◇
「───第一問。μ´sのメンバーがグループに参加した順番を正しく答えなさい。前後していても間違いとしますわ」
ひとまず店員さんにアイスコーヒーを二つ頼んだ後、早速ダイヤさんは僕にそんな問題を出してきた。
彼女の顔は、出会ったばかりの頃と変わりないように見える。つまり、目の前に座る僕を完全に敵として認識していた。あれは僕に負けを認めさせ、自らの前に屈服させようとしている目だ。人間は強さという武器を使って、他者を跪かせる事を好む動物。言ってみれば、今のダイヤさんは人間が持つ本能に従っている。
だが同時に、人は力で屈服させようとしてくる他者に抗おうとする本能も兼ね備えている。迎え撃つ僕は、その本能に従ってやろうじゃないか。
第一問目の問題を聞いて、即座に頭の中にある抽斗の中から答えを探し出し、それを言葉に換えてアウトプットする。
「リーダーの高坂穂乃果さん。次に南ことりさん、園田海未さん。それから一年生の小泉花陽さん。星空凛さんと西木野真姫さんは同時。三年生の矢澤にこちゃん、絢瀬絵里さん、最後に東條希さん、だよ」
「…………正解です。ふん、このくらい一般常識の範疇ですわ。むしろ知らない方がおかしいと思いなさい」
さらっと答えてみせると、ダイヤさんは腕組みをしながらそう言ってくる。たしかに、スクールアイドル好きの人間からすればこんなもの初歩中の初歩だ。恐らくダイヤさんは僕の実力を測る為に、わざと簡単な質問をして来たのだろう。そうじゃなかったら期待外れも良いところだ。
「さぁ、次はどんな問題?」
「第二問。高坂穂乃果さんの実家である和菓子屋の名前は?」
「穂むら」
「……次、南ことりさんが隠れてしていたバイトは? そしてバイト時の名前も答えなさい」
「秋葉原のメイド喫茶。伝説のメイド、ミナリンスキーだね」
「正解、ですわ」
第二問、第三問と続けて正解する。こんなもの朝飯前だ。何十、いや、何百回μ´sに関する雑誌やドキュメンタリーを見たと思ってる。このくらいの質問ならば、条件反射で答えられるくらいだ。問題が耳を通り抜けた瞬間にもう答えが口から出てくる。つい要らない情報まで語ってしまいそうになるくらい。
ダイヤさんは僕の顔をジトっとした目つきで見つめてくる。ここまで考える間もなく即答しているところから、それなりの実力は持っていると思い始めたのか。
「レベルを上げますわ、第四問。μ´sがラブライブ二次予選、あの伝説とも言われるライブで歌った曲は?」
「? Snow halation」
ダイヤさんの言葉とクイズの矛盾に疑問が浮かぶ。そんなもの、μ´sやスクールアイドルを知らない人でも理解してる一般常識だ。むしろあのライブシーンを見た事がない日本人はこの島に存在する訳がない。これは少しばかり誇張した表現かもしれないが、それくらい有名な話なんだ。
なのに、彼女はこの問題でレベルを上げると前置きした。その思惑はなんだ? 一体何を考えている。
そう訝しみながら向かいの席に座るダイヤさんの顔を見つめていると、彼女はニヤリと口の端を釣り上げた。それはまるで、愚かな人を騙す頭の良い詐欺師のような表情だった。
それからすぐに、唇は開かれる。
「ですが、彼女達があの楽曲を作った時、一人ずつ言葉を出し合って歌詞を考えたと言われています。歌詞中にある言葉から誰がどのワードを選んだか、答えなさい」
「っ!」
そういう事か。最初の質問はフェイクだった訳だな。流石の僕でも質問を聞いて、すんなり答えられるほどの難易度では無くなってきた。
だが、必ず答えてみせる。
「ふふ。どうしました? 早く答えなさい」
「…………」
ダイヤさんは机の上に左肘を置いて綺麗な顎を手に乗せ、得意げな顔で僕の事を見つめてくる。間違いない。あれは、僕がここで降参すると思っている表情だ。今までの緩やかだと思わせておいた難易度を急激に上げる事によって、精神的な揺さぶりをかけてきたと思われる。
どうやら、ここまではダイヤさんの思惑通りに進んでいるらしい。そんな質問やクイズの策略を即座に考えられるという事は、彼女は僕が思っていたよりもずっと実力を持っている事になる。さらに、この問題に答えられたとしてもここからどこまで深い質問をしてくるのか、と不安に陥らせる事によって回答者の考えを纏めさせにくくしてる。やるな、ダイヤさん。完全にクイズ慣れしている者のやり方だ。
しかし、僕だって伊達にスクールアイドル好きを自負している訳じゃない。恥ずかしくて公言する事は出来ていないけれど、約四年間、一人でただひたすらに掻き集めてきた知識の量だけは誰にも負けない。負けてはならない。
記憶の奥に置かれたボックスを開け、そこに入っているであろう答えを探す。そして、そこに忘れかけていた記憶の欠片を見つけた。
ああ、これなら大丈夫。どうやら、かろうじて残ってくれていたみたいだ。
「……穂乃果さん『想い』、花陽さん『メロディ』、海未さん『予感』、凛さん『不思議』、真姫さん『未来』、ことりさん『ときめき』、にこちゃん『空』、絵里さん『気持ち』、希さん……『好き』。で、合ってる?」
頭の中で間違いがないかを審査しながら、ひとつずつ言葉にしていった。これで不正解なら、潔く負けを認めざるを得ない。でも、これで正しい筈だ。過去の僕が覚えていてくれた知識を今、僕は信じる。
殊勝な顔をしていたダイヤさんは、僕の答えを聞いて顔色を変えていた。
『どうして答えられるのです』と、綺麗な顔に書いてある気がする。
「…………正解ですわ」
彼女の言葉を聞き、机の下で拳を握りしめる。手の平は緊張の所為か少々汗ばんでいた。危なげない感じだったけど、何とか正解できたので良しとしよう。
今レベルの問題なら、以前秋葉原で開催していたスクールアイドルのクイズ大会で、最後に数問出てきた覚えがある。ちなみに僕は、その第二回大会で優勝している。
第一回大会の優勝、準優勝者は地方から来た姉妹二人組だった、とやけにハイテンションな解説のお姉さんが熱く語っていた気がするけど、今は忘れよう。
「どう? これで僕がにわかなファンじゃないのは分かってくれた?」
今度はこちらが有利に立つ。足元を掬う、っていうのはこんな時に使える言葉らしい。僕はダイヤさんの足元を掬い、間違いなく彼女の認識を改める事に成功した。
だが、この程度で硬度120%を誇る生徒会長は納得してくれない。それは彼女の表情を見ていればよく分かった。何処からどう見たって負けず嫌いな性格をしていそうなダイヤさんが、これくらいで敗北を認める訳がないのは火を見るよりも明らかだった。
「ま、まだですわ。まだ、あなたを認める訳にはいきません」
「じゃあ、どうしたら認めてくれるの?」
「…………最後の問題を答えたら、特別に認めてあげましょう。最も、この問題はルビィや私でさえも分からない問題です。それをあなたが答えることが出来たら、認めざるを得ません」
彼女は真面目な顔をしてそう言ってくる。ファンである人でも分からない問題を果たしてクイズと言えるのかは微妙なところだけど、まあいい。とりあえず聞いてみる事にしよう。
「いいよ。もしかしたら、答えられるかもしれないからね」
「では、参りますわ」
赤いフレームの眼鏡を掛けたダイヤさんは、深碧の瞳をジッと僕の方へ向けてくる。どんな問題が来るのか。その小さな沈黙の中で少しばかりの緊張を覚えた。
「───μ´sが秋葉ドームで最後のライブをする前、数日アメリカに滞在した事は、夕陽さんもご存知ですね?」
「うん。Angelic AngelのPVを撮ったんだよね?」
「そうですわ。ですがそのアメリカで、リーダーの高坂穂乃果さんは
「…………」
「その日本人とは誰だったのか。答えられますか?」
ダイヤさんの言葉を聞いて、腑に落ちる。その話は僕も知っていた。ただ、話を知っているだけ。
高坂穂乃果さんはアメリカで電車を乗り間違え、メンバーを離れ離れになってしまった。その時に偶然、駅の前で歌っている一人のシンガーソングライターの女性と出会った、という話。
今でこそμ´sの歴史は伝説として様々なメディアで取り上げられているが、その話だけはどの雑誌やドキュメンタリーにも記録されていなかった。さらに、穂乃果さん以外のメンバーもその女性を知らないとまで語っていたのを見たことがある。
だが、僕はその正体を知っている。たぶんこれは相当なラブライバーでも答えられない。だからこれ以上の難易度の問題はあり得ない。ダイヤさんがそのレベルを求めているのならば、僕も彼女が欲している答えを述べられる領域まで自らを昇華させるべきだろう。
頭を回せ。同時に、思考を纏めろ。余計なことは考えるな。結婚式当日に指輪を失くした新郎のように、必死にその答えを頭のどこかから探し出せ。
数十秒の沈黙を置き、目線の先にいる生徒会長の顔を見た。
「それは────」
そして、僕はその質問に答える。
それを聞いて、ようやくダイヤさんは僕を認めてくれたようだった。
◇
スクールアイドル・クイズ大会が終わり、そのヤバそうでヤバくないお店で有名なナポリタンを食べてから僕らは外へと出た。
特にやる事も目的地もないけれど、何となく駅前をぶらぶらしてみる事になって今に至っている。いや、帰ろうと言えば帰ったのだろうけど、ダイヤさんの様子がいつもと異なっていたので単に言い出せなかっただけ。
「ああ、良いよね。あの第二回の予選でμ´sが着てた衣装。何だか儚い妖精みたいで」
「そうですわ。そしてあの予選に出る前、衣装担当の南ことりさん、作詞担当の園田海未さん、作曲担当の西木野真姫さんがスランプに陥っていたのはご存知でしょう? 西木野真姫さんの別荘がある山間部で行った合宿にてそれを乗り越え、μ´sはあの名曲“ユメノトビラ”を作り上げたのですわ。……嗚呼、なんて感動的な物語なのでしょう。思い返すだけで胸が熱くなりますわ」
ダイヤさんは僕の隣を歩きながら、μ´sの歴史を熱く語っている。知識量も凄いが、その狂気とも言える熱狂度合いには僕も驚かされるものがあった。まさかあの生徒会長がここまでスクールアイドルを愛していたとは、僕らのクラスの男子はもちろん、全学年の男子達は一人たりとも知らない事実だろう。
先ほどのクイズを終えてダイヤさんは、自分がラブライバーであることは誰にも教えるな、と釘を刺して来たので絶対に言わないと約束した。口が堅いのは僕の数少ない長所とも言える。ただ、何も条件を付けずに了承してしまったらもったいない。なので一応、再確認の意味も込めて誰にも言わない代わりに、文化祭でスクールアイドルをしてくれるようお願いした。
ダイヤさんは『し、仕方ないですわね』と言いながら僕のお願いを受け入れてくれた。それは恐らく、僕が自分と同類の人間である事を理解して、ほんの少しだけ心を開いてくれたからだと思っている。都合の良い考え方かもしれないが、勝手に思っておくくらいはかまわないだろう。
正直言うと、僕も嬉しい。だって好きな女の子が、偶然自分と同じ趣味をしていた事を知ったんだよ? しかも全くにわかなどではなく、自身と肩を並べるほどの知識量と愛を持っていた。その衝撃の事実を知って、嬉しいと思わない訳がない。
隣を歩きながら、楽しそうにμ´sの素晴らしさを語っているダイヤさん。こんな顔の彼女は初めて見た気がする。学校が統合になってからこの半年間で、ダイヤさんの笑顔は数え切れないほど見て来た。けど、こんな風に自分の好きなものの話題を心底嬉しそうに喋るダイヤさんを、僕は一度も見た事がない。むしろこんなに長い時間、何かの物事に必要のない話をした事もなかった。
だからこそ新鮮だった。知らなかった一面を知る事が出来て(しかもその一面は僕とほとんど同じ色をしていた)、彼女と大好きな事で話を合わせる事が出来て、本当に心の底から嬉しかった。スクールアイドルを好きでいてよかった、とダイヤさんの横顔を見ながら心の中で思い、感謝をする。
「ダイヤさんは、μ´sの中だと絵里さんが好きなの?」
「愚問ですわ。スクールアイドルをやりながら生徒会長を務めていた。世界一クールなあのお方を好きにならない理由が、私のどこにあるというのです?」
信号待ちをしながら、ふとさっきの店で話していた時に感じた違和感を訊ねると、隣からそんな答えが返ってきた。そして何故かちょっと怒ってる。そんな事は言葉にしなくとも察しろ、と言いたげな表情だった。
まぁ、たしかにμ´sの中で言えば断トツで絢瀬絵里さんがダイヤさんには合っている。綺麗で真面目で頭も良く、生徒達からも信頼されている。実は暗いところが怖いとか、たまに抜けているところがあるという裏話も他メンバーのインタビューに書いてあった。それはそれでギャップがあっていい。そういった部分も人気が出る要因になっているのだろう、と昔から分析していた。それはいいとして。
「じゃあ、ダイヤさんは絵里さんに憧れて生徒会長になったんだ」
「…………そ、そうですわ」
僕の言葉に、バツが悪そうな表情で答えてくれるダイヤさん。なんとなく予想はしていたけど、実際に彼女の口から肯定の言葉を聞いたら思わずニヤケてしまいそうになった。咄嗟に顔を彼女が立つ側とは反対の方向へ向ける。
「やっぱりそうだったんだね」
「な、なんですのその顔は。文句があるなら言ってみなさい」
気にしていない感じで言ったのに、ダイヤさんは僕の顔つきに不満があるみたいだった。いつも通りの表情を繕っていたけど、どうやら彼女にはそう見えなかったらしい。
「いや、文句はないよ。ダイヤさんらしいな、って思ってただけ」
「……少々小馬鹿にされている感じも否めませんが、まあいいでしょう。特別に許して差し上げます」
「ふふ、ありがとう。ダイヤさんは優しいね」
「こんなものは優しさの内に入りませんわ。勘違いしないように」
赤いフレームの眼鏡を掛けたダイヤさんはそう言ってふん、と顔を背ける。でも、声のトーンがいつもより明るくて嬉しそうだったので、怒っている訳ではなさそうだった。
お互いの大好きな事についてここまで話が出来るのなら、もっと前から打ち明けていればよかったと思ってしまった。そうすれば僕はダイヤさんの事を今よりもよく知る事が出来ただろうし、反対に僕の事をダイヤさんに知ってもらえる事が出来たかもしれないのに。
それを惜しい、とは思うけれど、見方を変えれば今日知る事が出来てよかったとも思える。このまま何も知らずに卒業してしまったら、僕はもっと大きな後悔をしていたと思うから。
信号が青に変わり、僕らは歩き出す。東の方角から吹いてきた風が隣を歩くダイヤさんの黒髪を揺らして、沼津駅前の何処かへと消えて行く。金木犀の香りがした。あの花が咲くにはまだ時期は早いというのに。
「お願いしまーす」
「あ、どうも」
「ありがとうございましたー」
信号を渡った先に立っていたティッシュ配りのお姉さんにポケットティッシュを渡され、思わず受け取ってしまった。後で使える時が来るかもしれないのでありがたく貰っておこう。
「それで、あなたは誰が好きですの」
「え?」
「μ´sのメンバーの中で、誰が一番好きなのかを訊いているのですわ」
お姉さんから渡されたポケットティッシュをパーカーのポケットに入れた時、ダイヤさんにそう言われる。脈絡がない訳じゃないけど、唐突な質問だったので一瞬なんの事を訊かれているのか分からなかった。
眼鏡を掛けたダイヤさんは横目で僕の方を見てくる。ハイヒールを履いているからか、彼女の目線がいつもより高い。ちょうど同じくらいの高さになっていた。それを自覚しただけで、何故か心拍の速度が普段より早まる気がした。
μ´sの中で誰が一番好きか。言わずもがな、僕には嫌いなメンバーなんて一人として存在しない。けど、贔屓してしまう人は当然のように居る。いわゆる、推しメンというやつだ。
ダイヤさんは先ほど、絢瀬絵里さんを推していると言った。自分と同じグループが好きな人間が目の前にいたら、
話し相手の推しメンを訊く事により、話題の方向性は変わってくる。お互いが好きなメンバー同士の関わり方はこうだった、とか、こんなエピソードがあった、とかさらに一歩踏み込んだ細部の話まで出来るようになったりする。もしかしたら自分が知らない知識も得られる場合だってある。
……稀に、同じメンバーを推していたりすると謎の闘争心みたいなものが沸いてしまい、どちらがそのメンバーを愛しているか、という不毛な戦いに発展する事もあるので一概に愛をひけらかすのもよくはない。
だから僕はこういう場合、”訊かれたら答える“というスタンスを取っている。ダイヤさんのように、先に推しを教えてくれた方がなお嬉しい。万が一推しが同じだったりしたら、確実に相手よりも上だと思わせる為に何かしらの勝負を挑んでしまうから。こういった自分の好きな話になってしまうと、熱くなりすぎる性格をしている自分が少々情けなく思う時がある。これも趣味を容易く公言できない要因にもなっていると常々感じている。
ダイヤさんは眼鏡の向こう側にある深碧の瞳で、ジッと僕の顔を見つめてくる。そう言えばさっきのクイズを答える時、さらっとヒントを与えていたけどダイヤさんは気づいてなかったのかな。一人だけちゃん付けで呼んでいたから分かると思ったんだけど。
「僕は、にこちゃんが好きだよ」
「……にこさん。意外ですわね」
「そうかな?」
「ええ。あなたはどちらかというと、大人の雰囲気が漂っていて包容力のある希さんのような方を好むものだと思っていました」
「ああ」
ダイヤさんにそう言われ、少しだけ納得する。
別にコンプレックスでも無いけれど、僕は普通の高校三年生よりも幼く見られる。多分そういう見た目から、年下に甘えさせてくれる感じの希さんが好きそうだ、と彼女は言ったのだろう。
残念ながらその認識は異なっている。もちろん希さんが嫌いな訳じゃない。ただ、一番ににこちゃんを推してしまう大きな理由が、僕にはあるのだ。
「では何故、にこさんが好きなのです?」
「…………」
「? 夕陽さん?」
こういう話題になったら、当然のように理由を語らなくてはならない時が来るとは思っていた。ダイヤさんが絵里さんを好きになった理由を教えてくれたのと同じで、僕にも矢澤にこちゃんを好きになった理由がある。
けど、それを彼女に言うのはほんの少しだけ躊躇われた。何故か。答えは簡単。にこちゃんとダイヤさんに共通するものがあるからだ。
僕がダイヤさんを好きになってしまった理由のひとつに
「えっと、ね」
隣を歩くダイヤさんの方に目線を向ける。彼女は首を傾げて不思議そうな顔をして、答えを言い淀む僕の顔を見ていた。
それから、ダイヤさんの綺麗な
そう。僕が矢澤にこちゃんを好きになった理由と、ダイヤさんに惹かれ続けてしまう共通の理由は、そこにある。
「綺麗な黒髪、だから…………かな」
「ぇ…………」
「も、もちろんそれだけじゃないよ? ああいう髪型も、小悪魔っぽい性格も好きだし、意地っ張りで強がりなところとかも可愛くていいな、って思うし…………あ」
一番の理由をカミングアウトしてから、思わず焦ってしまった。よく分からない事を早口に並べて、最後には言わなくてもいい事を言った。
完全に墓穴を掘ってしまった。一体何をやっているんだろう、僕は。これでは僕が好きになる女の子はそんな髪色をしていて、強がりな性格をしている女の子だとダイヤさんに教えている事と同じじゃないか。ああもう、穴があったら入りたい。今なら自分で掘った墓穴にも入ってしまえそうだ。
「…………」
「…………」
思わず歩道の真ん中で立ち止まり、空を仰ぐ振りをする。ダイヤさんも数歩前で歩くのを止め、黙って僕の方を見ていた。でも表情までは見れない。このタイミングで見てしまったら何か違った思惑があるんじゃないか、と彼女が察してしまうかもしれない。
気まずい空気が駅前大通りに流れる。顔が熱い。普通に考えたら恥ずかしがらなくてもいい場面なのに、何を勝手に照れているのか。でも少しくらいは許してほしい。
だって、今のは。
「だから、僕はにこちゃんが好きなんだ」
遠回しに、ダイヤさんも好きだっていう事と同義になってしまう言葉だったから。
「そう、なのですか」
「うん。そういうことだよ」
そう言ってから、僕は歩き出す。その前に、ダイヤさんの事をさり気なく一瞥した。
ダイヤさんは何処か居心地悪そうに、指先で髪の毛先を弄っていた。
どうしようもなく美しくて思わず見惚れてしまう───その長い黒髪を。
次話/生徒会長、ツインテールになります