生徒会長は砕けない   作:雨魂

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未熟DREAMER

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「ダイヤさん。ちょっといいかな」

 

 

 

 正午が過ぎ、ちょうど喫茶店の客足が落ち着いて来た頃。ダイヤさん、果南さん、鞠莉さんはステージ出し物の準備をする為に仕事を一旦抜け出す事になった。

 

 教室に居ない生徒達は、既にステージ出し物を行う準備に取り掛かっているらしい。彼女達三人はパフォーマーとして、その他の生徒達は裏方としてステージで最高の出し物が出来るように努めている。大がかりな準備は昨日までに終わっているから、今日は改めて何かをする訳でもない。なので僕は一人の観客として、彼女達のスクールアイドルのライブを楽しむつもりでいる。

 

 教室を出て行こうとするダイヤさんに声をかけ、呼び止める。彼女は足を止めて、こちらを振り返ってくれた。果南さんと鞠莉さんはそれに気づかず、廊下を進んで行く。

 

 

 

「どうしました? 夕陽さん」

 

「頑張ってね、スクールアイドル。楽しみにしてるから」

 

 

 

 建前ではなく、本音の言葉で今から裏庭のステージで歌う彼女に声をかけた。僕の応援なんかを聞いても嬉しくないだろうけど、何か言っておきたかったから。言わずにはいられなかったから、しょうがない。

 

 そう言うと、ダイヤさんはふん、と一度鼻を鳴らして得意げな表情を浮かべる。

 

 

 

「もちろんですわ。必ずあなたを驚かせてみせますから、見ていなさい」

 

「期待してる。もし間違えちゃっても笑わないから、安心して」

 

「間違える筈がありません。私を誰だと思っていますの?」

 

 

 

 ダイヤさんは腰に手を当てて、絶対の自信があるというように笑いながら言ってくれた。

 

 ああ。きっと彼女は間違えたりしない。何事も卒なくこなしてしまう僕らの生徒会長は、人前で歌って踊る事すらも完璧に成し遂げるだろう。そんな予感を、たしかに感じていた。

 

 

 

「みんながうらやむ僕らの生徒会長、だよ」

 

 

 

 そう言うと、ダイヤさんは右手の指で顎にあるホクロの所を掻きながらそっぽを向いてしまった。それを見て怒らせたかな、と思ったけど、どうやら違ったみたい。

 

 

 

「あなたに褒められても、嬉しくありませんから」

 

「ふふ。じゃあ、かしこい・かわいい・ダイヤさん、って言ってほしかった?」

 

「かわっ…………後で覚えてらっしゃい。私をからかった事、後悔させて差し上げますわ」

 

 

 

 ダイヤさんがめちゃくちゃ喜びそうなネタを言ったのに、どうやら本気で怒らせてしまったようだ。背後に修羅が見える。使い時を間違えたか。反省しよう。

 

 

 

「そういうつもりで言ったわけじゃないのに」

 

「それなら尚更ぶっぶー、ですわ。本当に、こんな時まであなたと言う人は」

 

 

 

 ぶつぶつと何かを呟き、渋い顔をして腕組みをするダイヤさん。彼女の横顔がほんの少しだけ赤く見えたのは、多分目の錯覚か何かだろう。

 

 こんな風に軽口を叩けるようになった事を、今は嬉しく思える。半年前は話どころか近づく事すら出来なかったのに。

 

 それを思うと、()がずっと続けばいい、と心のどこかで考えてしまう。これ以上でも、以下でもなくていい。この関係性が続いてくれたら、それ以上に嬉しい事はない、と。

 

 ……でも、ずっとこのままではいられない。変わらない事は後退していく事と同義。前に進まなければ、僕らはこうして何気ない立ち話をする事も出来なくなる。

 

 いつかは卒業し、皆それぞれの道を進んで行く。そうなれば、僕という人間は黒澤ダイヤという生徒会長の記憶の中に、〝少しだけ話が出来た男子生徒“なんてくらいの思い出でしか残らないのかもしれない。もしかしたら、そんな事すら彼女は覚えていてくれない可能性だってある。

 

 それは、どうにも悲しい。そんな未来は、想像もしたくもない。

 

 そうならない為には、前に進まなくてはいけない。いつまでもぬるま湯に浸かっていたら、気づいた時にはそこから出られなくなってしまう。そしてもう二度と、取り返しがつかなくなってしまうのだろう。

 

 居心地が良い場所に居たい、とそう思うのはたしかに普遍的な考え方だ。気持ちが良い場所に居たいと思わない人の方が変わってる。

 

 でも、それではダメなんだ。そうしていたら、ずっと握り締めていた大切なものを取りこぼしても気づけなくなる。そうなってしまってからでは遅すぎる。

 

 

 

 だから、僕は前に進む。踏み出せなかった一歩目を、がむしゃらに前に出す。怖くても、つらくても、苦しくても。

 

 その道の先にある未来が希望ではなく、絶望であったとしても。

 

 

 

「ダイヤさん」

 

「なんですの」

 

 

 

 もう一度、彼女の名前を呼ぶ。ダイヤさんを呼び止めたのは、本当は頑張れが言いたかった訳じゃない。

 

 僕はただ、自分の為に呼び止めたんだ。

 

 

 

「後夜祭の時に……少しだけ、時間をもらえませんか?」

 

「? 後夜祭、ですか」

 

「うん。ちょっとだけでいいんだけど、ダメかな?」

 

 

 

 平静を装って言っているけど、本当は違う。頭には白い靄のようなものがかかり、指先は震えて、心臓がうるさいほどに高鳴っている。今にも倒れてしまえそうだった。それくらい単純に、緊張してしまっていたんだ。

 

 ダイヤさんは首を傾げながら、僕の顔を見上げてくる。不思議そうな顔。彼女は恐らく、いつものように僕が変な事をする為にそう言っているのだと思っている。本当は、そんな甘い事ではないというのに。

 

 返事を聞く前に逃げ出してしまいそうになる自分を説得し、どうにかこの場所に留める。今日は何を握る訳でもなく、ただ(から)の右手を強く握り締めた。

 

 それくらいしか、僕には出来なかったんだ。

 

 

 

「よく分かりませんが、よろしいですわ」

 

「本当に?」

 

「ええ。後夜祭の生徒会長挨拶が終わりましたら、特にやる事もありませんので」

 

 

 

 ダイヤさんは、僕のお願いにそう答えてくれる。たったその言葉を聞いただけで安心してしまい、膝から廊下の床の上に崩れ落ちてしまいそうになった。

 

 両足に力を入れて何とか踏みとどまり、また言うべき言葉を口にする。

 

 

 

「よかった。じゃあ、後夜祭が始まって三十分くらいしたら教室に来てくれる?」

 

「はいはい。分かりましたわ」

 

()()、は一回、だよ。ダイヤさん」

 

「……う、うるさいですわ。私の真似をしないでください」

 

 

 

 顔を赤くして顔を背けるダイヤさん。それを見て、さっきと同じ事を思った。

 

 やっぱり、この時が続いてくれればいい。何も変わらないまま。ずっとこうしていられるなら、それで構わない。

 

 

 

 ───本当に? 

 

 

 

 いや、違うよ。このままなんて望まない。望む筈がない。

 

 僕は、()()()()()が欲しい。

 

 玩具ではない。本当の硬度を持ち、真の輝きを放つ───世界で一番美しい宝石(ダイヤ)が。

 

 

 

「なら、よろしくね。あとで信吾を連れて中庭に行くから」

 

「分かりましたわ。楽しみにしていなさい」

 

 

 

 それだけを言い残して、ダイヤさんは踵を返して廊下を歩いて行く。二十メートル程先には果南さんと鞠莉さんがこちらを見て立っていた。どうやら僕に呼び止められたダイヤさんの事を待ってくれていたようだった。

 

 ……なんだか二人とも変な笑顔を僕の方に向けてる気がする。いや、そんな風に見えただけかもしれない。考え過ぎだな。気にしないでおこう。

 

 

 

「…………さて」

 

 

 

 これでダイヤさんを呼び出す事には成功した。あとは言うべき事を言うだけ。

 

 その前に、彼女が歌うところをしっかりと目に焼き付ける。今やるべき事は、それくらいだ。

 

 

 

 客が少なくなった教室の中に戻り、見つけるべき人の姿を探した。そうして、その人はすぐに見つかる。

 

 

 

「信吾。そろそろ中庭に行く準備しようよ」

 

「ん? ああ、そうだったな。着替えて準備するか」

 

 

 

 もはや正装と化しているメイド服を身に纏う信吾に声を掛ける。彼は退屈そうに椅子に座りながら、持っていた銀のお盆を指の上に乗せて、それを器用にくるくると回していた。

 

 僕がそう言うと、信吾は教室の掛け時計を一瞥してから立ち上がる。もう既に他のクラスの出し物は始まっているから、それが終わるまで客はほとんど来ない。なので僕らが抜けても、ここは何とかやっていける事だろう。

 

 

 

「じゃあ、僕らは抜けるからこっちはよろしくね」

 

「おう。俺らもサボりながら見てるから、気にしないで行ってこい」

 

 

 

 クラスメイトの男子にそう断わりを入れて、僕と信吾はメイド服から制服に着替えるため教室から出て行く。

 

 凄くどうでもいいけど、廊下を歩いているとすれ違うほとんどの生徒達が驚きの表情で僕らの事を見てくる。驚かない人は恐らく、僕らの教室の喫茶店に来店した人だけだろう。そんな目で見られるのも、この数時間でだいぶ慣れてしまった。全く持って慣れるメリットが見出せないのは、僕の気のせいじゃない筈だ。

 

 

 

「夕陽」

 

「何、信吾」

 

「覚悟は決まったか?」

 

 

 

 更衣室を目指して廊下を歩いていると、隣を歩く信吾は僕にそう言ってきた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 主語がない言葉。でも、意味はよく分かる。むしろ()()が無いからこそ、より際立って意味が伝わってくる気がした。

 

 数秒間の間を置いて、僕は彼の質問に答える。

 

 

 

「うん。決まってるよ」

 

 

 

 ただ一言。それだけ言えば、僕が考えている事を理解してくれている信吾は、言葉の意味を汲み取ってくれる。そう信じて口にした言葉だった。

 

 文化祭が行われている校舎の中は、いつもとは違った景色に見える。装飾も然り、そこら中の教室から流れている音楽も然り。人の出入りも多く、静けさもない。明らかにいつもと同じ感覚をそこに抱く事はとうとう出来なかった。

 

 

 

「……そっか」

 

 

 

 彼はそれだけを言って口を閉ざす。

 

 

 

 信吾は更衣室に着くまでの間、何も言って来る事はなかった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 浦の星学院の校舎には広い中庭がある。昼休みには生徒達が集まってご飯を食べたり、放課後は部活動の生徒がたまに使っているのを見かける、いわば生徒達のたまり場。広さはだいたい五十メートル四方ほどで、校舎、体育館、渡り廊下が中庭を囲んでいる。校舎の屋上から俯瞰すると()のような形の中にある広場。定期的に業者が入っているのか、地面の芝は常に青く、いつも規則正しい長さに生え整えられている。四月にこの学校に来たばかりの頃は、中庭に綺麗な桜が咲いていたのを思い出す。男女の確執だけはもう二度と思い出したくないが。

 

 各クラスの出し物は、その中庭に特設ステージを設けてやるみたいだった。てっきり体育館を使うものだと思っていたけど、こうしてよく晴れているのなら屋外でやるのも悪くないだろう。

 

 僕と信吾はメイド服から制服に着替えて中庭へと向かった。既に沢山の生徒と一般の客達が集まっており、そこに居る人達は現在行われている二年生のクラスのステージを見つめている。

 

 

 

「わーはっはっはっ! 我こそはみかん星からやってきた侵略者、その名もみかん星人・千歌っちなのだーっ! この内浦に居る人間達を、みんなみかんに変えて食べてしまうぞーっ、がおー!」

 

「きゃ、きゃーっ!? 誰か助けてーっ!!!」

 

『内浦がみかん星人に侵略されてしまうその時。そこに、ある一人の救世主が現れました』

 

「───待てーいっ!」

 

「む? だ、誰だ貴様はっ?」

 

「私は、この内浦を守る正義の味方──人呼んで、航海戦士ヨーソローだッ! 千歌ちゃ……じゃなかった、みかん星人! この内浦を、あなたの好きにはさせない! あなたのそのみかん、私が収穫してやろうじゃないか!」

 

「な、なんだとーうっ!?」

 

「…………」

 

 

 

 何だろう、あれは。見た感じ恐らく演劇だと思うんだけど、一体どんな世界観の舞台なんだ。人をみかんに変えて食べるみかん星人が内浦を侵略に来る、という導入の時点で空いた口が塞がらない。みかん星人を倒すのではなく、収穫をする意味もイマイチよく分からない。

 

 しかもステージにいる三人は、さっきクラスの喫茶店に来たあの二年生の女の子達。正義の味方の曜さんは純白のセーラー服で、一般人役の梨子さんは村娘のような儚げな恰好。そして敵役であろう千歌さんにあっては、なぜか全身がみかんの着ぐるみ? みたいなものを着てる。この世界のどこを探せばあんな奇抜な着ぐるみが手に入るのだろう。謎だ。

 

 

 

「行くぞっ、みかん星人! とうっ!」

 

「はっ!」

 

「な、なにー!?」

 

「ふふふ~。そんな攻撃で私のみかんが収穫できるとでも思ったかっ。それぃっ」

 

「う、うわ~っ!」

 

「よ、ヨーソローっ!」

 

 

 

 あ、ヨーソローがやられた。僕の聞き間違いでなければ千歌さん、倒される事を遠回しにみかんを収穫する、って自分で言っちゃってた。そういった世界観である事を受け入れよう。他人の作品にとやかく文句を言う権利はない。

 

 

 

「わっはっはっ、それではまず貴様をみかんにして食べてやる~」

 

「くっ、ダメ、力が足りないっ」

 

「頑張って、ヨーソロー!」

 

「……そうだ。私は、こんなところでみかんにされてはいけない。みんなを守らなきゃ。その為には」

 

『正義の味方・ヨーソローは、みかん星人に立ち向かう為に立ち上がりました。ですが、みかん星人のみかんを収穫する為の力、ヨーソローパワーが足りません。ヨーソローパワーを集めるには、皆さんの声が必要です』

 

「みんなーっ! 私に、力をちょうだいっ! みんなのヨーソローを大きな声で聞かせてっ」

 

 

 

 両手を広げて、中庭全体に響き渡るような声を元気いっぱいに出す曜さん。あの子もかなりノリノリだ。見ているとなんだかこっちまで元気になって来る。

 

 

 

『それでは皆さん。ヨーソローが全速前進、と言ったら大きな声で、ヨーソロー! と言ってください』

 

「みんなーっ、準備はいい~? じゃあいっくよー! 全速前進───」

 

「「「「「ヨーソローッ!!!」」」」

 

「よーし、オッケーだよっ! みんなの声のお陰で、ヨーソローパワー全開でありますっ!」

 

 

 

 曜さんはそう言って、声をくれた観客に綺麗な敬礼と輝く笑顔を向ける。前列の方に目を向けてみると、一般の子連れのお客さん達が多いみたいだった。子供達に人気が出るのもこれは頷ける。恐らく僕らのクラスメイトであろう男子達の野太い声が聞こえた気がしたのは、ただの幻聴だと思っておこう。

 

 曜さんとは知り合ってまだ間もないけど、演技に()が垣間見えるのは彼女のスタイルみたいなものなのだろうか。

 

 あの元気はつらつな感じは見ている方も気持ちが良い。観客が彼女を応援したくなる気持ちがよく理解出来た。

 

 

 

「行くぞっ、みかん星人! 私たちの勇気の力を思い知れーっ!」

 

「う、うわーっ!? やーらーれーたーっ、じゃなくて、収穫されてしまったーっ」

 

 

 

 ヨーソローの攻撃により、みかん星人はステージ上で倒れた。もとい、収穫されてしまった。女子生徒数人が寝転がった千歌さんをステージ袖に運んで行く。その全員が苦笑いを浮かべていたのを、僕の目は見逃さなかった。

 

 非常にどうでもいいが、※みかんはスタッフが後で美味しくいただきました。とか書いてあるボードを持った生徒がステージ脇に立っていた。この演劇の脚本をした生徒は精神が少々病んでいたりしないだろうか。少しだけ心配になってしまった。

 

 

 

『ヨーソローの活躍により、みかん星人は収穫されました』

 

「…………みんな、ありがとう。これで内浦の平和は守られたよ」

 

「ありがとう、ヨーソロー。また内浦がピンチになった時、助けに来てね」

 

 

 

 両手の指を組んでお祈りをするようなポーズをしながら、一般人役の梨子さんがヨーソローにそう言う。

 

 

 

「もちろんっ。この内浦の平和を守る為、ヨーソローはいつだってみんなを見守っているよ! ピンチになった時は、あの合言葉で私を呼んでね!」

 

『それでは皆さん。最後にもう一度、ヨーソローに大きな声を聞かせてくださーい!』

 

 

 

「全速全進───ヨーソローッ! からの~?」

 

 

 

 ナレーションの声と曜さんの合図に合わせて、もう一度あの合言葉が観客達から上がる。

 

 

 

 そして、最後に曜さんは右手を額に付けて。

 

 

 

 

 

「敬礼っ! えへへっ」

 

 

 

 

 

 太陽のようなあの笑顔を、ステージの上で輝かせていたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 そうしてステージ出し物は続き、お待ちかね僕らのクラスの出番となった。誰の計らいかは知らないが、僕達のクラスは順番が大トリになっているらしい。恐らく、というか確実にとんでもない盛り上がりをみせる事は、出し物のアイデアを出した時から確定していた未来。

 

 最後のステージの準備が行われている最中(さなか)、気づけば先程よりも多くの観客が中庭に詰め寄せている。校舎の窓からも沢山の人達が、僕らのクラスの出し物が始まるのを待っていた。

 

 ここまで注目されるのも、別段不思議という訳でもない。配られるパンフレットには、今年の文化祭のメインイベントとして三年一組の出し物が描かれていたから。

 

 校内でも美少女トリオとしてよく知られているあの三人が、スクールアイドルをやる。それを考えれば、生徒達が気になってしまう事にも頷けた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 僕と信吾は、この中庭に溢れ返りそうなくらい入っている観客達の最前列に立っていた。目の前には数分後にあの子達が出てくるであろう特設ステージがある。

 

 僕自身、以前からスクールアイドルが好きだという理由もあり、これまで数々のグループのライブには足を運んでいたが、開場前にここまで緊張するのは久しぶりな感覚だった。こんな感覚を抱いたのは中学生の頃に、アキバドームでμ´sのラストライブを見た時以来かもしれない。

 

 統合してから出来た友達がスクールアイドルをする。この事実が心拍数を上げる要因になっているのは間違いなかった。しかもその中の一人は、僕が現在進行形で恋をしている人。そんなの緊張するに決まってる。

 

 

 

「ふぅ」

 

 

 

 誰にも気づかれないように小さな息を吐く。()()は、中庭に詰め寄せる観客達が発するざわつきの中へと溶けて行った。

 

 今はとにかく落ち着くよう自分へ言い聞かせよう。一人の観客として彼女達のステージを楽しむ。さっき、ダイヤさんと約束したじゃないか。特別な感情は要らない。ありのままの自分で、この場所から三人のステージを見つめる事にする。

 

 

 

 そうして、逸る心を宥めながら次の出し物が始まるのを待つ。

 

 

 

 すると突然、ステージに設置されているスピーカーから流れていたBGMの音量が上がり出した。

 

 

 

 途端、中庭に地鳴りのような声援が響き渡る。耳を劈く声援。そして、大音量のSEに合わせながら大きな手拍子が何処からともなく始まった。

 

 

 

「──────っ」

 

 

 

 心臓が揺れる、この感じ。あのμ´sのラストライブが始まる瞬間にも、同じ()()を感じていたのを唐突に思い出した。

 

 無意識に手が震えて頭がボーっとする。数秒前の自分もたしかにこの場所に立っていたのは理解してる。なのに、最初から夢の中に居たかのような奇妙な感覚が、頭から足の先までを取り囲んでくる。

 

 中庭が揺れる。揺れる。揺れる。揺れる。まるで、局所的な地震が起きたみたいに。流れ続けるアップテンポなSEは、尚もその揺れを助長させ続けた。

 

 冷静になるだなんて、無理だ。こんな中でいつも通りの自分を保つ事など出来る訳がない。

 

 落ち着いて楽しむ? 僕は何を生ぬるい事を考えていたんだろう。過去の自分が愚かだったと、痛いほど思い知らされた。

 

 ものの数十秒で別世界と化した中庭。先ほどまでの静かな空気など、晴れ渡った九月の空へとすぐに消えて行った。

 

 

 

 

 

「───レディースエーンドジェントルメーンッ! アー・ユーレディ!?」

 

 

 

 

 

 SEが終わった瞬間、今度は聞き覚えのある甲高い声が中庭全体に響き渡る。声を聞いた観客は呼応するように、さらに大きな歓声を上げた。咄嗟にステージへと目を向ける。

 

 そして、袖の方から一人の女の子が現れた。その姿を見たと同時に、僕は瞬きと呼吸の仕方を忘れる。情けない話かもしれないが、本気で。

 

 そんな簡単な事を、数メートル先に立っている一人のスクールアイドルに忘れさせられてしまったんだ。

 

 

 

「シャイニーッ!!! 待たせたわね、エブリワーンッ!」

 

 

 

 胸元に紫色のリボンが付いた白い半袖のセーラー服を模したようなミニスカートの衣装に、すらりと長い足を包み込む純白のハイソックス。最初にステージに現れたのは、鞠莉さんだった。

 

 もともとのスタイルや容姿が日本人離れしている彼女の姿は、ステージの上ではあまりにも輝きすぎて見えた。思わず、目を細めてしまいそうになるほどに。ちょっと待ってよ。似合いすぎでしょ。

 

 鞠莉さんは声援をくれる観客に手を振りながらステージの上を一往復して、中央の位置で立ち止まる。

 

 

 

「フフッ 」

 

 

 

 そして、最前列に居る僕と信吾に気づいた鞠莉さんは嬉しそうな笑顔を浮かべながら、キュートなウィンクを僕らにくれた。

 

 それを見た瞬間、突発的なめまいに襲われる。いや、今のあれはどう考えても反則だろう。キュートというより、もはやギルティだった。隣に立つ信吾を横目で見たら、唖然とした顔で鞠莉さんの事を見つめてた。ヤバい。これは想像以上にヤバいぞ。これから長時間あのステージを見続ける自信がなくなってきた。倒れないように正気を保とう、全力で。

 

 

 

「それじゃあ二人目のメンバーの登場よっ。果南、カモーンッ!」

 

 

 

 青空を突き抜けるような鞠莉さんの声が響き、観客はまた声援のボリュームを上げた。 名前が呼ばれた瞬間に上がった歓声には、女子生徒の声が多く聞こえた。

 

 浦の星学院内の話に限っていうと、鞠莉さんは男子に人気がある。自他ともに認めるお嬢さまだし、見た目もゴージャスながら可愛さを兼ね備えているからその話は頷ける。

 

 だが、次に出てくるであろう果南さんは違う。あの子は男子のみならず、女子生徒にも絶大な人気がある。特に年下からの好意が熱いという噂を最近耳にした。

 

 男女ともに人気な果南さん。そんな彼女のハートを撃ち抜いた僕の隣に居る男は、付き合い始めた頃は各学年の男女から妬み恨みを向けられていたが、彼の事を知るとみんなすぐに納得して文句を言う者は一週間くらいで居なくなった。信吾なら仕方ない、とみんな思ったんだろう。親友である僕ですらそう思うから本当に仕方ない。そんな話は忘れよう。

 

 

 

 鞠莉さんが名前を呼んでから数秒が経ったが、果南さんはまだ出てこない。

 

 何かアクシデントでもあったのかな、と思ったと同時に鞠莉さんが出てきた方向とは逆側から、もう一人のメンバーがステージに上がってきた。

 

 

 

「………………ッ」

 

 

 

 ───途端、鼓膜が破れそうになるくらいの声の重なりが轟く。けど、そんな事すら気にならないほど、意識はステージ上に立つ二人目のスクールアイドルの女の子へと向けられていた。

 

 

 

「ぐ、っ……!?」

 

 

 

 信吾が顔面を手で抑えながらその場に跪く。無理もない。僕ですら見た瞬間に倒れそうになったから、彼の気持ちがよく分かる。

 

 黄色い歓声とともに現れたのは、鞠莉さんと同じ白の衣装を身に纏った果南さん。胸には緑色の大きなリボンが付いていて、彼女のトレードマークであるポニーテールも同じ緑のリボンで結われていた。

 

 普段はどちらかというとボーイッシュな雰囲気を醸し出している果南さんだが、今は違う。見方を代えてしまえば、まったくの別人にも見えてしまった。

 

 果南さんはあまりこういった人前に立ったりする事が苦手なのか、顔を真っ赤に染めながら俯き加減でステージ中央に居る鞠莉さんの隣まで歩いてきた。

 

 信吾がダウンしたのは恐らく、どう見ても恥ずかしがっているあの表情をモロに見てしまったからだろう。最前列に居るとよく顔が見える。

 

『可愛い』とか『素敵』とかいう歓声を聞いた果南さんはどうしていいのか分からないのか、中庭に集まった観衆を見ながらオロオロしていた。簡単に言うと、完全に照れてしまっていた。

 

 最前列に居る僕らを見つけた果南さんは『たすけて』みたいな弱々しい涙目を向けてくる。それにより信吾はさらに深いダメージを負っていた。

 

 いつも頼もしい分、ギャップがあるあの表情の破壊力は半端じゃない。あれは卑怯だろう。なんだよあれ。僕も倒れていいですか? 

 

 

 

「最後のメンバーは、浦の星学院の生徒会長。みんなが知ってるあの子デースっ! ダイヤ、シャイニーッ!!!」

 

 

 

 そうして、鞠莉さんが最後のメンバーを呼ぶ。

 

 ああ、分かってる。鞠莉さんと果南さんのスクールアイドル姿を見るのは、たしかに楽しみだったさ。

 

 けれど、僕が待ち侘びていたのは二人じゃなかった。失礼だから口には出せないけれど、本音を言わなければならないのなら、そう答えるしかない。

 

 僕が心の底から見たかったのは、次に出てくる女の子の姿。文化祭でスクールアイドルをやるという話が出てから、いや、ダイヤさんがスクールアイドルが好きだとカミングアウトしてくれたあの日から今日まで、ずっと見たいと願っていた。どこにいる時も何をしてる時も、頭の中にその姿を思い描いていた。そう言ってもまったく誇張ではない。

 

 僕は本当に楽しみにしていた。数秒後にその姿を見る事が出来る今、思わず手が震えてしまうくらいに。

 

 

 

 そして、生徒会長は現れる。ステージの正面から真っ直ぐに、二人のメンバーのもとへとゆっくりと歩いてきた。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 生徒会長が姿を現した瞬間、中庭にあった喧騒が一瞬だけ止んだ。八月の騒がしい蝉時雨が、何処かのタイミングで一斉に音を止めるか時みたいに。

 

 僕の目に映っているのはたしかに、あの()()()()()。真面目を絵に描いたようにいつだって凛としていて、誰もが認める理想的な生徒会長。

 

 だけど、今の彼女はいつもの彼女ではない。それはもちろん、良い意味で。いや、あるいは僕にとって悪い意味にもなり得る。

 

 それほどダイヤさんは美しかった。それ以外の言葉では、到底表現しきれなかった。

 

 

 

「浦の星学院の皆さん。楽しむ準備は出来ていますの?」

 

 

 

 ダイヤさんの煽り言葉に呼応する観客。あの厳格な生徒会長が大勢の人の前でスクールアイドルをしている。しかも堂々と、自信に満ち溢れた表情を浮かべながら。

 

 セーラー服を模した藍色のワンピース。他の二人が着ているものとは色だけが異なっているダイヤさんの衣装。胸元には赤いリボン、いつも付けているあの白い髪留めが、今は赤になっていた。

 

 驚くほど白い手足を九月の晴天の下に晒している。ダイヤさんがあまりにも綺麗すぎて、今の彼女を見ている観客全員にほんの少しだけ嫉妬心を覚えてしまった。

 

 今のダイヤさんを誰にも見てほしくない。スクールアイドルの姿をしている彼女を見ていると、そんな訳の分からない感情が止め方を忘れた噴水のように溢れてくる。

 

 そんな事を考えながらステージ上を見つめていると、ダイヤさんは僕の視線に気づいたのか、得意げな顔をこちらに一瞬だけ向けてきた。

 

『どうですの?』と自らの雅やかさを誇るような表情。ああ、認めるよ。今のダイヤさんは僕にとって、この世界中の誰よりも綺麗で可愛い。どれだけ美しい宝石でも、あの子の輝きには絶対に勝てない。

 

 

 

「私達Aqoursは二年振りに帰ってきたのデースッ! みんな、ただいま」

 

「「「「「お帰りーっ!!!」」」」」

 

「フフ。こうしてまたこの三人でスクールアイドルとしてステージに立てる事が、私は本当に嬉しいの。だから今日は、あの時に戻ったみたいに歌うわよ?」

 

 

 

 鞠莉さんがそう言うと主に女子生徒達から大きな声が上がった。恐らく男子生徒達は彼女が言っている言葉の意味が分かっていない。

 

 彼女達は、二年前に諦めたスクールアイドルをこの文化祭の為に再結成して歌おうとしている。過去に何があったのかは、僕も詳しくは知らない。

 

 でも、あの鞠莉さんがMCをしながら泣きそうになっている表情を見て、僕の隣に立っている女子生徒がタオルで目を覆っているのを見て、彼女達がスクールアイドルとして過ごした日々がどれだけ掛け替えのないものだったのかは、強く理解する事が出来た。

 

 なら、その日々の素晴らしさをステージ上のパフォーマンスで見せてもらう事にしよう。それを見せるために、彼女達は()()に立っているのだろうから。

 

 

 

「二年前のあの日。本当は歌うはずだったこの歌を今日、この新しい浦の星学院のみんなの前で」

 

 

 

 ダイヤさんは一歩前に出て、口にする。

 

 

 

「未熟だったあの頃。歌えなかったこの歌を、応援してくれていた内浦のみんなのために」

 

 

 

 果南さんは前を向いて、言った。

 

 

 

「まだ未完成な私達だけど、心を込めて一生懸命歌います。…………だから、聴いてください」

 

 

 

 鞠莉さんは浮かべていた涙を拭いて、そう言葉にした。

 

 

 

 

 

 

 

 三人は顔を見合わせて微笑み、一度頷き合って僕達観客が居る中庭に顔を向ける。

 

 

 

 そして、声を揃えて言う。

 

 

 

 彼女達が積み重ねてきた日々と努力の結晶。

 

 

 

 

 

 その証明である───歌の名前を。

 






次話/真実は最後まで聞かなきゃ分からない
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