それでも生徒会長はホクロを掻く
Epilogue/
「───夕陽が帰ってきたぞおおおおっ!!!」
「は、はは。ただいま、みんな」
「「「「「お帰りいいいいいいっ!!!」」」」」
良く晴れた水曜日の朝。教室のドアを開けた瞬間に轟くクラスメイト達の絶叫。心のどこかではなんとなく予想はしていた反応だったけれど、まさか本当に起こるとは思ってなかった。
本来ならば学校は火曜日から始まる筈だったのに、あの誘拐事件のお陰で休みが一日多くなった。といっても、僕らのクラス以外は普通通りの授業が行われていたようなので、僕達のクラスは実質的に全員が停学を食らったという事になる。鞠莉さんがお父さんに様々な言い訳をしてくれて、停学は一日だけという結果になったらしい。巷で騒がれていた誘拐グループを全員捕まえた、というお手柄だったとはいえ、少々やり過ぎたみたい。
もちろん警察に事情聴取はされた。でも、あの内容を鮮明に語る訳にもいかなかったので、偶然あのマンションが奴らのアジトだと知り、襲い掛かって来たところを迎え撃った、という事にしている。
あながち間違いではないし、大きな嘘も吐いてはいない。結局、あれは正当防衛の範囲内で片づけられた。犯人グループが捕まったというニュースで、僕らの名前が出る事はなかったけれど。
久しぶりに僕の顔を見たクラスメイト達は何処かの国のカーニバルさながらに、各々のやり方で喜び的なものを爆発させてくれていた。何人かの男子は何故か制服を脱いでいる。訳が分からない。そして、それに対して反応を見せない女子達にも深い疑問を抱く。男子校のノリに順応し過ぎじゃないだろうか。彼女達の正気が段々心配になってきた。
そんな感じで、一週間以上ぶりに入る教室はとにかくうるさかった。まぁ、あれだけ休んでおいて何も反応されないよりは幾分マシか。一応歓迎されてるみたいだし、そう前向きに捉えておこう。
「おはよう、夕陽くん」
「よう、夕陽。その顔の傷、なかなかイケてんな」
他のクラスメイト達が騒がしい中、果南さんと信吾がそんな風に挨拶をくれた。
二人ともいつも通りの表情をしている。あんな酷い事をした僕に、変わらず声をかけてくれた。
その優しさが嬉しくて、心に熱が帯びるのを自覚する。でも大丈夫。僕はもう、泣いたりしない。
見えている世界は灰色ではなく、ハッキリとした色彩をしているのだから。
「おはよう、二人とも」
僕は二人に向かって笑顔を浮かべてみせた。繕った偽物ではなく、本心から湧き出る本物の笑顔を。
謝らなければならないのは分かってる。でも、今はそれを言う場面じゃない。
今は、僕がちゃんと元気になった事を伝えなくてはならない。少しでも心配かけてしまった分、前と変わらない姿を見せなくてはならないと思った。
果南さんと信吾はお互いの顔を見つめ合って、同時に微笑んだ。それからその笑顔を、揃って僕の方へと向けてくれた。
「ふふっ、よかった。いつも通りの夕陽くんだ」
「そうだな。よく頑張ったな、夕陽」
「うわ、っ。もう、やめてよ信吾」
信吾は嬉しそうに僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわしてくる。嬉しくない訳じゃないけど、ちょっと鬱陶しい。僕は犬じゃないぞ。
「ははっ、いいじゃん少しくらい。俺は夕陽の事、大好きなんだからよ」
「その気持ちは嬉しいけど、隣を見てもそう言えるかな?」
「あ? そんなもん当たり前─────」
「信吾くん。あとで
「すいませんした。いや、マジでごめんなさい」
僕に大好きとか言った信吾は果南さんに向かって深々と頭を下げていた。それはそれは、ここに居る誰が見ても美しいと口を揃えてしまうくらい綺麗な礼だった。頬を膨らませた果南さんは腕組みをして、信吾の事を睨みつけている。窓から入り込む海風が、彼女の鮮やかな青い髪を揺らしていた。
というかなんなの
相変わらずの惚気っぷりを見せてくる二人。君達が幸せそうで何より。これからもずっと仲良しで居てください。
そんな事を考えていると、次は
「ユーヒッ、グッモーニーングッ!」
太陽のように明るい、あの子の声が。
「……おはよう、鞠莉さん」
「うんっ、お帰りなさい。みんなユーヒの帰りをずっと待ってたんだから~」
変わらないハイテンションで接してくる鞠莉さん。でも、彼女が何かを繕っているように見えたのは多分、気の所為じゃない。
僕の頭に浮かんでくるのは、あの日の記憶。鞠莉さんが実家に来て、話をしたあの時の事。
彼女に会うのは少しだけ緊張していた。けれど、鞠莉さんはそんな事を気にしていないように振る舞ってくれている。もしかしたら、気に掛けているのは僕だけなのかもしれない。
「ごめんね、心配かけちゃって」
色んな思いを込めて謝ると、鞠莉さんは首を横に振った。綺麗なブロンドの髪が左右に揺れる。ほんの少し、あのラベンダーの香りがした。
「謝らなくていいわ。ユーヒが元気になってくれたなら、マリーはそれで満足デース」
「…………鞠莉さん」
「でもね」
鞠莉さんは本当に気にしていない。というような笑顔を僕にくれる。それから近くに歩み寄って来て、耳元に顔を近づけてきた。
そして、彼女は言った。
あの時と同じ、小悪魔のような囁きを。
「やっぱり、あの時の言葉は嘘じゃないわ」
「え──────」
「卒業するまで諦めないから。ダイヤには負けまセーン」
そう言って、鞠莉さんは僕の耳から顔を離す。見ると、彼女の頬は桃色に染まっていた。その色が今の言葉が嘘ではない事を、僕に強く訴えてきた。
あの時の僕と何も変わっていなかったら、ここで頭が真っ白になって何も返せなかっただろう。
でも、今は違う。僕はあれから少しだけ変わった。ほんのちょっとだけ強くなった。
だから、小悪魔の罪な声には負けない。
「そっか。けど、あの子はきっと砕けないよ」
僕が好きになった生徒会長は、誰よりも硬い。どんなに叩いても壊れる事はない。そんな事、鞠莉さんは僕よりも理解している筈。なのに。
それでも、彼女は笑う。
「それは知ってマース。でも、諦めません。ユーヒの応援はするけどね?」
てへぺろ、とお道化るように舌を出して鞠莉さんは言った。あの子も頑固だが、彼女も相当頑固な事を今さらになって知った。
僕には彼女達に見合う魅力は無いけれど、そんな風に言われるのは男として嬉しくない訳がない。
…………鞠莉さんが諦めなくても、僕が他の人を好きになる事は絶対に無いけれど。
「よし、今日の放課後は夕陽の快気祝いでもしようぜっ。いいよな?」
信吾がそう言うと、クラスメイト達が全員賛成してくれる。なんだってこのクラスのみんなはそういう宴みたいなものが好きなんだろう。僕も嫌いじゃないからいいけどさ。
そうやってクラスメイト達が放課後に何をするとか、誰が買い出しに行くとかを話し合っている中、教室の後ろの扉が開く。
誰も彼女が入ってきた事には気づいていない。でも、僕だけは気づいている。
騒がしい教室に入ってきた女の子の事をぼんやり見つめていると、僕の視線に気づいた誰かが彼女の名前を呼んだ。
「夕陽の次は生徒会長のお出ましだぁッ!」
「「「「「ちわっす、生徒会長ッ!!!」」」」」
男子達は彼女に向かって礼をして、独特な挨拶をかける。ここはいつからそっち系の教室になったのだろうか。極道映画の光景そのものだった。
でも、彼らはそうやって無理にでも彼女に明るく接しようとしているのかもしれない。誰よりも怖い思いをしたのはあの子だという事は、ここに居る全員が知っている。
だからこそいつも通りに。迷惑をかけたなんて思わせないように振る舞っている。その不器用な優しさは、四月まで男子校の生徒だった彼ららしい、と深く思った。
「………………ご機嫌よう、ですわ」
その挨拶に、生徒会長は小さな声で応える。ぶっきらぼうで、どこか恥ずかしそうな挨拶。
男子達から顔を逸らした彼女の視線が、僕の視線と交わる。なんとなく照れくさくて目を逸らしてしまいそうになったけれど、何とか僕は彼女の目を見つめたまま笑顔を浮かべてみせた。
すると彼女は驚くように一瞬目を丸くする。でもすぐにムッとした表情になり、自分の席に腰を下ろしてしまった。残念。どうやら今日のあの子はいつもより少しだけ、硬度が高いようだ。
けど、こうして学校に来てくれた。そして、僕もここに居る。
あれだけ苦しみ、学校になんて行けるわけないと思っていたのに、僕はこの場所に居るんだ。
それを思うと、今この瞬間が奇跡のように感じられた。色んな事はあったけれど、自分がここに居る意味を思い出したら、その全てを許せる気がした。
「「ダーイヤ?」」
「ッ!? か、果南さん、鞠莉さん。一体なんですの?」
気づくと近くに居た果南さんと鞠莉さんが居なくなっていた。顔をあの子の方へ向けると、二人は机に座る彼女の前で何かをしようとしている。
「なんですの、じゃないよ。ほら、こっちに来て」
「イエース。ダイヤにはみんなに言わなきゃいけない事があるんだから」
「ちょ、ちょっと二人とも、っ」
二人は座っていたあの子を連れて、教室の前方へと歩いてくる。僕らは三人の一挙手一投足を黙って眺めていた。
そうして果南さんと鞠莉さんは彼女を黒板の前に連れてくる。僕らの生徒会長はクラスメイト達の前に立ち、居心地悪そうに目線を斜め下に向けていた。それでも、僕らは彼女の事を見つめた。
数秒の沈黙が教室に流れる。でも、空気は重くない。HR前の穏やかな静寂がここには漂っていた。
「さ。ちゃんと言うんだよ、ダイヤ」
「そうデース。言いたい事がある時くらい素直になりなさい」
「………………っ」
隣に立つ果南さんと鞠莉さんが声を掛ける。すると彼女は横目でチラリと、正面に立つ僕らの方へ視線を向けてきた。それは明らかに何かを言いたげな表情だった。
だから、僕らは待った。彼女が僕らに何を言いたいのか。それを、きちんと理解する為に。
教室の掛け時計の秒針が四分の一ほど回転した時、目を逸らしていた生徒会長は顔を上げる。
そして、僕らに向かって言葉を放った。
「…………あ」
「「「「「あ?」」」」」
「ありがとう、ございました」
頬を朱色に染めながら恥ずかしそうに、ダイヤさんはそう言った。彼女のその言葉を聞いた瞬間、全身に温かい何かが流れるような感じがした。恐らくこれを感じているのは僕だけではない。ダイヤさんの言葉を聞いたここに居る全員が同じものを感じていると思った。
「あなた達が居なければ、私は無事では居られませんでした。だ、だから、その……」
ダイヤさんの小さな言葉に僕らは耳を澄ませる。彼女は心底恥ずかしそうな表情を浮かべながら、目線を横にずらしながら、言った。
「私は、あなた達と同じクラスになれて、よかったです」
「「「「「………………」」」」」
「で、ですが、統合した事が良かったとは言っていませんわ。そこは勘違いしないように」
言い終わってからふん、と鼻を鳴らしたダイヤさん。しかし、それが本音の言葉であったとしても、僕らの心を動かすには十分すぎる力を持った言葉だった。どうしよう、ニヤケ顔が止まらない。
隣を見ると、信吾も手を顔に当てて歪んでしまった顔を隠していた。クラスメイト達も同じように、ニヤケた顔を見せないよう必死に隠している。
数秒間声を出さず、その衝動に耐えようとしたけれどもう限界だった。クラスメイト達も多分、同じ事を思っている。
プルプルと全員が小刻みに身体を震わせながら、照れた顔をしている生徒会長の事を見つめていた。
誰かが息を吸ったのを皮切りに、全員が深く息を吸い込んだ。そして。
「「「「「よっしゃぁああああっ!!!」」」」」
大きな雄たけびを教室に響き渡らせたのだった。
「う、うるさいですわっ。何を喜んでいるので───」
「生徒会長が久しぶりにデレてるぅううううっ!」
「硬度が五十%くらいに落ちてるぞぉおおおっ!」
という、男子達の変わらないリアクションと。
「あのダイヤが男子達に素を見せてるですってぇええええっ!?」
「奇跡が起こりましたわぁあああああああっ!」
「しゃぁああああいにぃいいいいいいっ!!!」
という、女子達の驚愕のリアクションが入り混じっていた。最後に聞こえたのは恐らく鞠莉さんの絶叫だろう。全然意味分かんないけど。
ダイヤさんの予想外の言葉を聞いて、一気にボルテージが上がる教室。無理もない。だって、僕も素直に嬉しかった。
あんな事件が起きて、クラスメイト全員がダイヤさんの為に駆け付けて、彼女を助けた。
それが出来たのも、あの統合があったから。統合という偶然が僕らをここに引き合わせた。たったひとつの出来事の波紋が広がり、最終的に奇跡を引き起こした。
何もかもに意味があった。どんな小さな出来事が欠けていても、僕達は今こうしていられなかった。
バタフライエフェクト。この言葉の意味が、ようやく分かった気がする。
この世に無駄なものなんて何も無い。全ては繋がっている。そう思えた瞬間、世界が少しだけ綺麗に見えた。
透き通るあの内浦の海のように、僕らが生きるこの場所はとても素敵な世界なんだって。
今だけは、そう思える事が出来たんだ。
「もうっ、やっぱり私は統合なんてしたくありませんでしたわっ!」
顔を赤く染めた生徒会長はそう言って、ホクロの所を指で掻いていた。
次話/The Answer
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