生徒会長は砕けない   作:雨魂

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小原鞠莉は奪いに来る

 

 

 

 ◇

 

 

 

 土曜日。僕は遂に、一週間連続で学校を休んだ。

 

 もう欠席する事に抵抗を抱かなくなった。この部屋の中に居る事が当たり前になり、クラスメイト達から来る電話やメールにも真実のように嘘を吐けるようになっていた。

 

 大丈夫だよと嘯き、本当に休んでいる理由を話さないまま電話を切る。それに対して誰ひとり、訝しむ人は居なかった。みんな僕の言葉()に納得して『早く元気になれよ』と声をかけてくれた。

 

 嘘を吐きすぎて、心は少しも痛まなかった。傷ついた心はもう痛みに慣れ過ぎてしまっていたんだ。

 

 

 

「……雨か」

 

 

 

 カーテン越しに雨音が聞こえてくる。風も強いのか、雨粒がパチパチと音を立てて窓に当たっている。最近テレビを見ていないから分からなかったけれど、もしかしたら台風が近づいていたりするのかもしれない。

 

 今はそんな事はどうでもいい。この部屋の中に居れば、雨が降っても風が吹いても何のデメリットにもならない。僕としてはむしろ平日に台風が上陸してほしかった。そうすれば学校は休校になり、休む連絡を入れてもらわなくても欠席できるから。

 

 ベッドから降りてカーテンを開け、窓の外を見つめる。マンションの高い階数にあるこの部屋。ここからならば数キロ先にある海が見える。

 

 だけど今日は蜃気楼がかかったみたいに、街には濃い靄がかかっていた。目に見えるもの全ては今でも灰色に染まっているが、通常の視界だったとしてもこの景色は灰色に見えた事だろう。

 

 部屋の窓辺に立ち尽くし、雨に濡れる沼津の街並みを見つめる。遠くの方からは雷の鳴る音が聞こえてきた。雨風の音は徐々に強さを増していく。本当に台風が来ているのかもしれない。

 

 こんな日にまで外出をする両親には感服する。今日は仕事ではなく、二人は月曜日まで旅行へ行くと言っていた。僕も誘われたけど、外に出る気には到底なれなかったので身体が怠いと言って断った。

 

 こう天気が悪ければ、来客もないだろう。長期間休んでいる僕を心配して訪れるクラスメイトも居ない。信吾や果南さんも、今日は流石に来られない。それを思うと、雨が降っている事にほんの少しだけ感謝をしたくなった。

 

 

 

 ぼんやりと雨を見つめたまま、時間が流れる。

 

 小さな雨滴が無数に付いた窓。そこに今は何故か、どうしようもない美しさを感じた。

 

 

 

「?」

 

 

 

 そうして雨を眺めている時、机の上に置いていた携帯電話が突然震え出した。

 

 またクラスメイトの誰かだろうか。それならまた、あの常套句で話を流せばいい。降り続ける雨のように、誰かの心配は水に流してしまおう。

 

 そんな馬鹿げた事を考えながら携帯を取り、画面を見つめる。

 

 

 

「ぁ…………」

 

 

 

 そして、思考が止まった。その電話が予想もしていない人からのものだったから。

 

 数秒間、携帯を持ったまま立ち尽くし、取るべきか取らないべきかを自問自答する。

 

 このまま無視したら、申し訳ない。他のクラスメイトの電話は取っているのだから、彼女の電話だけを無視する訳にはいかなかった。

 

 一度息を吐いて、通話ボタンを押す。それから携帯を耳へと持ってきた。

 

 

 

「……もしもし」

 

『ハロー、ユーヒ。調子はどうかしら~?』

 

 

 

 聞こえてきたのは、ちょうど一週間振りに聞く太陽のような明るい声。彼女の声はいつも通りに晴れ渡っていた。外には雨が降っているというのに。

 

 彼女の言葉に何を返すか少しだけ悩み、間を空けてから僕は答えた。

 

 

 

「うん、もう大丈夫だよ」

 

『グレイト。それならよかったわ。ユーヒの顔を見られなくって、マリーは寂しかったんだから~』

 

「ごめんね。僕も鞠莉さんと会えなくて寂しかったよ」

 

『フフッ、いつものタテマエを使うって事は、本当に大丈夫みたいね』

 

「建前じゃないってば。鞠莉さんは気にし過ぎだね」

 

 

 

()()を繕い、いつも通りの軽い会話をする。鞠莉さんも他のクラスメイトと同じように、僕の言葉を真実だと思い込んでくれていた。これなら、本当は大丈夫じゃない事をどうにか誤魔化せる。

 

 

 

 そう、思っていたのに。

 

 

 

『ユーヒ』

 

「うん?」

 

『もう大丈夫なら、私と会えるわよね?』

 

「え?」

 

 

 

 鞠莉さんは意味深な言葉を言った。意味が分からず訊き返そうとした瞬間、窓の外で光が瞬いた。

 

 

 

「─────」

 

 

 

 外が光った数秒後に、轟音が部屋の中へと入って来る。考えなくても分かる。何処かに雷が落ちたんだ。でも、僕が気になったのはそこじゃない。

 

 雷が落ちた音は()()()()()()()()()()()。タイムラグはなく、ほとんど同じタイミング。しかもかなり大きな音で。

 

 どうして携帯から雷の音が聞こえてくるのか。鞠莉さんの家はここから十キロ以上離れた内浦にある淡島ホテル。そこから僕の携帯に電話をかけてきていたのなら、今の音が聞こえてくる訳がない。聞こえたとしても、それは僕が聞いた音よりも小さく、遅れて聞こえる筈。なのに、雷の音は同じタイミングで電話の向こうからたしかに聞こえてきた。

 

 さらに、携帯を当てている左耳に耳を澄ますと、雨と風の音が電話の向こう側から聞こえてくる。

 

 

 

 彼女は一体、どこから電話をかけているんだ? 

 

 

 

「…………鞠莉、さん?」

 

『ヘビーな雷だったわね、今の。夕陽も聞こえたでしょ?』

 

 

 

 その言葉にまた訝しむ。やっぱり、今の雷を鞠莉さんは聞いていたらしい。

 

 という事は、彼女はこのマンションの近くに居る事になる。それは何故? 

 

 

 

「どうして?」

 

『ユーヒのトゥルーハウスって結構良いところなのね。ちょっと驚いちゃいました~』

 

 

 

 そんな、飄々とした声が聞こえてくる。それで確信した。

 

 ───鞠莉さんは、この家の近くに居る。

 

 

 

「まさか」

 

『そのまさかデース。インターホンのモニターを見てみなさい?』

 

 

 

 鞠莉さんの言葉を聞いてから部屋を出て、リビングにあるインターホンモニターの前に駆け足で移動し、ディスプレイに扉の前の映像を表示させる。

 

 するとそこには。

 

 

 

「……何やってるの、鞠莉さん」

 

『グッモーニン、ユーヒ。気になったから来ちゃったのデース』

 

 

 

 鞠莉さんは通話中の携帯電話を耳に付けたまま、インターホンに付いたカメラに向かって笑いながら手を振っている。

 

 ハッキリとは見えないが、髪や服が雨に濡れていた。マンションの部屋の外であっても、この強風なら雨は屋内にも入ってくるから当然だ。

 

 なのに鞠莉さんは扉の前に立っている。傘もささず、普段着のまま。

 

 本当に何をしているんだ、この子は。

 

 

 

「なんで来たのさ。しかも、こんな日に」

 

『マリーにだって予定はあるのよ。今日しか来れなかったんだから、仕方ないじゃない』

 

「……悪いけど、まだ風邪が治ってないから、また今度に」

 

『嘘を吐いちゃダメよ、ユーヒ。さっきは大丈夫、って言ったでしょ?』

 

「………………」

 

 

 

 嘘を吐いて追い返そうとしたけど、鞠莉さんは僕の言葉をしっかり覚えていた。これは、こんな雨の日に誰も見舞いには来ないと思っていた僕の過ち。完全に自分で墓穴を掘ってしまっていた。

 

 

 

『ユーヒ、そろそろ開けてくれない? 私、寒くなってきちゃった』

 

「っ」

 

『少しだけでいいから。どうしても、ユーヒに言わなくちゃいけない事があるの』

 

 

 

 鞠莉さんは声のトーンを落として懇願するように言ってくる。そのあざとい表情と声音に騙されて、即座に頷いてしまいそうになった。

 

 何とか理性でそうする事を堪える。ここでその手に乗ったら彼女の術中に嵌ってしまう。今は会うべきではない。まだ気持ちの整理がついていないこの状態で話をしたら、僕は何を言うか自分でも分からないのだから。

 

 もし、鞠莉さんを傷つけるような事でも言ったら、僕はまた自分を嫌いになる。鞠莉さんに嫌われた自分を、もっと嫌いになってしまう。だから、どうにかして諦めてもらわなければ。

 

 

 

「ごめん鞠莉さん。今はまだ、そっとしておいてほしいんだよ」

 

『……やっぱり、そう言うと思ったわ。ユーヒはキュートな顔をしてるのに、頑固おやじデース』

 

 

 

 鞠莉さんはそう言って、穿いているスカートのポケットに手を入れて何かを取り出した。

 

 そして、その何かを彼女はインターホンのカメラの前に差し出してくる。

 

()()を見て、僕の思考回路は一時的に活動を止めた。否、強制的に止められてしまった。

 

 鞠莉さんが指先で紐の部分を持ち、カメラの前でぶら下げている───あの宝石の所為で。

 

 

 

「……なんで、それ」

 

『帰り道に落ちてたわ。体育祭の時に見てたから、すぐにユーヒのものだって分かったの』

 

 

 

 鞠莉さんはカメラの前で、玩具の宝石が付いたネックレスを振り子のように振る。

 

 モニター越しでも分かる。あれは、間違いなく僕が持っていたプラスチックの宝石だった。

 

 文化祭の日。後夜祭を抜け出して帰っている途中で苛立ち、彼岸花の前に投げ捨てたあの玩具の宝石。それを鞠莉さんは拾って、届けに来てくれた。

 

 でもそんな偶然、本当にあり得るのか? 

 

 

 

「い、要らない。そんなの、もう見たくないんだよ」

 

『ふーん。なら、内浦の海に落としてもいいのかしら? 果南が海に潜っても見つけられない所に、マリーが棄ててきてあげる』

 

「…………それは」

 

『本当は嫌なんでしょ? なら開けてちょうだい、ユーヒ。話をさせてくれたら返してあげるから』

 

 

 

 鞠莉さんはそんな条件を出して、中に入れるよう頼んでくる。

 

 分かってる。あれは失くしてはいけないもの。本当は、学校へ行く時に拾おうと思っていた。

 

 あの宝石は僕にとって、命の次に大切な宝物。絶対に失ってはならない、持ち続けなくてはいけないものだった。

 

 ここで鞠莉さんを追い返してしまえば、彼女はあの宝石を棄ててしまう。それはダメだ。

 

 

 

 自分で投げ捨てたものでも、あれだけは──失くしてはならない。

 

 

 

「…………少しだけ」

 

『ユーヒ?』

 

「少しだけだったら、いいよ」

 

 

 

 家の前に居る鞠莉さんに向かって、そう言った。

 

 その言葉を聞いて、彼女はインターホンカメラの前で嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「綺麗なハウスね。ユーヒが住んでいる家らしいわ」

 

 

 

 条件を付けて鞠莉さんを家の中へと招き入れ、リビングにあるテーブルの椅子に座ってもらった。

 

 文化祭からちょうど一週間。こうしてクラスメイトの誰かと顔を合わせるのは彼女が初めて。そこまで長い時間ではなかったというのに、前に会ったのは遠い昔のような感じがした。

 

 傘を持っていなかった鞠莉さんは予想通り、雨に濡れてしまっていた。僕の体調は元通りに戻っているけど、この家に来た所為で彼女に風邪を引かれたりしたら心が痛む。仕方なくバスタオルを貸して、お茶を淹れて、部屋の空調を出来る限り温かくしてあげた。

 

 彼女は招かざるお客さん。本来ならそこまでしてあげる筋合いはないが、この僕にそんな性格の悪い所業が出来る訳がない。

 

 どんな理由であれ、家にやってきたクラスメイトの女の子を持て成さない、なんて事は無理に等しいので、早々に諦める事にした。

 

 

 

 鞠莉さんは濡れた綺麗なブロンドの髪をバスタオルで拭きながら、家の内装を見つめている。嗅ぎ慣れないラベンダーのような心地良い香りが、リビングには漂っていた。

 

 そんな風に見られたら、いつもならくすぐったい気持ちになっただろう。でも、今はそうならない。

 

 僕の実家の評価なんてどうでもいい。玩具の宝石を返してもらい、彼女がここに来た意味さえ知る事が出来ればそれでよかった。

 

 

 

「………………」

 

「ユーヒがあんまり変わってなくて良かったわ。ゾンビみたいになってたりしてるんじゃないかって、心配してたんだから」

 

 

 

 テーブルの向かい側に座る僕に、鞠莉さんはそう言ってくる。

 

 自分としてはまさにそんな感じになってる気がするんだけど、客観的に見るとそうは見えないらしい。それもそれで、何となく複雑だった。

 

 ここまで深く悩み、心を病み、部屋の中に塞ぎ込んでいても、人はそう簡単には変われない事を鞠莉さんの言葉で思い知らされた。

 

 

 

 返事をせずに黙っていると、鞠莉さんは顔に明るい笑顔を浮かべて向かいに座る僕を見つめてくる。

 

 相変わらず太陽みたいな微笑みだった。外の天気は、酷い荒れ模様だというのに。

 

 

 

「クラスのみんなも心配してたのよ。ユーヒはいつ帰ってくるのか、って」

 

「……鞠莉さん」

 

「来週も来なかったらクラスメイト全員で押し掛けてやるー、ってボーイズ達は作戦を立てていたわ。果南も私もそのアイデアに賛成しちゃったけどね」

 

「鞠莉さん」

 

 

 

 出来るだけ低い声で、彼女の名前を二度呼ぶ。すると鞠莉さんは僕の気持ちを悟ったのか浮かべていた笑顔を消し、仕方ないわね、というように肩をすくめた。

 

 聞きたいのはそんな話じゃない。瑣末な会話が出来るほど、この心は現実を受け入れていない。

 

 今は必要ある話だけをしたかった。それ以外の話題を口にする事は、出来なかった。

 

 

 

 窓に雨粒が当たる音が聞こえる。その雨音を聞きながら目線を手元にあるマグカップに落とし、口を開いた。

 

 

 

「そんな話をしに来たんじゃないでしょ。早く本題を言ってよ」

 

 

 

 そう言うと、鞠莉さんは小さな息を吐く。それから真剣な眼差しをこちらへと向けてきた。

 

 さっきのは束の間の晴れ間だっだようだ。雲に隠れるよう願ったのは、僕自身だったけれど。

 

 

 

「もう、ユーヒはせっかちさんなんだから」

 

「回りくどい話は聞きたくないんだ。だから早めに話してくれると嬉しい」

 

 

 

 事務的な言葉で返事をする。それを聞いた鞠莉さんは、僕が淹れた紅茶をひとくち飲んでから息を吐き、ポツリと言葉を零す。

 

 

 

「…………見た目が変わってなくても、やっぱり中身はチェンジしちゃってマース」

 

 

 

 それは、僕に向けられた言葉ではない。彼女が口にしたのは、ただの独り言だった。だから何とも思わない。

 

 そんな小さな嘘を、心の中で吐いた。

 

 

 

「私も回りくどい話は嫌いだから、単刀直入に言うわ。ユーヒがこの質問に答えてくれたらね」

 

 

 

 鞠莉さんは真面目な顔で見つめてくる。美しいその瞳を見つめ続けたら、いつか彼女の中に吸い込まれてしまうのではないかと思った。

 

 

 

「質問って?」

 

「イエス。正直な気持ちで答えてちょうだい」

 

 

 

 そんな前置きを置いて、鞠莉さんは再び口を開く。僕は黙って彼女の声に耳を傾けた。

 

 

 

「ユーヒは私の事、どう思ってる?」

 

「…………え?」

 

 

 

 意図の分からない突飛な質問に、思わず声が出てしまった。鞠莉さんは真剣な目を向けてくる。綺麗な瞳は、答える事だけを要求して来ていた。

 

 

 

「だから、私の事よ。ユーヒがマリーをどう思ってるのか聞かせて」

 

「鞠莉さんの、事?」

 

「そう。早く答えて。考える時間は要らない筈よ」

 

 

 

 そう言われても、瞬時に出せる答えなど準備している訳がない。でも、鞠莉さんは答えを急いでくる。恐らく、僕が建前を使う事を警戒しているのだろう。考える時間がなければ建前を言う事は出来ない。幾ら取り繕うのが得意であっても、時間をかけずに思ってもない事を口する事は不可能だ。

 

 鞠莉さんに見つめられながら、高速で思考回路を回転させる。だが、良い言葉はなかなか浮かんでこない。この一週間、良くない事を考え過ぎた所為か頭の巡りが最悪だった。長い雨に打たれた無数の歯車は錆び、以前と同じ動きをしてくれない。それでも無理やり回してようやく、脳は言わなくてはならない言葉を僕にくれた。

 

 こんな答えでいいのかどうかは分からない。そもそも質問の意味すら不明瞭なのだから、鞠莉さんが欲しい言葉を言うのは絶対に無理な事だった。

 

 なので浮かんで来た正直な答えを口にする。建前というオブラートで言の葉を包むような真似はしない。着飾らない想いをありのまま声にした。

 

 

 

「友達、だよ」

 

 

 

 それ以上の答えを言う事など、僕には出来ない。だって他に答えようがなかった。

 

 そこに『大切な』とか『かけがえのない』とか、ありふれた装飾を付ける事は出来たけれど、敢えてそうする事はしなかった。

 

 鞠莉さんが本音を望んでいるのであれば、それに応えない道理はない。そうする事で彼女が話をしてくれるのならば、僕は素直に従う。

 

 

 

「……友達」

 

「うん」

 

「なら、私の事は……好き?」

 

 

 

 ひとつ目の質問に答えると、鞠莉さんはまた次の問いを投げてくる。そしてそれは、最初の問い掛けよりも数倍難題なものだった。

 

 鞠莉さんは少しだけ顔を伏せ、上目遣い気味でこちらを見つめてくる。頬がほんのりと赤く染まっているように見えなくもなかった。

 

 先程の質問といい、今回の質問といい、彼女が何を考えているのか全く読めない。

 

 たとえば鞠莉さんの頭の中を見る事が出来たとしても、僕なんかではその思考の意味を理解出来ないような気がした。

 

 鞠莉さんの事が好きかどうか。それは、どんなニュアンスで答えればいいのだろう。

 

 好きにも色々種類があるのは、今どきの小学生でも理解出来る。家族が好きという事と、恋人が好きという事は別物。同じ()()であっても、その人に向ける感情の色彩は異なってくる。

 

 英語で表現するのなら、ライクとラブの違いだ。前者は物なんかを()()場合によく使われる。対する後者は、他者を()()()意味で使われる。

 

 物を愛するとは言わないように(言う場合もあるかもしれないけど)、他者を好むとはあまり言わない。些細な形容の異なりだけれど、そこには大きな違いがあるのは明らかだ。

 

 

 

 鞠莉さんはライクとラブ。どちらの意味で問い掛けているのだろう。

 

 僕の中にある二つの答えは、同じではない。どちらの答えを言えばいいのか分からなかった。だからこそ、頭を悩ませてしまった。

 

 

 

「…………」

 

「教えて、ユーヒ。答えてくれたら、私がここに来た意味を教えてあげるから」

 

 

 

 物憂げな表情を浮かべる鞠莉さん。その綺麗な顔を見て、心臓が鼓動を強くした。

 

 でも、今の反応が前向きなものだとは、どうしても思う事が出来なかった。

 

 問われたのなら仕方ない。鞠莉さんの考えている事が分からないなら、自分で答えを選ぶしかない。もしそれが間違いでも、答えないよりはマシだ。

 

 

 

 だから、僕はこう答える。

 

 

 

「す、好きだよ」

 

「………………」

 

「もちろん、友達として」

 

 

 

 これは建前ではない、純度百パーセントの本音。そう答える以外、正解が思い浮かばなかった。

 

 僕は鞠莉さんの事が好きだ。それは、一人の友達として。信吾や果南さん、他のクラスメイト達だって同じ。

 

 僕にとって()()()以外に向ける好きは、全て“ライク”。当然、鞠莉さんも例外じゃなかった。

 

 生憎、他の感情は持ち合わせていない。何を言えば彼女が満足してくれるのかは分からないけれど、こう答えるしか本音を語る事は出来なかった。

 

 

 

 僕の言葉を聞いて、鞠莉さんは少しだけ驚いたような顔をしてからまた微笑みを浮かべた。

 

 だけど、その笑顔はさっきのものとは違う。いつもの笑みとも何処か異なっている。

 

 

 

 なんとなく、鞠莉さんが僕にいじわるをする前の表情に、よく似ている気がした。

 

 

 

「ユーヒは私の事を、そう思っているのね」

 

「そう、だよ」

 

 

 

 鞠莉さんは席を立ち、向かい側に座る僕の方へと近づいてくる。

 

 彼女の一挙手一投足を眺めながら、何をするのかと茫然と思った。

 

 

 

「じゃあ、今度は私がユーヒの事をどう思ってるのか、私に訊いてみて?」

 

「? 僕がそれを鞠莉さんに訊くの?」

 

「イエス。そしたらこれを返してあげる」

 

 

 

 鞠莉さんは椅子に座る僕の前に立ち、スカートのポケットからあのネックレスを取り出す。

 

 そう言われて言わない訳にはいかない。彼女が何を成そうとしているのかは未だに見当がつかないけれど、訊ねるだけで宝石を返してもらえるのなら、僕はそれでよかった。

 

 

 

 僕は頷き、彼女に問う。

 

 

 

「鞠莉さんは僕の事、どう思ってるの?」

 

 

 

 言われた通りの言葉を素直に言った。何も考えず、何もイメージせず、何も求めないまま、その問いを口にした。

 

 薄い笑顔を浮かべる鞠莉さんはネックレスの紐を広げ、約束通り、それを僕に返してくれる。どうやら首に掛けてくれるらしい。でも、どうしてそんな事をするんだろう。

 

 少しだけ訝しみながら、鞠莉さんが僕の首にネックレスを掛けてくれるのを待つ。

 

 

 

「……フフ、そーね。ユーヒは私の事、フレンドとして好きって言ってくれた」

 

「? うん」

 

 

 

 そう言いながら、鞠莉さんは僕の首にネックレスの紐を掛けてくる。

 

 

 

 それで、約束は果たされた筈だった。

 

 

 

()()()

 

 

 

 鞠莉さんは言葉を続けた。

 

 それから僕の耳元に顔を近づけてくる。

 

 妖艶な香りが鼻を(くすぐ)り、緊張で息が詰まった。

 

 

 

 何をするのか、と訊ねようとした時、どう考えてもおかしな言葉が右耳のすぐ傍から聞こえてくる。

 

 

 到底信じる事が出来ない。簡単には信じていけない───小悪魔のささやきが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はユーヒの事、好きよ」

 

「………………え?」

 

「友達じゃなく、一人の男の子として」

 

 






次話/甘いだけのチョコレートは〇〇〇〇〇〇
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