」
「建前じゃないって。僕は本当にスクールアイドルが好きなんだよ」
僕のカミングアウトを聞いたダイヤさんは一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐに不機嫌そうな表情に変わった。恐らく、彼女と話を合わせる為に建前を言ったのだと勘違いしたのだろう。けど残念ながら、今のは建前でも嘘でも冗談でもない。それを分かってもらうには、どうすればいいかな。
そんな事を考えながらお冷を一口飲んだ時、ダイヤさんは僕の事を鋭い目で見つめながら口を開く。
「なら、証拠を見せなさい」
「証拠?」
「そうですわ。貴方がそこまでμ´sが好きだと言うなら、今から私が出すクイズに答えてみなさい」
ダイヤさんは真面目な顔をしてそう言ってくる。なるほど、そういう事なら話は早い。彼女が出す質問に答えられたのなら、僕がスクールアイドルが好きな事を認めてくれるだろう。逆に答えられなかったら、ダイヤさんは間違いなく僕を認めてくれない。
もっとも、間違える気などさらさらないけれど。
「いいよ。何だって答えてあげるから」
「言いましたね。後悔しても知りませんわよ?」
余程自信があるのか、ダイヤさんは強気だ。先ほどまで下がっていた硬度がいつもの硬さを取り戻してきている。
彼女のラブライブ愛がどの程度のレベルにあるか。また、僕とどれくらいの差があるのか。
腕試しと行こうじゃないか。
次話/オタクは好きな事の話になると面倒くさい