生徒会長は砕けない   作:雨魂

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文化祭の出し物=メイド喫茶の方程式は崩れない

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 時は過ぎ、僕らは遂に待ち侘びた文化祭当日を迎えた。

 

 これまでの一週間、本当に死ぬ思いで準備を重ねてきた。もはや勉強の為ではなく、文化祭の準備をする為に登校している感覚。働くっていうのはきっとこんな事を言うんだな、と社会という世界を知らないのに、何かを悟ってしまうほどの勢いで仕事をした。

 

 まず、教室で行う男装&女装喫茶の準備。さらに、ステージ出し物で行うダイヤさん達のスクールアイドルの準備も同時進行で進めた。

 

 沼津で一緒に買い物をした休日。あの時の約束通り、ダイヤさんは鞠莉さんの提案を受け入れてスクールアイドルをやる事を了承してくれた。その旨を鞠莉さんがクラスメイト達に説明すると、男子達は全員顎が外れるほどの衝撃を受けていた。そして何を思ったのか、数人がその話を聞いた時点で倒れた。

 

 そうしてダイヤさん、鞠莉さん、果南さんの三人は過去に作った曲と衣装をブラッシュアップする作業に取り掛かっていた。本番まで見ないでほしい、と言われたので僕達はそのお願いを了承。

 

 僕としても、本番のステージで新鮮な状態で三人のスクールアイドル姿を見たかったのでちょうどいい。そう言った話を踏まえて、彼女達は完全に僕らとは離れて準備をしていたのだった。

 

 

 

 ……これは非常にどうでもいい話だが、三人は一年生の時に作った衣装を作り直す前に、それを試しに着てみたらしい。

 

 だが、ここで問題が発生。ダイヤさんはすんなり着る事が出来たのだが、果南さんと鞠莉さんは着る事が出来なかったという。その理由は───言うまでもないだろう。二人の素晴らしいプロポーションは、二年間で劇的な成長を見せていたらしい。

 

 このエピソードを鞠莉さんから聞いた信吾は例のように鼻血を出して倒れ、顔を真っ赤にした果南さんに怒られていた。そういう事なら仕方ない、うん。たしかに二人とも制服の上からでも大きいからね。どこが、とは言わないけれど。

 

 その話を聞いている最中、ダイヤさんの事を見ていたら凄く睨まれた。なんでだろう。僕は何も言ってなかったのに。

 

 

 

 そう言った数々の出来事を経て、僕らは今日という日を迎えている。大抵の高校の文化祭は二日にわたって行われるが、浦の星の文化祭は一日だけ。

 

 朝早くから一般のお客さんが続々と校舎の中に入って来ていて、生徒数が少ないこの学校ではあまり見られない光景がそこにはあった。

 

 内浦の住民はこの文化祭を毎年楽しみにしているらしく、生徒だけではなく外部の人達も屋台を開いたりするみたいだった。言ってみれば、学校と地域とが連携した内浦の祭りとも取れるこの文化祭。会場が高校の校舎を使っているだけで、その認識でも恐らく間違いではないだろう。小さな街だからこそ出来る、生徒と住人との密着したつながり。ここは本当に良い街だと改めて思い知らされる。

 

 僕らのクラスが出店する喫茶店も、朝一からフル稼働する事になった。男装&女装喫茶、というインパクトのある出し物の所為か、パンフレットを見て試しに足を運んで来るお客さんが先程から後を絶たない。

 

 まだお昼前であるにもかかわらず、二十分待ちの行列が教室の外には出来ているらしい。

 

 らしいというのは、それを確認する暇もないという事。開店から二時間ほどが経過しているが、僕は未だに一度も休みを取っていない。息を吐く間もなくお客に呼ばれ、挨拶やら接客をし続けている。

 

 何故、そんな事になっているのかというと。

 

 

 

「いらっしゃいませ、お嬢さま。こちらへどうぞ」

 

 

 

 僕は今、喫茶店のメイドをしているから。

 

 いや、正確にはさせられていると言った方がいいだろう。クラスメイトの女子達が作ってくれた特注のメイド服に身を包み、教室にやって来るお客さんにこれでもか、というほど愛想を振り撒いている。凄く嫌な訳じゃないけど、やっぱり恥ずかしさは否めない。

 

 クラス全体の話し合いで店員役を決める話が出た時、真っ先に候補に挙がったのはもちろん我らが男子達の女装エース・橘信吾と、彼の彼女でありながらこれまた男装が似合いそうな松浦果南さん。

 

 この二人には絶対にメイドとウェイトレスをやらせる事が二秒で決定。誰一人として文句を言う人は居なかった。信吾は嫌がっていたけど、そんな反論を僕らのクラスメイト達が聞く訳もなく、強制的に選出された。果南さんもステージの出し物が始まるまではいいよ、という事で了承してくれた。

 

 それからクラスメイト達が多数決で選んだのは、何故か僕とダイヤさん。背も高くて美人なダイヤさんが男装をするのは分かる。でも、どうして僕が選ばれたのかは働いている今でも分からない。断るのも嫌だったので引き受けたけど。

 

 一応、クラスメイト達に理由を訊いてみたら『俺、ずっと前から夕陽の女装も見てみたかったんだ』とか『夕陽ならあるいは、信吾を越えられる可能性がある』とか『ひ弱な後輩メイドの夕陽くんと、厳しい先輩ウェイトレスのダイヤ。二人の禁断の関係…………んんっ///』とか全く持って理解出来ない(というかしたくない)意見が男女から挙がってきた。何だよ、僕とダイヤさんの禁断の関係って。そんなものを見て何が楽しいのさ。

 

 そんなこんなでほぼ強制的にメイド服を着させられ、僕らは教室に設けた即席の喫茶店で今もなお、忙しなく働いているのだった。

 

 

 

「─────あ、夕陽先輩っ」

 

「こんにちは、千歌さん」

 

「夕陽先輩かわい~っ、すっごく似合ってます! だよねだよね曜ちゃん、梨子ちゃんっ」

 

「うんっ。とっても似合ってるでありますっ。特に、この制服がなんとも……」

 

「────────」

 

 

 

 教室に入ってきた二年生の女子生徒三人組を席に案内する。蜜柑色の髪をした明るい女の子は、夏休みに果南さんに紹介されて知り合った高海千歌さん。彼女の隣に居る亜麻色の髪をした女の子も果南さんの幼馴染である、渡辺曜さん。そして三人目は、よく帰り道で見かける臙脂色の髪をした綺麗な女の子。名前は知らないけど、何度か見た事はある。

 

 似合う、と言われて悪い気はしない。けど可愛いと言われるのは男として少々屈辱的だ。そもそも、そういった方向性の喫茶店なので仕方ないと言えば仕方ないか。

 

 ……しかし、臙脂色の髪をした二年生の女の子がさっきからずっと真剣な顔をして僕の事を見てくるんだけど、どうかしたのかな。何か悪い事でもしてしまっただろうか。

 

 

 

「梨子ちゃん? どうしたの、そんな怖い顔して」

 

 

 

 席に座った千歌さんも彼女の様子がおかしい事に気づいたのか、僕の代わりに声をかけてくれた。どうやらこの子の名前は梨子ちゃん、というらしい。

 

 その梨子ちゃんと呼ばれた二年生の女の子は、僕の足先から顔までを琥珀色の瞳で隅々舐めるように見つめてきた。そして。

 

 

 

「…………か」

 

「か?」

 

「────かわいい、です。私、先輩のファンになりました」

 

 

 

 と、頬を赤らめながらそんな言葉を口にして、キラキラした視線を僕にくれたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 それからしばらくメイドの仕事に勤しんでいると、また顔なじみのお客さんが教室に入って来る。

 

 彼女達のエスコートを引き受け、早足で彼女達の方へ向かう。その途中、もう一人の店員がこちらに来ているのが視線の端に映った。

 

 

 

「いらっしゃいませ、お嬢さま」

 

「わぁ、ユウくんとっても可愛いずら~」

 

「うゆっ。あ、お姉ちゃんっ」

 

「二人とも。いらっしゃいませ、ですわ」

 

 

 

 入ってきたのは従妹の花丸と、彼女の友達でありダイヤさんの妹であるルビィちゃん。彼女達が来たのを見て、ウェイトレス姿のダイヤさんもエスコートに来てくれたらしい。

 

 僕らのクラスで男装&女装喫茶をやるのは、以前から花丸に伝えていた。今日もお寺を出てくる前、『何が何でもユウくんの可愛い姿を見に行くずらっ』と鼻息荒く語っていたので、いつ来るのかと楽しみに待っていた。

 

 でも、そんなに似合うのかな、このメイド服。自分ではよく分からない。僕なんかより信吾の方が百倍可愛いと思うけど。

 

 現在、信吾と果南さんは休憩中。後で花丸とルビィちゃんに信吾の超破壊力があるメイド姿を見てもらおう。間違いなく驚くに違いない。

 

 どうでもいいかもしれないが、既に信吾目当てで何度も訪れている生徒や一般客が数人出来ていた。さっきの梨子ちゃんと呼ばれた二年生も、余程この喫茶店を気に入ってくれたのか、二回ほど並び直して入って来てる。

 

 

 

「ダイヤさんも綺麗ずら~」

 

「ふふ。ありがとうございます、花丸さん」

 

「ゆ、夕陽先輩、凄いです。本当に女の子みたいですっ」

 

「ルビィちゃん。それは、僕を褒めてるのかな?」

 

 

 

 若干興奮した面持ちで言ってくるルビィちゃんにそう訊ねると、彼女は黙ってうんうん、と頭を頷かせてくれる。この出し物的には嬉しいけど、男としてのプライドを考えると素直に喜べない。信吾は女装される時、いつもこんな感情を抱いているのだろうか。

 

 

 

「そうですわね。本当に女性のようですわ」

 

「ダイヤさん。姉妹そろって僕をいじめないでくれる?」

 

「失敬な。私は本当の事を言っているだけですわ」

 

 

 

 ダイヤさんも妹の言葉に便乗して、そんな事を言ってくる。ルビィちゃんの言葉は本音の褒め言葉だったのは伝わったけど、ダイヤさんのは僕をからかっているものだと第六感で感じ取った。顔も笑ってるし。くそ、言い返したいけど上手い言葉がこんな時に出てこない。

 

 

 

「まぁいいけどさ。じゃあ、案内します」

 

「お嬢さま二名様、ご来店ですわ」

 

「「「「「いらっしゃいませ、お嬢さま」」」」」

 

「ずら~。マル達、お嬢さまになっちゃったずら」

 

「ぴぎっ。でも、ちょっと恥ずかしいかも」

 

 

 

 ダイヤさんがそう言うと、教室で接客している他のクラスメイトが声を揃えてそんな言葉を二人にかけてくれる。このみんなで声を合わせて挨拶をするシステムを決めたのは鞠莉さん。淡島ホテルのお嬢さまには本物のメイドが付いているらしいので、その辺りにはかなり厳しかった。

 

 なんで発声練習とか接客のシミュレーション訓練を数十時間にわたってしなければならなかったのか。お陰でこのクラスの喫茶店は超ハイクオリティな出し物に成り果ててしまっていた。体育祭に続き文化祭でも優勝しちゃったらどうするの。

 

 

 

「ではお嬢さま、こちらにお座りください」

 

「ずら」

 

「うゆ」

 

 

 

 窓際のテーブルに二人を案内し、ダイヤさんは花丸が座る椅子を引き、僕はルビィちゃんが座る椅子を引いて彼女達を座らせてあげた。洗練された僕らの接客能力に、花丸とルビィちゃんはご満悦な顔をしている。二人が楽しんでくれているようで何より。最後まで満足してもらえるように努めよう。

 

 

 

「こちらがメニューとなりますわ」

 

 

 

 ダイヤさんがラミネートされたメニュー表を二人に手渡す。飴色と朱色の女の子は一分ほどそのメニュー表と睨めっこして、僕らの方に顔を向けてくる。

 

 

 

「じゃあマルは、特製どら焼きとみかんジュースで」

 

「どら焼きと、みかんジュースがおひとつ」

 

「じゃあ、ルビィもみかんジュースと~……スイートポテトを十個っ!」

 

「ダメですわ」

 

「ぴぎぃっ!?」

 

 

 

 ウェイトレスからお客様に注文拒否が入った?! しかし、頼んだのがダイヤさんの妹であるルビィちゃんだったので、何やら訳があるらしい。

 

 

 

「スイートポテトはダメずらか?」

 

「だ、ダメなの、お姉ちゃん?」

 

 

 

 ここでルビィちゃんの必殺技・涙目の上目遣いがダイヤさんに炸裂。だが、ウェイトレス姿の生徒会長(お姉ちゃん)は妹のあざといおねだりをものともしない、というように平然とした姿勢を取っていた。一体何があったのだろう。

 

 

 

「ルビィお嬢さま」

 

「は、はい」

 

「私は昔からあなたに『人前でスイートポテトを食べていけない』と言い続けてきましたわ。その約束を守れないなら」

 

「……なら?」

 

「罰を与えるしか、ありませんわね」

 

「ぴぎっ」

 

 

 

 ダイヤさんはそう言って、ポケットの中からワサビのチューブのようなものをチラつかせた。その途端、ルビィちゃんの表情が急激に青ざめていく。何だろう、この姉妹のやり取り。どうやら我がままを言う妹を黙らせる魔法をお姉ちゃんは知っているらしかった。ルビィちゃんは厳しい飼い主に怯える小型犬みたいにぶるぶる震えている。水を差すようで悪いけど、今は文化祭の最中だからね? 彼女はお客様ですよ? そこのところ分かってますか、生徒会長。

 

 

 

「……じゃ、じゃあ、ホットケーキにする」

 

「かしこまりましたわ。少々お待ちくださいませ」

 

 

 

 ダイヤさんは二人に頭を下げて、ベランダで働いているクラスメイトのもとへ伝票を渡しに行く。彼女の毅然とした態度はどんな時でも、どんな人と話す時でも変わらないらしい。それがダイヤさんらしいと言えば、らしいとも言えるのだけれど。

 

 ダイヤさんの事を見送って、お姉さんに叱られたルビィちゃんを優しく慰めている花丸の事を眺めている時、教室の後ろの扉から一人のメイドがこちらへ来るのが見えた。

 

 

 

「お疲れ、信吾」

 

「よ。休憩、終わったぜ……って、花丸ちゃんと生徒会長の妹ちゃんじゃん」

 

「あ、信吾さ───」

 

「うゆ──────」

 

 

 

 そうして信吾に声をかけ、花丸とルビィちゃんが彼の方へと顔を向けた瞬間、二人の動きが同時に止まった。理由はよく分かる。今の信吾を見たら大半の人は言葉を失うと思うから。現に店内に居るお客さんの目線が軒並み、こちらに歩いてくる一人のメイドに向けられていた。

 

 

 

「ん? どうした、二人とも。なんか変なとこでもある?」

 

「…………すごいずら」

 

「…………すごいです」

 

「?」

 

 

 

 花丸とルビィちゃんは信吾の姿を見て、声を揃えてそう言った。だが、言われた本人は何が何だかわかっていないような顔をしてる。ていうか何で分からないんだろう。信吾は鏡を見ていないのだろうか。今の自分を見たら、みんなが驚く理由も一瞬で分かるだろうに。

 

 メイド姿の信吾は、とにかくヤバかった。思わず語彙力が欠落してしまうほどにヤバい。

 

 簡単に言うと、何処からどう見ても女の子にしか見えない。しかもただの女の子ではなく、超・美少女。

 

 髪には緩いウェーブがかかったロングヘアのウィッグが被せられ、その上に白いカチューシャが載せられている。白雪のような色をした頬に薄っすらと化粧を施し、もともと大きな緋色の目には長い付けまつげを装着。血色の良い唇にも、主張が強すぎない程度に抑えた色の口紅が塗られた。

 

 白を基調としたフリルのついたメイド服と黒のミニスカートが細身の体躯に纏わされ、陸上で鍛えて引き締まった脚には丈の長いニーソックス。そこに出現した絶対領域を見た時には僕もうっかりドキッとしてしまった。

 

 清楚でありながら、決して派手では無い。舞踏会に行く事を夢見ながらお城で一生懸命に働くシンデレラのように健気なその姿は、見ていると思わず男心の性感帯をくすぐられてしまう。

 

 たぶん彼は女の子として生まれ落ちる直前に、神様の手違いか何かでうっかり性別を男にされてしまったのだろう。だって、今の信吾を見たらそうとしか思えない。大袈裟ではなく、本気で。

 

 今の信吾は、僕達男子が一年生の頃から積み上げてきた努力の結晶そのもの。女子達は今の信吾を見て唖然とし、果南さんだけは心臓を押さえて倒れかけていた。

 

 それから女子達は信吾の事を取り囲み、彼の全身を隅々まで観察していた。『何なの。なんでこんなに可愛いの。マジ意味分かんないんだけど』と、数人の女子が信吾に向かってジェラシーを感じている光景は見ていて面白かった。

 

 何百回と信吾の事を女装させてきた男達は、信吾のメイド姿を見て涙を流していた。よかったね。僕も努力が報われる事を知って少しだけ感動したよ。ほんの少しだけね。

 

 

 

「ふふ。二人は信吾の格好が素敵だ、って言ってるんだよ」

 

「ん、そういう事か。はぁ……早く脱ぎてぇんだけどな。ていうか脱いじゃダメか?」

 

「だ、ダメずら信吾さんっ! 破廉恥ずら!」 

 

「ダメですっ! そ、そんな事をしたらお姉ちゃんに叱られちゃいます!」

 

「…………なんで君らが必死になってんの」

 

 

 

 信吾がメイド服の胸元を伸ばしながらそう言うと、二人のお嬢さまは顔を真っ赤にして止めてきた。たしかに、もし今ここで信吾がメイド服を脱ぎ出したりしたら、一気にこの教室はカオスになる。ここに居る男性全員と果南さんが倒れる未来までは想像できた。何も知らない人が見たら、美少女が生着替えしている光景にしか見えないだろう。

 

 それくらい、今の信吾には破壊力がある。ほら、ビックリしたお客さん達がスマホで写真を隠し撮りしてるよ。信吾は気づいてないけれど。

 

 

 

「すいません」

 

「あ、はーい。ただいま参りまーす」

 

 

 

 そうしていると近くのお客さんが手を上げた。それを見た信吾はすぐに接客に向かう。スカートをひらりと翻して。

 

 

 

「す、すごいずら。信吾さんって本当に男の人ずら?」

 

「うん。残念だけど、あれでも男なんだよ。あと、それだけは言わないであげてね。ショックで倒れちゃうと思うから」

 

 

 

 居なくなった信吾の後ろ姿を見つめながら、花丸は驚いた表情のままそう言った。ルビィちゃんにあっては可愛らしい口を小さく開けて放心状態になってる。恐らく二人とも生まれて初めて見る両性類の人間(信吾)に、戸惑いを隠せないのだろう。僕も初見だったらそうなっていたに違いない。

 

 

 

「でも、あんなに可愛いと──」

 

 

 

 ルビィちゃんがそんな事を呟いた瞬間、信吾の声が教室内に響き渡った。

 

 何事か、と三人で視線を声の方に向ける。何やら一人の客と信吾がもめているようだった。教室だけではなく、ベランダで作業しているクラスメイト達も窓を開けて中の様子をうかがっている。

 

 接客業にああいうクレーマーはつきものらしいけど、まさかこの文化祭でもそんな輩が現れるとは。一体何をやってるんだか。

 

 

 

 

 

 

 

「こ、困りますお嬢さまっ、スカートを引っ張らないでくださいっ。お嬢さまっ、お嬢さま!?」

 

「嘘よっ! こんなに可愛いメイドが男な訳ないじゃないっ! このヨハネが絶対に確かめてやるんだからっ」

 

「やめてっ、お嬢さま、本当にやめ────やめろっつってんだろこのお団子女っ! その頭に付いた毛玉を引きちぎられてぇのか!? ああん!?」

 

 

 

 あ、信吾がキレちゃった。どういう経緯かは知らないけど、どうやら一年生の女の子が信吾(メイドver)ともめているらしい。最初の方はなんとか接客態度を忘れずに対応していた信吾だが、余程しつこかったのか我を忘れるように怒ってしまってる。

 

 仕方ない。ここでの問題はクラス全体の問題だ。ここはひとまず、信吾を助ける事にしよう。

 

 

 

「あ、善子ちゃんずら」

 

「友達なの? 花丸」

 

「ずら。マルとルビィちゃんのクラスメイトずら」

 

「あわわ、ど、どうしよう。上級生に失礼な事しちゃってるよ、善子ちゃん」

 

 

 

 信吾ともめている一年生を見て、花丸とルビィちゃんはそう言った。それなら騒ぎが落ち着いたら二人に引き取ってもらえばいいかな。

 

 とにかく、今はクレーム対応に尽力しよう。

 

 

 

「フフッ、そこまでムキになるって事はやっぱり女なのね。良いわ、真実を明かしてくれたら特別にこのヨハネさまのリトルデーモン(メイド)として雇ってあげる」

 

「何言ってんだお前っ。だからスカートをめくるなっつーの!」

 

 

 

 頭にお団子を付けた一年生の女の子は、信吾のスカートをひたすらめくろうとしている。なるほど。あれをめくって信吾が男なのか女なのかを確かめようとしてるらしい。

 

 

 

 信吾の性別と掛けまして、スピードくじと説く。

 

 その心は。

 

 どちらも、めくってみなければ分からないでしょう。

 

 

 

 なんて、その光景を見ていたら死ぬほどくだらない謎かけを思いついてしまった。自重しよう。やっぱり僕にはそう言った才能はないらしい。

 

 不毛なやり取りを繰り広げるメイド姿の信吾と、お団子髪の一年生。ため息を吐いて仲裁に入ろうとした時、僕よりも先に一人のウェイトレスが現れた。

 

 

 

「失礼しました、お嬢さま」

 

「あ……果南」

 

「彼は正真正銘の男性です。このように可愛らしい見た目をしていても、男性なんです」

 

 

 

 二人の仲裁に入って来たのは、ウェイトレス姿の果南さん。

 

 しかし、彼女が言ったストレートな言葉により信吾が深いダメージを受けていた。ドンマイ、信吾。これであのお客さんを納得させれると思って諦めて。

 

 

 

「……本当に男なの?」

 

「残念ですが本当です、お嬢さま」

 

「ん? なんか、あんたも可愛いわね。ちょっとずらまるに似てる」

 

 

 

 果南さんにそう言われても不服そうな表情を浮かべる一年生に、追い打ちをかけるように僕もそう言った。するとその女の子は僕の顔を見て変な事を言い出す。ずらまるって、もしかして花丸の事か? たしかに従兄妹同士なんだから少しは似ているかもしれないけど、まさか初対面の人に言われるとは思わなかった。

 

 

 

「この人がマルの従兄のユウくんずら、善子ちゃん」

 

「うゆ。善子ちゃん、あんまり迷惑をかけちゃダメだよ?」

 

「善子言うなっ! なんだ、あんたたちも居たのね」

 

「ルビィちゃんの言う通りずら。ここはおとなしく、のんびりお茶をする喫茶店ずらよ?」

 

 

 

 いつの間にか僕の横に居た花丸とルビィちゃんが、その女の子に優しくそう言う。善子ちゃんというのか、この子。今度花丸にどんな女の子なのかを教えてもらおう。

 

 

 

「むー、仕方ないわね。今日のところは見逃してあげるわ。でも今度会ったら絶対に確かめてやるんだからね」

 

「…………お、お許しいただき、大変ありがとうございます、お嬢さま」

 

 

 

 信吾は引き攣った笑顔を浮かべながらそう答えていた。果南さんが居てくれてよかった。彼女が居なかったら信吾はまた怒っていたかもしれないから。

 

 そんな感じで、クレーム騒ぎは収拾する。まさか信吾の可愛さで軽い問題に発展するだなんて予想もしなかった。

 

 

 

 それから後々、心に深い傷を負った信吾は果南さんに優しく慰められていた。凛とした男装姿の果南さんが、可愛らしいメルヘンなメイド姿の信吾を諭している光景を見て、数人のクラスメイトが立ちくらみを発症。たしかに、あれはかなり尊い姿だったと僕も思う。

 

 

 

 クラスの出し物はそんな風に、色々と小さな問題を重ねながらも大盛況のまま続いて行ったとさ。

 

 

 

 文化祭はまだ、始まったばかり。

 

 

 




次話/未熟DREAMER
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